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私たちはスネイプに連れられ、スネイプの研究室へ足を踏み入れた。初めて入ったが、なんて趣味の悪い部屋だろう。室内なのに外並に暗い。壁には大きなガラス容器がたくさん並んだ棚があり、中には気色悪い物がぷかぷか浮かんでいる。スネイプらしいことこの上なし。部屋には既にダンブルドアとマクゴナガル先生がいて、二人とも深刻な顔をしていた。



「お掛けなさい。そして、ご説明なさい」



ロンと二人でソファに腰かけた。深刻そうな二人と真顔のスネイプに向かって、私は説明を始める為、すう、と深呼吸をした。そして話した。柵が通れなかったこと。おじさんとおばさんを待ったが一向に戻ってこなかったこと。誰も柵が通れないことに気付いていなかったこと。漏れ鍋へ行く道もわからず、お金も無かったこと。車を飛ばして此処まで来たこと。車は森へ還っていってしまったこと……。

全て話し終わった時、マクゴナガル先生は悲しげに肩を落とした。



「ミス・ポッター。聡明なあなたが何故、ふくろう便を送るということを思い付かなかったのですか? あなたは、ふくろうをお持ちでしょう?」

「そ、それは……」



やはり聞かれるか──私は顔をしかめた。今までスラスラと喋っていた私が口を噤んだのを見て、マクゴナガル先生はキッと唇を一文字に結んだ。



「あなたお得意の、“何でもない”は通用しませんし、隠し事をするのもお止しなさい──それとも、去年の無能さを晒した私たちでは、頼りにならないと?」



マクゴナガル先生は、悲しげな顔をした。その表情を見て、ずきりと心が痛んだ。ああ、そうか。先生は、気に病んでいるのか。去年の事件に、その真相に、その黒幕に気付けなかったことを。そのせいで、結果的に私が危険な目にあったことを。厳しくともやはり、この人は私たちの身を案じているのか。寮監として、教師として、あるいは──。



「実は夏休み中、ふくろう便が一切届かなかった時がありました」

「アシュリー!」

「いいの、ロン。……それで、不思議に思っていたんです。そしたら、自分の部屋に居る時に、その、なんていうか……声を、聞いたんです」

「声?」

「はい。姿は無く、どこからともなく声が聞こえて来て、その声が言うんです。『アシュリー・ポッターはホグワーツに戻るべきではない。ホグワーツには危険が迫っているのだ』、と。その為に、私に来るべき手紙を全部差し押さえて、私をダーズリー家に閉じ込めようとしていました。その時は何ともなく、私はダーズリー家を出て、ロンの家に泊まって過ごしていました。ですが、今日柵が通れなくなってて、私は思ったんです。もしかして、その“声”の主が、何かしたのではないか、と」



う、嘘は言ってないような、本当のことも言っていないような……ロンが微妙な顔をしているので背後から背中を抓ってやると、「そうなんです、そうアシュリーが推理したんです!」と言った。全くもう。心配してくれているマクゴナガル先生に隠し事をするのは気が引けたが、ドビーのことを全て話す訳にもいかない。



「その場で一時間待って、ウィーズリー夫妻が戻ってこなかった時、嫌な予感がしたんです。そいつが、夫妻に何かしたのではないかと。変に思って、居ても立ってもいられず、車を飛ばして来たんです……」



なるべく、悲痛そうな顔をして語った。すると、今まで黙っていたダンブルドアが、口を開いた。



「先ほど、わしはモリーとアーサーの様子を見に行った」

「「!!」」

「二人とも、家でのんびりしておったよ。どうやって帰って来たのか聞くと、二人とも姿現しをした、と言っておった。車はどうしたのか聞くと、二人とも慌てふためいておったよ。どうやら、錯乱呪文をかけられていたようじゃ」

「パパは!! パパとママは大丈夫だったんですか!?」

「大事は無い。大丈夫じゃよ、二人とも正常じゃ。ただ、ちょっとばかし記憶の乱れがあってのう。二人ともいつ呪文をかけられたのかは覚えていないそうじゃ。汽車を見送ったら、すぐに姿くらましで家に戻った、と言っておったよ」



やはり、ドビーが呪文をかけていたらしい……大事なくてよかったけど、あとでお詫びの手紙を書かないといけない。……しかし、ダンブルドアのこの用意周到さといったら。予言者か何かかってーの。



「幸いマグルにも見られておらんし、法律ではマグル製品に魔法をかけても、使わなければ問題が無い。今回は“非常時”であったので、それも不問となろう。二人とも安心しなさい、悪いようにはならんよ」



ダンブルドアのその言葉に、二人で顔を合わせてほっと息をついた。おじさんの車をダメにしてしまったこととロンの杖が臨終したこと以外、お咎めなしと来た。ありがたいありがたい。マグルに見られてないのは、ほんとに幸いだった。



