3.5

女の主張を、クラウチがどれほど信じたかは分からない。いかにも厳格そうな佇まいのオッサンがしかめっ面で、全裸に絨毯を巻きつけただけのアジア人の女を見下ろしている光景は、酷く滑稽に見えた。だが、しばしの逡巡の後、クラウチは女に杖を向けた。



「ロコモーター!」



その瞬間、芋虫のように転がっていた女の身体がぐっと持ち上がった。女は勝利を確信したような顔で口元をニィと釣り上げた。



「どれほどのエスコートか、お手並み拝見といきましょうか?」

「その減らず口、いつまで持つか見物だな」



女は、どこまでも気丈さを崩さない。さっきまで、ギャンギャン喚いていた奴とは同一人物とは、到底思えないほどに。自分の足で立ち上がった女に、クラウチはつかつかと詰め寄って、杖腕とは逆の腕を差し出した。まるで女に掴まるよう促しているようで──見覚えがある。姿くらましの介助行為だ。クラウチは、もう俺なんかに目もくれていなかった。女一人、連れていけば十分と判断したからだ。

ああ、よかった。全く人騒がせな。シリウス・ブラックは、そう思うだけでよかった。朝から全裸の女に我が物顔でギャアギャア騒がれて、新居には魔法省の連中が押し寄せて、しまいにはアズカバンに連行するだのと脅されて。それが、全て丸く収まった瞬間を、俺は今、見届けたのだ。そうだろ? だって俺は法なんか犯してない──そりゃ、時にはその一線を跨ぐことも少なくはなかったが──少なくとも今この瞬間俺は『機密保持法』も『時世維持法』も破っちゃいない。夏休み中に杖を折られるような馬鹿をするはずもないし、しようとも思わない。その程度の損得勘定は持ち合わせてるつもりだった。だから、俺の知らないところで俺の知らない何かが起こって、その何かが片付いた。ああ、よかった。全く人騒がせな。そう思うだけで、よかっただろ。なあ。



「(なのに、なんでこんなにモヤモヤするんだよ──!)」



晴れない、黒い霧のようなものが胸の中に残り続けている。なんでだよ。見ず知らずの女が勝手に俺を庇って、勝手に連行されるだけだろ。そこに義理だの感謝だの、あるわけないだろ。そっちで勝手にやってろ、俺には無関係な話だ。そう思えば済むはずなのに、スッキリしない。そりゃ、そうだろ。無関係なはずあるもんか。クラウチは女を未来から来たと言った。どんな手段を取ったか知るはずもないが、裁判もなしにアズカバンに連行しようとする程度には、証拠があったのだ。俺たちの知る常識を、遥かに超えた未来から来た女。それが事実なのだとしたら、不可解な事が二つ。こいつが俺を知っていたことも十分驚きに値するが、それ以上に説明がつかない事が残る。一つ、女の肉体は間違いなく、先学期に俺が創ったホムンクルスであること。もう一つが、ホムンクルスという器に吸い寄せられてきた死者だということ。

ああ、そうか。それが俺の中の“モヤ”だ。気に食わない女が俺を守ってくれたとか、女が未来の俺の知り合いかもしれないとか、関係ないんだ。稀代の錬金術師・ニコラス・フラメルの弟子として、二つの怪奇を黙って見逃せるほど、俺は愚鈍には振る舞えないのだ。そうだ、連行させていいはずがない。連中は知らないんだ、あいつがホムンクルスだって。連中は気付いてないんだ。あいつが死人だって。目に見えたものをただそのままに、ただの人間だと思って連れていこうとしている。それは不味いと、この一年間錬金術を学んだ俺の脳裏でけたたましい警報が鳴り響いた。錬金術は、ホムンクルスは、門外不出の技術だ。それがどれほど危険な存在か、創った俺が一番よく知っている。そりゃあ、ポリッジみたいに簡単お手軽に作れるものではない。だが、事実としてフラメル夫妻は自力でこの境地に辿り着いた。万が一、あの女がバラされでもして、ホムンクルスの秘密が流出してしまったら? 自らの肉体を棄て、六百年もの間生き続けてきた夫妻に我も続けと、他の魔法使いたちが真似しちまったら? 肉体さえ変えれば何百年と生きていける、半不老不死にも似たその技術が、あの吐き気を催すような邪悪な連中の手に渡ってしまったら?

そうだ、言われたはずだ。誰にも見せるなと。止めなければ、危機感が使命感に進化し、俺を突き動かす。俺には、未知の技術を得た魔法使いとしての、責任があるんだ。どうすればいい。どうすれば連中を止められるんだ。あいつ、あいつを止めなければ。あいつを──。



「アシュリー」



アシュリー、そうだ。あいつ、自分で名乗ってた。俺が知ってて当然とばかりの名前を、自分で口にしていた。当然、アシュリーという名前に覚えはない。だが、確信があった。『事件に無関係とされるシリウス・ブラックが、女の名前を知っている』、その事実だけで、あいつらを引き留めることができる、と。案の定、女は止まった。そうして振り返った女は──泣いていた。いや、涙を浮かべてはいるが、決して零そうとはしていない。歯を食いしばり、堪えるように震える姿に、疑問が芽生える。何故、そんな顔をするのか。たった一言、俺が名前を読んだだけで、何故。

だが、チャンスだった。シリウス・ブラックは無関係と叫んだ女の、名前を呼んだ俺。当然、クラウチたちは疑問に思うはずだ。何を言えばいい。何を言えばこいつらから女を──ホムンクルスを守れるのか。考えろ、考えろ、考えろ。フィルチに追い詰められた時よりも必死に、頭を回転させる。海馬が焼き切れるぐらいの熱量を持っているかのようだ。何を言えばいい、どの言葉を選べばいい──!

