第18話 sweet sweet 今朝も日差しが窓から差し込んでいる。とは言え冬の寒さがまだまだ続くこの季節に、私は身震いをして窓の外を覗く。 見えたのは訓練をしている兵士達の姿だ。 早くあそこに戻りたい。そう切実に思う。けれど焦ってもしょうがないことは、特殊医療班である自分には痛いほどわかっていた。 「ナマエ、ちょっといい?」 病室を訪れたのはハンジさんだった。 「どうかなさいましたか?」 「巨人捕獲作戦の捕獲銃についてなんだけど、いいかな?」 ハンジさんは入院中の私を尋ねては、よくこうして調査兵団に関する仕事を持ってきてくれた。早く訓練に戻りたいという、私の気持ちを察してくれてのことだと思う。 「これなら小型の巨人くらいだったら捕獲出来そうな気もするんだ」 「ええ。もう少し軽量化出来ればありがたいですね。ここの素材を変えて……」 「待って。そうすると網の強度を弱くしないといけなくなるかも」 「なら捕獲時は両手両足切断を前提にしましょうか?」 「いや、ここの素材はもう一回技術班にかけ合ってみるよ」 こうしたことを二人で考えるのはとても楽しかった。それにハンジさんの研究のお手伝いはとても勉強になる。 「この前お話した捕獲場所についてですけど、兵長にも意見をもらいます?」 「確かにこれが実行される時は、絶対的にリヴァイの協力が必要だしなぁ」 「多分もう少ししたらここに来ると思いますよ」 いつも訓練終わりに寄ってくれるので、と続けようとするも、ハンジさんがあまりにもニヤニヤしているので、言葉を引っ込めてしまった。 「さすがの私も、せっかくの二人の時間を邪魔するつもりはないよ」 ハンジさんが言わんとしていることはすぐに分かった。しかし改めてこう言われると気恥ずかしい。 「変な気を遣わないで下さい」 「気を遣ってるつもりはないよ。やっと恋人同士になったんだもの。二人の時間を大切にしてほしいだけさ」 兵長と気持ちがあった通じ合った翌日。私はすぐにハンジさんに兵長との一部始終を報告した。ハンジさんは自分のことのようにとても喜んでくれて、それが私には本当に嬉しかった。 「明日やっと退院だっけ?」 「はい。でもまだ訓練も任務も許可が下りてなくて、安静にしていることが退院の条件です」 「ナマエはすぐに無茶しそうだからね」 「……兵長にも釘を刺されました」 私の中にどうしても消すことの出来ない後悔がある。私はそれを一生背負っていくつもりだし、もう二度と同じ思いをしないよう、より一層厳しい訓練をしたい。 一日でも早く。少しくらいなら。そういった気持ちは全て兵長に見透かされていた。 「休息も大事な仕事だよ。特に今のナマエにとってはね」 ハンジさんの言う通りだ。ちゃんと完治してからじゃないと結局は足手まといになってしまうだろうし。 「ほら。落ち込まない!」 「……はい!」 「楽しい話題に変えようか?最近さリヴァイが凄く機嫌が良いんだよね」 「兵長がですか?」 「毎日ナマエとイチャイチャしてるから、とかだったりして」 不味い。今思いっきり表情に出してしまった。 「え、まさかもう最後までヤっちゃった?」 「してませんから!何言ってるんですか……!」 「はは、ごめんごめん……っとこんな時間か。旦那が来る前に退散しないと」 そそくさと退出するハンジさんに、それ以上弁解することは出来なかった。その数分後部屋を訪れた兵長に顔が赤いと指摘された私は、それ以上追及されまいと必死に笑顔を張り付かせていた。 ◇ 無事退院してすぐに感じたことは「退屈」の二文字だった。今までが異常なくらい忙しかったせいでもある。もちろん今の自分にはあれだけ動き回る体力はまだない。そうはわかっていても、とにかく退屈だった。 「掃除も終わっちゃったし、書庫の整理でもしようかな」 せめて医療班の仕事はさせてほしいと、一度打診してみたけれど。 