次の日、ロンドンへの道中、ハグリッドは気を利かせてくれて、様々な事を私に教えてくれた。が、正直右から左だった。だって全部知ってるんだもん。まあ嘘を鵜呑みにして色々話してくれるハグリッドは、うん、ほんと優しい。 船を使い電車を使い、人混みの中では死ぬほど目立つハグリッドと共に、私はロンドンに辿りついた。実は初めて来るロンドンに浮足立ちながら、ハグリッドについて歩く。 「あ、ねえ、ハグリッド」 「うん?」 「買い物中、私がアシュリー・ポッターだって、誰にも言わないでほしいんだけど」 「そりゃあ構わねえが、なんでだ?」 「今までも、明らかに魔法族ではない人から握手を求められたり、お礼言われたりしたことがあったの。私ってホラ、所謂英雄的な存在なのでしょう? 私は何もしてないから、そんな持て囃されても困るし、何より買い物はゆっくりしたいの」 アシュリー・ポッターは時が来るまで魔法界から隔離される、それがダンブルドアが敷いたルールのはずだ。だが、そんな中でも不自然なまでに私に接触を求めてくる人は少なからずいた。魔法使い──特に大人は見ればすぐ分かる。大抵ローブを着ているからだ。そういった意味では分かりやすくてありがたかったが。何分この顔だ、マジもんの不審者に声をかけられたのも、何も一度や二度の話ではないのだから。 何にしても、道を歩くだけでそんな状態の私だ。晴れて魔法界に帰ってきました、なんて知れたら大事になるのは目に見えているし、実際にハリーは大事になっていた。めんどくせえ。そういうイベントはスキップに限る。 私の思いが通じたのか、ハグリッドは快く頷いてくれた。 「そうか。なら、はぐれないように、しっかりついてくるんだぞ。ただでさえ、お前さんは背が低い。人混みに流されちまうぞ、アシュリー」 「ハグリッドに比べたら、誰だって小さいわよ……」 身長のことはほっとけい。 それに、やっぱ私自身の功績でもないのに、あれこて持て囃されるのはなんか、こう、違うじゃん。人々が私を英雄視するのは、私が生き残ったからだ。だけど、私が生き残れたのは、ひとえに母の愛が、加護があったから。私自身に、特別な力があった訳じゃないんだ。いやまあ、前世の記憶っていう特殊な力はまた別にして。 そんなわけで、ぼろっちいパブについて中に入っても、私たちはこそこそとパブを通り抜け、壁に囲まれた小さな中庭に来た。おお、ここはあの有名な場所じゃないか。ちょっと感激した。 「三つ上がって……横に二つ……」 ハグリッドがぶつぶつと呟いて壁を傘で叩けばあら不思議。レンガが震えてくねくねと動きだし、瞬きを繰り返すよりも先に、アーチ型の入り口が出来ていた。 「アシュリー、ダイアゴン横丁へようこそ!」 ハグリッドはウインクをして、私を招き入れた。 ダイアゴン横丁は素晴らしかった。右を見ても左を見ても、魔法使いが、魔法が、魔女が、犇めいている。ぴかぴかの箒をショーウィンドに飾っている店、様々な大きさの大鍋を売ってる店、うず高く本が積まれた本屋さん……──生まれ変わって初めて、こんなに興奮したかもしれない。だってあの、本と映画の中でしか見れなかった世界が、私の前にあるのだから。精神年齢は三十路を越えていても、この興奮は堪え切れなかった。 あっちこっち見たがる私を、ハグリッドは「はぐれるだろうが」と手を引っ掴み、グリンゴッツへ歩いていく。確かに、ものすごい人の波だった。ハグリッドに掴まれてなければ、迷子になってたかもしれない。断じて私が小柄だからではない、断じて、だ。 さて、そんなこんなでなんとかはぐれずにグリンゴッツに着いた。この銀行に、パパとママが私に残してくれたお金があるという。 「アシュリー・ポッターさんの金庫から、金を取りに来たんだが」 生まれて初めて見る《 なんて考え込んでいると、ハグリッドが気を利かせて頭を撫でてくれた。 