2

翌日、やたら上機嫌なおじさんに数日後ロンドンへ立つ、という報告をしたら、益々上機嫌になって、私の前でも笑顔を浮かべているようになった。おじさんの頭の中には、マジョカル島の別荘を買うことしかないようだ。ジョークは微妙だったが商談は上手くいったようだ。よかったね、おじさん。

私はあれからすぐにロンやハーマイオニー、手紙をくれた子たちに詫びの手紙を書いた。ロンやハーマイオニーには本当のことを書いた。といっても、、書くと長くなるから、『屋敷しもべ妖精に手紙を止められていた』、『本当の所は、会った時に話そう』と綴った。他の子たちには『マグルの育て親がヴァイスを閉じ込めていた為、返事が出せなかった』と書いた。まあ、本当にそうしようとしたし、ね、うん。おじさんごめん、商談の邪魔しなかっただけ許して。

だが、ここに大勢のふくろうが来てもめんどくさいので、返事はヴァイスにだけ持たせるよう手紙に書いた。ヴァイスには夜にしか部屋に出入りしないよう言いつけてあるしね。



「長旅になるけど、頑張って」

「ホーゥ……」

「あと、人見知りだからって向こうで喧嘩しないでよ?」

「ホー……」

「帰ってきたら、うんと甘えさせたげるから。ね?」

「ホー!」



気乗りしないようだったが、最終的には元気に返事をして、ヴァイスはたくさんの手紙を持って夏のイギリスの夜空へ羽ばたいて行った。ロンには、一人でロンドンへ出るので、迎えに来てほしいという旨の手紙を、ハーマイオニーにはロンと共に落ち合おう、という旨の手紙を書いた。この二人は私が返事を出さないのを不審に思ったのか、たくさん手紙を出してくれていた。きっと心配しているだろうしね。

ヴァイスを見送ってから、私はとっとと荷造りをして、いつでもロンドンへ行けるようにした。荷造りしてる途中に《騎士バス》の存在を思い出したが、乗り心地はあまりよくなさそうだったので、普通にマグルの電車で行こうと思った。ヴァイスは先にロンの家か漏れ鍋で待機しててもらえばいい。ついでにヴァイスに自分の籠を運んでもらえば、私は大きなトランク一つを持つだけでよくなる。

二日後の夜、ヴァイスは全ての返事を持ってふらつきながら帰ってきた。ちょっと痩せたかもしれない、と思い、その日の食事はキッチンからくすねてきたチキンを与えた。チキンじゃ共食いかな、と思ったが、ふくろうは鳥も美味しく頂けるらしく、満足げにチキンを突いていた。ロンからは、ドビーのことと、『漏れ鍋で待っていてくれ。七日のお昼にみんなで迎えに行く』ということが書いてあった。ハーマイオニーからの返事は、いやもうすごい、マクゴナガル先生に提出する用のレポートを間違って送りつけて来たのかと見紛うくらい長い手紙が届いた。内容はドビーの件に関してだったが、悪いけど流し読みさせてもらった。他にもドラコやハグリッド、セドリックからも手紙が来ていた。私って人望あるんだなあ。



「さて、と」



ヴァイスを休憩させる為に一日空け、次の日の夜、ヴァイスは自分自身の籠と、漏れ鍋の店主トムへ宿泊予約と私が行くまでヴァイスを預かっていて欲しいと書いた手紙を持って再び旅立った。結構重い籠なのに、ヴァイスは軽々と脚に挟んで飛んでいった。魔法界のふくろうって力持ちだなあ。

ヴァイスを見送って、荷造りを終え、忘れものが無いかしっかり確認する。お金、金庫のカギ、杖、箒はトランクに入らないからトランクの脇に括り付けた、魔法用具、買った本、手紙……ちゃんとチェックをして、全部揃っていることを確認する。



「そだ、大事なこと忘れてた」



そして、本棚の奥に仕舞い込んだものを取り出す。ちょっぴり埃っぽいベッド下に私が数年前隠した、私が忘れないうちに原作の内容をメモしたノートだ。最後に、二年生のうちに起こること、二年生のフラグが未来のどこに響くのか、しっかりチェックした。ちょいちょい違う所が生まれてるとは言え、一応概ね原作通りには進んでいるからだ。もう一度、何が起こるのか、何月頃にどんな目に合うのか、しっかりと記憶してから、ノートを本棚の奥に仕舞って、私は眠りについた。

夜が明けて、私はおじさんに挨拶だけして、ダーズリー家を出発した。おじさんもおばさんもダドリーも、何も言わなかった。逆に、悪態つかれる方が、気が楽なんだけどね。何も言われないって、逆になんかこう、精神的にチクチクダメージが入る。ちょっと落ち込みつつも、一人でトランクを引っ張ってひたすらロンドンを目指した。ロンドンまでは特にこれと言って、何のトラブルもアクシデントも起こらずに辿りついた。しいて言えば、トランクが大きすぎて改札でつかえたぐらいか。

漏れ鍋について、私は身なりを整える。今日はターコイズブルーのチェックの薄手のジョーゼットウールの織りの生地のワンピースにブラックのフリルペチコートを履いて、黒の編み上げサンダルを履いて、ターコイズブルーのリボンをあしらったキャスケットを身につけている。私の容姿はわりと目立つらしいし、何より傷跡が人の目を引くので、私服に帽子を多く持っている。今日のように傷を隠して過ごしたい日には、うってつけなのだ。キャスケットを深く被って、漏れ鍋へ入る。中は一年前と変わらず、人がまばらにいて、何人かが酒を引っ掛けている。私はそそくさと店主の元へといく。



