第9話 新しい仲間達


今日は何を言われるのだろう。

「失礼します」

ドキドキしながら団長室に入る。

「ナマエ。来たか」
「はい!」
「そんなに固くなる必要はないよ。悪い話じゃない」

そう言われて一気に肩の力が抜ける。

「お話というのは?」
「近日中に全班を編成し直す予定なんだが、君の働きぶりを評価して特殊医療班を追加で四名、各班に配属したいと思っている」

特殊医療班の班員は全部で十名。私と新たな四名が配属されるということは、これで班の半分の兵士が投入されることになる。

「よろしいんですか!?」
「ああ。リヴァイ班での君の仕事ぶりは目を見張るものがあった。班内での君の評価も高いうえに、リヴァイ班のように専属の医療班員が欲しいという声もたくさん上がっててね」

嬉しい……涙が出そうなくらい本当に嬉しい。ここまで頑張ってきて本当に良かった……。
そうと決まったら特殊医療班に報告して、一度全員で会議をしよう。それから私が兵長の班で行ってきた仕事内容をまとめて引き継いで、新たに医療用具の手配と、特殊医療班のスケジュールの組み直し。あとは通常医療班との連携も取りながら、各班長への挨拶に、それから……。

「君に負担ばかりかけてしまって申し訳ないね」
「そんな、負担だなんて!これ以上光栄なことないくらいです!」
「ならいいんだが。それとナマエ。あれから何か困ったことはないかい?」

あれ、というのはクラウスの事件のことだろう。そういえば団長室に来るのもあの事件以来だ。

「その節は大変ご迷惑をおかけしました。おかげさまで、毎日無事平穏に生活出来ています」
「そうか。なら安心したよ」
「団長にはとても感謝しています。今後は一人で解決しようとせず、すぐにご相談させて頂きますね」
「そうだな。リヴァイより先に、私に相談してくれるとありがたいんだが」

どうしてそこに兵長の名前が出てくるのだろう。

「リヴァイは加減を知らないからな」

団長が困った顔をして笑っている。兵長と何かあったのだろうか。私にはその言葉の意味がわからなかった。

それはさておきやることは山積みだ。団長は大幅に班を編成し直すと言っていたから、私が兵長の班じゃなくなる可能性もあるということだ。しょうがないとはいえ、兵長と離れるのはやはり寂しい。
いてもたってもいられなくなってしまった私は、を全速力で走って兵長の元へと急いだ。


いつもならちゃんとノックをしてから入るのに、気持ちが先行してしまった。

「兵長!今団長から班を編成し直すって話を、聞いて……」

ノックもせずいきなり扉を開けてしまった先に、思わぬ先客がいた。それも四名全員こちらを振り返って私を見ているものだから、つい後ずさりしてしまった。

「……こいつが今話していた特殊医療班のナマエ・ミョウジだ。一応こいつを入れて六名の班になる予定だ」

今、私を入れてって言った……?ということは。

「やったー!私まだ兵長の班にいれるんですね!?良かったぁ!」

あまりの嬉しさに思わずガッツポーズが出てしまった。

「じゃあ貴方達が新しい班員?これからよろしくね」
「まだ決まってねぇ。勧誘の途中だ」
「そうなんですか……!?」

じゃあぜひ皆が兵長の班に入ってもらえるよう私も協力しなきゃ!

「皆、兵長の班に来たら絶対にもっともっと強くなれるよ!兵長の傍にいるだけで毎日学ぶことだらけだし、それにこう見えて兵長は、誰よりも優しくて仲間思いで面倒見が良いんだから。そうだ!まず兵長が訓練しているところを見学してみて!その凄さと言ったらもう本当に感動して涙が出るくらい……」
「ナマエ。お前はちょっと外に出てろ」
「何故ですか!嫌です。兵長が言ったんですよ?好きな時に好きな──」
「うるせえ黙れバカが」

可愛い後輩の前で何てことを。これじゃあ私の先輩としての威厳なんて、最初からゼロに等しいじゃないですか。

「では私は紅茶を淹れますね。今日は特上のやつにしましょう。皆もぜひゆっくりしていってね」


+


私はペトラ・ラル。調査兵団に心臓を捧げた兵士の一人だ。これまで必死に努力した結果が実を結んだのか、ついにリヴァイ兵長からお声をかけてもらえることになった。私にはもったいないくらい光栄なことだ。

