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何はともあれ、去年と同じように漏れ鍋に出てこれた私は、宿題、《動物もどき》の勉強、メシ、筋トレの引き籠りサイクルを復活させた。早起きしてジョギングや筋トレをして、嫌がるシュバルツを引き摺って風呂に行く、ご飯を食べて宿題をフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーでする。店主が気前よく振る舞ってくれるサンデーに舌鼓を打ちながらせっせと宿題を進め、昼食を取って散歩がてらに、怪物本のおかげで例年の五倍は喧しいフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で面白そうな本が無いか物色し、漏れ鍋に返って人目に付かない場所で動物もどきの勉強をする。そしてトムが振る舞ってくれる夕食を食べ、筋トレをしてシャワーを浴びて、寝る前にヴァイスとシュバルツと遊んで、寝る。最高のサイクルだった。

人見知りの激しいヴァイスはシュバルツと最初こそギクシャクした関係だったが、しばらくすると、ヴァイスはシュバルツを自分の弟のように嘴で突っついてからかったりするようになった。シュバルツも風呂以外は聞きわけの良い子なので、ヴァイスと大きな喧嘩をする訳でもなく、仲良くやってるようだった。



「(天国みたいだなあ)」



仲の良い可愛い二匹を見守りながら、私はそんなことを思うのだった。

この間、猫に関してど素人な私はこの休み期間に猫の育て方のあれこれのレクチャーを受けに、魔法動物ペットショップに向かった。しかし、「魔法界の猫は賢いので、魔法使い側がこれといって世話をすることも無い。せいぜい彼らの望む食べたい物を与え、清潔にしてやるだけでいい」とのことだった。頭が良いので去勢の必要もないらしく、そちらも問題なしだった。シュバルツはキャットフードがお気に召さなかったようで、結局、子猫用のシャンプーを一本買うだけで済んだ。食事はトムに頼めば加熱処理された肉や魚を出してくれたので、ストレスフリーどころか金もかからないときた。

ペットの鑑だな、と背筋をぴんと伸ばしているシュバルツの頭を撫でる。シュバルツは嫌がりもせず、気持ち良さそうに私の手に摺り寄る。きゅんきゅんする。



「ホント、お前たちは良い子だなあ」

「にゃ」

「ホーゥ」



そんな感じで、私は二匹の家族と共に漏れ鍋で過ごした。

漏れ鍋に来てから数日が経つ頃、ちらほらと友人たちから手紙が来るようになった。特に、シリウス・ブラックがまたもやマグル―――“偶然”にもアシュリー・ポッターが住んでいた家―――を襲った事件が新聞の大見出しのせいで広まってから、魔法族の友人たちは私の安否を問う為、こぞって長々とした手紙を送ってよこした。私は一通一通返しながら、ロンやハーマイオニーに私は漏れ鍋に居ることを伝える手紙を書き、その後でドビーにお礼の手紙を認めた。そだ、冬も近いことだし、お礼に毛糸の靴下でも贈ろうか。そう思い立ち、早速私は着替える。にゃあ、とシュバルツが窓の外からぴょんと飛び出して行くのを尻目に、私はトランクの中の荷物を漁って支度をする。

今日は比較的暑い方なので、鮮やかなブルーのバックフリルワンピースに、軽やかなセーラーテープのラインが彩られたブラウスを羽織る。あとは前髪で傷を隠し、前髪が変に跳ねないようにネイビーのマリンベレーを被り、編み上げのサンダルを履けば、うん、いい感じだ。予め多めに下ろしておいたお金を巾着に入れて、私は立ち上がる。



「いってきまーす」

「ホー」



シュバルツはどっかへ行ってしまった。トイレだろうか。ヴァイスの声を背中に、私は漏れ鍋を抜けて、ダイアゴン横丁を目指す。

目指すは、毛糸の靴下が売ってそうなお店。相変わらず人がごった返しているダイアゴン横丁を、人並に押し流されながらもきょろきょろと目的の店を探す。やたら喧しいフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店の店で『新刊入荷』という文字が見えたので、帰りに寄ろう。しばらくぶらぶらと歩いていると、『マダム・ブランドナーの毛糸屋さん』という看板が目に止まる。鮮やかなポップカラーの屋根で、店先には色取り取りの毛糸が並んでいる。



