7


汽車に乗りながら本を読み漁る。教科書も飽きたので、ハグリッドに内緒でこっそり買った『呪術-嫌いなあいつをやっつける呪文のあれこれ-』を読み進めていた。この本、中々面白い。人の足をくらげ足にする項目に差し掛かると、コンパートメントの戸が開いた。赤毛のそばかす面の少年、ロンが申し訳なさそうな顔で覗き込んできた。



「ここ空いてる? どこもいっぱいなんだ」

「平気よ。一人で寂しかったの、どうぞ」



ロンは安心したように席に座った。ちらり、とこちらを見ては、また目線を逸らす。傷跡が気になるのかな。なんて考えてると、双子がどたどた走りながら戻ってきた。



「なあおい、ロン。俺たち真ん中の車両まで行くぜ。リー・ジョーダンがでっかいタランチュラ持ってたんだ」

「分かった……」

「なんだよ、元気が無いな。おいロン、自己紹介したか? アシュリー、こいつは弟のロン。じゃあまた、グリフィンドールで会おうな」

「緑の便座がなければね」



手をひらひらさせて答えると、双子は嬉しそうに去って行った。ほんとに便座降ってきたらどうしよう。ベンザブロックしてやる、粉々呪文とか使えるかな。なんてことを考えていると、向かいに座ったロンがおずおずと声をかけてきた。



「き、君、ほんとにアシュリー・ポッターなの?」

「え? あぁ、そうよ?」

「ふーん……僕、フレッドとジョージがまたふざけてるんだと思ってた。じゃ、じゃあ君、ほ、ほんとにあるの……ほら……その……」

「これのこと?」



くしゃくしゃの黒髪を掻きあげて、傷跡を見せた。ロンはじーっと見つめた。



「そ、それじゃ、これが、『例のあの人』の……?」

「そうよ。でも、あなたに話せることは残念ながら何もないの」

「覚えてないの?」

「そういうわけじゃないけど……黒いフードの男がいた、とかかしら」

「うわー」



結構ハッキリ覚えてるけど、全部話してビビらしてもアレだし。適当に濁しておくと、ロンはまた窓の外へ目をやってしまう。



「(さて──どうするか)」



私はハリーとは全然育ってきた環境が違う。中身が違うせいもあるけど。ロンとハリーが仲良くなれたのは、境遇が似てるから、という理由がある。服はお下がりばっかで、誰からも注目されずに過ごしてきた、という悲しき共通点。共感というのはとても大事だ。要所要所でそれができない相手と、友情は結べまい。私は残念ながら、ロンの育ってきた境遇に共感することはできない。つまり、私とロンが仲良くなれる──気が、全然しないのだ。

勿論私個人としてはロンのことは好きだなー可愛いなーとも思うし、私が今後戦い抜いて行くにあたって彼の存在はかなり重要だ。あとやっぱりウィーズリー一家とのコネクションも欲しいし……って、打算的で実利的な感じが否めないが、とにかく私には彼が必要なのだ。

私がそんな疚しいことで頭を悩ませていると、ロンが思い切ったような顔で話しかけてきた。



「君、さ」

「え?」

「その服、すごいね。マグルってみんなこんなのなの?」



今日の服もまた、品の良さそうに見える、とおじさんとおばさんが買ったものだ。さらりとしたウール地に、秋らしいダークブラウンのワンピース。チョコレート色に黒のグレンチェックの落ち付いた印象を与え、アンティークゴールドのボタンがついて、可愛めに。フリルブラウスは、明るいブラウンで、胸と袖にフリルをあしらった。滑らかな生地の黒タイツに、茶色の編み上げブーツ。

おじさんとおばさんが用意した服の中では、これでもかなり地味な部類だ。が、魔法族から見てみれば、ド派手で変なように見えているのだろうか。



「変、かしら……?」

「変じゃないけど……マグルでは、あまりいい思いさせてもらってないって聞いたから……でも、すごい綺麗な服を着せてもらってるんだなって」

「ああ、これはね……」



言っていいか、一瞬躊躇う。が、ロンの視線が続きを促すので、次の言葉を繋げる。



「これは──私を着飾って人形代わりに置いといて、愛想笑いを浮かべていればおじさんの商談が上手く行くからなのよ。私の趣味じゃないわ」

「人形……?」

「家族ではあったけれど、愛されてたわけじゃないから。虐待されてたとかはないんだけどね。でも、勉強で一番を取っても、みんなに綺麗って言われても、おじさんたちは私を褒めてはくれなかったもの」



