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一晩寝たら、だいぶスッキリした、と、思う。セドリックには謝罪の手紙を書いて、ヴァイスに送ってもらった。そのあと、頬を叩いて、気を入れなおす。そして、何度でも言い聞かせる。こんなことに時間を割いている暇などないのだと。私は逃げているのではない。一時的に、あと、そう、六年だけ、その事実を思考の隅に追いやるだけ。私さえ耐えれば、この愚行を誰が咎められるだろう。

そう、たったそれだけだ。だというのに、私と来たらこれだ。人一人殺しておきながら、まだまだ脆弱な自分の精神に笑いすら込み上げてくる。



「……よしっ!」



さて気持ちを切り替えて。今日はロンたちと買い物に行く日だ。今朝、ホグワーツから手紙が来て、教科書リストを見たが、まあ、うんお察しって感じだ。ロックハート関連の教科書は買わないように心に堅く誓った。



「(買うだけ無駄、ってね)」



ベッドから出て、洗面所で鏡を見て、顔を確認する。大丈夫、顔色はいい。今日は背中と肩が大きく開いた白のマキシワンピース。ビスチェ風の茶色のベルトに、茶色のサンダルを履いて、今日も大きなキャスケットを被って変装っぽいのも完了。

本を読んで時間を潰していると、あっという間にお昼時になった。ヴァイスは手紙を持って行ったまままだ帰ってこないので、一人で一階に下りて、暖炉の前で待つ。すると、漏れ鍋の暖炉にエメラルドグリーンの炎が灯った。お、と思った瞬間、暖炉から次々に赤毛の子どもが雪崩れ込んできた。そして最後に、バシッという音と共に赤毛の夫婦が現れる。みな、私を見るなり、嬉しそうに近付いてきた。



「アシュリー!」

「ロン! 久しぶり、元気だった?」

「お変わりなく、さ。アシュリーは、大変だったね」

「ああ、そうね。うん、手紙ごめんね、それはまたあとで話すわ」

「「アシュリー!」」

「フレッドもジョージも、元気にしてた──なんて問いかけは、愚問かしら、ふふっ。……あら、あなたたち、背が伸びたんじゃない?」

「そういうアシュリーは相変わらず、って感じかな」

「寧ろ縮んでないか?」

「あなたたちが伸びたんです!」

「アシュリー、君も災難だったね」

「ああ、パーシー。OWLお疲れ様。どうだった?」

「当然、十二ふくろうだったよ」

「すごい! このままいけば、首席確定ね!」



みんなが寄ってたかって私に集まるので、もみくちゃにされながら代わる代わる挨拶をする。あとフレッドとジョージは魔法が使えるようになったらオボエテヤガレ。復讐を胸に誓っていると、私の前に細身で禿げている男性が立った。私は、にっこりと笑った。



「アシュリー・ポッターさん! いやあ、会えて嬉しいよ! 息子たちがいっつも君のことを話してくれていてね。夏休み終わりまでの短い間だが、よろしく頼むよ。おっと、私は、アーサー・ウィーズリーだ」

「はい、お世話になります、ウィーズリーおじさん」

「こちらは妻のモリーだ」

「モリー・ウィーズリーよ。今日から一カ月、よろしくね!」

「宜しくお願いします」

「そしてこちらが──あら、ジニー? ジニーは?」

「ここよ、ママ!」



二人と握手をすると、おばさんがジニーを探してキョロキョロしだした。当のジニーは、おばさんの後ろに隠れるように立って、むすっとしていた。可愛らしい、赤毛の女の子だ。だが、私より背がちょっと高い。なん……だと……ッ。



「よろしく、ジニー」

「よ、よろ、しく……」



ショックを隠しつつにっこり笑うと、ジニーは顔を真っ赤にして、母親の後ろに隠れてしまった。ロンや双子が、ニヤニヤ笑いながらそれを見つめている。



「ジニーは君のファンなんだ」

「夏休み中ずっと、君の話をしろって言ってきたんだ」

「去年の噂のこととかな、僕ら何回話したことやら」

「きっと君のサインを欲しがるぜ」

「あなたたち、面白がってるでしょう──うわっ!?」



なんて話をして盛り上がっていると、ふいに背後からタックルされて、ふらついてしまった。後ろを振り向くと、私の首に抱きついているハーマイオニーの姿が合った。その後ろに居るのは、ご両親だろうか。



「ああ、アシュリー!! 生きていたのね!」

「あのねえハーマイオニー、私がどんな目に遭ったと思ってるのよ……」

「だってそうじゃない! あなたが──」

「ま、またあとで説明するわ!! さ、さあ、まずはグリンゴッツに行かないとね! じゃなきゃ、買い物も出来やしないわ!!」



他の人に余計な心配をかけたくないので、ハーマイオニーの言葉を遮って、漏れ鍋を出るように促した。ウィーズリーおじさんだけは、グレンジャー夫妻にマグルの話を聞きたがって、一杯やろうとか言いだしたが、おばさんがそんなおじさんを引き摺ってパブから出るのを、みんなで笑って見ていた。

みんなでグリンゴッツへ向かった。ハーマイオニーはマグルのお金があるから用はないはずだが、グリンゴッツの中が見たい、と言ってついてきた。大人数で押し寄せて、《子鬼》たちはいい顔をしなかったが、みんなの鍵を受け取って、大人数をトロッコに押し込めて、出発させた。地下トンネルのミニ線路の上を矢のように走っていき、最初は、ウィーズリー家の金庫に向かった。金庫の中身は、なんというか、気が滅入って仕方がなかった。シックル銀貨が一握りと、ガリオン金貨が一枚しかなかったのだ。おばさんは隅っこの方で金庫をかき集めて、ありたっけを全部ハンドバッグに詰め込んだ。