「ですが、その『声』については我々の方で調べさせてもらいますよ、ミス・ポッター。そして、あなた方の到着は全校生徒に知れ渡っています。この事実を話す訳にはいきませんし、他の生徒に示しが付きませんので、表向きには罰則を受けてもらいます。構いませんね?」

「あ、はい、わかりました」



仕方が無い。あんだけ派手に到着したのだ。罰が無いと贔屓されてると見られてしまうし。それでも、マグルに車を見られてないし、暴れ柳も、まあ傷はついたかもしれないけど暴れはしなかったし、いいことないわと思ったけど、よく見れば上々の結果じゃないだろうか。まあ、うん、車とロンの杖に関しては本当に申し訳ないとは思ってる。うん。

ふと、スネイプが私を見つめているのに気付いた。珍しいな、と思いながらちらりと視線をそっちに投げると、ふいっと目を逸らされた。……腹立つ……言いたいことあればハッキリ言えっての。別に嫌味言われたい訳じゃないけどさあ、うじうじして何にも言わないのもこれはこれで腹が立つわぁ……!



「……スネイプ教授、私に何か?」

「……」



スネイプは何も言わないまま部屋を出て行った。ここお前の部屋じゃないのか。あー、腹立つ。部屋の扉を睨んでいると、マクゴナガル先生が杖を振った。大きなサンドイッチが乗った大皿と、ゴブレットが二つ、冷たいかぼちゃジュースが入ったボトルがボンッと現れた。



「二人とも、これを食べてから真っ直ぐ寮にお戻りなさい。いいですか、このことは他言無用ですよ。私も歓迎会に戻らないといけませんから」

「組分け!!」



ロンがショック受けたような声を上げた。ここで初めて、マクゴナガル先生は顔を綻ばせて、少しだけ優しそうな顔をした。



「あなたの妹もグリフィンドールですよ、ウィーズリー」

「よかった……!」

「それから、ミス・ポッター」

「はい?」



マクゴナガル先生は私を呼ぶが、私と目が合うと、口を噤んでしまう。何だろう、先生らしくないっていうか、変な感じがする。



「……いえ、何でもありません。声について何か分かったら、あなたにこっそり連絡を入れましょう。それでは、私は歓迎会に戻ります。ダンブルドア先生、行きましょう」

「そうじゃな。では二人とも、今日はゆっくり休むんじゃぞ」

「「はぁい」」



マクゴナガル先生とダンブルドアは二人揃って出て行った。二人がドアを閉めていってから、私とロンは力が抜けたようにソファにもたれかかった。二人でサンドウィッチを口に押し込みながら、安堵の息をつく。



「いくらアシュリーがいて心強いなとは思っても、肝が冷えるぜ全く。ダンブルドアまで出てくるとは思わなかったよ!」

「それくらい、まずいことやっちゃったってことでしょ。でも私にはああするしかなかったし、事実おじさんたちには魔法がかけられていたわ……ごめんなさい、私のせいで、あなたのご両親に迷惑をかけちゃって……」

「ダンブルドアが無事だって言ってたから、大丈夫だよ。パパもママも、ちゃんと分かってくれるって。あ、ホントに悪いと思ってるなら、来年もウチに来てよ。きっとパパもママも、それが一番のお詫びになると思うよ」

「……ありがと、ロン」



今回は、ただ錯乱魔法をかけられただけに過ぎない。けど、ドビーがもっと強引な手に出ていたら? もし、取り返しのつかない事態になってしまったら? ロンはこう言ってくれるけれど、私はこれから、もっともっと強大な敵に挑まなければならないのだし、もっともっと危険な目に合って行くのだ。それは私だけじゃない、私の友人、その家族にまで、被害が及ぶ戦いだ。

──慎重に行動しなければ。今までよりも、ずっとずっと。私の何が歯車を狂わせるのか分からない。今回は、考えに考えて、この行動に出た。だが、これからのことを考えれば、裏目に出なかったのは奇跡と言える。私がもっと警戒を怠らなければ、こういった事態には成らなかったのに。ホントは、誰かをこんなことに巻き込むくらいなら、一人で戦うべきなのではないかと思う。そう、一人で生きて、一人で戦えたら、ずっと楽なんだろうけど……それは出来ないことを、私は知っている。それが私の弱さであり、私と奴の違いなのだと、ダンブルドアは言っていたけど……。



「……アシュリー? どうした、難しい顔して」

「……ううん、このサンドイッチがイタチサンドイッチになったら嫌だなあって思っただけよ」

「よせよ、そういうこと言うの!」



軽口を叩けば、ロンは楽しげに笑った。その笑顔を見て、私もくすりと笑った。私たちは残りのサンドイッチを食べてから、スネイプのカビ臭い研究室を出て、通い慣れた懐かしい通路を、階段を使ってグリフィンドール塔に向かって歩いた。寮の入口がある廊下に立ち入り、太った婦人の油絵がかかった所で足を止める。



