11

そんなこんなでなんとか授業の遅れを取り戻した私は、ようやくいつもの学生生活に戻ることが出来た。早起き、筋トレ、予習復習、授業、合間合間にシュバルツと遊んだり、告白を受けて、それをからかわれる、などなど、一部私の望んだ生活ではないが、概ねいつもの日常に戻りつつあった。

―――そう、あのレイブンクロー生の告白を皮切りに私のモテラッシュが始まったらしく、新学期始まって間もないというのに、既に二人の男子生徒に告白をされた。勿論マグルに好きな人がいると言い、丁重に断ったが、それでもロンやハーマイオニー、他の多くの同級生からからかわれる羽目になり、頭痛の種と化していた。



「はあ……」



落ちつけるのは女子寮と図書室だけ。慣れない作業と共に行うジョギングを終え、私は真っ直ぐ女子寮に戻り、いつものようにブツをトランクに仕舞ってから、シャワーを浴びて、私はどかりとベッドに腰かけた。ハーマイオニーもラベンダーもパーバティもまだ寝息を立てており、全く起きる気配が無い。はあ、いい気なもんだ。私は苛立ち半分でガシガシと頭をかく。現状、告白ラッシュのせいでたくさんの生徒に注目されて人目を盗む隙が無く、《動物もどき》の練習に行けず、私のフラストレーションはマッハだ。全く冗談じゃない、惚れた腫れたとやるほど私も暇じゃないんだ。告白する方に悪気が無いのは分かっているが、それでも忌々しいことこの上ない。

はあ、こういう時はシュバルツをもふもふするのに限る。あれ、そういやあの子、何処行ったんだろ。基本的に私がシャワーを浴びたタイミングを見計らって部屋に戻ってくるんだけどな。きょろきょろと部屋を見回すと、聞きなれた『ちりん』という音が耳を掠めた。



「あ」

「にゃ!」



いた。こそこそとベッドの下に潜り込もうとするシュバルツ。何かいつもと様子がおかしく、ベッドの下に手を突っ込んでシュバルツを引っ張り出す。んん、なんか手の感触がいつもと違うような……。

なんて思いながら、弱弱しく抵抗するシュバルツを引っ張りだして手のひらに乗っける。暗いところから引っ張り出し、朝日差し込む窓際に連れていってびっくり。シュバルツは泥だらけだったのである。



「わ、どうしたのシュバルツ。泥んこ!」

「うにゃあ……」



手のひらの中のシュバルツは、泥水の中にダイブしたのではないかと思うほど、いつものふかふかの黒の毛並みは泥まみれで、ところどころ毛に泥が絡まって、固くこびり付いている。基本的に放し飼いにしてるのでシュバルツが日中何をしてるのか知らないが、基本的には大人しいこの子が泥遊びなんてヤンチャするとは思えないけれど……。

怒られると思ったのか、シュバルツは力なくしょんぼりとしている。まあ、怒ることはしないけど、とりあえずこの格好で部屋の中をウロつかれるのは不味い。



「シュバルツ、お風呂入ろ」

「にゃあ」



……おや?

シュバルツはいつもの抵抗が嘘のように、私に連行されてシャワールームまで大人しくついてくる。私はシャワーを浴びたばかりだったので、靴下を脱いでスカートの裾を縛り、制服の袖を捲る。ウォッシュベイズンにぬるま湯を溜めて、シュバルツを中に入れる。子猫用のシャンプーを泡立てて優しく擦ると、シュバルツは心地よさそうに身を委ねる。

あれ、おかしいな。いつもは大暴れするほどお風呂嫌いなのに。どうしたんだろう、ヤンチャして叱られると思ってへこたれてるだけかな。ま、いいか。楽チン楽チン。



「おっし、綺麗になったよ」

「うにゃあー」

「はは、ヤンチャもほどほどにね」



タオルでガシガシ拭いて首輪をつけると、シュバルツは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。はあ、癒される。アニマルセラピー最高、ここにヴァイスも居たらなあ……。

さて、いつもの毎日を始めよっか、と。





***





そうしていつも通り、授業が始まった。先生方は数日間だけは薬がないせいでボロボロだったが、一週間もする頃にはマダムが薬を作ってくれたのか、傷一つなく授業に顔を見せた。ほっと胸を撫で下ろしたことを、此処に記しておく。