ロンは、目をまんまるに開いて私を見ている。

不幸ではなかった。衣食住はあった。ダドリーは話相手になってくれた。だけど、やっぱり、彼らにとって私という存在はそれまででしかなかった。それ以上にはなれなかった。私たちは、家族にはなれなかった。それは、やっぱり、悲しい。いやまあ、好かれたい訳じゃないけどさあ。それでも私は、“私の敵”のようには割り切れなかったから。



「私、あなたが羨ましいわ。家族があんなにたくさんいて」

「そんなことないよ……僕、上に五人もいるんだ。何にも新しい物買ってもらえないし、杖も制服のローブも、お下がりばっかりで……」

「いいなあ……素敵ねえ……」



きっと、家は毎日笑いが絶えることはないのだろう。ああ、いいなあ。私も、そんな日々に戻りたい。もう失ってしまったけれど。私にだって帰る場所があった。家族が、友達が、恋人がいた。十一年も経って何を、って感じだけど。こうして話してみると、家族が恋しい。お母さんやお父さんに会いたい──パパとママにも、会いたい、なあ。



「仲のいい家族がいるって、素晴らしいことだわ。お下がりだっていいじゃない──って言っても、所詮無い物ねだりよね。どうあっても、隣の芝生はいつも青く見えるものだわ」



ロンから見る私は、幸福に見えるのだろうか。綺麗な服を買い与えられたし、教育方針もさほど煩く口出しされなかった。私がダドリーと庭で駆けずり回ってもおじさんおばさんははしたないと窘めることはなかったし、ボクシング教室に通いたいと言った時も大して反対はされなかった。では、私は幸せだったのだろうか。アシュリー・ポッターの十年間は、満たされたものだったのだろうか。ハリーのように何もかもを奪われたわけではない私には、分からなかった。

少しだけ視線を下げる私に、ロンもまた視線を窓の外へ放る。しばらくガタンゴトンと汽車が線路の上を滑る音だけが響く。すると。



「……僕、自分が恥ずかしいよ」

「何故?」

「だって君は、君は一人なんだ。家に帰っても、笑顔で迎えてくれる人がいない。それなのに、僕、君が、すごい、羨ましいなって思って」

「羨ましい? 私が?」

「うん。可愛いし、服も綺麗な物で、ペットのふくろうもいるし。有名だし。僕に無いものばっかり持ってるんだなって、思った」

「……そう、かな」

「うん。でも、家族がいないのは、すごく嫌だなって。兄弟がたくさんいて、比較されるし、煩いし、嫌だなって、喧嘩することもあるけど。いなくなったら、死んじゃったら、寂しいなって、思った」

「うん」

「アシュリー、ごめんな」



ロンは、劣等感の塊だ。優秀な兄弟、お下がりばっかりの物、貧乏な家。自分が恵まれなかったと思い込んで、卑屈になったりする節がある。原作でも、それが原因でハリーと衝突してたし。でも今、私と話していて、疎ましく思う家族の大切さが、少しでも、ほんの少しでも分かってくれたんだ、と思うとなんだか嬉しくなった。



「いいのよ。ああ、それと自己紹介がまだだったわね。私、アシュリー・ポッターよ。よろしくね、ロン」

「僕ロン。ロン・ウィーズリー。こちらこそよろしく、アシュリー」



ロンと握手をした。大きな手だった。

それから二人で、色んな話をした。私がおじさんやおばさんと仲良くはなれなかった話からマグルの日常の話まで。ロンはロンで、自分の家族の話、魔法使いの日常生活を話してくれた。お互いがお互いの話に引き込まれた。だって私は紙面でしか、映像でしか、魔法使いの生活を知らない。お風呂はどうしてるのかとか、毎日何してるのかとか、山ほど聞いたが、ロンは嫌な顔一つせずに答えてくれた。

私が聞けば聞くほど、ロンは上機嫌になって、饒舌になった。あの生き残った女の子に何か教えられる立場に居れる、という優越感を覚えているらしい。私はもうロンの話を聞くのが楽しくて楽しくてたまらなかった。魔法すごい。ロンも、時には私にも話を振ったので、私も出来る限り楽しい話をした。二人して、時が経つのも忘れるくらい話していると、戸が開いた。えくぼのおばさんが、ニコニコ顔で現れた。



