10

翌日は私は日課のジョギングを終え、すぐに手紙を書いた。宛先は、ウィーズリー夫妻と、ドビーへだ。夫妻には車のことと、迷惑をかけたことを詫びた手紙を書き、ドビーへは恨みつらみ……とまではいかないけど、大丈夫だと言ったのに、どうして邪魔をしたのかについて問い質す手紙を書いた。まあ、手紙出すって約束してたしな……うん。

朝一でふくろう小屋に向かうと、ヴァイスが木にとまったまま居眠りこいてた。可哀想だけど突いて起こし、手紙を持たせた。



「悪いけど、お願いね」

「ほーぅ」



だが、今日は寝起きがいいらしく、元気そうに手紙を持って飛び立っていった。白いふくろうが光り輝く朝日の中に消えていく光景は、なんとも幻想的だった。……もうちょっと痩せてたら、もっと綺麗に見えたんだろうけどな。

寮に戻り、身支度を整えてからロンとハーマイオニーと朝食を取るため大広間へ向かった。昨日の事件がもう知れ渡っているのか、廊下ですれ違う人々に好奇の視線を浴びせられた。ロンは、その視線にどこかそわそわしており、それを見たハーマイオニーが忌々しげに鼻を鳴らしていた。私は、そりゃあ、いい気分はしないけど、ある意味これが私の日常の光景な気がして、人知れず失笑した。こうして他人の目を引いている自分の姿が日常などと、おかしなことを思うようになったなあ、と。



「(慣れなきゃ負けなんだけどね、こんなの)」



スクランブルエッグとベーコンを食べていると、ふくろう便の来る時間になり、百を超えるふくろうが大広間の上の小窓から押し寄せてきた。これもいつもの光景なので特に気にしないでいると、目の前に灰色の物体が落下してきて、私のベーコンの皿をひっくり返して床に転げ落ちた。前にもこんなことあったなあ……。



「エロール!!」



灰色の物体はロンの家のふくろう、エロールだった。かなりの高齢らしく、よぼよぼと飛ぶ姿を何度となく見てきた。ロンは、机に頭をぶつけて気絶しているふくろうを摘み上げて、脚に括りつけられている手紙を手に取った。



「パパとママからだ!」

「おじさんとおばさんから? なんて?」

「ロン、それよりあなたのふくろう大変じゃない?」

「エロールは大丈夫だよ。それより手紙だ」



何が書いてあるんだろう。ダンブルドアからはお咎めは無かったが、ウィーズリー夫妻は魔法をかけられ、車を無くされているのだ。怒られても無理はない、とロンと二人で顔を見合わせてから、恐る恐る手紙を開いた。

手紙は、思ったよりも簡潔なものだった。魔法はかけられたらしいが心配はいらないということ、車の件はダンブルドアのおかげで事無き事を得たこと、その代わりウィーズリーおじさんはおばさんにシメられたこと、事情が事情なので仕方がないが心配をしたので、手紙をよこすように、ということだった。手紙を読み終えて、ロンは少しだけしょげたように眉をひそめた。



「分かってるけど、そうだよな。喜んじゃいけないことだよな、ウン。そりゃあ、アー、悪いことばかりじゃなかったけど、パパもママも、ドビーって奴に錯乱魔法をかけられたんだから……」

「ロン……」



普段注目され慣れないロンは、今回の事件でみんなに称賛されて気を良くしていたようだったが、ようやく考えを改めたようだ。ハーマイオニーも、その言葉を聞いて、やっといつもの通りにっこりと笑ってくれた。

ともかく、事態はそれなりにいい方向に転がってくれたようで、安心した。おじさんたちも、一先ずは無事だったようだし。そんなこんなしているうちに、マクゴナガル先生が今年の時間割を配り始めたので、それを受け取って早速今日の時間割を確認する。今年最初の授業は、ハッフルパフと一緒に薬草学の授業を受けるようだ。食事を終え、ドラゴン革の手袋だとか教科書を取りに寮に戻り、三人で城を出た。