闇の魔術に対する防衛術は何度受けても飽きず、面白いものだった。一部スリザリン生には人気が無かったが、他の生徒はルーピン先生のローブがボロだろうがツギハギだろうが誰も気にしなかった。そうして私たちは楽しく闇の生物と戦うための基礎を身に付けていったのだった。一方古代ルーン文字学はついに文法に入ったが、いやもう訳が分からなくて頭を抱える羽目となった。普段より多めに予習復習を強いられ、私は天文学並に苦手意識を抱くことになってしまった。ただ、難しく苦手なだけでつまらないわけではないので、魔法生物飼育学よりはマシと言える。こちらは本当にひどかった。私を怪我させたことにより、ハグリッドはすっかり自信を無くしてしまったらしく、私に平謝りするだけでなく、《レタス食い虫》とかいうクソほどつまらない生物の世話をする授業になっていたのだ。



「こんな虫を飼育しようなんて物好きがいるか?」



《レタス食い虫》に刻みレタスを押し込みながら、ロンががっくりと肩を落としてそう言った。他のみんなもつまらなさそうに、ぼんやりしながらレタスを刻むだけで、ハグリッドは授業の様子も確認しようともしない。やれやれ、こんなことで先生としてやってけるのかね。ちょっとヤキ入れようかな。

よっこいせ、と立ち上がる私の裾を、誰かがチョンと引っ張った。



「……な、なあ」

「あら、ドラコ」



ドラコだった。ドラコの手は私のローブを掴んではいるが、深刻な顔をしており、目線をこっちにくれようともしない。タダ事じゃなさそうだな、私は《レタス食い虫》の世話をロンたちに任せ、ドラコの隣に腰を下ろす。



「どうしたの?」

「君……その、怪我は」

「怪我? ああ、もう平気よ。マダムはほんと優秀ねえ」

「……すまない。僕のせいで」



おや、気にしてたのか。思いつめた顔をしたドラコが、震える手でレタスを刻みながらそんなことを言う。とはいえ、過ぎたことを一々責める気も無いし、この流れはとうの昔から知っていたのだから。



「なら、授業はちゃんと聞いておくことね」



ドラコは、答えない。何かしてないと気が済まないのか、ドラコは黙々とレタスを刻み続けている。なんというか、まだ言いたげというか、まだ思いつめることがあるというか。青白いドラコの頬は、病気みたいに真っ青だった。



「ドラコ、あなたどうしたの?」

「……アシュリー、気をつけろ」

「え?」

「父上は、君の事を大層恨んでる。今回の件で僕は君に比べたらほんの少しではあるが傷を負った。父上はこのチャンスを見逃さない。君に直接手出しが出来無いからって、あのデカブ……いや、ヒッポグリフやハグリッドをどうするか分からないぞ」



私にしか聞こえないぐらいの声量で、ドラコはそう言ってくれた。

……はあーん、そういうことか。ルシウス・マルフォイは、どうあっても私に喧嘩を売り続けたいらしい。まあ、先に喧嘩売ったの私だしなあ。いや、仕掛けてきたのはあっちだけど、それはあくまでウィーズリー家やダンブルドアにだ、私個人ではない。とはいえ、今後どうなるかはとっくの昔に知ってるので、特に気にはならない。

しかしまあ、それを喋ってくれたのがドラコってんのもまた面白いな。家族愛と恋心に板挟みなドラコが哀れでならない。が、とにかく私の敵にならないなら問題はない。



「忠告ありがと。手を打たないとね」

「アシュリー、君は父上を敵に回したいのか!?」

「残念、もうあいつは敵よ」



私に杖を抜いたのだ、次に顔を合わせる日が来たら容赦はしない。ま、殺すまではしないにしろ、それなりに痛い目には遭ってもらおうかね。ザン、と、手にしたナタを振り下ろし、レタスが真っ二つになって床に転がる。それを見てドラコはヒイッと腰を抜かして、後方へひっくり返った。それと同時にチャイムが鳴ったので、私は立ち上がると片付けをし、ロンとハーマイオニーを連れ立って次の授業へと向かった。