「いらっしゃい、お嬢さん。お探し物ですか?」



人の良さそうなふっくらとした魔女が、ニコニコした顔で現れた。私は帽子を深く被りながら、靴下を探してる、と伝える。すると魔女は毛糸の靴下コーナーに案内してくれた。



「すっげ」



店内は、爪先から天井まで、全部毛糸、または毛糸で出来た靴下やら手袋、マフラーやらセーターが所狭しと並んでいる。こんだけあると迷うなあ、と思いながらドビーに似合いそうなポップカラーのドットの靴下を手に取り、レジに向かう。

その時、カウンターに置かれているある物に目が止まる。



「……」



私はしばらく考え、それを二つ、靴下と一緒にカウンターに置いた。魔女はあらあら、と嬉しそうに顔を綻ばせ、会計をし、オマケですよ、と可愛らしい赤と白の包装紙をつけてくれた。私はお礼を言ってお金を払い、紙袋を貰って店を後にする。そうしていつものように、ダイアゴン横丁をうろうろしてから、漏れ鍋へ返り、紙袋から靴下だけ取り出してドビーへの手紙と一緒にヴァイスに運んでもらうと、紙袋はトランクの奥へと仕舞い込んだ。

さて、そうしているうちに夏休み最後の日となった。ロンとハーマイオニーの手紙から、彼らは今日漏れ鍋に泊まり、一緒にキングズ・クロスに行くとのことだった。それを聞いて、私は昨日のうちに教科書も、ローブも必要なものは全て購入し、残ったお金は五十ポンドほどしっかりと換金して、巾着に仕舞ってトランクの中に押し込んでおいた。ミッションコンプリート、さあいつでも来い。

トムが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ぼんやりと二人を待つ。しばらくして、漏れ鍋の入口からロンとハーマイオニーが息を切らせて飛び込んできた。



「「アシュリー!」」

「ロン、ハーマイオニー! 久しぶり!」



久々に会うロンはまた背が高くなっており、ハーマイオニーはこんがりと日焼けをしていた。けれど、相も変わらぬ、私の知る二人だった。二人とも息を切らせ、顔を真っ赤にしながら私の元に駈け寄ってくる。息を整えるように言って、二人を落ちつける。

やがて落ちついたハーマイオニーが、私の顔をじいっと見つめながら言う。



「アシュリー、あなた髪が伸びたわね」

「あ、やっぱり?」



ハーマイオニーに指摘され、肩口より少し伸びた髪を指に巻き付ける。

私の髪型はずっとボブだったのだが、マージおばさんの襲撃で髪を切りに行く暇無くドビーに連れだされてしまった為、この夏は行きつけの美容院に行けなかったのだ。前髪や毛先くらいなら自分で切るが、流石にバッサリやるのは少し怖い。ダイアゴン横丁にも美容院、のようなものはあったが、やはり見知らぬ美容師に任せるのは少し怖くて、結局伸ばしっ放しだったのだ。縮毛も利かないくらいガンコな髪なのであまり伸ばしたくはないのだが、背に腹は代えられない。



「あら、似合うわよ。ね、ロン」

「うーん、僕はなーんか見慣れないなあ」

「ロン、そこは嘘でも可愛いって褒めるべきところよ」

「君にぃ?」



失礼な奴め。ぎゅっと足を踏んでやると、ロンが恨みがましそうに私をジロリと睨んだ。が、ハーマイオニーにも睨まれてると気付いたロンは、話を変えた。



「そ、そういや、君んちにブラックが現れたってホントなの?」

「誰も姿は見てないけど、ドビーが教えてくれたの」

「そう、それよ! 詳しく教えて頂戴よ!」



込み入った話もあるので、場所を変えようと私は二人をダイアゴン横丁へと引っ張っていった。



「そういえば、いつこっちについたの?」

「二時間前にね。ハーマイオニーと一緒に、ずっと君を探してたんだ」

「やだ、漏れ鍋に泊まってるって教えたじゃない」

「そうだけど、君、漏れ鍋に居なかったんだよ」

「じゃあどっかですれ違いになったのかもね」



そんな話をしながら、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーに向かい、チョコレートサンデー、ストロベリーサンデー、キャラメルサンデーを頼んで、テラスに腰を下ろす。



