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ハグリッドとの買い物から、早一カ月が経った。九月一日の入学式までのダーズリー家での日々は、中々に忙しかった。おじさんもおばさんも、私を恐れて一緒の部屋に居ようとはしなかった。ダドリーはいつも物言いたげな顔をしてるわりに、私を避けている。衣食住に困ることはなかったが、それでも一家は私を居ないものと扱った。なので私は今まで率先して行ってきた家事の手伝いもせず、買ったふくろうと共に部屋に閉じこもることが多くなった。勿論、ボクシング教室も止めた。ジョギングや筋トレは毎日欠かさなかったけど。

ふくろうには、散々悩んだ挙句ヴァイスと名付けた。安直にも程があるがうまい名前が思い付かなかったんだ。許せヴァイス。でもほら、響きがかっこいいよ? 気弱で大人しいふくろうなので、気高く美しくなって欲しいという飼い主からの思い……ってことで。



「ホー?」



そう説明すると、ヴァイスは首を傾げて鳴いた。うん、かわいいかわいい。従順で大人しいし真っ白で可愛いし、ほんとかわいい。もこもこした毛を撫でると嬉しそうに指を甘噛みした。かわいい超かわいい。うちのヴァイスまじかわいい。

私は毎日買った教科書を読み耽った。何度も何度も読み返した。教科書はとても面白かった。これからこんなことが学べるなんて、夢みたい。今のうちに身につけられるだけの知識を身につけるべく、読み込んだ。ああ早く、杖を振ってみたい。本に飽きたら気分転換に外に遊びに行った。近くに住む同じ学校だった子たちに、遠くの学校に行くことを伝える為だ。彼らは私との別離を悲しんでくれて、ある子なんかは送別パーティを開いてくれた。泣きながら私との別れを惜しむ子たちが、私の手をぎゅうっと握る。



「アシュリー、げ、元気でね……!」

「夏には帰ってくるんでしょ? また、また、遊ぼうね……!」

「うん。ありがとう、みんな」



真面目な優等生を演じていた私は、まあそれなりに人に好かれていたわけで。私自身、心こそは開きはしなかったが、彼女たちとはまあそれなりに楽しく過ごした。この顔のせいで、順風満帆とは言い難かったが。それでも、友人というよりは、自分の子ども、みたいな目線なんだけどね。流石に精神年齢アラサーな私にとって、十一歳ごろの少年少女はみんな我が子のような扱いしかできない。表面上は勿論楽しそうにしたし、そう振舞っていた。けど、本当の意味での友達は、できなかった。まあ当たり前だけど。それはホグワーツに行っても変わらないだろうけれど。ただまあ、本性を出せるような相手と、向こうで会えたらいいな、って。

そんなわけで、あっという間に九月一日。



「新学期をせいぜい楽しむんだな」



おじさんたちに連れてこられたキングズ・クロス駅。初めて来た。大きなトランクをカートに積み、ヴァイスを籠に入れて横に釣り下げている。

車で送ってよおじさーん、と頼んで切符を見せたら快諾した。まあ九と四分の三番線ってなんだよって話ですよね。散々ビビらせた仕返しでもしたいのか、喜んで駅まで送ってくれました、ええ。にゃろう、散々商談の手助けをしたのを忘れたのか。おじさんたちはさっさと帰っていき、私は駅でポツンと一人。だが私にはちゃんと知識がある。ホームへ急ごう。えーと、九と十のプレートのとこにいけばいいんだっけか。



「えーと、どの辺かな」



カートを片手に、改札口の辺りをぺちぺちと叩いてみる。すり抜けられるとこがある筈なんだけどなあ。周りから、なんであいつふくろう何か連れてるんだみたいな視線が飛んでくるが、気にしない気にしない。



「あら、お嬢さんもホグワーツへは初めて?」



後ろから話しかけられ、はっとして振り返る。目の前には、ふっくらした、人の良さそうなおばさんが微笑んでる。



「うちのロンもなのよ」

「初めまして」



背が高く、やせて、ひょろっとした男の子を指差しておばさんは言う。慌ててぺこりと頭を下げるが、ちらりと視界に入ったのは燃えるような赤毛に、そばかすだらけの男の子。確認を取るまでもないし、名前言われたね。

