1

夏休みが始まり、私はダーズリー家に戻った。その日々はなんというか、私が思っている以上に悪いものにはならなかった。

おじさんは極力、私を近寄らないようにしていた。私がいつおじさんをフンコロガシに変えてもおかしくない、と思っているらしく、目も合わせようとしない。おじさんは私がマグルに居る間は魔法が使えないことを知らないらしい。おばさんは知っている筈なのだが、ママのことなんてあんま覚えてないのかな。それはそれで寂しいような、何というか。何にしても、私がいつ魔法を暴発させるか分からないとばかりに、おばさんもまた、私に近づこうとはしない。ダドリーもダドリーで、私には寄ってこなかった。と、いうかおじさんとおばさんが私に近づけないようにしていた。ダドリー自身、私を意味ありげに見つめていたりしてたが、結局話しかけたりすることはなかった。私は私で一家に気を使って、敢えて積極的に会話をすることはなかった。



「えーと、変身術のレポートはオッケー、魔法史も纏められてるし、闇の魔術に対する防衛術の宿題はないし、魔法薬のレポート……は、来月にやるとして、あとは……」



なので私は、出来るだけ部屋に閉じこもっているようにした。まあ、やることは山ほどあるし、一日部屋に居ても飽きることはなかった。夏休み前、おじさんは私から杖や教科書を取り上げようとはしなかったが、ヴァイスの檻に南京錠をかけようとした。そこで、おじさんと交渉して、なるべく部屋に閉じこもる代わりに、ヴァイスを閉じ込めるのはやめるよう説き伏せた。日中はヴァイスを籠から出さないようにする、と条件を加えることで、おじさんはようやく要件を呑んだ。



「よかったねえ、ヴァイス」

「ホー」



ヴァイスを自由に動かせるのは幸いだった。何分手元に一年の教科書以外の本が無いので、宿題以外の勉強をしようがなかったのだ。今更一年生の勉強をしたところで、どうしようもな。普通の手紙はドビーによって差し押さえられるだろうが、通販は別のようだった。夜中、ヴァイスがふらふらしながら大量の本を運んできてくれた。中身は全部、ふくろう通信で買った変身術やら呪文学やらの役に立ちそうな本だ。代金はグリンゴッツの銀行から引き落として貰った。便利なことこの上ない。

さて、暇つぶし、もとい勉強用の本を得た私は、この夏の予定を大まかに立てた。まず第一に、私は部屋に籠る。ぶっちゃけ無駄に家事やらずに済むし勉強もはかどるし言うこと無しだ。そして私の誕生日、手紙は当然こないが理由も明白、そこは置いておく。そして私は部屋に閉じこもり、ドビーを待つ。ドビーが来たら、何としてでも説得し倒して帰ってもらわなければならない。なぜならドビーに此処で魔法を使われると、私は一度警告文を受け取らなければならない。そして私は五年生になる頃、もう一度魔法を使う必要が出てきて、その時裁判沙汰になってしまう。逆に、その日を凌げば、三年後は警告文を受け取るだけで済んで大変美味しい。



「(上手くいけば、の話だけどさ)」



なので、私は死力を尽くしてドビーを迎え撃ち、八月に入る頃、とっととロンドンへ行き、ヴァイスを飛ばしてロンと連絡を取り、漏れ鍋へ向かう──という算段だ。ダーズリー家に長居する理由もないし、彼らとて私に長居されても迷惑だろうしね。一人でロンドンへ行き、寝泊りするくらいの魔法界のお金をマグルのお金に換金してあるし、うん、まあ、大丈夫だろう。

ドビーをうまく迎撃出来れば、問題はない。仮に失敗したとしても、待っていればロンたちが助けに来てくれるし、三年後に面倒な事が起こるだけ。まあ概ね問題ない。問題はないが、面倒事は可能な限り回避したいものだ、うん。そんなわけで、私は毎日部屋に籠って勉強をして、ついでにパパッと宿題を片付けて、動物もどきや閉心術の練習、便利な呪文の習得に役立つための知識を得る日々を過ごした。因みにランニングは夜中にこっそり続けていた。ちょっと怠るとすぐ衰えるからね、筋肉って奴は!

