7

ホグワーツに戻ってきた次の朝、相変わらず早起きしてジョギングと筋トレ生活に戻る私。昨日は雨が降ったせいでぬかるんではいるが、走りにくい地面も、魔法を使えばたちまち乾くのだから便利なものだと思う。



「フーッ……」



朝起きて、まだひんやりとした空気の残った大イカが出る湖の周りを走るのは、なんとも心地よい。が、慣れぬ作業も一緒に行うと、少しだけ気が散ってしまうが仕方が無いか、と手の中にある物を見ながら思う。残念ながら人に見られず、かつ両手が空いた時間ってこの時くらいしかないし。

ふと、走っている最中に禁じられた森の暗い入口が見えた。そういえば、シリウスのことを思い出す。そういえば彼は、ここでネズミを食って生きているのではなかっただろうか。



「……何か、ないかな」



露骨に動けばシリウスに怪しまれてしまう。私と彼の関係は、今の所、敵対している訳なんだし。ごそごそとショートパンツのポケットを探ると、昨日買った糖蜜パイが出てきた。昨日、買ったは良いが何だかんだ食べる機会を逃し、今日の運動後に食おうと持ってきたのだった。少々お腹は空いているが、私はあと一時間もすれば美味しい朝食が食べられるのだ。



「こんなもんで、ごめん……」



シリウス、見つけてくれるといいな。そんな希望を胸に、禁じられた森の木陰に、糖蜜パイをそっと置いてきた。後ろ髪引かれる思いで、私は森を後にし、グリフィンドール塔に戻る。

みんなが眠る女子寮に戻り、一風呂浴びて制服に着替えてからベッドに戻ると、身体を丸めたシュバルツが枕の横で寝息を立てていた。こいつ、何時の間に戻ってたんだ。賢いこの子の事だ、恐らく私が風呂に入ってから戻ってきたのだろう。抜け目のない子だ。



「(賢いのも困りもんだなあ)」



明日はそうはいくかと心に決め、私はパパたちの残したメモを片手にベッドに転がる。禁書から持ち出し、コピーした文章も全て読み解いた。パパ達のメモもだいぶ理解が進んだ。そろそろ、本腰を入れて《動物もどき》の練習を始めなければ。

しかし、場所がなあ……何の動物になるか分からない以上、此処でやるのは危険だ。犬や猫ならともかく、パパみたいに大型動物に変身しては、流石にカーテンをしても隠し切れない。かといって必要の部屋もなあ。前も言ったが、今、あまり出入りして誰かに見られて必要の部屋の存在が知られるのは困るのだ。でも他に場所もなあ……ほど良く広くて、かつ誰も近寄らない場所……。

秘密の部屋―――いや、戻ってくるのがめんどくさくないか。箒でも担いで行けば別だけど、それじゃあ目立つ……。

叫びの屋敷―――行くのに時間がかかる。万が一ルーピン先生に見つかったら面倒この上ないし……。

禁じられた森―――立地としては最高だけど、流石に危険か。大体シリウスだって居るかもしれないし……。



「あ」



そうだ、良い場所があるじゃないか。私のアホ、あんな良い立地の練習場所、他にあるか。ほど良く気軽に行ける距離で、かつ誰も近付かないことが証明済み。多少障害はあるが、そこは目を瞑るとしよう。よしよし、いい感じ。早速今週末、向かってみよう。

それから起き出してきたハーマイオニーと談話室に降り、ロンと合流して朝食に向かう。席に着くと、いつものように大勢のふくろうが天井を覆い尽くす。人見知りなヴァイスが誰かに頼まれ手紙を運ぶことは滅多にないので、優雅に紅茶を飲みながら、向かいに座った双子のどちらかが私に時間割を手渡した。



「ホラ、アシュリー。三年の新学期の時間割だ」

「あら、ありがとう。……ウーン、ジョージ、かしら?」

「おっ、正解。アシュリーもようやく、僕らが見分けられるようになったのか?」

「まさか。勘よ、勘」



生みの親でも間違える顔を、たかだか三年の付き合いの私が見抜けるか。肩を竦めると、ジョージの隣に同じ顔を持つ少年が腰を下ろした。じゃあこっちがフレッドか。



「おい、アシュリー。今週末、ウッドからの呼び出しがかかったぜ」



ニヤつきながら言うフレッドだが、残念ながら相手がウッドである時点で男女の話ではないことは丸分かりだった。思わず、プッと吹き出してしまった。



「私たちメンバー全員が、でしょ。そっか、そうよね……ウッド、今年が最後だものね……」

「ああ。今年こそは取らなきゃ」

「でなけりゃウッドの奴、来年は留年してまでホグワーツに居座るぞ」



ウッドの性格を考えると、冗談には聞こえないのが凄い。オリバー・ウッドがクィディッチにかける情熱はもはや他学年にさえネタにされるほど有名で、隣のロンがうへぇ、といった顔をした。