「あの、アシュリー・ポッターですけれども、宿泊予約をしているっ」



小声でひそひそと話しかけると、店主のトムも騒がれたくないという私の思いを汲んでくれたのか、にっこりと笑って部屋のカギを渡してくれた。なんてイケメンなんだこの人は。禿げていてもしわくちゃなクルミのような頭をしていても、この紳士っぷりには心が奮える。私はお礼を言って鍵を受け取り、部屋に向かう。部屋はやや薄汚れて古臭くあるが、別段文句を言うこともない。中には籠に入ったヴァイスが待っていた。



「ホー!」

「ヴァイスー!! ごめんな、ずっと構ってあげられなくてー!! でも、もう大丈夫だからー!!」



私を見るなり、嬉しそうに翼を広げた。なんだこいつくっそかわいい。今まで、大人しく、鳴かないように、日中は外に出ちゃダメ、と厳しく言いつけ、ちゃんとそれを守っていたヴァイス。ようやく羽根を広げられる場所に戻ってきた、とばかりに羽を広げてはしゃいでいる。あー、かわいい。超かわいいうちの子超可愛い。

ヴァイスとしばらく戯れてから、私はグリンゴッツへ一人で向かおうと決めた。まだ日は高いし、金庫からお金をおろして適当に本屋に寄って帰ろうと思った。私はマグルの格好のまま、鍵と杖と部屋の鍵だけ持って、ヴァイスを留守番させて、一人でグリンゴッツに行った。



「じゃ、行ってくるね。いい子で留守番しててね!」

「ほーう!」



そして部屋を出て、キャスケットを深く被って私は外へ向かう。

白い大理石でできた大きな建物は、人や物で溢れかえっているダイアゴン横丁でも一際目立つ。去年はあっちもこっちも見たいとキョロキョロしていたから、今日はなるべくゆっくり歩いて、色んな物が見えるようにした。クィディッチ用品が置いてある店、箒の手入れ用品を買わないといけないなあ、イーロップ百貨店、ヴァイスと出会ったんだっけ、オリバンダーの店、この杖を得た場所だった、あっちの怪しげな道はノクターン横町への道だろうか、なるべく行きたくない、鍋屋、あの日見つけた黄金の鍋は今も売ってるだろうか、マダム・マルキンの店……。

あちこちチラ見しながら、グリンゴッツに辿りついた。中に入り、《子鬼》たちを避けて、中央の一番偉そうな《子鬼》に黄金の鍵を渡して、金庫への案内を頼む。再び、ジェットコースターのようなトロッコに乗り、自分の金庫へと飛ぶように進んで行く。うーん、クィディッチが、ニンバス2000が、恋しいなあ……。



「着きました。六百八十七番金庫です」



子鬼の無機質な声を聞き、トロッコを降りる。小さな黄金の鍵を使って中を開ける。中は相変わらず黄金の山という山、目を凝らすと墓石かと思うぐらい大きなルビーがあったり、大粒のエメラルドが埋め込まれた指輪など、宝石類も多々あった。

そういや、ポッター家ってえらい金持ちだよな。確か元気爆発薬や骨生え薬を始めとした数々の薬を開発したのが私の祖先で、その莫大な金を、お祖父ちゃんが祖先と同じように数多の薬を開発し、更に増やしたとかなんとか、ってハーマイオニーが教えてくれたんだっけ。



「ねえ。この金庫には、いくら入ってるの?」



案内人の《子鬼》に、ふとそんなことを尋ねる。どれだけ、ではなくいくら、と問うたのは、宝石は魔法界でどんだけの値打があるのか分からないからだ。まあ実際、宝石が何カラットでいくらとか素人が値踏みできるわけないけど。



「さぁて……わたくしめどもには測りかねますが、ざっと見ても、数千万……いや、億か──……なんにせよ、あなたが一生かかって浪費という浪費を極めようとも、この金庫をカラにするのは難しいと思いますよ……」

「ふぅん……ありがとう」



まあ、私にそんな浪費癖は無い。必要なお金だけ持ち歩いて、残りは貯金だ。あーあ、こんだけあれば、半分くらいは預金に回しても困らないだろう。金利もかなりの物になりそうだけど、グリンゴッツって利子率ってあるんだろうか。銀行と名がついてるのだから、あるだろうけども。そんなどうでもいいことを思いながら、適当に金貨を財布に突っ込む。金貨ってかっこいいけど重いし不便だよなあ。紙幣になったりしないかなあ。

特急トロッコで地上に戻って来た。金も手に入れたし、今日は《動物もどき》に関する本でもないか探して帰ろう。ふくろう通信で買った本はどれも有用ではあったがどうにも決定打に欠けると言うか、まだイマイチ論理的部分が私の中で曖昧なので、もうちょっと探してみたい。フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に行こうと思い、足を進める。人がごった返しているダイアゴン横丁は、今更ながらめちゃくちゃ歩きにくい。特に、私のような、背があまり高くない人にとっては特に、だ。くっそ、と心の中で悪態をつきながら突き進んでいると、ぐいっ、と急に腕を引っ張られた。



「っ、え」

「アシュリー? アシュリーだろう?」



聞き慣れた声に、私は驚きながら振り返る。そこには──。


*PREV | TOP | NEXT#

- ナノ -