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私の腕を引いたのは、セドリック・ディゴリーだった。私がここいにるのが、信じられないとばかりに目を見開いている。



「あら、セドリック。久しぶり」

「アシュリー、よかった……無事だったんだね」



まるで死地帰りの兵士を出迎えるようなセドリックの物言いに、私は吹き出しそうになった。いやね、確かにヴァイスが閉じ込められたって嘘はついたし、それってやっぱ普通のことじゃないだろうけど、こんなに心配されるとは思わなかった。嬉しい半面、面白おかしくて笑ってしまう。セドリックは、少しムスッとした顔をした。



「本当に心配していたんだよ、アシュリー」

「分かってるわよ、でも笑えちゃうんだもの……!」

「酷いなあ……でも、元気そうでよかったよ」



ほっとしたように、セドリックは微笑んだ。なんてハンサムメンなのか。目の保養になるなあ。通り過ぎた女の子たちがセドリックをうっとりとしたように眺めていた。……ふふん、ちょっと誇らしくなった。



「セドリックも、新学期の買い物?」

「あぁ、たった今、終わって帰ろうとしていたところだったんだ。家族と一緒に来ていてね。これからダイアゴン横丁の外れにある、喫茶店で落ち合う予定なんだ。……そうだ! よかったら、一緒にどうだい?」

「えっ、いや、悪いわ。そんな、家族での時間を邪魔しちゃうなんて」

「構わないよ。寧ろ、父も母も君に会いたがってたんだ」



さぁ、と手を差し出されては、断り切れなかった。ディゴリー氏は、まあ、いい人だしね。それに、私も昼がまだだったので、そう言われるとお腹が空いている気がした。まあ、都合がいい。セドリックと二人並んで歩く。



「それにしても、よく私だって分かったわね」

「うん?」

「顔──っていうか、傷を見られて騒がれないように帽子被ってたし、服装もマグルのものなのよ? それでよく、私のこと見つけられたわね」

「君ほど背の低い人は、そうそう居ないからね」



久しく言われなかったことをサラっと……!!

しかし、いよいよ私の現実を受け入れるべきなのかと思えてきた。私は今、十二歳なワケだが、身長は目測百四十センチ程しかない。日本人目線でもかなり小柄な方だ。待てど暮らせど一向に伸びる気配を見せないこの身体、もう諦めた方がいいのだろうか。が、頭一つ分以上離れたセドリックを見上げると、諦めという文字が脳内から消えた。



「ちょっと、それ失礼なんじゃない?」

「いいじゃないか。アー、その、小柄で、可愛らしいと思うよ」

「あなたたちが大き過ぎるのよ。あーあ、どうして私の成長期は未だ訪れず、なのかしら。セドリック、あなたもちょっと見ない間に、背が伸びたんじゃない?」

「本当かい? 嬉しいなあ」

「もう伸びなくてよろしい」

「まだまだ伸びるよ。僕も十五歳になるんだから」



ぐっ……私だってもう十二歳だ、心はともかく身体は純粋に西洋人の血を受け継いでいる筈なのに……何故、私の成長期は一向に訪れないんだ……っ!!

いいや、私は諦めない。必ずおっきくなってやる。……でも十二歳といったら小学校六年生に相当する。てことは女の子の成長期は終わっていてもおかしくな──いや、考えないようにしよう。やめよう、そういうことを考えるのは。如何せん、生前がそれなりに背が高かったので、余計に身長のことは気にしてしまう。



「でも、一瞬分からなかったよ。やっぱり、制服姿を見慣れているからかな、私服姿って、なんだか、別人に見えるよ」

「ふふ、私も、私服のセドリックは新鮮な感じがするわ。あなた、ホントに何着ても様になるわね。素敵よ、セドリック」

「あ──あ、ありが、とう……」



セドリックは、かああっと顔を真っ赤にして、ぼそぼそとお礼を言った。やーん、かわいいー! あーあ、こんなハンサムで純粋で優しくていい子な息子欲しい……。



「君も、その、そのワンピース、も、帽子も、とても、似合ってるよ。その、色が、君の目の色に、よく映えている、と思う」

「あら、ありがとう」



たどたどしく言って、照れながらはにかむセドリックのハンサムさといったらすごかった。今横を通り過ぎて行った女の子二人組がセドリックの顔に釘付けになってそのまま歩き進んで蛙チョコレートのセールワゴンに突っ込んで全部ひっくり返して大騒ぎになったほどだ。やあもう、ディゴリー夫人、羨ましいです。ほんとに。