そんな感じで私は日常生活に戻っていた。そうこうしているうちに十月となり、クィディッチ・シーズンが到来した。キャプテンのオリバー・ウッドは今年で七年生、つまり最後の優勝杯獲得のチャンスだったのだ。



「今年が最後のチャンスだ―――俺は今年で居なくなる。二度と挑戦できない。グリフィンドールはこの七年間、一度も優勝していない。運が悪かった、世界一の不運だった。怪我やトラブル―――最高の学校一の強烈なチームだったのに、俺たちは一度も優勝杯を獲得出来なかった!」



シーズン最初の練習前、冷え冷えとしたロッカールームの前で、オリバー・ウッドは選手を一列に並べた。その前を、大声を張り上げるウッドが行き来した。



「俺たちにはとびっきりのチェイサーが三人居る」



ウッドはアンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルの三人の女性チェイサーを指差した。



「そして俺たちには、負け知らずのビーターがいる」

「よせよ、オリバー」

「照れるじゃないか」



双子のフレッド、ジョージ・ウィーズリーが照れくさそうに鼻を啜るが、それがフリだというのが顔を見て分かった。そしてウッドは、鬼神のように気迫迫る顔を私に向けた。



「それに、俺たちのシーカーは、常に我がチームに勝利をもたらした!」



……まあ、優勝杯をことごとく逃してきたのも私の所為なのだが。しかしオリバー・ウッドは私を高く評価してくれている。それが嬉しくて微笑み、それからウッドを見つめ返す。



「それに、あなたもね。ウッド」

「そうだ、君もすごいぜ、オリバー!」

「キメてるキーパーだぜ!」



双子が便乗する。



「要するに、だ。過去二年とも、クィディッチ杯には俺たちの寮が刻まれる筈だった。アシュリー、君が我がチームに加わって以来、俺は頂きだと思い続けてた。しかし、未だ優勝杯は我が手にはあらず! 今年が最後のチャンスなんだ、我らがその名を刻む最後の!」

「オリバー、今年は俺たちの年だ!」

「絶対やるわよ、オリバー!」

「今年こそ、グリフィンドールに勝利を!」



決意を新たに、私たちは円陣を組み、練習を開始した。週に三回、日ごとに寒くなっていき私もゲンナリしつつあるが、ウッドのクィディッチへの情熱は寒風を吹き飛ばす程だったので、練習中は全く気にならなかった。泥も雨も寒風も、みんなが抱いた優勝杯という夢に曇りはなかった。そう、こんな私でさえも、だ。

ある日、練習が終わってみんなで箒を担いで談話室へ戻った時のことだ。談話室は何やらざわめいており、生徒たちは落ちつきなくソワソワしていた。



「何かあったの?」



暖炉の近くという特等席で、星座図を広げているロンとハーマイオニーに声をかけ、その隣のソファに凭れかかる。



「第一回目のホグズミード週末だ。十月末、ハロウィーンさ」

「ああ、なるほどね」



どーりでざわついてるわけだ。てことは、ホグズミード行きでみんなが居なくなったら……フム、なるほど、アレを頼みに行こうかな。人が少なくなれば誰かに邪魔される可能性も少なくなるし……あ、星座図、後で確認しとかなきゃな。急に黙りこむ私に気を悪くしたのかと思ったのか、ハーマイオニーが気を使って、私にココアの入ったマグを差し出した。



「お土産、たくさん買ってくるわよ」

「ん、期待してる。チョコレートがいいな」

「君も行ければなあ。マクゴナガルに直訴するってのはどうだ?」

「直訴して勝てる相手とは思えないわね。いいわ、寮でゆっくりしてる」

「でも……」

「ロン、アシュリーはブラックに狙われてるのよ!」

「そうだけどさあ……」



ロンとハーマイオニーがまたもや口論する中で、私はマグに口をつけた。うん、甘くておいしい。冷えた身体も温まるというものだ。

その時、背中にシュバルツを乗せたクルックシャンクスが女子寮からトコトコと降りてきた。シュバルツは私を見つけるなり、クルックシャンクスから飛び降り、私の足元でちょこんと腰を下ろした。クルックシャンクスはハーマイオニーの膝に飛び乗ると、口に咥えた大きな蜘蛛を食み始めた。ちりんちりん、と軽やかな鈴の音がガヤガヤと煩い談話室に響く。



