「アシュリー! アシュリー、起きて、アシュリー!」 「ぅ……ぅうん……」 「起きてよアシュリー、もうホグワーツに着いちゃうよ!」 「んんん……もう、着く……──って……え、え、ええぇえっ!?」 そんなロンの声に、まどろむ意識が一気に吹っ飛んだ。目を開けると、困り顔のロンが私の肩を揺さぶっていた。慌てて窓の外を見やれば、外はもう暗くなっていて。深い紫色の空の下に山や森が見え、汽車はゆっくりと速度を落としているようだった。 「君が寝てる間、大変だったんだよ。変に威張った男の子とか、知ったかぶりみたいな女の子とか、蛙探してる男の子とか来てたんだよ。大騒ぎしてたのに、君ったらちっとも起きないんだもの」 ね、寝過ごした……っ!! なんてことだ。フォイとの決別フラグとかハーマイオニーとの逢瀬とか全部寝過ごしてしまったのか。っていうか起きないとか私どんだけ居眠りこいてたんだ!? 「と、とにかく、早く起きて着替えて! もう間もなく着くって、その、知ったかぶりの女の子が言いに来たんだよ! 僕、外に出てるから、早くね!」 言うが否や、ロンはコンパートメントの外へ出た。ロンはもう着替え終わっていたようで、短いローブの下からスニーカーが覗いてて、くすっとなった──なんて和んでる場合じゃねえ! と私も慌てて着替え出す。すぐさまワンピースとブラウスを脱いで黒く長いローブを着て、プリーツのスカートを穿いた。ネクタイは寮が決まってないから、黒いタイをつける。 「お待たせ、ロン」 廊下に顔を出し、ロンをコンパートメントへ招き入れる。ロンは再び私の向かいに座り、薄暗くなる外の景色をぼーっと見ていた。そしてふと、口を開く。 「そういえばアシュリー、グリンゴッツのこと、聞いた?」 「グリンゴッツ……金庫荒らし、とかいうやつ?」 「そうそう。しかも、犯人は捕まってないんだって。グリンゴッツに忍び込むなんて、きっと強力な闇の魔法使いだろうってパパが言うんだ。でも、何にも盗っていかなかった。そこが変なんだよな。当然、こんなことが起こると、陰に『例のあの人』がいるんじゃないかって、みんな怖がるんだ」 「まっさかー」 ロンは私が魔法界のことに詳しくないことが分かると、必要以上に色々な事を話してくれる。まあその情報に関してはもう十一年以上も前から知ってたんだけどね。 賢者の石は盗まれるより先にダンブルドアがホグワーツに隠した。それを知らずして、どこの誰かさんはわざわざグリンゴッツに侵入して、無駄足を踏んだ。この辺は、原作に忠実だ。しかしどうやってグリンゴッツに侵入したんだろう。後学の為に、誰かさんが死んでしまう前に金庫破りの仕方でも聞き出しておこうかな。ほら、あと六年後ぐらいに必要になるだろうし。 そんな話をしているうちに、汽車は速度を落とし、停止した。かなり余ったお菓子を荷物棚の上のトランクに突っ込んで私たちは汽車を降りた。列車に残されたヴァイスは寂しげにホーホー鳴いていたので、後でおいしいふくろうフーズを届けてあげようと思った。 すると遠くから、聞きなれた声が聞こえてきた。 「イッチ年生、イッチ年生はこっち! アシュリー、元気か?」 「ハグリッド!」 「俺に着いて来いよ。いよいよ、ホグワーツだ」 出迎えてくれたハグリッドに続いて、険しく狭い小道を歩いて行った。右も左も真っ暗で、きっと周りには木が鬱蒼と生い茂ってるのだろう。 「アシュリー、はぐれないように、僕のローブを掴んでて」 「ロン、いいの?」 「君、とっても小さいんだもの。人の波に潰されちゃうよ」 「そ、そこまで小さくないわよっ!」 し、失礼な……!! でもありがたくロンのローブの端を掴ませてもらった。この人だかりでは、悔しいことにロンの言う通り私は右へ左へ翻弄されるばかりだったからだ。決して身体が小さいからではない、断じてだ。そんなふうに歩いていくと、やがて狭い道が急に開けて、大きな黒い湖のほとりに出た。そういえば、最初はボートで移動するんだっけ。それにこの湖、大イカがいるんだっけ。うわー、落ちたら寒そう。 「四人ずつボートに乗って!」 「アシュリー、ほら、行こう」 「えぇ」 ロンに続いて、二人でボートに乗り込む。続いて、丸顔で泣きべそかいてる男の子と黄土色の髪の子が乗り込んできた。多分ネビルとシェーマスだ。しかし、互いに初対面ということもあり、更にはネビルが恐怖にぐずぐず泣いているので、大した会話は無かった。