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今日の薬草学はマンドレイクの植え替えを行うようだ。グリフィンドール生とハッフルパフ生が並ぶ温室の中に、大きな長机があり、その上にたくさんの鉢植えが並び、傍には大きな耳当てが置いてあった。スプラウト先生の解説を聞きながら、目の前の鉢植えを見る。



「今日は、マンドレイクの植え替えをやります。マンドレイクの特徴が分かる人は?」



誰よりも先にハーマイオニーの手がすっと伸びる。いつもの光景だ。私は基本的に授業中に積極的に挙手することはしない。色々と目立つことの多い身なので、こういう時くらいは忍んでようと決めているのだ。スプラウト先生は穏やかな表情でハーマイオニーを指名する。



「ミス・グレンジャー」

「マンドレイク。別名マンドラゴラは強力な回復薬です。姿形を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元の姿に戻すのに使われます」

「たいへんよろしい。グリフィンドールに十点。マンドレイクは大抵の解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。その理由を――ミス・ポッター。答えられますか?」



たまたま目が合った私に、スプラウト先生はにっこり微笑んだ。先生のご指名とあらば、答えない訳にはいかないな。



「マンドレイクの泣き声は人命を奪う危険なものです。ただし、若いマンドレイクであれば命取りにはなりません。が、数時間は気絶します」

「素晴らしい、グリフィンドールにもう十点。さて、ミス・ポッターの説明もあった通り、みなさんの前にあるマンドレイクはまだ非常に若い。ですがみなさんも、新学期最初の日を気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、耳当てをしっかりとして作業をするように。では、始め!」



先生の掛け声で、生徒たちはそろそろと動きだす。私とロンとハーマイオニー、それと巻き毛のハッフルパフの男の子が加わって、一緒に作業することになった。見覚えのある子だが話したことは無かった。だが名前くらいは知っている。男の子は、私を見ると喜んで手を差し出した。



「ジャスティン・フィンチ・フレッチリーです。君のことは知っていますよ、勿論。有名なアシュリー・ポッターだもの」

「よろしく、ジャスティン」



にっこり微笑んで握手を交わすと、ジャスティンは照れながら、ぺらぺらと色んな事を話し出した。やれポッターはすごいロックハートはすごい自分の家族がうんたらかんたら……長い話だが、しっかりと相槌を打って聞く。正直話は右から左だったけど。でも、今のうちからちゃんと世間体を大事にしておかないといけないし。ただでさえ私は、色んな人に芸能人みたいな扱いされてんだから。ほら、芸能人にスキャンダルが発覚すると物凄い叩かれたりするし、そういう馬鹿らしいことで人にバッシングされるのは御免だ。

だが、耳当てをし出すとジャスティンも話してられなくなったのか、目の前のマンドレイクに集中し出す。遠くのテーブルで早速誰かがマンドレイクの泣き声を聞いて白目剥いて倒れたから、みんな余計にピリピリし出した。私はさっさと嫌がるマンドレイクを苗から引き摺りだして新しい鉢へ移し替え、土と堆肥をぶっかけた。マンドレイクは誰かに触られるのを極端に嫌がり、鉢植えは難航極まるが、頭から生えている葉っぱの付け根を撫でると大人しくなるという性質がある。私とハーマイオニーの植え替えは、苦労することなくすぐに終わった。やはり知識があるっていいもんだ。鉢にマンドレイクを押し込めようと奮闘しているロンを横目に、一息つく。しかしまあ、マンドレイクのなんと醜悪な顔つきか。これが妖精アルラウネの亜種だとは信じられない。

授業終わりには、私とハーマイオニー以外はみんな泥まみれの汗まみれになっていた。みんな慌てて城に戻って、泥を洗い流してから次の授業へ急いだ。



「なんでコツを教えてくれなかったんだ?」



城へ戻りながら、ロンは不満げな声を上げた。



「あら、だって教科書に書いてあることなんだもの。教科書をちゃーんと読まないあなたが悪いのよ、ロン」

「ちぇっ。アシュリーもずるいぜ、教えてくれればいいのに」

「ハーマイオニーに口止めされてたの。お詫びに綺麗にしてあげるから。──スコージファイ!」



す、とロンに杖を向けて唱えると、ロンのローブや裾についた泥はきれいさっぱり洗い流された。元々ダーズリー家の家事を手伝ってきたことが幸いしてるのか、この手の呪文は私の得意分野であった。