「食べて良いの!?」

「探させちゃったお詫び」

「サンキュー!」

「いいの、アシュリー?」

「今年は宿代が浮いたから」



嬉しいことに、私の宿泊費は魔法省持ちだった。そんな話を皮切りに、夏に起こったことを二人に話す。マージおばさんのこと、ドビーのこと、ファッジのこと。シリウスが私個人を狙っている、ということは伏せて、話を進める。



「どうしてわざわざ、ファッジはアシュリーを訪ねてきたのかしら」

「そりゃ決まってる、アシュリーが有名人だからさ」



鼻にキャラメルソースをつけたまま、ロンがサンデーから顔を上げる。



「シリウス・ブラックを取り逃したのは魔法省の失態だからな。魔法省の役人は休み返上で捜査にあたってるけど、この三週間、だーれも発見してないんだ、ドビー以外はね。忘れがちだけど、君は魔法界の英雄なんだぜ、魔法省のミスでアシュリーがシリウス・ブラックに危害を加えられた、なんて報道されてみろ。ファッジは民衆の支持を失って、魔法大臣を辞任せざるを得なくなるだろ?」



おおすごい。ロンがめちゃくちゃ賢く思える。合点がいったように、ハーマイオニーもサンデーを突くスプーン片手に話を切り出す。



「なるほどね。そう、その話を聞いてね、私も今年から新聞を購読するようになったのよ。いくら独占メディアとはいえ、マグルに居ても、ちゃんと魔法界のことを知れる方法はこれしかなかったから。なのにバカンスを楽しんでる最中に新聞を見たら、あなたの名前が載ってるのよ! どれだけ驚いたか!」

「私、別に悪さしたわけじゃないのに……。ていうか、どんなことが書かれてたの?」

「読んでないの? 『魔法省失態、シリウス・ブラックがマグルの民家を襲う!』って。大見出しだったのよ。魔法省は必至でその民家がアシュリーの家だと隠そうとしたけど、結局バレて、次の日の新聞も大騒ぎよ」



そうだったのか。新聞を読まない訳ではないが、此処最近の大見出しはシリウスの脱獄とその責任追及と捜査ぐらいしかないと踏んで、全く読んでいなかったのだ。



「ま、聞きたきゃパパに直接聞いてみろよ。みんな漏れ鍋に泊まるしさ」

「そうね。……そういえば、新学期の買い物は済んでるの?」

「バッチリさ! これ見てくれよ!」



顔を輝かせたロンが、ポケットから杖を引っ張りだした。あの、セロテープまみれのぼろぼろの杖ではない。新品の、ピッカピカの杖だった。



「ピカピカの新品、三十三センチ、柳の木、ユニコーンの尻尾」

「よかった、今年の変身術はマクゴナガル先生に睨まれずに済みそうね!」

「だな。この通り、僕らも買い物は一通り済んでるんだ。しっかしなあ、買ってびっくりしたよ。怪物本、ありゃなんだい、エ? 僕たち二冊欲しいって言ったら、店員が半べそかいたぜ」



ロンの一言に、私は思わず笑った。そう、今年の魔法生物飼育学の教科書である怪物的な怪物の本。本自体が怪物のように動き回り、人も物も見境なしに襲う正気とは思えないモノだ。おかげでフローリッシュ・アンド・ブロッツ店は檻にこの本を入れて販売しており、店内は動物園並の煩さを誇っていた。



「そうだ、聞いてくれよアシュリー!」

「うん?」

「ハーマイオニーだよ。僕の三倍も教科書買ってるんだぜ、しかも自分がマグルなのに、マグル学の教科書まで買ってるんだ」

「いいじゃない。マグルのことを魔法的視点から勉強するのって、とっても面白いと思うわ」

「ハーマイオニー、無理は禁物よ」



ハーマイオニーは多くを語らない。くすくすと笑ってから、私の言葉を返さずに、財布の中身を確かめ始めた。



「どうしたの?」

「私ね、九月が誕生日なんだけど、自分で一足先にプレゼントを買いなさいって、パパとママがお小遣いをくれたの。まだ十ガリオン残ってる!」

「!」



……し、しまった、ハーマイオニーの誕生日、初めて知った、ぞ。付き合いも三年目になるってのにこの体たらく。しかも、ハーマイオニーからはカードだけではなくプレゼントまで貰っているのに。何か、私も彼女に贈りたい。