ろ、ロンと遭遇したぁああっ!! 顔を上げて確認を取る。うん、まだ可愛げがある、どこにでもいる少年だ。しかし背が高い……余裕で私と頭一つ分くらい違う。おばさんの後ろに隠れてる子はジニーかな? 顔見えないけどきっと可愛いんだろうなあ……早く会話したいなあ……──なんて色々考えてることもおくびにも出さず、こちらもにこりと笑って返す。



「行き方はね、あの柵に向かってまっすぐに歩いて行けばいいのよ。立ち止まったり、ぶつかったりするんじゃないかって怖がっちゃだめよ」

「ありがとうございます。助かりました」



ぺこり、ともう一度ウィーズリーおばさん──であろう人物にお辞儀をして、カートをくるりと回して柵と対面する。そして、指差された柵に向かって小走りでカートと共に向かった。柵にぶつかりそうになって、一瞬目を閉じるが、ぶつかることなく柵を過ぎる。目を開けると、目の前には紅色の蒸気機関車が止まってるプラットホームについた。ホームの上には、『ホグワーツ行き特急十一時発』と書かれており、九と四分の三番線と書かれた鉄のアーチも見えた。



「(うわああああ本物だああああああ!! 映画で見た光景が!! 今!! 私の目の前に!! 私、この列車に乗って、ホグワーツに行くんだ!!)」 



興奮を抑えきれないまま、カートを押して空いてる席を探す。途中でヒキガエル探して泣いてる子見たけどあれ絶対ネビルだったわー。途中でタランチュラを見せびらかしてる子いたけどあれ絶対リーだったわー。私すげえ。ほんとにハリポタの世界で、息してるんだ。

やっとこ最後尾の車両近くに空いてるコンパートメントの席を見つけた。ヴァイスを中に入れて、トランクを客室の隅に収めようとするけど。



「お゛っも゛……!!」



くそ、持ち上がりもしねえ。というかそもそも、持ち上がったとしても、私の背じゃ荷物棚に届かないな?

いや待て、落ち付けアシュリー。今こそ、あの呪文を使う時ではないのか。ていうか列車の中って魔法使っていいんだっけ。いいよね? だって映画ではみんな杖振りまわしてたもの。よしオッケィいいな。



「……ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」



ポケットから杖を取り出して、ビューン、ヒョイ、と振る。するとあら不思議。トランクがふよふよと宙に浮いたではないか。やった! やったあ!! 魔法つかえた!! 魔法がつかえた!! 教科書読み込んだ甲斐があった!!



「やったあああああああ!! できたあああああああ!!」



あまりの嬉しさに、手放しに喜んだ。私、ほんとに魔法使いだったんだ!! 本物なんだ!!

と思ってたら、カラン、と乾いた音が聞こえた。下を向くと、私の杖が落ちてる。おやあ? と首を傾げる間もなく、宙に浮いてたトランクが私の足に落下した。ガツン、と床と私の足にトランクが叩きつけられる。



「い゛っだああああああッ!!」



あまりの激痛に目から涙出た。超痛い。骨折れてないかな。なんで呪文唱えてる時に杖を手放してしまうのか私は、あほか!



「ぷっ……」

「くくっ……」



背後から声を殺した笑い声が聞こえた。おいそこ聞こえてんぞ。



「ごめんごめん」

「手伝おうかなって思ったんだけど」

「一人で何とかなりそうだったから見てたんだけど」

「でもまさか杖を手放して喜ぶなんて……ぶぶっ」

「笑うなよフレッド……ぷっ」



燃えるような赤毛の双子が、私の目の前で笑いをこらえてる。フレッドとジョージですね。うわああ本物だああああ!!