「わあ嬉しい。今日から新しい学科がもう始まる」



私たちの会話など耳に入っていないのか、ロンの向かいでハーマイオニーは嬉しそうに時間割を覗き込んでいる。ロンはちらりとその時間割を見て視線をクロワッサンに戻し―――何かの間違いでは、といった顔でもう一度ハーマイオニーの時間割を覗き込んだ。



「ねえ、ハーマイオニー。君の時間割、メチャクチャじゃないか」

「どこが?」

「一日に十科目もある」

「なんとかなるわ。マクゴナガル先生と一緒に決めたんだから」

「いやだって、この日の午前中、九時に占い学、その下、九時からマグル学、そんでその下―――おいおい、九時から古代ルーン文字学ときたもんだ。なあ、ハーマイオニー、君が優秀なのは知ってるけど、そこまで優秀な人間が居るワケないだろ。三つの授業を、いっぺんにどうやって出席するんだ」

「馬鹿言わないで、一度に三つのクラスに出られるわけないでしょ」

「じゃ、どうするんだ」

「アシュリー、マーマレード取って」

「はいはい。でもハーマイオニー、本当に大丈夫なの?」



横で聞いてても頭が痛くなる話だ。選択科目は、最低二つ取らなければならない。私とロン―――いや、ほとんどの生徒が二つ、精々三つでとどめている中、ハーマイオニーは全て受講している。ビッシリと埋まった時間割に、思わずそんな言葉を投げかけるも、ハーマイオニーは譲らない



「大丈夫。それに、あなたなら分かってくれると思ったんだけど」

「私は深く狭くがいいの。手広くってのは性に合わないし」

「でも、何事も触れてみなきゃ分からないこともあるわ」

「ハーマイオニー、教育ママみたい」

「全くだ。自分自身をそこまで追いつめて、どうするつもりだ?」

「いいでしょ別に。私の時間割がちょっと詰まってるからって」



ハーマイオニーは、多くは語らない。まあ、語らせるのも酷というもの。命に関わることでも無し、体調を崩すようなら適当に言って休ませればいいだろう。

朝食を終え、みんながゾロゾロと新しいクラスの教室へ向かう。私の記念すべき第一科目目は、選択科目の『古代ルーン文字学』だった。教室は三階で、担当はバスシバ・バブリング女史。原作では名前がチラッと出た程度で、ニコラス・フラメル同様、どういった人物なのか全く分からない。というのも、なんせホグワーツに入学してからも、数える程度にしかバスシバ・バブリング女史を見かけたことが無いからだ。噂によると自身の担当である古代ルーン文字に人生を捧げていると言っても過言ではなく、メシも学校行事もガン無視で自分の研究室に籠りっきりなのだと聞くが。



「(学期末は流石に居た気がするけど)」



それもやはり、遠目でしか見たことが無い。金髪で背が高く、白衣にも似たローブを着ていたおばちゃん、という印象だったことは覚えているが、バスシバ・バブリング女史に関する情報はそれくらいだ。ああ、あと、授業が恐ろしく難しい、ということは聞いた気がする。セドリックの勧めがあって勢いで取ってしまったが、寝ててもどうにかなりそうな占い学を取るべきだっただろうか。今更そんなことを考えながら、ハーマイオニーよりは軽い鞄を片手に一人で教室に行く為、大広間を出る。今日も機嫌のままに動く階段を渡っている時、誰かに呼び止められた。



「あ、あの、アシュリー……!」

「?」



がこん、と目の前の階段が動き出したので仕方なく足を止める。振り返った先にいたのは―――知らない男子生徒。ネクタイの色から、レイブンクロー生と分かる。背が高く、ガッシリとした体型で、ラグビーとか得意そうだな、と勝手に思った。顔は爽やかなスポーツマン、って感じ。短く刈り上げた栗色の髪と、ガタイに似合わぬベビーフェイスが印象に残る、が全く見覚えがない。誰だコイツは。



「俺―――スィオフィラス・オールドカースル。テオピロって呼んでくれ」

「え、ええ。アシュリー・ポッターよ。よろしく、ええと……ミスター・オールドカースル」



……お、おい、この流れ。知ってる、知ってるぞ。この身に生まれて早十三年、人生に三度あると言われるモテ期なんてものは、顔次第ということを深く深く痛感したのは八歳になった頃だったろうか。

スィオフィラス・オールドカースルは少しだけ残念そうな顔をしたが、かぶりを振って私をじいっと見つめる。その眼に宿る色を嫌というほど知っている私は、その感情を表に出さないように表情筋を律しながら、にこやかに返す。



「何かご用でしょうか? その、授業が、」

「すぐ終わるんだ。聞いてくれないか」



ハイキター、と内なる私が心の雄たけびを上げる。譲らないスィオフィラス・オールドカースルに、何もこんな人の往来が激しいところで、と顔を顰めたくなるのをグッと堪える。現に下級生たちが興味津津と言わんばかりにこちらを見つめているではないか。ああ、やだもうほんと、面倒だなあ。

……いや、人の好意をそういう風に言ってはいけないな。行けないのは分かってはいるのだが……分かっていたとしても、その、理屈と感情はまるで違うっていうか……。



「単刀直入に言う。君に夢中なんだ、俺の恋人になってくれ!」



アーそういうの大きな声で言うー!