「素敵な御本はいかが?」

「お気の毒さま。私、とってもふくろうが欲しいの。アシュリーにはヴァイスがいるし、ロンにはエロールがいるし。私もふくろうを買えば、夏休み中、いつでもあなたたちにお手紙が書けるわ!」

「エロールは家族のペットさ、僕のじゃない。僕のペットはスキャバーズだけさ」



そう言って、ロンはポケットからペットのネズミ、スキャバーズを引っ張りだした。見るからにぐったりしているのは、やはりシリウスの脱獄を聞き付けたからか。

私は平静を装い、魔法動物ペットショップを指差す。



「ついでだし、みんなで行きましょ」



賛成、とみんなでサンデーをかき込み、そのまま魔法動物ペットショップへ向かった。中は狭苦しく、壁は髪の毛も通らないほど隙間なくペットのケージで埋まり、動物特有のにおいが店中に充満している。どんなペットがいるか暗くて分からないが、ギャーギャーシューシューガーガーと様々な動物の鳴き声がして喧しいことこの上ない。

ロンはスキャバーズを店員に見てもらっている間、私はハーマイオニーのプレゼントを探す為に店内を物色していた。恐らく彼女はふくろうではなく猫を飼う筈である。なら、首輪でも贈ろうか。誕生日プレゼントがペットの首輪ってのもどうなんだろう、と考えたが、他に良い案も思い付かない。くそ、来年はもっと考えなきゃなあ。



「お」



澄みきった海の色をした、鮮やかなブルーの首輪を見つけた。真ん中にはビー玉くらいの金色の鈴が付いており、何とも可愛らしい。私はその首輪を手に取る。魔法が掛かっており、ペットのサイズに合わせて伸縮自在なようだ。よし、これにしよう。

ふと、シュバルツにも首輪をつけてあげようかと思い立ち、私はその隣の棚に置いてある、今手にした首輪とは色違いの、目の覚めるような赤色の首輪を取った。これにも金の鈴がついている。うん、友達とペットの首輪がお揃いってのも、中々年頃の女の子らしくていいんじゃないか、ウン!

ロンがカウンターで大騒ぎし、そのあとハーマイオニーがふくろうではなく、巨大な赤毛の猫をカウンターに置いて会計をしたのを確認してから、私も二本の首輪を手にカウンターに向かう。



「いらっしゃいませえ〜」

「袋、別にして貰えますか。贈り物なんです」

「リボン代、二シックルでぇ〜す」



やる気のなさそうなバイト魔女にお金を払い、私は店を後にした。外にはもうロンとハーマイオニーがおり、口論を繰り広げている。恐らく、スキャバーズとクルックシャンクスのことだろう。



「お待たせ」

「「聞いてよアシュリー!!」」



仲の良いことだ。はいはい、と私は二人の意見を聞き流しながら、ハーマイオニーにプレゼント用の包装がされた包みを差し出す。



「え!」

「ごめんなさい。あなたの誕生日、さっき知ったから、ちゃんと用意出来なくて。その、今、その大きな猫を飼ったのが見えたから、私、その……」

「嬉しい! ね、開けて良い?」

「うん」



上手い言葉が見つからず、声を詰まらせてしまう。頬を紅潮させたハーマイオニーが袋を開ければ、そこには先程買った鈴のついた青い首輪。ハーマイオニーは、それはとてもとても嬉しそうに首輪とクルックシャンクスをかき抱いた。