「今年からは二号室や三号室にも入れるのかしら?」

「ネビルが喜びそうねぇ」



そんな話をしながらハグリッドが育てている野菜畑を横切り、薬草学の時間に使う温室へと向かった。温室には既にグリフィンドール生とハッフルパフ生が集まっており、みなスプラウト先生を待っているようだったので、私たちも談笑をしながら待った。

やがて、スプラウト先生が、たくさんの包帯を抱えて野菜畑を突っ切ってやってくるのが見えた──が、横にはあの、ギルデロイ・ロックハートがついてきているではないか。ゲゲッ、と私は顔が引きつるのを感じた。ハーマイオニーは逆に頬を紅潮させていた。ハーマイオニー、ほんと趣味悪いわぁ……。



「やぁ、みなさん! 私は今、スプラウト先生に暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、私の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中で暴れ柳というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですからねえ──」

「みんな、今日は三号温室へ!!」



スプラウト先生は半ギレ状態だったが、ロックハートはいけしゃあしゃあとしている。よくもまあ嘘八百が並ぶものだと私は白けているが、ハーマイオニーはうっとりした顔で「謙遜する先生……なんて素敵なの……」なんて呟いているので流石にドン引きした。いやほんと、ロックハートはやめとけってほんとに。とは友人には言えないまま、私たちは三号温室に向かった。

一年生の時は一号温室にしか入れてもらえなかったのに、さっそく三号温室に入るとは。薬草学好きのネビルが鼻息荒く温室へ入っていく。私もそれに続こうと思ったが、ロックハートの手が、私の肩をがっしり掴んだ。セクハラですさわらないでちかよらないで。



「アシュリー! 君と話がしたかった──スプラウト先生、彼女が二、三分遅れてもお気になさいませんね? 聞くに、彼女はとても優秀な魔女だそうで?」



スプラウト先生はしかめっ面をしたが、答えは聞いていない、とばかりに私を温室の外へ引きとめ、その扉を閉めた。スプラウト先生うらぎらないでひどい。気になさるから、ほんと離して下さいサシでロックハートと話すとかほんと嫌なんだけど誰か助けて。



「アシュリー、あぁ、アシュリー、アシュリー」



松島か私は。

太陽にきらめく白い歯を見せながら微笑むロックハートの顔面に鼻フック仕掛けたらどれほど良い絵面になるだろうということを必死に考えながら、引きつりながらも人当たりのいい笑顔を浮かべようと試みる。



「私は、あの話を聞いた時、自分を責めましたよ。あぁ、アシュリー。私は悲しかった。こんな可憐な少女の、道を外させるきっかけを作ってしまったなど、私はなんて罪深い男だろうか!!」

「(何言ってんだコイツ)」

「分かってますよ、アシュリー。有名になるという蜜の味を覚えてしまったんでしょう、アシュリー? そうとも、君は生来目立つ人だ。『名前を呼んではいけないあの人』のことだけでなく、君はその若さにして天使のような美貌を持ち、頭も良く、人気者だ。君は目立つ。とても目立つ人だ。だが、私と新聞の一面に載ってしまい、君はもっとそうなりたいと思ったのでしょう? その美貌を、世に知らしめたいと、そう思ったのでしょう?」



頭の痛くなるような勘違い野郎です本当にありがとうございます。しばしば危うい発言が見え隠れしているのは、私の来歴だのなんだのに嫉妬しているから厭味ったらしく言っているのだと私は信じたい。信じている。

嗚呼、にしても、ほんと、馬鹿な男だと思う。人から注目されて、有名だなんだと騒がれて、それに一体何の意味があるのだろうか。ましてや、自分は無能な癖に、人の手柄を横取りにして、その栄光を我が物にして注目を集めようなどと、なんて愚かしく、虚しいことだと思う。勿論、その気持ちが分からないとは言わない。マンガや映画に出てくるような、容姿端麗で、頭脳明晰で、喧嘩に強い、そんな誰もが羨望する強くて優しいヒーローになりたいなんて、誰もが一度は抱く夢だ。それが分からないほど私も子どもではないし、“私”とてそんな妄想をしたのは一度や二度ではない。だけど、一体、それが何だというのだろうか。