「なあ、アシュリーは金庫によらないのか?」



フレッドだかジョージだか分からないが、双子のどちらかが私に尋ねてきた。私は顔の筋肉の痙攣を何とか抑えながら、冷静なふりをして答える。



「わ、私は昨日のうちに下ろしてきたから、平気なの」

「へえ、そうなのか。アシュリーの家の金庫も見てみたかったぜ」

「ジョージ! そういうことを人様に言うもんじゃありません! みっともないですよ!」

「僕はフレッドだよ、ママ。なあ、アシュリー、ちょっとでいいんだ。見せてくれないか?」

「み、見たって何にも面白くないわよ……!」



だが、自称フレッドは譲らなかった。私は仕方なく、トロッコの先頭に乗っている《子鬼》に金庫のカギを渡した。よく考えれば、ロックハートの教科書は買う価値もないし、制服は去年のままでいいし、必要な物は教科書一冊と魔法薬の材料だけだし、少し下ろし過ぎたと思ってはいた……けど……。

しばらくして、私の六百八十七番金庫にきた。私は財布を取り出して、余分に下ろしたお金をなるべくみんなに見えないように身体で隠しながら金庫に突っ込んで、さっさとトロッコに戻った。ロンは目を皿のようにして金庫に釘づけになっていたし、ハーマイオニーも驚いたように私を見ていた。私はいたたまれなくなって、元凶を睨んだ。



「フレッド、何がしたかったのよ」

「フレッドは僕だよ」



睨んだ方とは逆から声が返ってくる。しゃらくせえったらない。



「不思議だったんだ。どうしてアシュリーは一人暮らししないんだろうって。わざわざ、意地悪なマグルの家に戻る必要ってあるのかなあって。単にお金が無いだけかと思ってたんだけど、違うみたいだし。アシュリーはしっかりしてるから、一人暮らしも出来そうなのに、なんでなんだろうって」

「あのねえ、フレッド。いくらお金があっても、私がちゃんとしていても、私まだ未成年なのよ。大人になるまでは、あそこから出れないの」

「ふーん……世の中、お金だけじゃないんだなあ」



フレッドは、面白くなさそうにそう言った。彼は、何が聞きたかったのだろうか。今の私には、理解が及ばなかった。

グリンゴッツの出口に戻ってからは、みんな別行動になった。私とロンとハーマイオニーはその辺でぶらつくことに、双子は悪友のリー・ジョーダンと落ち合っていたし、パーシーは羽根ペンが欲しいと、一人どこかへ行ってしまった。あー、恋人がいるんだっけ、確か。おじさんはグレンジャー夫妻と飲もう飲もうと騒いでいたし、おばさんはジニーの制服を買わなければならならないからだ。一時間後にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合おうと約束して、解散になった。

私たち三人はすぐ傍でアイスクリームパーラーを発見した。アイスを売っているおじさんを褒め殺したら、アイスを半額にしてくれた。ちょろいもんだぜ。ナッツとチョコレートファッジブラウニーのアイスを三つ買って、二人に渡した。



「別に値切らなくったって、君にはたくさんのお金があるじゃないか」

「あら、何が起こるか分からないご時世だもの、節約できるなら出来るだけしなきゃ、損じゃない。ねえ、ハーマイオニー」

「それはそうだけど……あなたってほんと堅実な人なのね」

「それ遠回しにケチって言ってる?」



三人でアイスを舐めながら、慣れないハーマイオニーにダイアゴン横丁を案内して回った。高級クィディッチ用具店で、ニンバス二〇〇〇のお手入れキッドを買おうか悩んでる私と、チャドリー・キャノンズのユニフォームを食い入るように見ているロンをハーマイオニーが引き摺って店から出したり、インクと羊皮紙を買う段階になって、ハーマイオニーがやたらめったら羊皮紙をたくさん買い込もうとするのをロンと食いとめたり、ギャンボル・アンドジェイプスのいたずら専門店で双子とリーに出会ったりした。

ロンと、苦い顔をしているハーマイオニーに『噛みつきフリスビー』の良さを熱弁する双子の片割れとリーを横目に見てると、双子のどっちかが私の方を叩いた。



「なあ」

「なあに? あなたは……フレッド、かしら?」

「アタリ! これ、さっきのお礼!」



ハーマイオニーに内緒で、とフレッドは私にドクター・フィリバスターの長々花火をくれた。何がお礼かよく分からないが、こんなもん見つかったらハーマイオニーに殺されてしまうと、素早くバッグに滑り込ませた。

何を売ってるのかさっぱり分からないちっぽけな雑貨屋には、何故かパーシーがいて、『権力を手にした監督生たち』という恐ろしくつまんなそうな本を没頭して読んでいた。



「彼、野心家ねえ」

「将来計画もバッチリさ。魔法省大臣になりたいんだって」

「どっちかって言うと、中間管理職の方が実力を発揮しそうだけど」

「それ、パーシーに言うなよ」

「分かってるわよ」

「ちょっと二人とも、失礼じゃない?」

「あら、同じ勉強家なハーマイオニーはパーシーの味方かしら?」

「馬鹿言わないで。彼はいい職業に就く為に勉強しているだけ。私と一緒にしないでちょうだい、アシュリー!」



同じようなもんじゃないか、とぼそぼそ言うロンに蹴りを入れているハーマイオニーをなだめて時計を見る。丁度約束の時間の十分前だったので、二人と一緒にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店へ行くことにした。


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