「ありがとう、アシュリー!」

「よかった……あ、あのね、私もこの夏、子猫を拾ったの。シュバルツっていうんだけど、とっても賢くって大人しいの。後で二匹を会わせてあげましょ!」

「素敵! クルックシャンクス、ずうっと買い手がつかなくって、一人ぼっちだったの。お友達が出来たら、きっと喜んでくれるわ!」

「ええ。それとね、さっき、お揃いの首輪も買ったの。シュバルツ用に!」

「アシュリー、あなたって本当に素敵な人ね!」



女子二人でトークに花が咲く。そんな私たちに、ロンはつまらなそうに、しかし聞き捨てならない、と言わんばかりに口を挟む。



「オイオイ、君にはふくろうがいるじゃないか!」

「だってあの家に置いてこれなかったんだもの! いいじゃない、規則の一つや二つ、今更破ったって誰も分かりやしないわよ。ね! ね! ね!?」



それもどうなんだ、という顔をするロン。ハーマイオニーはテンションが高くなってるせいか、目の前で堂々と規則をガン無視する私の愚行に気が付いていないようだ。



「しかも猫だって? 勘弁してくれよ。うちのスキャバーズは安静にしてなきゃいけないんだ。猫二匹に周りをウロつかれたんじゃ、たまらないよ」

「取り越し苦労はおやめなさい。私たちは女子寮、あなたは男子寮で寝るんだから、なんの問題も無いでしょう?」

「そうよ。それに、シュバルツはスキャバーズよりうんと小さいのよ。シュバルツの方が襲われないか心配なくらい!」



ノー問題、と胸を張る女子二人にロンはもう何も言えなくなったのか、帰ろう、と漏れ鍋に向かって歩き出した。私たちは道中、クルックシャンクスに首輪をつけてはキャイキャイと猫トークに花が咲いた。クルックシャンクスは決して顔が整った可愛い猫ではないが賢く、知的めいたどっしりとした雰囲気を醸し出している。首輪をつけてやれば、嫌がることなくその赤毛に青い首輪が付けられ、クルックシャンクスが首を振るたびに、澄んだ鈴の音がリィン、と鳴った。



「この子、少し変わった顔してるわね。純粋な猫じゃないのかしら」

「ニーズルとの交配種なんだそうよ、ね、クルックシャンクス」

「じゃあ、とっても賢い猫なのね。あなたにぴったりよ、ハーマイオニー!」

「ああ、アシュリー、あなたならクルックシャンクスの良さが分かってくれると思っていたわ! 可哀想に、この子、もう長いことあの店に居たんだって。誰も欲しがる人がいないから!」

「そりゃ不思議だね」



皮肉っぽく、ロンが言った。

そんな話をしながら、夕暮れ前には三人で漏れ鍋に帰る。漏れ鍋にはウィーズリー一家が勢ぞろいしていた。バーのカウンターにはウィーズリー氏が新聞を広げていたので、私は帽子を取って挨拶に向かう。



「アシュリー! やあ、見ないうちにすっかり大人っぽくなって!」

「ウィーズリーおじさん! お久しぶりです!」

「やあ、お久しぶり。元気なようで、安心したよ」



そんなことを話している時、後ろのドアからウィーズリー夫人が大量の紙袋を手にバーに入ってきた。その後ろにはこれまた大荷物の双子のフレジョと、今年主席に選ばれたパーシー、そしてジニーが居た。

ジニーは私の姿を見るなり「キャッ」とおばさんの背後に隠れてしまった。同性の筈なのに、ジニーとの壁が分厚過ぎる気がしてならない。一方パーシーは、まるで私とは初対面であるかのように、真面目くさった挨拶をしてきた。



「アシュリー、再びお目にかかれてまことに嬉しい」

「ハ、ハァイ、パーシー。主席に選ばれたそうで、おめでとう」



まるで市長を紹介されてる気分だった。笑いをこらえるのに必死になっていると、その後ろから双子がニョキっと現れた。



「や、アシュリー!」

「変わりないようで、何よりだ」

「ああでも髪が少し伸びたかな」

「そう思うと少しだけ大人っぽく見えるかな、すこーしだけ」

「でも他は何にもお変わりないようで」

「「あ、身長のことは言ってないぜ、僕たち!」」

「ホグワーツに帰ったら覚えてなさい」



次は鼻呪いなんて可愛いモンじゃ済まさないわよ、と笑顔を浮かべたまま睨みつけると、双子は去年の醜態を思い出したのか、勘弁してくれ、とばかりに肩をすくめてみせた。



「こんにちは、アシュリー」

「ウィーズリーおばさん、こんにちは! 去年はロクに挨拶も出来なくてすみません。せっかくセーターやケーキを頂いたのに、私」

「いいのよ、そんなこと。それよりアシュリー、我が家の素晴らしいニュース、もう知ってるみたいで嬉しいわ! 我が家のから、二人目の主席が出たの!」

「そして最後のね」



ボソッと呟く双子の片割れに誰もが吹き出したが、ウィーズリー夫人は息子をキッと睨みつけた。相変わらず仲の良いことだ、丁度同じことを思ったらしいハーマイオニーと二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