『怪我人が怪我人を治療してどうするんですか!大人しく安静にしていて下さい!』 と最もなことを言われ即座に帰されてしまった。診療するくらいなら全然出来るのに。それでも私が逆の立場だったら、同じ班員として同じことを言っているだろう。 「兵長、そろそろお仕事終わるかな」 夕焼けに染まる空を見つめて呟いた。何かしていないと兵長のことばかり考えてしまう。会いたくて顔が見たくて話がしたくて、とにかく兵長の傍にいたかった。 見てるだけで良いなんて言っていた自分はどこへ行ってしまったのか。日に日に欲張りになっていく一方だ。 「そうだ。紅茶!」 一緒に星を見た日以来、途絶えていた二人のティータイム。それを理由に兵長の部屋を尋ねることが出来る。良いことを思いついたと言わんばかりに、私は急いで紅茶の用意をした。 コンコン、とノックをすれば愛しい人の声がする。逸る気持ちを抑えゆっくりと扉を開けると、まだ机でたくさんの書類と向き合う兵長がいた。 「兵長、紅茶をお持ちしました」 「ああ。そこに置いておいてくれ」 言われた通りテーブルに紅茶を置いてみた。ちらりと兵長の様子を伺う。悲しいことに机の上には、まだこんもりと書類が残っていた。すぐに終わる量ではないのは明らかだ。このまま居座っても邪魔なだけだし……今日は諦めるしかないか。 「ではこれにて失礼しまーす」 「あ?何帰ろうとしてんだ」 それはそれは不機嫌な声で、眉間にたっぷりと皺を寄せた兵長と目が合った。 「お仕事の邪魔かな、と」 「すぐに終わらせるから先に飲んで待っていろ」 「えーと……自分の分は忘れてきました」 兵長に会いたい一心で。ということは内緒にしておこう。 「じゃあ今ここで淹れていけ」 「そもそも私はここに居てもいいんですか?」 「好きな時に好きなだけ来ていたお前が、今さらそれを言うのか?」 だってあの時は一方的な片思いだったし、改めて恋人同士になると、妙に気まずいと言うか何と言うか。積極的だった自分が別人のように思えてしまう程だ。 「お前のことだからウダウダ余計なことばかり考えていそうだしな。この際はっきり言っておくが」 「はい。何でしょう」 「俺がお前に会いてぇから、時間がある時は極力ここへ来い」 あまりにもストレートな言葉に、思わず言葉に詰まらせてしまった。私も本当は毎日会いたい。思いきってそう言ってみようか。そうしたら兵長はどんな反応してくれるだろうか。 「何だ。物欲しそうな顔をして」 「なっ……!してませんよ!」 席を立った兵長が近づいてくる。この部屋に来てからこうして隣に座られたことなど何度もあるのに、今までとは明らかに空気が違う。 「兵長、お仕事は?」 「止めだ。今日はもういい」 「やったぁ!……っと。すみません、不謹慎でしたね」 「そんなに喜ぶことか?」 「兵長と過ごす時間が少しでも増えますから」 思わず笑顔が零れてしまう。 「ナマエ」 「はい」 「せっかくお前が淹れてくれた紅茶だが、その前にお前を頂くとしよう」 ああ。何もかもが甘い。甘く甘く溶けていく。 触れる唇も、そこから聞こえる音も吐息も、何もかもに甘く酔いしれてしまう。 いつも一方的に口内を弄る兵長の舌を追いかけ、自分なりに絡め取って応えてみた。初めてのことだ。少しだけ兵長の動きが止まったかのように思えた次の瞬間。 「んっ!……ふ」 より激しくより深く、貪るようなキスが降り注いだ。 「へい、ちょ……っ、ん」 「は……甘いな」 一度離れても再び繰り返される甘美の時。でもきっと兵長以上に私の方が求めていたのだと思う。気づけばそのままソファに押し倒され、視界は反転していた。 「兵士としての仕事は一切させてくれないのに、こういうことはさせて……兵長は悪い上官ですね」 「そういうお前も上官の仕事を中断させた悪い部下だろ。