『合言葉は?』



ロンと思わず顔を合わせる。しまった、私たち今年の合言葉を聞いてないんだった。マクゴナガル先生と顔を合わせていたのだから、その時に聞いておけばよかった。やっちまったと後悔していると、廊下の向こうから急ぎ足でハーマイオニー・グレンジャーがやってきた。ナイスタイミング、愛してるぜハーマイオニー。



「やっと見つけた!! 一体どこに行ってたの? 馬鹿馬鹿しい噂が流れて、あなたたちが空飛ぶ車を学校に墜落させて退校処分になったって!!」

「退校処分になったとこ以外はあってるわ、ハーマイオニー」

「まさか、ほんとに空を飛んで此処に来たの?」

「お説教はやめてくれよ……」

「言い訳はちゃんとこさえてあるわ。それより、新しい合言葉を教えてくれる?」

ミミダレミツスイ[ワトルバード]よ。でも、話を逸らさないで!」

「色々あるのよ。色々、ね」



合言葉を聞いて、肖像画がぱっと前に開いた。絵をくぐって中に入り、懐かしい談話室へ足を踏み入れた瞬間、私たちは割れんばかりの拍手喝采で出迎えられた。ロンと二人でぽかんとしてしまう。グリフィンドール生はまだ全員起きてて、馬鹿馬鹿しい噂を生みだした張本人たちの帰りを待っていたようだ。



「やるなあ!!」

「感動的だぜ!!」

「車を飛ばして暴れ柳に突っ込むなんて!」

「よくやった!!」

「何年も語り草になるぜ!」

「オイ、なんで俺たちを呼び戻してくれなかったんだ?」

「二人だけ抜け駆けとか、ずるいだろ!」



双子やリー・ジョーダン、話したことのない人から仲のよい同級生までが私たちを担ぎあげている。ロンは決まりの悪そうに顔を紅潮させていたが、私は背後に控える般若のような顔をしているハーマイオニーの荒々しい気配でそれどころじゃなかった。

とりあえず、どうしようもなかったという言い訳を、彼女に聞かせねば。彼女には、ドビーの事件も詳しく話していないのだから。



「わ、私、疲れちゃった! ベッドに戻るから、話はロンから聞いてちょうだい! 行きましょうハーマイオニー、もうクッタクタよ!」

「え、ちょっと!」



そう言いつつ、ニヤっと笑っているロンに後を任せ、私はハーマイオニーの手を取って女子寮へと駈けこんだ。螺旋階段を駆け上り、自室へ跳び込む。幸い同室のラベンダーもパーバティもまだ下にいるようで、部屋には私とハーマイオニーしかいない。ナイスタイミングだ。



「それで、私の納得するような言い訳は用意できてるんでしょうね?」

「お気に召すかどうかは、あなた次第ね」

「いいからさっさと話して!」



つんけんどんなハーマイオニーをなだめながら、私は今までのことを漏らさずハーマイオニーに話した。ドビーの話、ホグワーツの話、柵が超えられなかったこと、車に乗らざるを得なかったこと、結局お咎めはなしだったということ──。

最初はプリプリ怒っていたハーマイオニーだったが、話を聞くにつれてどんどん顔色を悪くしていった。全てを話し終えた時には、もはや顔面蒼白であった。



「アシュリー、あなた恨まれているんだわ!」

「……まあ、そうなるわよね」

「『例のあの人』の撃ち破った張本人が、その復活までも阻止したんだもの。おまけに、この事件はホグワーツの生徒なら誰でも知ってることよ。だったら、あの人の配下だった人たちの耳に入っていても、おかしな話じゃないでしょう? だとしても、引っかかる言い方よね。ホグワーツに危険が迫っていますだなんて……しかも、すごく回りくどいやり方だし……」

「だから、その話はしたでしょう、ハーマイオニー。ドビーは、私のことを護ろうとしてやったことなのよ」

「でも、相手は屋敷しもべ妖精なのよ? 私も本物を見たことがないし、詳しくは知らないけれど、普通、屋敷しもべ妖精は主人に死ぬまで忠誠を誓うものだわ。アシュリーを助けるためだけに自分だけの判断で動いているだなんて、信じられないわ」

「でも──待って、ラベンダーたちが帰ってくるわ」



声を潜めたその数秒後、同室のラベンダーとパーバティが扉を開けて部屋に入ってきたので、この話はまたいつかにしよう、と二人で目で語り合った。ハーマイオニーは授業の予習の為に机に向かい、私はそそくさとベッドへ向かった。今日ばかりは勉強する気にはなれなかった。ベッドに倒れ込むと、すぐに眠気が襲ってきたので、着替えもしないまま、私は意識を手放した。


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