その夜、ウィーズリー一家と私、ハーマイオニーで豪華な夕食を頂いた。オードブルにサラダスープにパンからメインディッシュに至るまで、どれも美味しくてみんなでぺろりと平らげてしまった。デザートにと、トムが腕によりをかけてくれた豪華なチョコレートケーキを突き合いながら、ふとフレッドが聞いた。



「パパ、明日はどうやってキングズ・クロス駅に行くの?」

「魔法省が車を二台用意してくれる」



誰もが不思議そうにウィーズリー氏を見つめた。私を護送するためか、と一人涼しい顔をしてコーヒーを飲む。うむ、チョコレートケーキにはやはりブラックコーヒーだな。パーシーは何故魔法省から車が出るのか聞きたがったが、ウィーズリー氏は頑なに誤魔化した。パーシーが父を問いただすのを止める頃には、もうみんな満腹になって眠くなっていた。



「ハーマイオニー、シュバルツに会って行かない?」

「是非!」



ハーマイオニーは私の部屋の向かいに泊まるらしい。あまりいい顔をしないロンを置いて、私たちは二人で二階に上がり、クルックシャンクスを連れてきたハーマイオニーを部屋に上げた。



「素敵な部屋ね。あと、意外に片付いてる」

「余計な一言ありがとう、ハーマイオニー。シュバルツー! おーい、シュバルツー?」



呼べば、いつものように「にゃ」と返事をして、シュバルツがベッドから這い出てきた。見知らぬ人間が居ようとも、いつもと変わらず、背筋をぴいんと伸ばして私を見上げる。



「小さい! かっわいい!」

「とっても賢くて大人しいの。おいで、シュバルツ」



しゃがんで手を差し出せば、シュバルツは私の腕に上って肩にちょこんと乗っかる。ハーマイオニーは大はしゃぎだった。



「すごい、あなたにとっても懐いているのね!」

「ええ。もうヴァイスともども、可愛くて仕方ないの!」



そんなシュバルツに、ポケットから首輪を出す。椅子に腰かけ、シュバルツを膝に乗せてその細い首に赤い首輪を通す。ちりんちりん、と首輪を緩く締めるたびに、鈴が軽やかに鳴る。その間、やはりシュバルツは身じろぎ一つしないほど大人しく、されるがままに首輪が施された。



「よし、できた!」

「ホント、いい子ねえ」



感心したハーマイオニーが、クルックシャンクスをシュバルツに近づけて見る。クルックシャンクスと並べると、猫とネズミ、ぐらい差がある。が、クルックシャンクスは特に飛び掛かったり威嚇したりすることもなく、シュバルツに頬擦りをした。



「「か、かわいい……!!」」



親バカここに極まれり、といったところだ。放してやると、シュバルツはクルックシャンクスの背に乗り、気持ち良さそうに伸びをしてみせた。クルックシャンクスは嫌がることなくその背にシュバルツを乗せ、その場に丸くなる。まるで鏡餅みたいなその光景に、語彙力がどんどん低下していく。



「かわいい……!」

「かわいい……!」



二人して可愛いペットにメロメロになっていたせいで、隣でパーシーとロンが大声で口論していることも、下の階でウィーズリー氏とウィーズリー夫人が意見をぶつけ合っていることにも気付かずに、私たちは壁掛け時計が十二時の鐘を鳴らすまで可愛い可愛いと連呼しているのだった。

いい加減寝ないと明日がヤバイ、とようやく正気に戻ったハーマイオニーがクルックシャンクスと共に部屋に戻り、私も微妙に抵抗するシュバルツを持ちあげてベッドに向かうと、そのまま身体を横たえた。ああ、やっと明日はホグワーツに帰ることが出来る。やっと魔法が使える、やっと動物もどきの練習ができるようになる。そんな嬉しさを胸に込め、私は眠りについたのだった。


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