「わざわざ僕たちの目の前でそれを食うワケ?」



ロンが顔を顰めたが、ハーマイオニーは頬を緩ませてクルックシャンクスを撫でた。クルックシャンクスはのんびりと蜘蛛を食べ始めた。猫って蜘蛛も食べるんだなあ……シュバルツは食い物の好みが煩いのか、肉や魚しか食べないけど。



「そいつをそこから動かすなよ。スキャバーズが僕の鞄で寝てるんだから」



ロンは苛立ちながら星座図に取りかかった。私もさっさと眠りたいところだが、ただでさえ授業中に寝ている天文学だ、宿題まで忘れたとあらば何点減点されるか考えたくない。私も取りかかるとしようか。嫌々立ち上がり、女子寮から星座図や羽根ペン、インクの壺を取ってもう一度談話室に降りる。溜息交じりに席に着くと、横に座ったロンが自分の星座図を押し遣ってきた。



「僕の写していいよ。君のよりはマシだと思う」

「一言余計。でもありがと、ハーマイオニーに見つからないようにしなきゃ」

「聞こえてるのよ、アシュリー!」



しかし、私の天文学の成績がお粗末なのはハーマイオニーも身を持って知っている。加えて、私が毎日毎日忙しい日々を送っていることも。なので、口をきゅっと一文字に結んだが、それ以上は何も言わなかった。

その時だった。クルックシャンクスがぼさぼさの尻尾を大きく振ったかと思うとぴょんとハーマイオニーの膝を下り、ロンを見上げたかと思うと―――大きく跳んだ。



「おい!!」



ロンが叫ぶが、遅かった。クルックシャンクスは四本の脚の爪全てをロンの鞄に深く食い込ませ、猛烈に引っかき出した。慌てて止めようと私たちが立ちあがった視界の隅で、何か黒い物体が素早く動いた―――シュバルツだった。小さな身体をロンの鞄に突進させ、クルックシャンクスと共にロンの鞄に襲い掛かり始めた。ちょちょちょ、何してんだ!?



「はなせ! この野郎!!」

「ロン、乱暴しないで!」

「シュバルツ、何してんの!」



三人が三人立ち上がり、互いのペットを引き剥がしにかかる。ロンがクルックシャンクスとシュバルツから鞄を取り上げようとしたが、二匹は今までにないほど気が立っているのか、シャーシャーと唸り声を上げ、てこでも放れようとしない。鋭い爪が鞄に食いこみ、今にも引き裂いてしまいそうだった。

身体が小さい分、力も弱いのでシュバルツはすぐに鞄から引き剥がせた。慌ててローブのフードにシュバルツを押し込んでから、クルックシャンクスを引き剥がそうとハーマイオニーに手を貸す。何故、ネズミを食べない筈のシュバルツがスキャバーズを……もしかして、クルックシャンクスと同じで、シリウスに頼まれたのだろうか、賢い子だし。いやしかし、今此処でスキャバーズ―――ピーターを連れて行かれても困るのだ、然るべき時に然るべき流れでないと、万事上手くいくとは限らないのだから。



「ロン、ロンやめて!」

「ハーマイオニー、クルックシャンクスを取り押さえて!!」



談話室は騒然となり、生徒たちはこぞって私たちを囲った。ロンはクルックシャンクスの張りついた鞄を振り回したが、鞄を爪に食いこませたクルックシャンクスはぴったりくっついたまま放れない。そのうち、鞄の中に居るスキャバーズがポーンと飛び出した。



「スキャバーズ!」



クルックシャンクスの黄色い瞳が、放物線を描いて飛んでいくスキャバーズを捉えて放さない。アッサリ鞄から放れると、スキャバーズが飛んでいった方向に駈け出す―――が、私とて伊達に百年ぶりの一年生シーカーだった訳ではない。その隙を逃さず、私はクルックシャンクスの大きな胴体に飛びついて抱き上げた。



「ハーマイオニー、籠! 籠!」



私が捕まえている間に、ハーマイオニーは女子寮を駆け上がり、クルックシャンクスを買った時に入っていた籠を持ってきてくれた。両手いっぱいに抱いたクルックシャンクスを籠に押し込むと、急いで紐で入口を縛った。ロンはカンカンになりながら、腹這いになり、箪笥の下に逃げ込んだスキャバーズの尻尾を掴んで引っ張り出した。