「話は聞いていると思うが、お前達には俺の班に入ってもらいたいと考えている」

こうして兵長から直接言われると、全身がビリっとして身が引き締まる思いだ。

「もちろん無理にとは言わない」

無理だなんてあるはずがない。ここにいる全員が、私と同じく兵長の班に入りたいと思っているはずだ。

「ちなみにお前達の他にもう一人、特殊医療班の兵士が班員として存在している。そいつは俺の班で特殊医療班という存在がどれだけ機能するのか、それを確認するために臨時で加入している。名は──」
「兵長!今団長から班を編成し直すって話を、聞いて……」

驚いて全員で振り返ってしまった。勢いよく開けられた扉の先には、女性兵士が一人立っていた。まさしくそれがもう一人の班員、特殊医療班のナマエ・ミョウジだった。
ナマエさんのことは以前から知っていた。前回の壁外調査後は特にその名を耳にする機会が多くなり、特殊医療班の存在とともに有名な人となっていたからだ。
自ら特殊医療班を結成。戦闘技術も医療技術もトップクラス。一部では天使だなんて声も上がっていた。そんな彼女は今や兵士達の憧れの存在でもある。
天使というくらいなのだから、とても優しくて穏やかな人なのだろうか。はたまた戦いの女神として、クールでカッコいい人だろうか。

「やったー!私まだ兵長の班にいれるんですね!?良かったぁ!」

けれど実際のナマエさんは、随分イメージとはかけ離れた人だった。目をキラキラさせて兵長のことを力説したかと思えば、兵長にバカと言われ怒られている。そしてとても気さくで親しみやすい人。それが第一印象だった。

「兵長、紅茶が入りました。こちらで座りながらゆっくり話しましょう」

兵長がソファへと腰をかけ、私達もそれに続いた。

「こいつらの紹介がまだだったな」
「大丈夫です兵長。もちろん全員知っています」

ナマエさんが私達一人一人の顔をじっと見つめる。

「エルド、グンタ、オルオ、ペトラ。だよね」

空気が一変する。先ほどまでのナマエさんとは全く違う、真っ直ぐで力強い瞳を向けられた。

「初めましてナマエ・ミョウジです。これからよろしくね」
「あ、あの。どうして俺達のことを」

エルドが私と同じ疑問をナマエさんに投げかけた。

「医療班の仕事上、基本的に医務室を一度でも利用した人の情報は覚えているんだけど、最近は調査兵団の兵士全員を把握するようにしているの。だから私が知らない兵士はいないんじゃないかな?」
「全員……ですか!」
「うん。まぁ思うところがあって……」

ナマエさんが兵長をチラリと見る。過去に何かあったのだろうか。

「これから四人の健康状態は毎日私が管理するね。後で詳しく健康診断もしなきゃ」
「まだこいつらが入るとは決まってねぇぞ」
「あ、そっか。そうでしたね」

気さくでとても魅力的な人だと思った。私の名を呼んだ時の凛としたナマエさんが忘れられない。調査兵団全員を把握しているなんて、彼女の努力と覚悟はどれほどのものなのだろうか。兵長とナマエさんと一緒に頑張りたい。

「ぜひ兵長の班に入らせて下さい。お願いします!」

一番最初に頭を下げたのは私だった。そうして私達四人はリヴァイ班の一員となった。浮かれていたのもつかの間。私達を待ち受けていたのは、過酷で厳しい訓練だった。

「ペトラ!遅い!」
「はい……っ!」
「グンタ!それじゃあ切り口が浅くて巨人は倒せねぇぞ!」

皆がそれぞれ兵長に怒鳴られる毎日。私達は兵長と一緒に戦うには、まだまだ未熟な者ばかりだった。悔しいけれど体がついていかない。

「ペトラ、今のは左方向にアンカーを差してそのまま上昇した方がいいよ。背後を取ったら刃はまず右側から刺しこむ。角度はこのへんから……」

でもいつも必ずナマエさんが助けてくれた。出来ない時は丁寧に教えてくれて、挫けそうな時は励ましてくれる。

この間の兵站行進の時もそうだった。

「兵長、一度休憩を入れて下さい」
「それは医療班としての判断か?」
「はい。距離は残り約三分の一ですから、ここで休憩と補給を挟んだ方が効率が良いです。あとその間に処置もさせて下さい」
「いいだろう」