「車内販売よ。何かいりませんか?」



いりますとも。私はポケットの中でじゃらじゃら鳴っている金貨を握り締めて立ち上がった。いくつになれど甘い物が大好きなのは変わらない。グッズにもなったあの夢のお菓子たちが目の前にあるとくれば、多少の散財などへっちゃらだ。ママごめんパパごめんご先祖様ごめん。今回だけだから許して。

百味ビーンズ、ドルーブル風船ガム、蛙チョコレート、かぼちゃパイ、杖型甘草あめ、砂糖羽ペン、大鍋ケーキ──オーケー、一つたりとも逃さんと、私は全部を少しずつ買った。両手いっぱいの買い物を抱えて空いてる座席にどさっと置くと、ヴァイスがびっくりしたのか、ホー! と鳴いて羽をばさばさ広げた。ごめんごめん。すっからかんになったカートを引いておばさんは帰っていった。ロンは目をお皿のようにまんまるに見開いた。



「お腹空いてるの?」

「珍しくて、つい」



はにかんで答え、かぼちゃパイにかぶりついた。しっとりとしたかぼちゃの優しい味が口いっぱいに広がる、おいしい。私が手あたり次第色んな物に手をつけている間に、ロンはデコボコの包みを取り出していた。サンドイッチのようだ。



「ママったら、僕がコンビーフは嫌いだって言ってるのに、いっつも忘れちゃうんだ」

「じゃあ、私のと交換こしましょ? これ、食べない?」

「でもこれ、パサパサしてて美味しくないよ──……あ、えっと、ママは時間が無いんだ。ホラ、うち、たくさん子供がいるから……」



ロンは、私に気を使ったのか、慌てて言い足した。だがそれでも私は引かず、膝に乗せていたかぼちゃパイを掴み上げ、ずいっと突き出した。



「いいの。それに、お母様の手作りでしょう? 私、食べたい」



ロンはしぶしぶ、といった風にサンドイッチとパイを交換した。私は受け取ったサンドイッチにかぶりついた。あったかくて、優しい味がした。飛び抜けて美味しい訳じゃないけど、とても好きになった。

それから私とロンで、二人で買ったお菓子を開けて二人で食べた。ロンは最初こそ遠慮したが、私が食べきれないから、とお願いすると、ちょっとしぶしぶと、でもどこか嬉しそうにお菓子に手を付けた。



「蛙チョコレート? うええ、動くなんて……」

「なんで? 美味しいじゃないか」

「口の中で動くなんて、まだ稚魚の踊り食いの方がいいわ……ロンにあげる」

「踊り食いってなんだい? って、またかよ!? 君、全然食べてないじゃないか! 流石に悪いよ!」

「蛙チョコが動かなくなったら食べてみるわ……カードもあげるから」

「え、ほんとに? 僕、アグリッパが欲しいんだよね……」



私も開封して、チョコだけロンにあげてカードを見た。半月系のメガネに、高い鉤鼻、銀色の髪に立派なひげをもつ老人だ。きらきらしたブルーの瞳に、私はちょっとだけ目を細めた。



「この人が、ダンブルドアなのね……」

「アシュリーは見た事無いんだもんね、仕方ないか。すごい人だよ」

「ええ、そうでしょうね……」



ダンブルドア──か。これから、どんな顔で会えばいいのか分からないなあ。チョコを開けたロンが、ついてたカードを見て渋い顔をした。



「うえー、また魔女のモルガナだよ、もう六枚も持ってる……アシュリー、いる?」

「いらないわ、そういうのは趣味じゃなくて……」



と、言いかけてふあぁあ、と欠伸が出た。毎日朝五時に起きてランニングやら筋トレやらに精を出しているので、この心地よい揺れに眠気を誘われてしまった。



「アシュリー眠いの? まだ時間かかりそうだし、寝る?」

「ごめんなさい、そうさせてもらうわ。今日は朝早くて……」

「分かるよ、うちも家族総出で朝からドタバタしてたし」

「しらばくしたら起こしてくれる?」

「いいよ」



どのみち、このコンパートメントには後でネビルやらハーマイオニーやらマルフォイ一味やらが訪れるハズだ。そんなに長く寝てられもしないだろう。ごめんね、ともう一度言ってから、私は目を閉じた。驚くほど速く、睡魔に襲われて、意識がプッツリと途絶えた。


*PREV | TOP | NEXT#

- ナノ -