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サレー州 リトル・ウインジング
プリベット通り四番地  
一番小さく可愛らしい部屋

アシュリー・ポッター様




「き、来たあ……!」



つ、ついに、ついに来たぞ、ホグワーツからの手紙が。分厚く、黄色みがかった羊皮紙の封筒、宛名はエメラルドのインク。生前は何度もこの手紙がこないかこないかそわそわしてたけれども。こうして今、現実で、自分がこの手紙を受け取ろうとは。

蛇脱走事件から一ヵ月ほど経過した頃だろうか。ジョギングを終えて身近宅を整えた後、朝食時におじさんに指示された私は手紙を取りに行ったのだ。手紙はいくつも届いていた。バケーションを過ごしているマージおばさんかえあの絵葉書、請求書と思しき手紙、そしてこのずっしりとした手紙。私宛の、手紙。

……さて、どうしたものか。おじさんに見せては破かれる。かと言って自分で見た所でなあ……迎えが来なきゃ、流石の私でも『漏れ鍋』の場所は分からない。かといって放っておけば手紙とのチキンレースが待ち構えている。ふーむ、どうしたものかな。



「おじさんおじさん。私宛に手紙が来たわ」

「お前宛に? フン、どこぞのガキからのラブレターか?」

「あなた!! その手紙は!!」



迷ったが、見せることにした。夫婦は窒息しそうなほど顔色が変わり、慌ただしくどたばたし出した。ダドリーは、夫婦の変わり様にぽかんとしていた。



「パパとママ、どうしちゃったんだ?」

「分からないわ。私に手紙くれる子は、ちゃんと下駄箱に入れてくれるのにね」



二人で顔を見合わせて、不思議そうに肩を竦める。私はもちろん、フリだ。そしてその晩、おじさんは私の部屋に来て、手紙は焼いた、とだけ言って去った。私は訝しむ様子も見せずに、そうですか、ありがとうございます、と返した。

で、次の日。



「また来たよ! アシュリー宛ての手紙だ!!」



私の代わりにダドリーが郵便を取りに行ったけど、ダドリーがでっかい声でネタばらしをしたせいで、おじさんがそれをふんだくって暖炉に捨てた。おじさんは怒りに震え、赤を通り越して真っ青な顔色だった。



「アシュリー、お前、あの手紙が気にならないのか?」



両親から散々甘やかされているダドリーすら謎の手紙を読ませてもらえない。不機嫌極まりない様子で私を小突いてくるが、いや別に、どうせ後で見れるし。



「そういうのが、ピアーズたちの言う、『大人の余裕』って奴なのか?」

「ふふっ、なにそれ。私、まだ十歳なのに」



金曜日には十二通の手紙が届いた。おじさんは絶叫しながら釘と金槌で家中の出入り口を塞いだ。手紙は全部焼き捨てられた。

土曜日。二十四通の手紙が届く。そろそろ恐怖を覚えてくる。注文した卵二ダースがくしゃくしゃに丸められた手紙だった。

日曜日。もう数えられないくらい手紙が来た。家が手紙で溢れかえり、家のドアが破壊された。外はふくろうだらけだ。

月曜日。手紙から逃れるために家を出た。おじさんがもう手がつけられないくらい怖い。正体不明の神様に憑りつかれたらこんな感じだろうかと、ぼんやり思った。ダドリーもその空気が分かったのか、我儘を言わなくなった。私たちは車に揺られて西へ東へ奔走した。

そして、そんな逃走劇から一週間が経った。今日は月曜日。明日が火曜ということは、明日は七月三十一日。私の十一歳の誕生日だ。原作通り、私たちはどこで見つけたのか絶海のオンボロ小屋に来た。夏とは言え、外は嵐。隙間風が吹きすさんでめちゃんこ寒い。おじさんはこんな嵐の中、手紙を届ける奴はいないだろうと上機嫌だった。



「(ようやく──か)」



さて、舞台は整った。あとは、役者だけ。腕時計で時間を確認する。二十三時五十九分。真っ暗闇の中、海風吹き荒ぶ小屋の中、私は小屋の薄汚いソファの上で、カウントダウンを始めた。もうすぐ、私の十年に及ぶ努力が実を結ぶ時が来る。それと同時に、七年に及ぶ私の戦いが、幕を開けるのだ。

三十一日まで、五秒……四……。



「三……二……一……──」



カウントダウンが終わった瞬間、どーんっ、と大砲のような音が轟き、小屋が大きく震えた。私の小さな心臓も高鳴って震えてる。もう一回、どーんっ、と大きな音。そしてもう一回、どーんっ、という大砲の様な音と共に、ドアが吹っ飛んだ。その音を聞きつけてダーズリー一家が、おじさんが銃を抱えて飛んでくる。その銃口の先に居るのは──大男だ。



「今すぐお引き取りを願いたい! 家宅侵入罪ですぞ!」

「黙れダーズリー。お前はすっこんでろ!」



おじさんのマスケット銃は、大男の怪力により飴細工のようにぐにゃんと捻じ曲げられた。大男は捻じ曲げた銃は床にぽいっと捨て、私を振り向く。



「オーッ、アシュリー! 最後にお前さんを見た時にゃ、まだこんくらいの赤ん坊だったってのに。いや、今でも十分にちっさいがな……あんた母さんそっくりだなあ。頑固な髪の毛は、父親譲りかな?」



頑固な髪の毛と身長についてはほっといて欲しい、一応気にしてんだから。大男は、コートの内から潰れた箱と手紙を差し出した。尻に潰されたケーキの命運を思うと悲しくなるほど箱はべっこり潰れているが、まあいいか。祝ってもらえるのだ、これほど嬉しいことはない。