兵長の言葉を聞いて、その場で腰を下ろしてしまった。
ゼエゼエと呼吸を繰り返すことしか出来ない私に、ナマエさんが医療道具を持って歩み寄ってきた。

「よいしょっと。じゃあ足出して」
「……え?」
「痛いんでしょ?私には隠せないから観念しなさい」

ナマエさんの言う通り、先ほどから歩くたびに両足の裏に激痛が走っていた。でもそれを言ったら皆の足を引っ張ることなるし、何より落ちこぼれだと思われたくなかった。

「あちゃ。思ったよりひどいね」
「すみません……」
「じゃあガチガチに固めちゃうね。ちゃんとした治療は戻ってからにしよう」
「え?固めるって」
「だってリタイアしたくないって顔してるもの。最後まで歩けるようにしてあげる。それでもまた痛くなったら絶対に我慢しないこと。私がストップしたらその時は諦めること。約束してくれる?」
「……分かりました」
「あとこれ。処置してる間に補給しててね」
「ありがとうございます……っ」

この時私は思わず涙を流してしまった。そしてナマエさんには到底追い付けないと痛感させられたと同時に、強い憧れを持つようになった。


一日の訓練が終わり食堂へと向かう。お腹は空いてるはずなのに、何だか夕食を食べる気になれない。

「箸が進んでねぇな」

ご飯を持ったオルオが隣に座った。

「何だか疲れちゃって」
「あぁ俺もだ。兵長の訓練は思った以上にキツイな」

よく見るとオルオのご飯の量もいつもより少なめだ。少し安心した。辛いのは私だけじゃないんだ。

「しかしよぉ……兵長はもちろんのこと一番に凄いけど、ナマエさんもすげぇよな」
「うん、今日の立体機動の動きも速くて正確で凄かった」
「そのうえ格闘術と馬術まであの実力だぜ?」
「座学はもう学びつくしてるから講義には参加しないんだって。その間医学の勉強をしてるって聞いたよ」
「そんでもってあの医療技術だもんな。実際ああして班にいてくれると、いつでも細かく診てもらえて助かるよな。それに精神的にも安心するっていうか」
「それから……」

「「底なしの体力」」

オルオと声が重なった。多分それは四人全員がナマエさんに対して一番に思っていることだと思う。

「ナマエさん、今日はこの後新しく配属された、特殊医療班の人達のところを回るんだって」
「俺には報告書がどうたら言ってたぞ」
「寝る時間とかあるのかな……?」
「でもいつも班で一番元気だよな」

お互いしばし無言になる。そして急にご飯を次々と口の中へ運んだ。

「ナマエさんに負けてられないね」
「同感だ」

意固地になって食べていると、そこにエルドとグンタもやってきた。

「お前らよくそんなに食べられるな」
「何言ってるの。二人ともそんなんじゃ負けちゃうよ?」
「一体何の話だ?」

その後私達は就寝の時間まで四人で過ごし、終始ナマエさんの話題で盛り上がっていた。そんなこともあってか、私達とナマエさんの距離はこの日から急速に縮まっていくこととなる。


夢中で訓練していたある日のこと。
すっかり日も落ちお腹がグウっと音を鳴らしている。そういえば夕食もまだだった。

「じゃあ皆で食堂に行こうか」
「でもこんな時間じゃもう閉まってますよね?」
「普通はね。ところが私は特別食べれちゃうのだ」

特別というのがどういうことだかわからなくて、皆で顔を見合わせる。

「私ってよく他の仕事とか自主訓練で遅くなることが多くてね。食堂のおばちゃんに、時間外でも作ってもらえるようにお願いしてるの」
「そんなこと出来るんですか?」
「そこは持ちつ持たれつだよ」

何でもナマエさんの話によると、おばさんの母親が病気らしく、ナマエさんが定期的に往診しているらしい。そのお礼にナマエさんだけは特別だそうだ。

「あ、でも一応皆には内緒ね。それからあんまり遅すぎると本当に閉まっちゃうから、さぁ急いで急いで」

そうしてナマエさんは一番に走り出して行った。
食堂に辿り着くと本当に時間外なのにご飯が用意された。全員で一気にご飯をかきこんでいると、オルオが突拍子もない質問をした。

「あの、ナマエさんと兵長って付き合ってるんですか?」

オルオのバカ!なに失礼なことを聞いてるのよ!少し仲良くなったくらいでそんなプライベートなことを……!