「笑っちまった詫びに、手伝うよ。ジョージ!」

「おう、任せろ」



二人はにこやかにそう言って、トランクを持ち上げるのを手伝ってくれた。三人がかりでもやっとのことで荷物棚に押し込めた頃には、私は汗びっしょりだった。額を流れる汗を、拳でぐっと拭う。



「それ、なんだ?」



双子のどっちかが急に、私を指さした。こら、人を指差すんじゃありません。双子の目線は、私に釘付けだ。私、というよりは、額──あ、そうか傷跡を見てるのか。そっか、私こっちでは有名なんだもんね。



「驚いたな。君……」

「彼女だ。君、違うか?」

「なに?」

「「アシュリー・ポッターさ」」

「ええ、そうよ。私、そうね、アシュリー・ポッターよ」



オリバンダー老人も、ハグリッドも普通に接してきたから気付かなかった。私って、そうだ、生き残った女の子、英雄っぽいポジションなんだっけ。漏れ鍋イベントをスキップしたからすっかり忘れてた。双子がぽかんと口を開けて私を見つめているので、居心地が悪い。するとそんな空気の中、ウィーズリーおばさんの声が、開けた窓から流れ込んできた。



「フレッド? ジョージ? どこにいるの?」

「あ、やべ。──ママ、今行くよ!」



双子のどっちかが返事をした。自己紹介はされたものの、産みの親でさえ見間違える双子を見分けることは、出来そうになかった。本当に、鏡に映したかのようにそっくりなのだから。

窓から身を乗り出して返事をして、双子はいそいそとコンパートメントを出ていく。が、すぐに戻って来て顔をひょっこりと覗かせてきた。



「僕はフレッド。こっちはジョージ。アシュリー、よろしく」

「グリフィンドールに入ってくれることを祈るよ」

「その時はたっぷり祝ってあげるよ」

「そうだな、何がいいかな」

「ホグワーツの緑色の便座を降らすってのは?」



悪趣味にも程がある。顔をしかめて、私は茶目っ気に答える。



「先に先生に言いつけておくわね。厄介な先輩に絡まれています、って」

「「そんな、アシュリー!」」

「フレッド!! ジョージ!! どこなの!?」

「分かったよ、ママ! じゃあな、アシュリー」



ウィーズリーおばさんの怒鳴り声に、双子は私に手を振って去っていく。やれやれほんとに騒がしいなあ、と思いながら窓際に座る。お気に入りの呪文学の教科書を取り出し、読書を始める。

しばらくは一人で静かに教科書を読みこんだ。無機物にタップダンスさせる呪文の項目にさしかかった辺りで、双子のどっちかのでっかい声が外から飛び込んできた。



『ねえママ、誰に会ったと思う? 今列車の中で会った人、だーれだ?』

『だあれ?』

『『アシュリー・ポッター!』』



ジニーと思われるか細い女の子の声に、双子がユニゾンして答えた。うわなにこれ、気恥ずかしい。



『ねえママ、汽車に乗って見てきていい? ねえママ、お願い』

『ジニー。もうあの子を見たでしょ? 動物園のライオンじゃないんだから、ジロジロ見たら可哀想でしょう! でもフレッド、ほんとなの? なぜそうだと分かったの?』

『本人に聞いたんだ』

『傷跡があったんだ。ママ、ほんとにあったんだ、稲妻形の傷跡』



双子のどっちかが興奮を抑えきれぬ様子で言い切ると、ウィーズリーおばさんは私にも聞こえるくらい大きな溜息をついた。どこか悲しみを孕んだ、重々しい溜息だった。



『可哀想な子……一人でいるから変だと思ったのよ。私にお礼を言う時の仕草なんか、本当に礼儀正しくて、品のいい子だったわ……』

『そんなことより、彼女、『例のあの人』がどんなだったか覚えてると思う?』

『フレッド。聞いたりしては駄目よ!! 絶対にいけません!! 入学の最初の日にそのことを思い出させるなんて、可哀想でしょう!!』

『冗談だよ、ママ』



ウィーズリーおばさんの怒号がこちらにも届く。それを受けてか双子はジニーいじりに走った。



『にしても、綺麗だったな、アシュリー。小さくって、お人形みたいで』

『品がいいって、彼女みたいな子のことを言うんだろうなあ』

『ねえママ、あたしもう一度見たい。ママ、ねえお願い……』

『フレッド! ジョージ! ジニーも、駄目って言ってるでしょう!』



なんて騒ぎの内に、列車が出る時間になった。小気味のいい汽笛を吹き鳴らし、汽車が滑り出す。ホームが窓から消え、家々が過ぎ去っていく。私は本を読みながら、これから巡り来る出会いに、胸をときめかせたのだった。


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