だが」 今度はその唇が耳元を掠める。 「あっ」 「お前は部下の前に俺の女だ」 きゅっと耳を甘噛みされたと思ったら、今度は舌でなぞられる。それだけでも十分だったのに、湿った舌がクチュリと音を立てて耳の中を責め立てた。 「やぁっ、それ……ダメ、ですっ」 ゾクリと痺れが走り、次第に体が震えていく。この感覚は一体何なのか。 「あっ、や」 「逃げるな」 「だってっ……そんな、とこ」 「その割には、だな」 兵長の息遣いと鳴り響く水音が、私の脳までも刺激していく。そのたび漏れる声を制御出来ない。こんなのおかしくなりそう。強くなっていく刺激に合わせて、私も兵長の胸元をぎゅっと強く握った。 それに気づいてくれたのか、兵長の動きが止まりゆっくりと離れていく。 「はぁ……はっ……」 乱された呼吸を整えていると、兵長にまじまじと見つめられた。 「お前のその反応……やばいな」 「えっと……それは何か不快な思いをさせてしまったということですか?」 「そういう意味じゃねぇよ」 兵長が口角を少しだけ上げてニヤリと笑う。 「まあ俺にとっては好都合だが、お前にとってはこの先キツくなるかもしれねぇな」 「キツく?」 そう言った矢先、今度は首筋に兵長の顔が沈む。そこに舌先が触れ、先ほどと同じように体がピリッと痺れた。 「ほらな。少し吸っただけでこうだ」 「そんなのわかんなっ、あ」 ちゅうっときつく吸われ、ぎゅっと目を瞑った。 首筋がとても熱い。まるで吸血鬼のように歯を立て舌を這わして、私を喰らい尽くしていく。少しだけ兵長の言っている意味がわかってしまった。唇から落とされていくものが何なのか。 私の本能が感じ取り始めているのは紛れもなく──快楽だ。 「熱が……っ、出そうです」 両手の甲で顔を覆い訴えた。この場を乗り切りたい嘘ではなく、このまま続けたら本当に発熱してしまいそうだった。そういえば兵長とまともに会話した日に、実際発熱したことがあったっけ。朧げな意識の中、顔を上げた兵長を見つめた。 「これでしばらく俺の部屋に来るくらいしか出歩けねぇぞ」 その意地悪そうな顔は一体何なのか。何やら満足そうな表情をした兵長に首を傾げてしまった。先ほどまで熱を注がれた箇所に、兵長の指が触れる。 ここに、何かした? 「マーキングだ」 そう言って兵長は体を起こしソファへと座り直す。 その言葉に私も急いで体を起こし、兵長の部屋の洗面所へと向かった。 そっと首元を鏡に映し、思わず目を見開いてしまった。確かにそこには兵長の言うマーキング、という名の赤い印がくっきりと残されていたからだ。しかもわざと衣類じゃ隠せそうにない位置にだ。 「へ、兵長っ!これ……首……何てことをしたんですかぁ!」 泣き言を言いながら洗面所から出ると、すでに紅茶を嗜んでいる兵長がいる。こんなに狼狽えている私とは対称的に飄々としている兵長。きっと悪いなんて微塵も思っていないのだろう。 「心配するな。どうせ一週間程度で消える」 「一週間もですか!?」 「そうでもしねぇと、勝手に外に出て訓練してそうだからな。お前は」 「ちゃんと大人しくしますよ!……多分」 頬を膨らましながら兵長の向かい側に座る。 「消えたらまた付けてやる。医者の許可が下りるまではな」 「遠慮しておきます。そのうち本当に発熱しちゃいますからね私」 「散々言ってるじゃねぇか。早く慣れろ」 「無茶ですよぉ……」 「そもそもこんなんで一々熱でも出されたら、この先何も出来やしねぇ」 何もってすでに何かしてるじゃないですか。というかさらにこの先があると思ったら、今にも卒倒してしまいそうです。 「ではせめて、兵長のお仕事をお手伝いさせて下さい」 それでも毎日会いたい、という気持ちが圧倒的に上回るのだから私も大概だと思う。こうして私達の甘いティータイムは再び訪れていくのであった。 ←back next→ |