「兵長と!?付き合ってなんかないよ!」

嘘だ。そんなまさか。と、全員が同じ反応をした。だっててっきり二人は付き合ってるのかと思ってたから。

「でも仲は良いですよね?」

思わずエルドも口を挟んでしまう。

「うーん……仲が良いって言うか、常にバカって言われてるだけのような気もする」
「それだけ心を許してるってことじゃ……」
「そうなのかな?」

兵長のナマエさんに対する態度が好きかどうかの確信はない。ただ二人が一緒にいる時の空気には特別なものを感じていた。口では説明しづらいけれど、どこか温かくて柔らかくてふわふわしてるような。でもそれは戦友としてのものなのだろうか。

「それより皆はどうなの?好きな人とかいるの?」

結局私達はそれ以上二人の話を聞くことは出来なかった。





後輩達との楽しい食事も終わり、急いで兵長の元へと向かった。今度はちゃんとノックして入ったから怒られないはず。

「兵長。報告書です」
「そこに置いておけ」

怒られないはずなのに。

「紅茶、入れますね」
「ああ」

また目を合わせてくれない。さすがの私も兵長が何やら怒っていることは分かる。
紅茶を入れながらしばし考える。何かしたっけ……何かしたと言えば。

──ここでお泊まりをして一緒に寝た。

強烈な思い出のせいか一番最初に浮かんできてしまう。ああ何だか顔が熱くなってきた。それにさっき仲良く見えるなんて言われたせいか。無駄に緊張までしてきた。
あの日から、兵長との距離が少し縮まったような気がしていたのけど、怒っている理由は何だろう。

「こちらで一緒に飲みませんか?」

思いきって誘ってみたら、意外にも兵長は素直にソファの向かい側に座ってくれた。
怒っているようで怒っていない?
紅茶を啜る音が響く。

「兵長から見てどうですか?新しい班は」
「お前はどうなんだ。随分仲良くやってるようだが……」

紅茶が喉をゴクリと通る音がした。
怒っていないようで怒っている?

「私、また何かしましたかね……?」
「この前の件はもう忘れたのか?」
「この前、とは?」
「……奴の件だ」

この前の奴と言えばクラウスの件しか思いつかない。ただそのことと今怒られていることに何の関係があるのか、答えはすぐに兵長が教えてくれた。

「お前は距離間がなさすぎる」

なるほど。つまりクラウスの件で助けてはやったが、あれからお前は俺に馴れ馴れしすぎる。距離間を考えろ。ついでに俺の班員にまで馴れ馴れしいだよ、と。
正直、ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ兵長と親しくなれた気でいた。好きっていう感情が膨らみすぎて、兵長もそう思ってくれたらなぁなんて欲張ってしまう自分もいた。
調子に乗った自分が恥ずかしい。本当は兵長との距離をもっと縮めたいのに。

「忘れていませんけど、私浮かれていましたね。今後兵長には馴れ馴れしい態度は一切とらず、もっと引き締めていきます。あの子達とも適度な距離を保ちますね」

ええと……どうしてこんなに睨まれているのか。その眉間の皺をぐいっと伸ばしたら怒るかな。ダメダメ、距離間。

「何でそうなる……そうじゃねぇだろ」

兵長が項垂れてしまった。

「俺と距離を置けって話じゃねぇ。お前は基本的に誰にでも愛想を振りまきすぎだって話をしてんだよ。そんなんだから変な奴に付きまとわれたりするんじゃねぇか。ペトラはともかく他の三人は兵士の前に男だってことを忘れるな。ベタベタ触ったり必要以上に近づく前に、もっと距離間を考えろ。大体お前は隙だらけのバカってことを、もう一度頭に叩きこんでおけ」

ベタベタって。それは診察ですもん触りますよ。必要以上に近いのは、これでも一応後輩指導をしているからです。前回はこの後私が、兵長にバカって言ってしまいました。もう同じ失態はしませんが。
それってもしかして。

「まさか兵長、ヤキモチでも妬いてるんですか?」

なんて冗談です。これじゃあまたバカって言われるだけですね。さあ兵長いつものバカを下さい。睨まれたり怒られたりするより、よっぽど……。

「そうだと言ったらお前はどうする?」
「…………え?」

いや、そんなバカな。まさか。まさかね……!?

「兵長ったら私のバカが移っちゃったんですか?さすがにそんな冗談には騙されませんよ!あはははは」

兵長が何も言葉を返してくれない。一体何を考えているんだろう。
知りたいような。知りたくないような。
知りたい……ような。

「じゃあ兵長とは距離を置いたりしないで、その……むしろ縮めちゃったりとかしてもいいってことですか?」

何を思ったのか。私の言葉に反応して兵長がすぐさま隣に座る。

「それはこういうことか?」

いやいやいやいや!近い近すぎます兵長の顔が真横に!

「その、物理的な距離ではなくてですね!心の、心の距離と言いますか……!心のって言うのもおかしいですけど……っ」
「どうしたナマエ。顔が赤いぞ」
「誰のせいですか!」
「さぁな。誰だろうな」
「……兵長のバカ!」

兵長のヤキモチは本当なのか嘘なのか。私にはまだ答えはわからなかった。


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