「見ろよ! こんなに骨と皮になって! 猫どもをスキャバーズに近づけるな!!」



小さいからとシュバルツは敵視していなかったロンも、ついには我慢の限界だったらしい。籠を抱えたハーマイオニーと、逃げないようシュバルツを鷲掴みしている私に向かって、ロンは怒り狂った。果ては人の言葉が分かるのだ、恨みでもあるんだと言い始め、一人でさっさと男子寮に向かっていってしまった。



「ロンったら……」

「もう……シュバルツ、お前どうしたの。ネズミなんか食わないじゃない」



腹減ってるのか、と思い、ニボシを与えてみるも、シュバルツはぷいと横を向くだけ。お腹が減っていたワケではないらしい。だとしたら、やはりシリウスに頼まれた、という説が濃厚だな。にしたって、こんなに小さいのに、自分より大きなスキャバーズを持って行けるワケないだろうに。シリウスめ、頼むなら相手を見て頼んでくれ。

そんな感じで私たちも寝入ったものの、朝になってもロンの機嫌は直らなかった。薬草学の時間、一緒に花咲か豆の苗を植え代えている間も、一言も口を聞いてくれなかった。ハーマイオニーも流石に申し訳なく思ったのか、おずおずとロンに尋ねた。



「スキャバーズはどう?」

「隠れてるよ。僕のベッドの奥で、震えながらね」



ロンが苛立ち紛れに作業をした所為で、ロンの花咲か豆がポポポンと音を立てて花を咲き始めた。

私は昨日の事もあって、シュバルツを連れ歩くことにした。首輪さえ外せば歩いてても鈴の音は鳴らないし、シュバルツは基本的に大人しいから授業中も鳴かないし、騒がない。ロンはスキャバーズを部屋に置いてくると言うので、私は監視するつもりで、シュバルツをローブのフードに入れて常に行動することにした。



「うにゃあ……」

「はいはい、もーすぐ終わるからねー」



気分は赤ん坊を背負う母親だ。しかしおかげで、フードにシュバルツを入れていると背中が温かいという事に気付いた。最近本当に寒くなってきたので、これは助かる。

薬草学の授業が終わり、次は変身術の授業に向かうことに。が、列の前の方が騒がしくなり、みんな歩くのを止めた。どうやら同室のラベンダー・ブラウンが泣いているらしい。親友のパーバティが慰めるように彼女の肩を抱き、シェーマスやディーンに何か説明している。



「ラベンダー、何かあったの?」



私とロン、ハーマイオニーで一緒に輪に入る。ラベンダーはしゃくりあげながら小声で言う。



「今朝、お、おうちから、手紙が来たの」

「……ラベンダーのウサギのビンキー、狐に殺されちゃったんだって」

「わ、わたし、迂闊だったわ! 今日が何日か知ってる? 十月十六日よ! トレローニ先生が仰ってた日よ、『貴女の恐れていることは、十月十六日に起こりますよ!』って! 覚えてる? 先生は正しかったのよ!」



今やクラス全員がラベンダーに注目していた。シェーマスやロンは小難しい顔で頭を振ったが、ハーマイオニーは一瞬躊躇した顔をした。

私の記憶が正しければ、ラベンダーのウサギのビンキーはヨボヨボのおじいちゃんだった筈だ。ラベンダーが寮でもう寿命なのかしら、なんて笑っていたことを思い出す。それに、死亡の手紙を受け取ったのが今日なだけで、ビンキーが今日死んだってわけじゃない。ペットが死んで悲しい気持ちは本当だろうが、半分はトレローニー先生をヨイショしたいだけだろう。ハーマイオニーもすぐその事に気付き、すぐに口を開く―――が、それを私が制した。



「アシュリー……」

「やめときなさい。……そりゃ、あなたの言動は論理的だわ。けれど、少なくともそう、人のペットが死んでるの。理由はどうあれ傷心の人を論理で殴りつけるなんて、品が無いわ」