階段向こうまで通り抜けていったのではないかと思うほど大声の告白に、その場に居た誰もが振り返る。男子はヒューヒューと騒ぎ立て、女子はきゃあきゃあとはしゃぎ立てる。スィオフィラス・オールドカースルは沸騰したように真っ赤になりながら、私に頭を下げて手を差し出している。アーそういう奴ー。

そりゃね、そりゃあね。大層ママに似ているらしい、というかママによく似た私はマグルの世界に居た頃から大変に、そりゃあ大変にモテましたとも。顔が良いとこれだけ世界が違うのか、と驚く位にはモテた。物心付かぬ子どもの頃から、大変にモテていた。何度も告白されたし、こういう目に合っては女の子から冷ややかな目で見られた。モテて嬉しくない、と言えば流石に嘘になるが、しかしそれによる弊害を考えれば素直に『嬉しい』なんて言葉が出てくるわけがない。



「(いくつになっても、女は女だから)」



学校で一番かっこいい―――私にしてみりゃ将来が楽しみな可愛い子に告白されようものなら、数人の女の子に責め立てられる日々。「あの子が○○くんを好きなの知ってたでしょ!」、「アシュリーばっかりどうして」、「いいの、わたし、○○くん諦めるよ……」等など等など等など等など等などー!!

日本ほど陰湿じゃないせいか、それとも背後のダドリーを恐れてか、物が無くなったり実害を加えられることは『ほとんど』なかった。けれどそれでも大小問わずトラブル続きともくれば、こんな反応になっても仕方が無い、と言わせて頂きたい。無論、良いことが無かったとは言わない。好意自体は嬉しいし、顔がよくて得したことも山ほどあるけどさ。



「あ、あの、アシュリー……?」



だが、魔法界では違った。私の価値は、顔だけではなくなった。あの『例のあの人』を打ち破った英雄―――その価値がついただけで、言っちゃあ悪いが凡夫という凡夫は揃ってふるいにかけられるように近付かなくなった。しかも、その価値に相応しいだけの成果を、この二年間、叩き出し続けた。二度もホグワーツを救い、百年ぶりの一年生クィディッチ代表選手に選出され、グリフィンドールを連戦連勝に導いた。成績だって悪くないし、人当たりも良いように振る舞ってきた。んで極め付けにこの顔。価値という価値を武装しまくった私に、そこらの少年たちは私に声をかけることもなく、羨望の眼差しを送るだけだった。と、言うと滅茶苦茶嫌な奴に聞こえるな……と、思うのは、私とて生前は凡人そのものだったから、だろうか。

が、その記録も三年目にして破れたり、か。三年も居れば英雄としての価値もある程度霞んできたようだ。こりゃあ、これを皮切りにジャンジャン告白来そうだなあ、なんて思いながら、私はスィオフィラス・オールドカースルの後頭部を見つめ、しっかりとした声で、言う。



「ごめんなさい―――私、好きな人が居るんです」



でっち上げではなく、ちゃんとそう見えるように。少しだけ申し訳なさそうに、けれど意思は絶対に揺るがないという確固たる思いを込めて、ハッキリとした言葉で、私は返した。

この十三年、色々試してきたが、この断り文句が一番効果てきめんだった。多少からかわれるというデメリットはあるが、『友達からでも』、『付き合っていけば好きになるかも』といった往生際の悪い奴らを一掃できる。大体、十歳前後の子どもが付き合うってどういうことなの。私の知らない世界怖すぎやしませんかね。



「そ、そうか……す、すまない。俺、その、」

「すみません。けれど、ちゃんと言葉にして伝えてくれたこと、凄く嬉しかったです。ありがとうございます、ミスター・オールドカースル。では、私はこれで」



最後まで希望は持たせない。これも優しさであると、君も後に知ることになるだろう。君のその顔なら、今後も彼女の一人や二人、簡単にできるさ。頑張れ少年。

にこりと笑って踵を返し、好奇の絡む視線をくぐり抜ける。やべ、授業間に合うかな。三階だから大丈夫か―――そう思ったその時、スィオフィラス・オールドカースルがもう一度、私を呼び止めた。



「ま、待ってくれ!」

「はい?」

「さ、最後に聞かせてくれ! その―――差し支えなければなんだが、その、君の好きな相手というのは、セドリック・ディゴリーなのか!?」

「え?」



一々声でけえな。てか、え、なんでそこにセドリックの名前が挙がるんだ。や、まあ……他寮生の中じゃ一番仲いい方か。寮に入ると、どうしても同じ寮の人との付き合いの方が長くなるしね。