「アシュリー、味を占める気持ちは分かりますがね、車を飛ばすだなんていけないですね。落ち付きなさい、君はまだ若いのだから、十分に時間はある。あと数年もしないうちに、君は誰もを魅了する美貌を得るのですからね。ええ、私も危うく、そのエメラルドの光に導かれてしまうところでしたよ。ですがねアシュリー、『週刊魔女』の『チャーミング・スマイル賞』を五回連続選ばれている私に比べれば、君のは、大したことが無い」



結局は、それが言いたいだけだろう、と私は得意げなロックハートを見上げる。嫉妬、からの優越感だろうか。愚かだ。本当に愚かな男だ。愚かで、器が小さくて、見下げ果てた馬鹿な男だ。だけど、それと同時に、羨ましくもあった。こんな男にも、こんな男にですら当たり前のように家族がいて、こんな男にだって愛した人がいて、こんな男は、こんな下らない栄誉だけで幸福を感じることが出来て、こんな男にも当たり前の幸せが、与えられている。当たり前の幸せの中で、当たり前のように生きている。

私が本当に欲しい物を持っておきながら──あまりに、図々しい。



「そういうセリフは──」



ロックハートを目の前にしながら、ざっ、と一歩前を踏み出す。輝くブルーの瞳を、逸らすことなく見据えると、ロックハートがぎくりと肩を震わせた。冷たい風が、私の背中を押すように撫ぜて行く。静かに右腕を持ちあげる。一歩、また一歩と、ゆっくり距離を詰めていくと、ロックハートは目を逸らして後ずさった。だが、背後は温室だ。逃げられるはずもなく、ロックハートの背中は温室の壁に当たる。私は、歩みを止めない。一歩、一歩、草を踏みしめて近付く。



「私より、度胸をつけてから言わないと」



とん、と右手の人差指を伸ばして、ロックハートの喉に宛がう。人差し指だけで、喉をつぅ、と這わせて、右側の気道まで指を進めて、止めた。どくんどくんどくんどくんと、生きる鼓動を、指伝いに感じた。当たり前だ、生きているのだから。当たり前のように、生きているのだから。愚かでも馬鹿でも、図々しくも生きているのだから。ハッ、と喉の奥から笑いが漏れた。その笑いに、ロックハートは先ほどまでの余裕そうな顔色をさっと変えた。青白い顔のまま、口をぱくぱくとさせたまま、言葉が出ないようだった。優越感はどこへやら、自分より遥かに背の低い年下の女の子に急所を押さえられてビビッているなんて、なんて滑稽な姿だろう。

私はそんな先生を怖がらせないように、そのポーズのまま、小首を傾げて、にィ、と口元を釣り上げて、艶やかに笑みを浮かべた。



「格好悪いですよ──せんせ?」



す、と指を離すと、ロックハートは唖然とした表情で、腰が抜けたようにその場にどさり、とへたり込んだ。私はそんなロックハートに見向きもせずに、温室のドアを押しあけた。天井から名も知らぬ植物の蔦がぶら下がっており、湿った土の臭いと、ショッキングピンクの花から香る強烈な臭いが私を出迎えた。私の姿を捉えたスプラウト先生が、ほっとしたような顔をした。



「ミス・ポッター。準備はよろしいですか?」

「えぇ、問題はありませんよ、先生」



ギルデロイ・ロックハート。人の手柄を奪い、仮初の栄光だけを塗り固めたペテン師。その実態はあまりに愚かで、馬鹿馬鹿しく、器が小さく、世界の狭い男だった。何よりも奴のみすぼらしい所は、私のような子どもにすら嫉妬心を露わにし、それを見下すことで優越感を得るという、あまりに幼すぎる部分だった。

本当に、取るに足らない男だ。あんな男に今年一年付きまとわれるのだと考えると、やっぱり鼻フックぐらいはしておけばよかったのかもしれないな、と思った。


*PREV | TOP | NEXT#

- ナノ -