「でも、あの先生の言う事が正しいって言わせておいていいの!? そんなことになったら、あなたの―――最初の授業の―――占いが!」

「いい、言わせておきなさい。それに、あなたの私情も入ってるでしょ、それ」

「……ッ」



どうあっても、ハーマイオニーは個人的にトレローニー先生が、占い学というものが気に食わないらしい。図星をつかれたのか、珍しくハーマイオニーは俯いた。……言い過ぎちゃったかな。



「ごめん、言い過ぎた」

「ううん、私こそ……。そうよね、ペットが死んでるのよね。そうよね、私だって、クルックシャンクスが死んだら悲しい……悲しい、もの」

「そうね。……けど、私を思ってくれたこともホントでしょ? それは嬉しいわ、アリガト」

「……やっぱり、あなたには敵わないわ」

「あら、私もそう思ってるわよ?」



トレローニー先生がヨイショされている中で、ハーマイオニーと私は顔を見合わせてくすりと笑った。丁度その時、グリフィンドールの列が変身術の教室に辿りついた。中ではマクゴナガルが待っていたので、みんなで慌てて席についた。

やがて授業が終わった後、終業のベルが鳴ったのでみんなが教科書を鞄に仕舞って立ち上がった時、マクゴナガル先生がみんなを呼び止めた。



「お待ちなさい。みなさんは全員私の寮の生徒ですから、ホグズミード行きの許可証をハロウィーンまでに提出して下さい。許可証が無ければホグズミードも無しです!」

「あのー、先生、ぼ、ぼく、無くしちゃったみたいで……」

「ああ、ロングボトム。あなたのおばあさまが私に直送なさいました。その方が安全だと思われたのでしょう」



流石ネビルのおばあちゃん、賢い判断だ。ロンが心配そうに私を見つめるが、私は笑ってそれを受け流した。聞くだけ無駄だし、どうせ私が学校外をウロつくことをあのマクゴナガル先生が許すとは思えない。

その日の夜、談話室でみんながホグズミード行きに浮かれている中で、誰もが私に気を使って慰めてくれた。特に落ち込んでいる訳ではないのだが、まあ、みんなの優しさをありがたく受け取ることにした。絵や字の上手いディーンはサインを偽装してやると意気込んでくれたし、ロンは透明マントで強行突破しようというお粗末ながらも私の為にも案を出してくれた。



「いい、ありがとう。私、気にしてないから。その代わり、お土産と楽しい話を待ってるわ。美味しいお菓子なら、いくつだって大歓迎だから!」

「アシュリー、僕らからの土産も受け取ってくれるのかい?」

「参ったなあジョージ。こいつぁゾンコで厳選しないと!」

「そこの双子からは丁重にお断りするわ」



双子からの土産なんて、何に渡されるか分かったもんじゃない。つーかゾンコって言ってるし、聞こえてるし。手をひらひらとさせてお断りすると、双子は残念そうに肩を落とした。フードの中のシュバルツが一際大きくモゴモゴ動いたような気がしたが、どうしたんだろうか。



「ん、どうしたの、シュバ―――」

「おーい、ポッターいるー?」



談話室の入り口で、六年生だか七年生の、話したことのない上級生の男子生徒が私を呼んだ。嫌な予感がしてならない、が、愛想のいい顔を張り付けて振り返る。



「どうかした?」

「君に話があるって、談話室の入口にハッフルパフ生が」

「え、あ、ええ……分かったわ、すぐ、行く」



嫌な顔を出さないように、にこやかな顔のまま頷いた。後ろの方で、ヒューヒューと野次を上げる顔見知りの声が聞こえる。フレッドとジョージを筆頭としたお調子者たちだろう、全く人の気も知らないで。



「さっすがアシュリー、今月何人目だー?」

「この調子じゃ、卒業までに百人切りも夢じゃないぜ」

「すっげえ、ホグワーツの歴史に載るかも!」

「載るワケないでしょ……」



がっくりと肩を落とし、フードにシュバルツを入れたまま、双子やリー・ジョーダン、ディーンやロンたちといった多くの野次を背中に受けて私は談話室の階段を下りる。穴の向こうに、ハッフルパフの黄色のネクタイが見えてきて、私は余計に気を落とした。



「全く、嫌になるわね」

「にゃあ」



誰にも聞こえない声で呟けば、同意するように背中のシュバルツが返事をしたのだった。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
英国[そこ]にニボシはあるのだろうか


*PREV | TOP | NEXT#

- ナノ -