にしても、セドリックねえ。



「(噂になってたら申し訳ないな)」



セドリックに対しても、まだ話したことのないチョウ・チャンに対しても。とりあえず、セドリックの名前が挙がったことでまたどよめきが広がるこの状況をどうにかしないとな。



「違います。セドリックは友人です」

「じゃあ、ドラコ・マルフォイか? ロン・ウィーズリーか!?」

「どっちも大事な友達です。私の好きな人はマグルなんです」

「マ、マグル……?」

「ええ。ホグワーツに来るまで通っていた学校の人なんですよ」



では、失礼。と私は今度こそ、あの集団から抜け出した。『マグルだって』『アシュリー好きな人いるんだ』『テオピロ・オールドカースルって結構かっこいいのに、勿体ないね』、と様々な声が通り過ぎていく私に絡みついた。対応としてはこれが正解っぽいけど、やはり波紋がデカいな。有名であることを盾にして告白を避けてきたが、その『有名』がツケとして回ってきた気分である。

が、何時までも引きずってられない。明日辺り散々言われそうだが、今は授業だ。初日早々遅刻とか洒落にならん。急ぎ足で三階に駆け上がり、古代ルーン文字学の教室に入る。聞いた通り、だいぶ受講者が少ない。二十人いるかいないか、ってレベルだ。なるほど、この授業だけ四寮合同な理由が分かる気がした。



「(知ってる人全然居ないなあ)」



一応、まだ三年だけな筈なのに、周りを見渡しても見知った顔はいない。ネクタイの色から、レイブンクローが多めな感じか、次点でスリザリン、ハッフルパフ、グリフィンドールといったところか。うわ、グリフィンドール生、私とハーマイオニーしかいないんじゃないのコレ。どんだけ人気ないんだこの授業。まあそもそも、同学年でさえ各寮数人ずつぐらいしかいなんだ、顔見知りが居なくても当然か。

特に知り合いもいないので、ハーマイオニーが見つけやすいように後ろの方の席に座り、教科書を広げる。『魔法象形文字と記号文字』と、ルーン語の辞書を机の上に出して、ぼんやりと待つと、息を切らせたハーマイオニーが、パンパンに膨れた鞄を片手に教室に転がり込んできた。



「ハァッ……ハアッ……!」

「ハーマイオニー、こっちこっち」



相当ダッシュしてきたようだ。そりゃそうか、彼女はこの時間、占い学の授業に出ていた筈だ。北塔のてっぺんからこっちまで駆け下りてきたことになる。どかりと腰を下ろし、ゼイゼイと息をしながら整えるハーマイオニーの背中をさする。



「あ、ありがと……アシュリー……っ」

「全然。でも、こんな生活続けてちゃ、身体持たないわよ?」

「……だ、大丈夫、よ……!」

「そう? なら、私は何も言わないわ」



ハーマイオニーの意思は固い。何度も言うが死ぬわけではなさそうだし、多少は放っておいても大丈夫かな。寧ろ、ハーマイオニーはここで痛い目を見ないと。二兎を追う者はなんとやら、ってね。



「……アシュリー」

「ん? どうかした?」

「―――ううん。なんでも! 楽しみね、授業!」

「……ふふ、そうね」



そう言ってにこりと笑った、その時だった。

教室の奥の扉から、目も眩む閃光が差し込んできたかと思うと、バァアアンッ、という耳を劈く凄まじい音量の爆発音が教室全体に響き渡った。教室に居た誰もが驚き慌て、あまりの音に椅子から転げ落ちる者もいた。私はすぐに杖を抜いて音のした方へ向けた。未だ目は開けられないが、音のした方に誰かが居るのは分かったからだ。

しばらくの、沈黙が流れた。ようやく目を開けられるようになって、光を調節しつつ、ゆっくりと瞼を上げてみれば―――そこには、一人の老いた魔女が立っていた。



「―――音とは」



カツン、と地面につけた杖を鳴らす、一人の魔女。腰まで届く、ぼさぼさの明るい金の髪は、動物園のライオンを彷彿とさせる。クッキリと浮かび上がる隈があること以外は比較的何処にでもいそうな、少し厳しそうな近所のおばさん、といった具合だ。年頃はマクゴナガル先生と同じぐらいに見える……けど、あの人も七十そこらだと考えると、見た目は五十歳ぐらいに見える、と言うべきか。白衣と見間違えるほど真っ白なローブを着ており、足腰が悪そうにはとても見えないが、長いステッキをついている。



「他の動物の気配、物の動きなどの周囲の状況、空間構造などを把握するために用いられておる。また、外敵や災害から逃れる為の周囲把握にも用いる―――と、言うのに。この騒ぎを『警戒』したのはたった一人とは、まこと情けないものじゃ。世が世なら主ら、成人を待たずして死んでいようて」