そんな日々を過ごしているうちに、あっという間に七月三十一日になった。そう、私の十二歳の誕生日だ。ふくろう便が止められている為、カードも何も来ないがまあ仕方ない。ヴァイスが夜飛び回って疲れて寝ているのをしばらく眺めてから、身なりを整えて、朝食の為部屋を出てリビングへ行く。



「さて、みんなも知っての通り、今日は非常に大切な日だ。今日こそ、我が人生最大の、商談が成立するかもしれんのだ」



朝、ダドリーが私をチラチラ見ている間、おじさんは高らかにそう宣言した。ドビーに邪魔されてしまうと、おじさんの大事な商談もパァにしてしまう。一応ここまで育ててくれた恩義もあるし、ドビーを食い止める為に頑張ろう、とベーコンを口に入れる。すると、おじさんが不機嫌そうな顔で私を見た。



「お前は──アー、お前は、そうだな、部屋で……あー、いや、ウーム……メイソン夫妻は、なんだ、お前をいたく気に入って……いやしかし、」

「あなた! こいつは部屋に閉じ込めておく算段でしょう!」

「だがなペチュニア、商談の時、こいつは役に立つんだ……」



他所でやってくれよ、なんて思いながら私は静かな顔で紅茶を飲む。私はハリーとは違って、おじさんの商談に一緒に出席した。子どもながらに口が回り、利発で、礼儀正しく、見栄えもいい私はおじさんの取引先のおっさんやお客様たちから大変に好かれていた。そんな客におばさんが用意したシャンパンを注いでやれば、コロッと商談が成立する。ちょろいもんだ全く。おじさんは私を大切に扱うことはしなかったが有用には扱っていた。だからこそ私はこんな小奇麗な服を着てみんなと同じ朝食を取ることができるんだけど、ね。

だが、事実が発覚して、一家は私を避けるようになった。彼らは皆、私を恐れている。そんな私が居た所で、商談がスムーズに行くとは思えない。



「私は風邪を引いていることにしておけばいいと思うわ。そしたら、ちょっとの物音立てても不自然じゃないし。ヴァ──ふくろうも、一晩中解き放っていれば、煩くなることもないだろうし。変にいないふりをするよりは、よっぽど自然じゃないかしら?」

「フーム……なら、そうしていろ」



おじさんはムスッとした顔でそう言った。おばさんはほっと胸を撫で下ろしていた。いないふりをするのはちょっと難しい。なんせ、ドビーが此処に来るんだ。だったら、風邪だの何だのと言った方が、多少の物音は許容してもらえる、はずだ。

それから一家は慌ただしく商談の準備を始め、私は部屋でくつろいで本を読んでいた。前は私も一緒に食事の準備をして、ドレスを着て、商談に出席していたのだから、楽なことこの上ない。夕食まで私は夏にふくろう通信で買った変身術の本を読みこんでいた。そろそろ、実際に身体の一部を動物に変身させてみようかと思う。理論が難しいが大本は分かってきたため、夏休み中にもう少し本を読みこんでいけば、結構いい線いけるのではないかと思った──その時、パチンッ、という音と共に、何かがベッドの上に現れた。



「!」

「!」



そいつ──恐らくドビーだが──は、私を見た。テニスボールぐらい大きな瞳が、ギョロリと目を見開いて、嬉しそうに口を開いた。まずい、と思って慌ててドビーを取り押さえる。下の階の玄関ホールから、ダドリーがメイソン夫婦を招き入れる声が聞こえたからだ。



「静かにして頂戴、私、困るの!」



小声でそう言うと、私の腕の中でドビーはうんうんと頷いた。ほっ、としてドビーを解放すると、ドビーはフラフラッと私から離れて、ぺこり、とお辞儀をした。



「アシュリー・ポッター……!」



ドビーが、小声で、しかしとても嬉しそうな声でそう言った。ヒーローを間近に見た子供のように、目をきらきらと輝かせている。そんな目をされては、応えない訳にはいかない。にこっと笑って、小声でそっと挨拶をした。



「こんばんは、屋敷しもべ妖精さん。はじめまして」

「ドビーでございます、アシュリー・ポッター。ドビーめはずっと、あなた様にお目にかかりたかった……とっても光栄です……!」

「ありがとう、ドビー」



笑ってお礼を言うと、ドビーは嬉しそうに身を震わせたが、大きな声は出さなかった。ドビーは言うことを聞いてくれているのか、ちゃんと小声で応答してくれている。これで変な事を言わなければ、ドビーは大人しくしている筈……!



「ええとねドビー、一つお願いがあるんだけど、いいかしら」

「はい、なんなりと、アシュリー・ポッター」

「今私は大きな声や音を出してはいけないと、育て親から命じられているの。もし大きな声や音を出したら──きっと私は、育て親に殴られて、いじめられてしまうかもしれないの。だから、静かにしていてくれると、約束してくれる?」

「はい、アシュリー・ポッター。ドビーめは見ておりました。ここの家の住人を。はい、アシュリー・ポッターが望むのであれば、ドビーは小さい声でお話ししますとも、ええ」



家に軟禁される──とは言えない。言ってしまえば、ドビーは大声を上げ、物音を立てるだろう。ドビーは私を此処から出さないようにするのが目的なのだから。なので、私がヒドイ目に合う、と言えば、ドビーはそうはしない。ドビーは私を、正確には『例のあの人』を打ち破った私を尊敬しているのだから。おじさん、変な罪を着せてごめん。