セドリックと喋りながら、大通りを一本外れた道に入り、しばらく歩くと、小洒落たカフェが見えてきた。窓からは、料理やらティーカップやらが天井を忙しなく飛び交い、人が行き交っているのが見える。その店の脇に立っている、二人の男女がいた。男性はセドリックと同じ灰色の目をしており、めちゃくちゃ渋かっこいい。ディゴリー氏か。



「セドリック、遅かったな……──そちらは?」

「初めまして。アシュリー・ポッターです」



帽子を取って一礼して、ディゴリー氏を見つめる。いやほんとディゴリー夫人が羨ましい。こんな渋かっこいい夫に可愛い息子に囲まれるなんて、女冥利に尽きる。いいなあディゴリー氏、かっこいいなあ……──いや、ね、うん。だって私、本来これくらいの年齢だし……ね……。

ディゴリー氏も夫人も、私の顔を見て、とても驚いていた。



「アシュリー・ポッターさん、お会いできて光栄です。エイモス・ディゴリーと申します、こちらは妻です。息子がいつもお世話になっています」

「光栄です、ディゴリー氏。こちらこそ、息子さんにはいつも心配かけさせてしまっていて、申し訳ないです」

「あなたが、アシュリー・ポッターさんなのね。お会いできて嬉しいわ! 息子がね、家でも煩いんですのよ、あなたのお話ばっかりして」

「か、母さん!」

「あのアシュリー・ポッターさんですから、どんな人なのかと思えば、とっても可愛らしい子じゃありませんか。ねぇ、セドリック?」



母親にからかわれて、セドリックは顔を真っ赤にしていた。それを、温かな瞳で見つめているディゴリー氏。愛おしく、温かな家族がありのままの姿で、そこにいる。そんな、どこにでもある家族の光景が、眩しくて、目を細めてしまった。

大丈夫、セドリック。絶対に、あなたを護ってみせるから。二年後、どんなことがあろうとも、絶対に救ってみせる。あなたの亡骸をご両親のところへ連れていきはしない。必ず生きて、ご両親に会わせる。嗚呼、今日お二人に会えてよかった。私の身体は、この身には、たくさんの人の未来が、希望が、命が懸っているんだ──私の周りで死んでいく味方たちは、誰一人として取り零したりしない。私の戦いで、味方は誰一人として、死なせはしないのだから。その理解と、覚悟が新たになった。よかった、この家族に出会えて。

ああでも、でも。

どうして私には、私には──。



「ポッターさん? ポッターさん?」

「アシュリー、大丈夫かい? 顔色が悪いけど」

「え、あ」



セドリックが不安げに私を見つめている。夫人も、心配そうに私を見つめている。



「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと気分が悪くて……ごめんなさいセドリック、今日は帰ることにするわ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい」

「いや、いいよ。それより送っていく。漏れ鍋でいいかい?」

「大丈夫、一人で行けるわ。ごめんなさい、それでは」



夫妻に一礼して、私はその場を逃げるように後にした。走って、走って、走って、人気のない通りまで走った。後ろを振り返るも、セドリックは、追ってこない。よかった、ごめん、また、今度、ちゃんと、ちゃんと。



「(──ああ、どうして)」



なんて問いは、無意味だとしても、問わずにはいられない。叫ばずにはいられない。どうして私には家族がいないのだろう。父さんも母さんも妹も、愛した男も、パパもママもいないのだろう。誰もが当たり前のように持っている物を、どうして私は二度も失ってしまったのだろう。

あの時、あの時、死ななければ──そうしたら、こんなことにはならなかっただろうに。そしたら今頃、あなたによく似た子どもに囲まれて、私は料理を作って、あなたの帰りを待っているどこにでもいる主婦になれていたかも、しれないのに。



「は、は──ほんと、馬鹿げてる」



そんなもの、もう手に入らぬ空虚な妄想だ。

“私”は死んで、この身に自我を宿した。私は、そんな当たり前の人生はもう望めない。何度も何度も命を危険にさらして、味方を護り、敵を殺し尽くす。この手が、この身が、何度返り血に染まろうとも。そう決めた筈だ。そうであるならば、私はそんな未来を望んではいけない。人を殺して、悪を滅ぼし、“私”が生き残る為に、私でない誰かをも生かすために、私は、私の為だけに戦い続ける。そんな女が、血に塗れたこの手で、この腕で愛する男を抱きしめ、我が子を抱くなど、そんなことが、出来ようはずがない。例え、全てを忘れる選択をしても──だ。



「幸せになりたかった、だけなんだけど、ね」



だからこそこんなにも、焦がれるのだろうか。

人並みの幸福、という奴に。


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