コツコツ、とステッキを鳴らし、教室を見渡す魔女は、一人杖を取り出して自分に向けている私に目を向ける。ばちり、と紅茶色の瞳と眼が合った。獅子の様とは言ったが、眼だけは猛禽類のそれだった。こちらを喰らおうとするその目付きに一瞬驚くが、怯むことなく見つめ返す。教室の誰もが私と老齢の魔女に目を向ける。それからしばしの沈黙ののち、私はそっと杖を仕舞った。……とりあえず、敵意がある訳ではなさそうだし。

魔女はそれを見届けるように見つめてから、くるりと踵を返す。



「紹介が遅れたかの。ワシがバスシバ・バブリング。クソほど忌々しいことじゃが、アルバスの顔を立てる為、嫌々『古代ルーン文字学』の教鞭を取っておる」



出だしからとんでもない挨拶だった。やはり世の為人の為、ホグワーツも教員免許の制度を導入するべきである。そんな私の考えを他所に、バブリング先生は話を続ける。



「最初に言っておこう。ワシは主らを生徒とは思わん。教鞭を取って早五十年、ワシは今まで一度たりとも教師という立場だったことも、生徒という立場を取らせたことも無い。よいか、今日この瞬間から、主らはワシの弟子じゃ」



……弟子?

よく分からないその言い回しに、私はぐっと眉根を顰めた。



「主らはこの四年をワシに捧げよ。たった四年ではあるが、主らに最高峰のルーン魔術を叩き込んでやろう。無論、我が神秘を万人が理解するとは微塵にも思ってはおらん。ワシはそういった弟子を切り捨てる。振り向かぬ。決して情に靡かぬ。ワシには時間が無い、我が野望は未だ成就せず。寿命という忌々しい時の檻に閉じ込められたこの身に残された時間は、光が空を駆けるよりも尚短い。そうして凡夫の波を切り捨てて、最後に残った真の賢人こそに、生涯をかけて鍛え上げたルーンの極意を授けようぞ」



考える隙も与えず、バブリング先生は続ける。



「我が目的はただ一つ、カビの生えた古の魔法と忌避され続けてきたルーンの魔術を真の意味で甦らせること。杖使いどもが築きあげた嘆かわしい時代を、我が神秘を以てして一新させるのじゃ! よいか、脳みそのない野蛮人どもでさえ、杖を振えば自ずと魔法が発芽する。嗚呼なんて忌まわしい、嗚呼なんて不幸! これを絶望と言わずしてなんというか! そも魔法とは何か。数千年の時を経て尚、後世へと託された叡智を読み解き、自らが守り手となりながらも、洗練されたその力を尚のこと磨き上げ、自らも語り部となることではないか! ああそれなのに昨今の若者の嘆かわしいことといったら! 何が『杖さえあればルーンは用無し』じゃ!! 馬鹿なことを言いおって、守り手となることしか考えておらぬ杖使いどもの驕りは見るに堪えん! 挙句、自らを鍛え上げることも良しとせず、楽に楽に生きることだけを考えておるときた! だからこそ、この残り少ない時間、全てを主らに注ぎ込んでやろうぞ。そうすればいつか現れる筈じゃ、我が後継者に相応しい者が……ワシに次ぐ、ルーンの担い手が、きっと……きっと……!!」



こ、これはまた……なんというか、強烈、だな。長々と力説するバブリング先生に、生徒は何も言えずにぽかんと口を開きっぱなし。いやはや、ここまで振り切った先生も中々いないのではないか。

早い話、『ルーン魔術に人生を捧げているが、余命あと僅かなので後任者を探して夢を継いで欲しいので厳しく授業するからよろしくな』、って感じか……確かに少人数になる訳だ、これからどんな授業展開になるか想定できないが、恐らく並大抵の授業よりは進むペースも、難易度も、段違いな筈である。そして極め付けにはこの強烈な教師、ダンブルドアには人を見る目がないんじゃないかって気がしてきた。



「言い忘れておったが、この授業は七年時にNEWTs[イモリ]とは別に『継承試験』を受けてもらう。教鞭を取って五十年経つが、『継承試験』をパスした者は両手で数えるだけに留まり、その全てが担い手を辞退するという悲劇に見舞われており―――ゴホッゴホッ!!」



大声を張り上げていたバブリング先生は突然大きく咳き込み、口元を押さえ、杖を手放しその場にしゃがみ込んだ。からんからんと床にステッキが叩きつけられ一瞬そっちに気を取られるが、すぐにみんな、先生を凝視した。口元を押さえた皺の寄せた白い手から、鮮やかな赤の液体が溢れかえっている。