「それでドビー。私に何か用?」

「はい、そうでございますとも。ドビーめは、申し上げたいことがあって参りました……複雑でございまして……ドビーめは、一体何から話してよいやら……」



座って、と言ってあげたかったが、言うと煩いだろうから、言えなかった。黙って、静かにドビーの言葉を待った。下から、おじさんのジョークが聞こえる。……前から思ってたけどそのゴルフのジョーク、面白くないよおじさん。



「ドビーめは聞きました。アシュリー・ポッターが闇の帝王を二度も破ったことを。ほんの、数週間前に……アシュリー・ポッターは、またしてもその手を逃れたと」

「や、まあ……そうね、でも、私一人の力じゃないんだけど……味方になってくれる子とか、ダンブルドアの力添えもあってっていうか……」

「アシュリー・ポッターは偉大で、謙虚で威張らない方です! お友達を大事になさる! あなた様が偉大だと聞いてはおりましたが、こんなにお優しい方だとは知りませんでした……」

「や、優しいなんて……いや、あのね、私そんなに優しくないし……──ホントは、あなたにも優しくしてあげたいんだけど、そうしたらあなたは自分を罰してしまうでしょう?」

「アシュリー・ポッターはドビーめを気遣ってくださる! なんてお優しい! なんてすばらしい!」



ドビーは興奮気味だったが、下のフロアから聞こえてくるおじさんの笑い声の方が大きいレベルだった。しかし、なんというか、まあ。こんなにベタな褒め方をされるのは久しぶりだ。彼は純粋に、なんの他意も無く、私という人間を尊敬している。なんというか、照れるね。どうにも、調子狂うなあ。



「アシュリー・ポッターは勇猛果敢で誰よりもお優しい! もう何度も危機を切り抜けていらっしゃった! でも、ドビーはアシュリー・ポッターをお守りする為に参りました。警告しに参りました。アシュリー・ポッターはホグワーツに戻ってはならないのです!」



ドビーは大粒の涙を流しながら、静かにそう言った。下の階でナイフの立てる音が聞こえて、おじさんとメイソン夫人の笑い声が聞こえる中、ドビーはそう言った。

さて、どう出よう──。



「ドビーは、私を守る為に来たということは、ホグワーツでは、何かとても恐ろしいことが起きる、ということかしら」

「その通りでございます。アシュリー・ポッターは安全な場所にいないといけません。あなたは偉大な人、優しい人、失う訳には参りません。ああ、アシュリー・ポッター! 一言でいいのです、ホグワーツには戻らないと、その一言を仰って下されば、それでいいのです!」



そんなわけにはいかない。私の居場所はここじゃないのだ。さてまあ、どうしたもんか。ドビーは真っ直ぐに私を見つめて動かない。



「だけど、ドビー。私は帰らないといけないわ。ホグワーツが危険晒される、というのなら特にね。ねえドビー。あなたは私を守ってくれるのね。とても嬉しく思うわ。でも、私は戦わなくてはならないの」

「いけません……死んでしまいます。アシュリー・ポッター」

「死なないわ。必ず生き残ると誓ったの。私はね、ドビー。数週間前、自らの意思で、『名前を言ってはいけないあの人』に立ち向かおうと決めたのよ」



地雷を踏まないように、言葉を一つ一つ丁寧に選んで、言い聞かせるようにドビーに言う。ドビーは身を震わせながらも、静かに私の言葉を聞いている。



「私は、戦わなければならないの。そういう運命を、選択したの。ドビー、お願い。私の為を想うならどうか、私に戦わせてちょうだい」

「アシュリー・ポッターは勇猛果敢です……偉大です……ですが、ドビーめはあなたをお守りしたいのです……あなたさまを、死なせたくないのです」



ドビーは、涙を流しながらそう呟くように言った。だが私も負けてられない。おじさんたちの商談はスムーズに行っているようだし、ここで私がヘマをするわけにはいかないっ!



「じゃあドビー、私ともう一つ約束してくれない?」

「約束、に、ございますか?」

「ええ。私はこの一年、必ず生き残って見せる。必ず、その魔の手から逃れて見せるわ。だから、一年後に、もう一度姿を見せてもらえるかしら?」

「い、いけません、アシュリー・ポッター! 危険です!」

「だから、約束をするの。ドビーの想いを、踏みにじったりはしないから。無事に戻ってくると約束するから、ホグワーツに行かせてほしいの。ね、ドビー。これじゃあだめ?」



うーん、我ながらもっといい案は無かったものか。だが、他にいい方法が思い付かなかった。とにかく私は、この場さえ凌げればそれでよかった。とにかく、マグルの世界で魔法を使うのが阻止できればそれでいい。



「(どうせ──私が勝つのだから)」



口約束も、決して無為にするつもりはない。どうせ私は、あいつと戦う。そして、勝つ。だから嘘偽りない私の言葉でドビーを動かせれば一番だ。だが、ドビーは、まだふるふると首を振っている。ええい、どうしろというのか!