「すっげえ。助かったよ、アシュリー」

「あら、ゴシゴシ呪文上手ね。私はこの手の呪文、あまり得意じゃないのよね……」

「元々家事が得意だったから、何となく要領が分かるのよね。さ、ちゃっちゃと変身術のクラスに行きましょ」



マクゴナガル先生の授業は私の得意分野だし、動物もどきの件もあって全力で予習している分野なので、難は無かった。今日はコガネムシをボタンに変える課題だったが、こんなもの朝飯前だ。有機物を無機物に変えるのはもうとっくに習得済みだ。問題は有機物を有機物に変えるところなんだよなあ……。

あれこれ考えながら杖を振うと、私のコガネムシは鮮やかなシルバーブルーのボタンになり、マクゴナガル先生から十点もらった。



「流石ね、アシュリー」

「あら、ハーマイオニーのボタンだって綺麗な金色じゃない」

「ええ。お互い、腕は鈍ってないようで安心したわ!」

「ふふっ、そのようね」

「おいおい。そういうのは僕のいないところでやってくれよ、二人とも」



ロンの不満げな声に、私たちは口を噤んだ。真っ二つに折れた杖は、セロテープもどきで補強してあるが、もはやそんなものでは修復不可能だったらしい。とんでもない時に火花が飛び散り、紫色の煙がもくもくとコガネムシを包み込んだりしていて、散々なことになっていた。

私の所為で壊れたようなものだし、お金出してあげたいのは山々なんだけど、この壊れた杖が学期末に役に立ってしまうので、ロンにはしばらくこのままでいてもらわなければならない……んだよなあ……。



「ロン、ほんとごめんなさい。来年の夏には、必ず弁償するから……」

「や、まあ、杖折ったのは僕だし、アシュリーが気にするコトじゃないよ、ウン」

「でも、すごい有様なんだもの……」

「ま、いいこともあったさ。マクゴナガルは杖のせいで、僕の呪文が失敗したと思ってる。例え杖が正常でも、僕のコガネムシは金色にすらならなかったよ」



逞しい、実に逞しい。ハーマイオニーはいい顔をしなかったが、私は何も言えなかったので黙っていた。ようやく昼休みになったので、お腹を空かせながら三人で大広間へ向かった。冷たいかぼちゃジュースを飲んで、パンを千切って食べながらロンとクィディッチの話をし、ハーマイオニーは向かいの席で『バンパイアとバッチリ船旅』を夢中になって読んでいる。

ふと、とんとん、と肩を叩かれたので振り返る。そこには、セドリックが立っていた。その隣にいるハッフルパフの上級生たちは友人だろうか。



「あらセドリック。夏休みぶりね」

「やあアシュリー。相変わらず君は、噂が絶えないね」

「好きで噂になってるんじゃないわよ、全くもう……」



眉間を揉みながらそう返すと、ごめんごめんとセドリックは軽やかに微笑んだ。



「分かってるよ、何か事情があるんだろう? 今度、ゆっくり聞かせてよ。また、図書館に通うことになるんだろうし」

「ええ。その時にゆっくり話すわ……あと、夏休みはごめんなさいね。お父様とお母様に、挨拶も無いまま帰ってしまって」

「具合が悪かったんだ、仕方ないよ。父も母も分かってくれた。気にしなくても、大丈夫だよ」

「そう、よかった」



詫びの手紙は送ったが、やはり誘われておきながらあの退場の仕方は如何なものかと思っていたが、流石セドリック一家、いい人の集まりだったようだ。ふと、セドリックの様子がいつもと違うような気がした。いつもよりどこか、そう、上機嫌に見える。基本的に寡黙キャラなセドリックが、表情に現れる程機嫌がいいなど、珍しいものだ。



「セドリック、どうかした?」

「ん、あぁ、何でもないよ。それじゃあアシュリー、また今度、図書室で。食事の時間、邪魔してごめんね」

「え、えぇ……」



セドリックは、ハッフルパフの席に戻っていく。セドリックの友人らしき人たちは、一瞬ぼうっとしていたようだが、はっと我に返り、すぐにセドリックの後を追ってハッフルパフの席へ戻っていった。ロンはその姿を見て、ふうん、と呟いた。