誰もが驚き、医務室へ、と先生に駈け寄るが、先生はそれを片手で制した。その手は、滴るほどの鮮血がべっとりとついている。



「何、案ずるな……ゴホッ。ワシは生まれつき不治の病に冒されておってな……八十年も前から『もう長くはない』と言われ続けてきておるが、この通りじゃ」



そう言いながらまたもや吐血する先生に、何がこの通りなんだ、と誰もが思ったことだろう。不治の病魔がショボすぎるのか、先生の執念にも似た野望への思いが強すぎるのか、とりあえずタダでは死にそうになさそうである。



「ま、ワシの自己紹介はこれくらいにしておこうかの」



吐血交じりで自己紹介されるなんて、後にも先にもこれが最後であると願いたい。先生は落ちた杖を拾い、杖先で何やら文字を描いて、トン、と杖を床についた。すると、血で汚れた床が綺麗さっぱりなくなり、つるりとした床が顔を見せた。

無音呪文か、と思ったが、この先生のことだし、これもルーン魔術の応用だろうか。



「さて、主らにはこの一年、ルーン文字を学んでもらう。文字が分からなければ、魔術なぞ学べやしないのでな。ゴホッゴホッ」



少しだけ咳き込んで、先生は生徒一人につき一冊の本を配り始めた。やたら分厚い本だ。ホグワーツの歴史とまではいかないが、漢字辞書ぐらいはありそうだ。茶色の表紙に、銀の文字で何やら綴られているが読めない。恐らく、ルーン語で書かれているのだろう。



「全員行き渡ったかの? よしよし、主らにはそれをくれてやろう。ワシが書いた本でな、毎年三年は、それを全て翻訳するのが期末の内容となる。ゆめゆめ無くすでないぞ?」

『『『えっ!?』』』



え、なに、それだけでいいの?それじゃあ内容覚えちゃえばテストはヌルゲーじゃね?あれだけ高説垂れておきながら、こんな生ぬるいテストでいいのか……少しだけ拍子抜けした気持ちになりながら、ぱらりとページを捲る。挿絵も英語も全くない、ルーン文字が連なるだけの本だった。

―――が、ぴたり、と本を捲る指が止まる。最初の数ページにこそ、眼が痛くなるほどビッシリと連なっていたルーン文字が、ぱったりと途絶えてしまった。次のページも、その次のページも。未だ綴られていない日記のように、白紙が続いて行くだけの本だった。



「ただし、世の中そう簡単にはゆかんぞ?」



ニヤリ、と意地悪そうに笑うバブリング先生。口元に血さえついていなければただの底意地の悪そうな顔なのに、血がついてる所為でどことなくホラーチックだ。



「それは、学期末のテストを受ける段階になって初めて完成する『未完の物語』じゃ。それを所有し続けることにより、主らが授業で何を想い、何を感じ、何を読み取ったかが本の内容に反映されてのう。学期末に初めて、世界に一つしかない、主らだけの本が出来上がるというわけじゃ。それを翻訳出来れば、合格じゃ。無論、辞書の持ち込みは禁ずる」



そ、それって、つ、つまり―――。



「主らにはこの一年で、『ルーン文字』という言語を習得してもらう。残りの三年は全て実技に当てる為の策じゃ。心せよ、若者たち」



はっはっは、と笑うバブリング先生に、私は思う。不可能だ、たかが一年で言語を習得できる筈が無い、と。だってそうだろう、他言語を学ぶのがどれほど難しいか、我ら日本人は身を以て知っている。まあ中には得意な奴もいただろうが、大半の日本人は外人に話しかけれても「アイキャントスピークイングリッシュ」を返すのが精いっぱい、といった感じだろう。

いやいや無理無理。たかが一年で、ルーン文字のルの字も知らない我々が本一冊を翻訳するなんて、出来っこない。顔を青くする数名の生徒を見て、バブリング先生はまた高らかに笑い、吐血した。



「ゲホッ……! そ、そう暗い顔をするでない、若き弟子たちよ。なあに、英語もルーン語も、元を辿ればゲルマン諸語に還る。言語系統が同じなのだから、そう苦労もすることはなかろうて」



無茶苦茶だ。日本語知ってるなら中国語も韓国語もイケるよね、ぐらいの暴論だった。思わず閉口する生徒たちに、おやおやとバブリング先生は肩をすくめてみせた。



「何をそう悲観する、ウン? ワシとて伊達に嫌々五十年も教鞭を取っておらぬわ。そうさな、凡夫は粗方振るい落とされるやもしれぬが、我が手にかかれば言語習得の一つや二つ、容易いものよ。無論、あくなき努力と信念を持ってこそ、じゃがの」



……努力と信念、か。

開幕からあの調子だというのに、今になって真っ当なことを言い出すバブリング先生に、興奮にも似たどよめきが教室内に走る。この先生が言うと意地と執念って感じがするが、吐血交じりに胸を張るその姿を見ていると、なんとなく、この先生の元でならやれるのではないか、という気がしてくる。フム、確かに大変そうな科目だけど、その分、知る人の少ない武器を手に入れられると思えば中々有意義に過ごせそうじゃないか?うんうん、やはりセドリックのアドバイスを素直に聞いといてよかっ―――。