「アシュリー? どうした、気分が悪いのか?」 「ハグリッド、それは鏡に向かって言った方がいいわ」 超特急トロッコに揺られて私の金庫に辿りつく頃には、ハグリッドは見てられないぐらい青い顔をしていた。この世界にゾンビというのが居るのかは分からないが、多分いたらこんな感じだろうと思える顔色だった。 私の金庫が開かれた。中は金銀財宝ザックザク、とばかりに金貨だの宝石が山積みにされている。パパとママ、そして顔も分からぬご先祖様に感謝しながら、金貨の山を少し崩してバッグにつめる。しかしこれから金貨銀貨銅貨にお世話になるなら、ちゃんと、金貨用のお財布、買わないとなあ。 「えーと、二十九クヌートが一シックルで、十七シックルが一ガリオン?」 「そうだ。覚えがいいな、アシュリー」 「魔法界に十進法って無いのかしら……」 私、暗算苦手なんだけどな。尤も、難しい計算は全て魔法が行ってくれる世界だ。こうしてわざわざ小難しい伝統を残すことで、マグルとの差別化を図っているのだろうけど。そんな会話をしつつ、賢者の石がある部屋に飛んでいくトロッコ。部屋につき、ハグリッドはさっさと石を回収してトロッコに乗り込んだ。 「それが何──とは、聞かない方がよさそうね?」 「そうしてくれや。俺の今後の仕事の為にもな」 まあ、中身知ってるんだけどね。 グリンゴッツから出たら、日の光の眩しさに目がしょぼしょぼした。青い顔のハグリッドと別れ、私は制服を誂えることにした。うひょー、ホグワーツの制服だあ。憧れたなあ、ほんと……。懐かしいなあ、生前の世界では、ファングッズとして売り出されていたマフラーとかネクタイを買ったものだ。 茶色の扉を押して開ければ、愛想のいい魔女が寄って来た。 「お嬢ちゃん、ホグワーツ?」 「はい」 「あらまあ小さな別嬪さん。綺麗に仕立ててあげますからね」 なんでみんなして身長のこと言うんだ。ほっといてくれないだろうか。確かに平均身長を考えたら若干、ほんとに若干だが私は小柄かもしれない。日本人だった私も、十歳になる頃はもっと身長が伸びていたような気もするが、きっと気のせいだろう。何せ成長期はこれからなのだから。うん、私の成長期はみんなより少し遅れているだけなのだろう。うんうん。 自らにそう言い聞かせながら店に入り、とりあえず寸法して貰うことになった。マダム・マルキンは私を踏み台に立たせて、寸法を始めた。ふと、隣に男の子も同じように寸法して貰っていることに気付いた。おやもしかして、このオールバックは……。 「やあ。君もホグワーツ?」 「ええ、そうよ」 にこやかに返事をする私。フム、この気取った話し方、名前は聞いてないが十中八九マルフォイだろう。甘やかされた坊ちゃん、って点でダドリーそっくりだなあ、と思うとマルフォイも急に可愛げがあるように思えてきた。こっちのダドリーは、うちのダドリーに比べて品があるけど。 澄ました顔でそんなことを考えていると、マルフォイはもじもじとこちらを見てきた。うん? 「き、君の瞳、綺麗だ」 「え?」 「コマネラの自然を閉じ込めたクォーツのようで、とても、綺麗だ」 びっくりした。いきなりなんだ。初めて会った男の子に、私は口説かれている、のか? マダム・マルキンは「アラアラウフフ」などと言って、楽しそうに笑ってる。笑ってる場合じゃないし、笑ってられない。何せ相手は、私の天敵になる筈の男だ。たぶん、きっと。 「あなたの瞳も、アンセラディオの蒼玉のように美しいわよ、ミスター?」 気が動転して、思わずそんなアホみたいなことを言ってしまった。何言ってんだ私は。軽く混乱する私を他所に、マルフォイは青白い頬を赤らめて俯いてしまった。あれ、これマルフォイだよな? 私の天敵になるはずの。なんでこんな可愛いの? 結局あれから一言も話さないまま寸法を終えて、私は店を出た。