「なぁに、ロン。あなたまで」

「今の、ダリル・オールダムだ」

「やあね、セドリックよ。セドリック・ディゴリーよ」

「違う、その隣にいた奴。──ははーん、なるほどなぁ……」 

「なによ、ロン。勿体ぶっちゃって」

「なんでもないよ、ほんとに」



思わせぶりな態度ながら、ロンは何も言わなかった。なんだろうか、ダリル・オールダム……うーん、聞き覚えのない名前だ。原作にもそんなキャラいただろうか。記憶の引き出しを開け閉めして考え込んでいると、何やら熱い視線を感じた。それもすぐ近くだ。顔を上げてその視線の方向を見つめる。

そこには、薄茶色の髪をした小さな──いや、私と同じくらいの身長だ、小さな、ではない──男の子にしてはえらく小柄な子がいた。その場に釘づけになったように、私を見つめている。その手には、一眼レフとでもいうのか、大ぶりのカメラがある。こ、こいつは、まさか……!



「あ、あの、アシュリー。あの、元気? 僕──ぼ、ぼく、コリン・クリービーといいます。僕、も、グリフィ、ドールなんです。あの──もし、構わなかったら──その、写真を、撮ってもいいですか?」



ですよね知ってた!! 

原作ではハリーにロックハートに並んでめんどくさがられていた、コリン・クリービーその人だった。本で読んでる時は、写真ぐらいいいじゃんとか思ったけど、いやあの、ごめん。自分に言われてると考えると、滅茶苦茶嫌だった。



「ごめんなさい、私、そういうのは……」

「僕、あなたに会ったことを証明したいんです!! もし、あなたが撮れたら、ほんとに嬉しいんだけど──その、あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」



お願い届いてー!! 私の声ー!!

懇願するようにカメラを突き出してくるコリン・クリービー。隣のロンが肩を震わせて笑いをこらえている。ついでにスリザリンの席にいるドラコも机に突っ伏して笑っているのが見えた。ロンもドラコも覚えてろよほんとに。頼むからそういうのはロックハートにお願いして!! 多分写真もサイン一ダース分くれると思うから!! 私に言うな!! 私に頼むな!

と、声に出して言えないのは、世間体を保つためだ。どんな些細な行動が、バッシングに繋がるか分からない。特にコリンは下級生だ。下手に言ったら苛めていると勘違いされてもめんどくさい。ただでさえこれからどんどんめんどくさいことになっていくのに、無駄な風評被害は極力払いのけていきたい──けど、いくら私でも、一緒に撮った写真にサインできるほど面の皮は厚くない。



「コ、コリン、私はそういうのは、ほんと無理で……は、恥ずかしいわ……!」

「どうして!? 恥ずかしいことないですよ! お願いします、僕の両親に、あなたの写真を見せたいんです! あなたと出会えたことを、証明したいんです!! お願いします!!」

「あ、あのねえ……!」



コリンの甲高い声はかなり大きく、周りの人はなんだなんだとこちらを見たり、聞き耳を立てていた。ちくしょうなんでこんな目に……誰か助けて下さい。そこに、騒ぎを聞き付けたウィーズリー双子が現れた。ごめんあんたたちは呼んでないわ。



「なんだ、アシュリーはついにサイン入りの写真を配るようになったのか?」

「こりゃいい。おいクリービー。その写真焼き増ししてくれよ、きっと売れるぜ」

「そうだな、主に思春期の男子生徒たちにな」

「もしかしたら女子にも売れるかも?」

「だめです!! アシュリーとの写真は、僕の宝物にするんです!」



コリンと双子がギャイギャイ言い出した。ほんとやめて煩くしないで。しロンは笑い過ぎてもう呼吸困難になっているようだった。蹴飛ばすぞ。スリザリンの席でパンジーを中心に笑い転げてるスリザリン生の真上に突然糞爆弾の雨が降り注ぐように祈っていると──。



「一体何事かな? 一体どうしたのかな?」



かみさまわたしがなにしたっていうんですか。


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