しばらくは買ったオレンジジュースを飲みながら空の旅を楽しんでいた。ロンは景色に飽きはじめていたようだが、私はこの景色は何時間見つめていても飽きないような気がした。 「そういえば、なんで車のこと知ってたの?」 「ごフッ……!!」 ロンは何気ない風に訪ねてきたが、私は思わずオレンジジュースを吹いてしまった。しまった、私は今回この車で助けに来てもらってないんだから、この車の秘密を知ってる筈が無かったんだ……!! 「アシュリー!? どうしたんだ!?」 「へ、平気。気管に入っちゃって……ええと、車のことは、双子が教えてくれたのよ。ロ、ロンたちはどうして知ってるの? おじさんが教えてくれたの?」 「そんなことあったら、ママが発狂しちゃうよ。フレッドとジョージがパパに黙って車に乗って遊んでる時に、偶然分かった事なんだ」 「なるほどね。その時、運転の仕方を教わったの?」 「まさか。双子のを盗み見たんだよ」 実にたくましい。私とて生前は免許を取っていたたが、かれこれ数年……十数年ハンドルに触れていないから、ロンが運転できて本当に良かった。流石に空飛ぶ車の免許まで取った覚えはない。 「それと、向こうに着いたら、車は禁じられた森に隠しておきましょう。この車に魔法をかけたのがおじさんだとバレたら、多分、私たちが思っている以上に厄介なことになるわ」 「どうやって来たのか説明しろって言われたら?」 「箒に乗ってきましたって言うわ」 「人間二人にトランク二つ、ふくろう一匹の大荷物なのに?」 「ニンバス二〇〇〇の馬力はすごかった、で押し通すわ」 「君って時々物凄いバカなんじゃないかと思うよ」 結構真面目に考えたのに、酷い言い様だ。 「……そろそろ薄暗くなってきたな。ホグワーツはまだかな」 「そろそろじゃないかしら。少し下に降りて確認しましょ」 その瞬間、ピィイー! という、エンジンが聞いたこともない様な甲高い音を出し始めた。分かっていたことだが、長距離飛行に耐えきれず車がおかしくなり始めたようだ。ロンと顔を見合わせると、ロンは不安げに顔をしかめた。 「やな予感がするわね……」 「よせよアシュリー! 縁起でもないこと言わないでくれ!」 「だって──待って! あそこ!」 私の指差した方向には、暗い湖に囲まれ、崖の上に聳え立つホグワーツ城があった。薄暗くなってきている中で、城の明かりが遠くからでも見えた。ああ、数か月ぶりだというのになんて懐かしい光景だろう。だがそんな思いに浸るのもつかの間、車がどんどん失速してきた。 「頑張れよ。もうすぐだから、頑張れ──」 「せめて湖の向こうまで耐えて頂戴よ……!」 私たちの祈りも虚しく、エンジンがシューシューと蒸気を吹き上げ出した。前には進んではいるが、高度がぐんぐん下がり、真下に滑らかな黒い湖面が見えてくる──その瞬間、ガダンッ、という音と共にエンジンが停止した。一瞬の間をおいて、がくん、と車が一気に地面へ落下していく! 「うわあああああああああ──っ!!」 「こン、の──!!」 車が城に向かって突っ込んで行く。ロンと一緒にハンドルを握り締め、左右に揺すり続ける。すると、死んだエンジンが一瞬息を吹き返し、車が弓なりにカーブを描いてスレスレの所で城を避け、森を超え、温室の脇を走り抜けていく。ロンはもはやハンドルから手を離し、杖を取り出してあらゆるところをバンバン叩いていた。 「止まれ!! 止まれ!!」 「ロン、折れる! 杖折れちゃう!!」 「だ、だって──ぶ、ぶつかる!!」 ガッツーンッ、ガシャン、ガンガンッ、と耳をつんざく音と共に、車は正面の木にぶつかった。その反動に二人してフロントガラスに額をぶつけた。背後で籠の中のヴァイスがぎゃーぎゃー騒いでる。おかげで車は止まったが、えらい騒ぎになってしまった。木──恐らく、暴れ柳──が暴れ出さないよう、私は車から飛び降りて杖を抜いて、木の幹まで走った。杖でこぶっぽいところを探して突きまくると、今にも動き出しそうだった暴れ柳は一瞬震え、動きを止めた。 「わっ!」 ふう、なんて息をついている間に、ロンが折れた杖を握り締めて車から吐き出されて、地面に放られていた。その後にヴァイスが入った鳥かごが吐き出され、地面に転がった。ヴァイスがこれでもかというくらいギャーギャー騒いでいる。その後にトランクがかぱっと開き、私とロンの荷物が放り出された。 身軽になった車はシューシュー音を吹き上げながら禁じられた森の方へとごろごろ進んで行ってしまった。エンジンしっかり生きてるじゃん!! 「戻ってくれ! おーい! ……どうしよう、アシュリー、杖も折れたし、車はどっかいっちゃうし……僕、パパに殺されちゃうよ!!」 「その時は私も一緒に謝るわ、ロン」 「絶対だよ! うう、ほんと僕たちって信じられないくらい運が良くて、信じられないくらいついてないよ、全く、ウン」 「去年あいつと対峙した時より生命の危険を感じたわ……さ、そろそろ行きましょう。はーあ、言い訳どうしようかしら……」 ヴァイスがあんまりにも煩いので籠から出してやると、ヴァイスは拗ねたようにそっぽ向いてふくろう小屋に飛んで行ってしまった。空っぽの籠とトランクを引き摺って二人でホグワーツ城の玄関へ急いだ。 「アシュリー、持とうか? 重いだろう?」 「大丈夫、伊達に鍛えてないわ」 「さっすが」 薄暗い芝生の上を横切って城へ向かう。玄関へ向かう途中、明るく輝く窓をちらりと見た。ステンドグラス越しに、小柄な少年少女たちの列と、組み分け帽子が見える。 「今、組み分けをしてるみたいね……」 「ほんとだ、ジニーは大丈夫だったかな……──あ、見てごらんよアシュリー、教員席にあのロックハートが座ってる!」 「げ、嫌なもの見せないで頂戴よ……」 ロンの言う通り、教員席にギルデロイ・ロックハートが淡い水色のローブを着て座っているのが見えた。毎回思うけどその派手な色のローブどこで売ってんだ、もしかしてオーダーメイドなのか? 一番上にはダンブルドアが座っていて、穏やかな顔で組み分けを見守っている。私も組み分け見たかったなあ……。 「全く、新学期早々ロクなこと無いわね……」 「──それは我々も同意見ですな、ミス・ポッター」 背後から冷たい声が聞こえた。振り返ってみると──おおう、暗がりの中から黒いローブを纏ったスネイプが現れた。相変わらず顔色が悪そうだ。ロンは委縮して震えあがっている。表情の方も相変わらずよく分からない。それに。 やっぱり私とは、目を合わせようとはしない。 「ついてきなさい」 ああほんと、ロクなことがない。 |