「俺はルビウス・ハグリッド。まあ、ハグリッドと呼んでくれや、アシュリー。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ。ホグワーツのことは、勿論知っとろうな?」

「勿論。初めまして……いいえ、二度目まして、というべきかしら、ハグリッド」



にっこり笑って挨拶をする私をおじさんとおばさんは、口をあんぐり開けたまま凝視した。ごめんね、二人とも。隠してたとこ悪いけど、全部知ってっからね、こっちは。



「おじさんとおばさんは、私を魔法使いにしたくないらしくて、私に何一つ教えなかったの。でも大丈夫、私そういう“夢”を見る体質らしくて、全部知ってるわ」

「ダーズリーめ……だから俺は反対だったんだ」

「怒らないでハグリッド。私は彼らに育てられた。その恩義がある」

「しかしなアシュリー。お前は我々の世界の英雄だ。そのように育てられていれば……」

「私は生き残っただけだもの」



まあ夢なんてでっちあげだ。長々と解説をしてもらうのはありがたいが、こんな場所に一秒だっていたくない私は、即興の嘘を涼しい顔で吐いた。ハグリッドは疑うことを知らないのか、納得したようで話を進める。



「じゃあアシュリー。これが手紙だ。今すぐにでもここを出発してロンドンへ……」

「ちょっと待て!!」



おじさんが叫んだ。唇をワナワナと震わせ、私とハグリッドを交互に指差している。おじさんもおばさんも、混乱と怒りと恐怖の入り混じった顔で、私を見ている。ただ茫然としているのは、ダドリーだけ。



「おじさん、おばさん。ダドリー。ごめんね、私、魔法使いなの」

「知ってたわ!! 知って──知ってましたとも!! 私の、あ、あ、あの憎たらしい、私の姉が──そうだったんだもの……!! 姉さんがそうだったんだ、お、お、お、お前だって──そ、そうに決まってる!! だ、だから私たちは、」

「アシュリーを引き取った時、くだらんゴチャゴチャはおしまいにすると誓った!! この子の中から、そんなものは叩きだしてやるとな!!」



その二つの叫びが、何に対する物なのか、私には分からなかった。十年も経てば情の一つでも湧いて出たのか、それとも単に、自分の血族から“まともでないもの”を輩出するのが恐ろしかったのか。……二人のことだ、後者だろうな。だからこそ私はこんなにも冷静に、言葉を紡げる。



「でも私は、魔法使いなの。ライオンは鹿の群れの中では生きられない。分かるでしょう?」



どう足掻いても私は魔法使いで、彼らはそうではないだ。獅子として生まれた私の牙は、小さいうちはまだ鹿には届かない。でも、大きくなれば、その牙は鹿を抉り、貫き、殺してしまう。その力を知らないばかりに。その力を、使い誤ったがばかりに。



「でも私は、保護者が居ないから、十七になるまでは貴方達の元で育たないといけない。だからこそ私は、私の力を制御する為に、ホグワーツに行かなければならないの、おじさん」

「ゆ、ゆるさんぞ!! そんな、そんな、ば、ばかなことがあってたまるか!!」

「おじさん。私がこのまま育てば、ダドリーだって無事ですむか分からないわ」

「な、なら、家を出ていけ! 二度とうちに近づくな!!」

「そう出来ればよかったんだけど……そうはできない、“約束”があるの。ある筈、なのよ……」



おばさんを、じっと見つめる。おばさんはさっと私から目を逸らす。以前、言ってたな。私の目が、嫌なんだって。前に一度、ぽつりと零したことがある。

ああ、あれはいつだったか。確かに外は寒くて、窓から見える景色は粉雪が舞ってて……ああそうだ、一緒にクリスマスディナーの下ごしらえをしてた時だ。



『お前は……姉によく似てる。その目は、あいつを、思い出す』



苦しそうに、そう言ってたっけ。何故そうも、苦しげな眼で私を見るのか、私は知らない。分からない。それは、私の“知らない”知識だったから。おばさんが、ママを本当のところ、どう思っていたのか、というのは。



「おばさん」



一度、ゆっくりとそう呼ぶ。おばさんは、私から目を逸らしたまま、身体を抱いている。まるで、何かに怯えているかのように、かつて犯した罪から逃れるように、取り返しのつかない事実から目を背けるように。



「……勝手にしなさい。ただし、夏以外には帰って来ないで」



おばさんは、苦しげにそう言い捨てて、奥の部屋へと逃げて行った。呆けていたおじさんは、茫然としていたダドリーを無理に引っ張って、おばさんについて行った。肝を潰されたようなダドリーの物言いたげな目が、胸を抉ったけれど、今は仕方がないと頭を振って、少し困惑した様子のハグリッドに向き合った。



「ハグリッド、夜が明けたら行きましょう」

「お、おう」

「あと、寝るまで魔法界のこと、教えてほしいの。私、何にも知らないから」

「なーんにも?」

「うん。夢で見たって言っても、全然理解できないの。お願い、ハグリッド」

「おう、分かった。ただし、全ては話せんぞ。謎に包まれてることが多いからな」



ハグリッド、全く疑うことなく、私に全てを話してくれる。両親のことも、魔法界のことも。私が何もかもを知ってるとは、何も知らずに。

それにしても──ダドリーの、あの、怯えたような、何か物言いたげな目が、胸を突く。嗚呼、何も知らない彼とだけは。私を私として接してくれたダドリーとは、ちゃんと話しておくべきだったのかも、しれないな。





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