「じゃあじゃあ、私があなたにお手紙を書くわ! ホグワーツに着いたら、あなたにお手紙を届けるわ! 今日は無事だった、危ないことは何にも無かったって! そしたらドビーも、私が無事だって分かるわよね!」



我ながら何言ってんだ、って思った。どうも私は、切羽詰まったり気が動転すると変な事を口走る傾向があるようだ。なにが、ね! だ。なにも分かりやしねえよ。



「アシュリー・ポッターが、ドビーめにお手紙を……!?」



食い付いたー!!

思ったより食い付きよかった。信じられない、と目を極限までに見開いて、ドビーは私をマジマジと見ている。ええい、そっちがその気ならそれでもいいわ!!



「ええ、そうよ! ヴァイスにお手紙を持たせるわ。どこに居ても、きっとあなたにお手紙を届けさせるわね! だから、ドビーもお返事を書いてくれると嬉しいわ!」

「そんな、アシュリー・ポッター! そんな、そんな、まるでドビーめを、友達のように扱ってくださると言うのですか……!?」

「えぇ、そうよ! 私たち、お友達よ!」



勢いのまま言ってしまい、顔色を変えないようにしたまま、しまった、と思った。この類いの単語はドビーの“地雷”の筈だ。言ってしまえば、ドビーは自らを罰する為に、暴れ回る。すると騒ぎを聞き付けたおじさんが飛んでくる。まずい、飛びかかって口を押さえつけようか……。



「アシュリー・ポッターがドビーの友達……アシュリー・ポッターは友達を大事になさる……アシュリー・ポッターは、ドビーを気遣ってくれるだけでなく、大事になさる……」



が、私のように反し、ドビーは何やらぶつぶつと呟いている。下の階からメイソン夫婦がワインについて蘊蓄を語る声が聞こえる。商談は上手くいっている様子だ。うううううまずい、こんなところで、こんなところでミスりたくはない……くそ、不覚だった。もっと慎重に言葉を選ばないといけない相手だと言うのに……!!



「アシュリー・ポッター」



ドビーは急に、私にキチンと向き合った。今にもピンクと白のファンシーな電気スタンドで頭を殴り始めるのではないかと思っていた私は一瞬びくりとした。ドビーの真面目そうな──どこか悲しそうな顔を浮かべて、着ている服、というか着ている枕カバーの中から、分厚い手紙の束を取り出した。見覚えのあるハーマイオニーの綺麗な字、のたくったようなロンの字、少し神経質そうなドラコの字──たくさんの手紙が、ドビーの手の中に合った。



「ドビーは良かれと思ってやったのでございます……アシュリー・ポッターが友達に忘れられてしまったらと思えば、アシュリー・ポッターはもう学校には戻りたくないと思うかもしれないと……そんなドビーめを許して下さるなら、ドビーめは後でオーブンで耳をバッチンしますから、どうかそんなドビーめを許して下さるのなら、そんなドビーめも、友達と思って下さるのなら、」



ドビーは震える手で手紙の束を差しだした。その大きな眼にいっぱいいっぱいの涙を湛えて、ドビーは振り絞るように次の言葉を口にした。



「お手紙を、楽しみにしています、アシュリー・ポッター」



パチンッ、と音を立てて、ドビーは煙のように消えてしまった。手を伸ばすも、手は虚空を掴むだけで、一瞬の間をおいて、手紙の束がばらばらと床に散らばっただけだった。

──私はハーマイオニーのように屋敷しもべ妖精全員を可哀想とは思わない。彼らは主人に隷属することが当たり前で、それが彼らの誇りだから。主人の意に逆らうことをするなら、自らを罰しなければならない。それは彼らにとって至極当然で、当たり前のことだ。それが彼らの総意であるならば、私の口出しすべきことではないと考えた。だけど、自らを苦しめてまで私を助けようとしているドビーがこの後どんな痛みを受けるのかと考えると、とても悲しくなった。オーブンで耳を挟むだなんて、もはや拷問じゃないか……。



「計画通りに進んでいる筈なのに、上手くいかないもんだなあ」



ユニコーンのことも、ドビーのことも。私は知識として、彼らがどんな目に遭うのか知っている。だが、紙の上でしか得られない知識と、目の前で起こった物を見て、聞いて、触れた経験という知識は、これほどまでに感情を大きく起伏させるのだな、と改めて思った。計画通り、ドビーに帰ってもらい、おじさんたちの邪魔をしない、という目的は果たされた筈なのに、私の気分はどうしても晴れなかった。


*BACK | TOP | NEXT#

- ナノ -