「ではまず、ゲルマン共通のルーン文字および北欧ルーン文字の書き取りからじゃな。各文字、羊皮紙一メートルずつ書き取り、終わった者から帰ってよい。来週までに文字の形の由来と意味を頭に叩きこんでくるのじゃ、小テストも行うのでな」



―――授業が終わる頃には、みな利き腕を擦りながら、疲労困憊といった顔で教室を後にした。バブリング先生は宣言通り、授業一コマ丸まる書き取りに当てた。しかも、ただぼんやりと書き取りをしている者には容赦なく喝を飛ばし、気の緩めを決して許さなかった。授業開始の最初の授業がこれでは気が重くなる、と私でさえ痛みを感じる右腕に鞄を通し、早くも疲労の色が見え隠れするハーマイオニーはトイレに行くから先に行っててと言われ、私は重たい身体を引き摺って一人で変身術の授業へ向かった。教室が近かったことが幸いし、私はすぐに変身術の教室に着き、まだ誰もいない教室の後ろの方の座席に腰掛けた。他のグリフィンドール生は占い学だったし、北塔からこの教室まで来るのには時間がかかるのだろう。

しばらくしたら、顔の見慣れたグリフィンドール生がぞろぞろと教室にやってきた。が、みな、一様に顔が暗い。驚く私を余所に、皆私を一瞥し、やはり暗い顔をしたまま座席に着く。中でも一際顔色の悪いロンが私の横に力無く座った。一体、何事なんだ。



「ちょ、ちょっとロン。どうしたの、みんなも」

「……アシュリー……」



ロンは暗い顔のまま、それ以上のことは言わない。まるで死刑宣告を受けた無実の囚人みたいな顔をしている。あまりに憔悴しきっているので聞くに聞けず、黙って授業開始を待つ。数分したら、やはり鞄をパンパンにしたハーマイオニーが息を切らせて教室に転がり込んできたので、席を空けてスペースを作る。しかし、ロンは特別不思議に思わなかったのかそんな余裕もないのか、何も突っかからない。なんだ、本格的に変だぞ。

やがてマクゴナガル先生が来て、授業を始めたので仕方なく頭を切り替える。先生は《動物もどき》の話をし始めたので、私は使えそうな情報を取捨選択し、こっそりメモに書き起こした。実演までしてくれたマクゴナガル先生は、目の周りに眼鏡と同じ縞のあるトラ猫に変身した。おおすごい、私もあれだけスムーズに出来るようになりたい、と思いながらぱちぱちと拍手をした。が、拍手をしたのは私とハーマイオニーだけ、他の生徒はぼんやりとしたままだった。



「全く、今日は皆さんどうしたんですか?」



先生はポン、と軽い音を立て、元のを姿に戻るなりクラス中を見回した。



「別段構いませんが、私の変身が喝采を浴びなかったのはこれが初めてです」



少しだけ残念そうに言う先生。その瞬間、クラスのみんなが私の方を振り向いた。えっ、なに、ホントなんなの。困惑する私の隣で、仕方ない、とばかりに挙手したのはハーマイオニーだった。



「先生、私たち『占い学』の最初の授業を受けて来たばかりなんです。私たち授業でお茶の葉を呼んで、それで―――その」

「ああ、そういうことですか。ミス・グレンジャー、それ以上は結構です。今年は一体、誰が死ぬことになったのですか?」



ハーマイオニーの言葉から全てを汲みとったらしいマクゴナガル先生は、そうやって言い放った。するとどうだろう、みんなが唖然としてマクゴナガル先生と私を見比べたではないか。

……え、いやいや待って。私、あの授業受けてないんだよ?



「わ、私なの!?」



ちょっと驚いた。授業を受けなきゃ死刑宣告もされねーだろとか思ってたらまさかまさかの展開。授業を受けて居ようがいまいが、容赦ナシってことか。くそ、有名税がこんなところでも響いてきたのか……!?



「分かりました。では何も知らないミス・ポッターに教えて差し上げましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、毎年一人の生徒の死を予言してきましたが、未だに誰一人として死んではいません。死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎える時のあの方のお気に入りの流儀です。『占い学』は魔法の中でも最も不正確な分野の一つです、真の予言者は滅多にいませんから。無論、私は同僚の悪口を言うつもりも、私自身があの分野に関して忍耐強くはないことを隠すつもりもありません」



つらつらと、己が考えをしっかりと述べてから、マクゴナガル先生は驚く私をちらりと見て、くすりと口元を緩ませた。



「ミス・ポッター。私の見るところ、あなたは健康そのものです。ですから今日の宿題を免除したり致しませんからそのつもりで。ただし、もしもあなたが死んでいたら、提出しなくて結構です」



マクゴナガル先生がジョークを言うなんて珍しい、私を気遣っての事なのだろうか。あまりの珍しさに、私もハーマイオニーも堪え切れずに吹き出したが、他の誰も笑わなかった。ロンはまだ心配そうに眉を顰めていた。