最後まで、マルフォイは私を見ることはなかった。うーん、あのマルフォイなら普通に仲良く出来る自信あるぞ。やっぱり顔がいいから、好かれてるのかな。いやきっとそうでしょ、あのマルフォイはまだ私の正体を知らないはずだ。傷も隠しているのだし。顔か、顔なのか。そんなにいいのか。つくづく、顔がいいってのは便利だなあ……。 なんて考えながら回復したハグリッドと共にフローリッシュアンドブロッツへ行き、そのあと鍋屋に行き、秤、望遠鏡、薬問屋を巡った。 「あとは杖だけだな……おおそうだ、まだ誕生祝いを買ってやってなかったな」 「えっ、悪いわハグリッド。ケーキ、貰ってるんだし」 潰れたケーキは今日の朝食として頂いた。味はともかく、気持ちは十分に込められたケーキだというのがとてもよく分かる味だったと、ここに記しておこう。 「遠慮はいらん。そうだ、動物をやろう。ヒキガエルはだめだ、流行遅れだからな……猫は俺が好かん……よし、ふくろうにしよう。ふくろうはいいぞ、子供はみーんな欲しがるもんだ」 というわけで、断りきれぬままイーロップ百貨店へやってきた。店内は所狭しとふくろうの籠がずらっと並んでおり、奥にはふくろうがギャーギャー騒ぎながら暗闇の中目を光らせているのが見えた。 さて、ふくろうか。どの子にしよう。きょろきょろと鳥籠に目をやっていると、鼻が腰と同じくらい曲がった店員がスススと音もなく近寄ってきた。 「お嬢さん、ふくろうをお探しで?」 「ええ。ペットは初めてなの。大人しい子がいいわ」 「でしたら、この子はいかがでしょう?」 と、店員が差し出したのは、白ふくろう。雪のような真っ白な身体で、周りのふくろうと比べると、少しまんまるとしている。あら、かわいい。 「真っ白……もしかして、オスなの?」 「おや。ふくろうについて、些か知識をお持ちのようですねえ。メスと違い、オスはこの通り見事な純白の羽を持っておりましてね。ああそれと、メスよりオスの方が大きいです」 「ほんとだ。ちょっと大きい」 「まあ、こいつの場合やや太ってるだけなんですがね。それを差し引いても美しいふくろうなのですが、大人しく、人見知りが激しいので、買い手が見つからなかったのです」 人見知りが激しいと来た。さて、どうするかな。じいっとふくろうを見ていると、ふくろうは私をじっと見て、小さくホーと鳴いた。店員さんに頼んで、ケージから出して貰う。私は分厚い革の手袋をつけて、ふくろうに手を差し出す。ふくろうは、戸惑ったように私を見上げたが、おずおずと手に乗った。ずっしりとした感覚が、手に乗っかる。人見知りの激しいとは思えないほど従順である。 「ほう、この子が人の手に乗るなんて、明日は雪でも降るかな?」 「私、この子がいいわ!」 これはきっと神がこの子を買えと告げてるに違いない。ありがとうございます、と店員は一礼をして、ハグリッドが会計に向かった。 「……ねえ、店員さん」 「はい、なんでしょう」 「この店に、メスの白ふくろうはいる?」 「メスの白ふくろうですか? いやあ、ここ数年、メスの白ふくろうなぞ仕入れておりませんねえ。何せ白ふくろう自体、イギリスには生息していませんから」 この店に、メスの白ふくろうはいない……か。それってつまり、ヘドウィグだったふくろうは、ここにはいないってこと、だよな。マルフォイのことといい、少し、私の知る原作とは違ってる。それが、少しだけ嬉しいような、怖いような。 数分後、私とハグリッドは店を出た。ふくろうは、籠の中で大人しくじっとしていた。彼の名前は、あとでじっくり考えることにしよう、時間はたくさんあるし。そして最後に私たちは、オリバンダーの店に向かった。私はここで、杖を買う。憧れて止まなかったあの杖を、私が、手にするのか──そう思うと、胸が、高鳴って仕方がなかった。 |