やがてハグリッドの指示でボートは滑るように進んで行った。そして湖の向こうにホグワーツ城を見つけて、私は思わずボートの上で立ち上がった。 「ロン! ロン見て、ホグワーツ城だわ!! きれい!」 「わ、分かったって! それより座ってよ、アシュリー!!」 湖の向こう岸には、高い山がそびえており、そのてっぺんには壮大なお城が見えた。大小様々な塔が立ち並び、きらきらと柔らかな光を漏らす窓が、湖に反射して輝いていた。興奮を抑えきれず立ち上がるとロンがすかさず私を座らせた。ネビルと思しき少年は船が引っくり返っちゃう! と今にも泣きそうだったので、申し訳なくなった。 というか年甲斐もなくはしゃいでしまった。恥ずかしいなあ。まあ見た目は十一歳だし、私の本当の年齢を知ってる人はいないわけだし別に恥ずかしがることは無いんだろうけど……。 「(……落ち着け、私)」 少しだけ呼吸を整え、冷静さを取り戻す。やがてボートは船着き場に到着し、みんなで一斉にボートを降りて石段を登り、巨大な樫の木でできた扉の前に集まった。ハグリッドは、大きな握りこぶしを振り上げて、城の扉を三回叩いた。扉がギィ、と音を立てて開き、エメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れた。きっとマクゴナガル先生だ! 「マクゴナガル教授、イッチ年生のみなさんです」 「御苦労さま、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」 マクゴナガル先生が扉を開けると、その先は大きな大きな玄関ホールだった。家一軒まるまる仕舞えそうなほど大きかった。ホグワーツだああああああす!! 肖像画喋ってるし、動いてるし、な、なんかもう、すごおおおおおおおいいいいいいい!! ロンは緊張してきたのか無言になったが、私のテンションは留まるところを知らない勢いで高まっていた。あっちこっちキョロキョロしながらマクゴナガル先生に続く。先生はホールの脇にある小さな空き部屋に私たちを押しこんだ。えらい狭い部屋で、生徒たちはぎゅうぎゅうに詰め込まれた。 「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会が間もなく始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めます。組み分けは、ホグワーツではとても大事な儀式です。間もなく全校列席の前で組み分け儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい」 そう言って、マクゴナガル先生はきびきびと出て行った。身なりを整えろかあ、強いて言えばこのくっしゃくしゃな髪の毛を整えたいところなんだけど、この癖っ毛、ちっとやそっとじゃ直ってくれないからなあ……。 前髪を撫でつけてるため少し俯く。しばらくそうしていると、ふっと視界が暗くなった。顔を上げると、見覚えのある金髪オールバックが目に入った。 「本当だったんだな、アシュリー・ポッターがホグワーツに入学するって。汽車の中じゃその話題で持ち切りだったんだけど、本当に君だったとは」 「あら」 気取った話し方で、生徒を押しのけてやってくるのはフォイだ。生徒を押し退ける必要がある程度には小柄なところが、またちょっと可愛い。じゃなくて。周りに居るのは腰巾着の二人かな。なるほどこのがっちりとした体型は、ダドリーを思い出す。 「こんばんは。また会ったわね」 「あ──あぁ、そうだな」 にっこりと微笑むと、フォイは一瞬面喰った顔をして、顔を赤らめる。美人に生まれてホントに良かった。ママありがとう。余計な諍いをこの世から無くしてくれて、ほんとにありがとう。ロンはフォイを睨んでるけど、私が寝てる間に一悶着あったのかな。 「ゴ──ゴホンッ。こいつはクラッブ、こいつはゴイル。そして僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ」 「よろしく。アシュリー・ポッターよ」 差し出された青白い手を握り返す。またちょっと顔が赤くなった。かわええええ。なんだこいつ可愛いじゃないか!! それから、フォイはロンを見ながら、ちょっと馬鹿にしたように笑った。 「ミス・ポッター。