変身術の授業が終わり、三人で昼食を取る為、大広間に向かう。



「みんなが沈んだ顔をしてたのはそういうワケね。大丈夫よ、ロン。元気出して。私はこの通り元気だし、明日ぽっくり死んだりしないわよ」

「アシュリー、君はあの場にいなかったからそんなことが言えるんだ!」

「冗談よしてよ。その場に居ても同じことを言うわよ、私なら」

「そうよ、ロン。マクゴナガル先生が仰ったこと、聞いてなかったの?」

「君たちは、『《死神犬グリム》に取り憑かれてる』ってことがどれだけ恐ろしいことか、知らないんだ。大抵の魔法使いは、その名前を聞けば震えあがってお先真っ暗なんだぜ!」



ヴォルデモートといい、《死神犬》といい、『名』に力を持たせるという魔法使いのこういう所はめんどくせえなと思わないでもない。無論、魔法族の文化がしっかりと継承されてる証拠とも言えるが……。



「ロン、あなたは私に死んで欲しいの?」

「馬鹿言え、そんなことあるか!」

「じゃあいいわ。大体ね、何だって直接会ったことも無い人に死刑宣告されなきゃいけないの。私は今後ともそう簡単にくたばる予定もないし、《死神犬》に祟り殺されるつもりもない。これでこの話はおしまい、いい!?」



まだ何か言いたげなロンを無理矢理黙らせ、私は苛立ち半分にソーセージをフォークにぶっ刺した。全くどいつもこいつも、人が生きるか死ぬかがそんなに面白いのか、クソくらえ。大体、そんなに私がヤワな女の子だと思ってんのか。見た目はそうかもしれないが、私はこの場に居る誰よりも生存力高いと自負してるくらいだぞ、三度もヴォルデモートの手から逃れてるってのにさ。……自力で、とは言い切れないのが歯痒いところだが。

ハーマイオニーも同意と言わんばかりに、鞄から数占い学の教科書を取り出して、読みたいページを探してぱらぱらとめくり始める。



「占い学って、とってもいい加減だと思うわ。あてずっぽうすぎる」

「あのカップの中の《死神犬》はいい加減じゃなかった! トレローニー先生は君にまともなオーラが無いって言った! 君ったら、たった一つでも自分がクズに見えることが気に入らないんだ!」

「占い学で優秀だって事が、お茶の葉の塊に死の予兆を読むふりをすることなんだったら、私、この学科といつまでお付き合いできるか分からないわ! あの授業、数占いや古代ルーン文字学に比べたら、全くのクズよ!」

「いい加減にして! この話はおしまいって言ったでしょう!」



勝手にヒートアップする二人を諌めるように怒鳴り付ける。

全く、ロンもロンならハーマイオニーもハーマイオニーだ。刺激しなきゃいいのに余計なことを言うからこうなる。大体、話の内容が私が死ぬか死なないかというのも勘弁願いたいところなのに、メシ時にこんな話されたのでは、いくらあてずっぽうな占いでも気が滅入る。



「ロン、これが最後の忠告よ。私が生きるか死ぬかよりもトレローニー先生の予言の方が価値があるとお考えなら、今すぐにぶっ飛ばしてやるけど、どうする?」

「じょ、冗談……!」

「それとハーマイオニーも。いくら占いがあてずっぽうな物だとしても、真の予言者は実在するし、占い学が全くのクズとは言い切れないわ。価値があるから学問ではなく、価値のある人の手に渡った物が学問となるだから、お分かり?」

「あ、う、アシュリー……!」

「最後にもう一つ。私が自分の目の前で死ぬか死なないかの論議をされることに、どれだけ気分悪いと思ってるか二人で頭を突き合わせてよくよく考えなさい、以上!」



言葉を吐けば吐きだすほど苛立ちが込み上げる。食器の上のにんじんとソーセージが宙を舞うほど強く強くテーブルを殴り付け、私は席を立った。

あれ、おかしい。こんな些細なことで苛立つほど、私は子どもだっただろうか。ハリーでさえ我慢したことを、どうして私が我慢できないのか。ロンの、ハーマイオニーの、周りの生徒たちからの視線が痛い。ああ、全く。喧嘩もしないほど十全な少女を演じてたのに、これじゃあ計画が水の泡だな、なんて考えるだけの余裕はあるらしい。



「ちょ、ちょっと! アシュリー!」

「反省なら、頭を冷やした後で聞くわ!」

「お、おい! 待てったら! アシュリー!」



私は二人の制止を振り切って、鞄を引っ掴んで大広間を立ち去った。どの道、次は『魔法生物飼育学』。あの厄介な本を取って来なければいけないので、私はさっさと一人で寮を目指すのだった。





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ルーン魔術云々は適当なこと言ってるので
あんまり間に受けないでください


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