世の中には家柄の良い魔法族とそうでないのがいる。間違ったのとは付き合わないことだね。その辺は僕が教えてあげよう」 なんとも偉そうな物言い、同い年だったら問答無用でグーパン叩き込んでるところだが、生憎こちとらもう三十路。これくらいの挑発、可愛いものである。顔を真っ赤にしてるロンをそっと制し、私はマルフォイににっこり微笑む。 「いやだわ。まるでロンの家柄が悪いみたいな物言いじゃない」 「ミス・ポッター。君は何も知らないからそんなことが言えるんだ。ウィーズリー家やハグリッドみたいな下等な連中と一緒に居ると、君も同類になるよ」 「あら素敵。私、この通り家族がいないのよ。ロンやハグリッドと同じになれるなら、きっと寂しくないわね! ね、ロン!」 「えっ!?」 「え、あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて……」 「ふふ、冗談よ。あなたが家柄を大切にしているのはよく分かったわ。でも、私自身は純血じゃないし、家柄で一緒に居る人を選ぶようであれば、私とあなたも一緒には居られないわね。残念だわ、私はあなたと仲良くなりたかったのに……」 しゅん、と悲しげな顔をすると、マルフォイだけでなくロンまでも慌てたように私を見た。いや別に泣いてないけど。 にしても変なの。ポッター家は名家だけど、聖二十八族には連なっていない。ポッターという性はマグル界でも珍しくないと糾弾されたせいだ。その上、私は純血ではない上にヴォルデモートを撃ち払った当の本人、闇の陣営が私の存在に良い顔をするとは思えないんだけど、なんでマルフォイは私にも、ハリーにも近づいたのかな。顔か? この顔が好みなのか?ママ似のこの顔が好みなのか? ん? なんてことを話してるうちに、マクゴナガル先生が戻ってきた。 「組み分けの儀式が間もなく始まります」 「あらら。またねドラコ、同じ寮だったらよろしくね!」 マクゴナガル先生が列を率いて部屋から出るので、私はフォイに挨拶をしてからロンを引っ張って列に加わった。フォイはぽかんとした顔で私を見てたけど、どう思ったかな。 フォイから離れたのを確認してから、ロンがひそひそと耳打ちしてくる。 「君、正気かよ。マルフォイ家って『例のあの人』が消えた時、真っ先にこっちに戻ってきた家族の一つだよ? 闇の陣営に肩入れしてたんだって専らの噂さ!」 「あら、ロンとは相性悪いかもしれないけど、私は仲良くなれそうな気がするわ。なんか可愛いし。一緒の寮になったら、うんとからかってあげたいわあ」 私の言葉に、ロンは鳩が豆鉄砲食った後に、真冬の湖に突き落とされたような顔をした。 「……からかってって……かわいいって……」 「第一ね、ああいう風に言ってきた所で、所詮家の権威を盾にしてるだけよ。ムキにならずに、受け流すのが一番なの。むかついても突っかかっては逆効果よ。そりゃ、私だって、ロンが侮辱されてイラっときたけど、それでもここで殴り返した所で、諍いが諍いを生むだけよ。なんにも良い事無いわ。スルーが一番!」 「……君って大人だな。僕もそうなれればいいのに」 「これからそうなればいいのよ。私たちまだ子どもだもの」 「そっか!」 ロンは、ちょっと機嫌がよくなったようだ。しかし、マルフォイを名前呼びってすごい違和感がある。だってあの、あのマルフォイだよ? 原作では笑えないぐらいえげつない差別してくる、あのマルフォイだよ? 顔がいいだけでこんな展開になるなんて想像もしなかった。なんてしみじみ思っている間に、大広間に辿りついた。 重厚な扉の先にある大広間は、涙が込み上げるほど素晴らしい光景が広がっていた。何千何万という蝋燭が天井に浮かんでおり、四つのながーいテーブルを照らしている。広間の上座には先生方がいて、一番上に恐らくダンブルドアであろう人物が座っている。天井はビロードを広げたような漆黒の空に、満天の星が瞬いていた。ゴーストが壁やテーブルをすり抜けたりして大広間にやって来て、その中を私たちの列が突っ切った。上座には、四本足のスツールを置いてあり、椅子の上には汚らしい帽子がちょこんと乗っかっている。これから、組み分けが始まるんだ、と思うと、わくわくした。 さあて──どの寮に入ろうかな? 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