そんな中で、ぱちりと弾けるようにフラメルの言葉がフラッシュバックした。



『あ、そうだ。ブラック、お前この授業の内容、絶対誰にも言うなよ。ってか、言えないよう呪っておいたから』

『は!?』



それは、一番最初に授業を受けた時。たった一人で錬金術の教室に足を踏み入れた瞬間、フラメルが何の気なしに『呪いをかけたぞ』と事後報告を喰らったんだ。



『待て待て! まだ何もしてねえだろうが!』

『まだってなんだコラ。何かするつもりだったのかよクソガキ』

『そういう意味じゃねえよ!』

『ったく、お前みたいな奴がいるからいちいち呪いをかけてんだろ。別にそんな大層なもんじゃねえよ。授業に関する話題をちょっとでも口に出したら、俺が察知できるようになるってだけだ。当然、そんな日が来ようもんなら、テメェのその小綺麗な顔面ボコボコにするから覚悟しとけよ』



控えめに言っても痩せ型とは形容しがたいほどに鍛え上げられた肉体で凄まれれば、俺とて首を縦に振らざるを得なかった。そりゃ、それぐらい危険な魔法だってことぐらいは分かってたが、フラメルのこの物言い、本気でやりかねない。加えて、こいつはダンブルドアのように慈悲深くも、生徒を大事にするようなタイプでもない。ボコボコにした挙句、徹底した忘却術でもかけられそうだ。だから、ジェームズにせがまれようと、俺はこの授業の内容を一切口にするつもりはなかった。

だが、緊急事態なんだ。フラメルの呪いを、精々逆手に取るとしよう。



「アシュリー。そいつは、俺が創ったホムンクルスだ!」



俺の一言に、誰もが疑念を覚えたような表情を浮かべたのが、すぐに分かった。だが、どうでもいい。こいつらに伝わるよう、言う必要なんかないのだ。



「そいつは人間じゃない! 魔法省はただの人形でさえ、アズカバンに連れてくのか!?」



言い続けろ。あいつは、あんな嘘を吐く奴じゃない。



「去年、俺が創ったんだ! 授業の一環でだ! フラメルが証明するはずだ!」



あの言葉が聞き間違え出ないのなら、フラメルは必ず俺の“言葉”に気付くはずだ。



「ニコラス・フラメル! 俺の人形を使って、あいつが勝手に時間旅行実験をしたんだ!」



伝えろ。最低限の言葉で、現状を。あいつの[]はきっと、拾うはず。



「何だったら創り方もホムンクルスの見分け方も教えてやる!」



気になるだろ。神秘部の連中だって知らないだろう、禁忌の魔法だ。



「だから、だからそいつを連れていかないでくれ!!」



臭すぎるか。いや、いい。これぐらいオーバーな方が、らしい[・・・]



「アシュリー──俺が、名付けたんだ」



上手い嘘の吐き方、アンドロメダが教えてくれた上手に生きる秘訣。嘘の中に、本当のことを混ぜること。そう言ってグリモールド・プレイスを出ていったあいつの背中に、ほんの少しだけ憧れた。俺はあんな風に立ち回ることはできなかった。激しく流れる川に浮かぶ流木のようには、俺はなれない。だからそんな教えを活かすことができなかった。でも、今この瞬間、俺は自分にできる最大の嘘を吐いている。何故ならこれは、自分のための嘘じゃない。倫理と責務に育まれた、一種の正義感が俺を追い立てる。

そして俺の呼び声に呼応するかのように、天井から、巨躯[・・]がズンと落ちてきた。



「──ったく、面倒事には巻き込むなっつったはずなんだがな」



音もなく出現した巨体に、俺は自分の勝利を確信した。見間違えようもないその巨体、焼いてもないのに浅黒い肌に、鍛え抜かれた肉体美。ローブがこれほどまでに似合わない魔法使いに、俺は今までお目にかかったことがない。



「馬鹿な、厭世家の貴殿が何故──!」

「なァに、守秘義務に反した馬鹿な教え子を、誅罰に馳せ参じたまでよ。我が名はニコラス・フラメル。この続きは、俺に任せちゃくれねえか?」



クラウチの混乱したような声に、被せる形で男が──フラメルがそう高らかに宣言した。

魔法省の連中は放心しており、クラウチの指示がなければきっと動きもしないだろう。そりゃそうだ、稀代の錬金術師にして厭世家で名高いフラメルが、音もなく唐突に出現したのだから。クラウチもなんとか事態を飲み込もうと俺や女を交互に見るも、事態と俺たちの関係を一本の線で結ぶことは出来ないようで、はくはくと陸に打ち上げられた魚のように口を開いては、声にならない言葉をあげようとしていた。フラメルの登場が、こいつらにとってどれほどイレギュラーなのか、よく分かる。勝ったな、俺はもう一度自分の勝利を確信する。例えチラリと俺を睨む目付きが大凡教師とは呼べないほどに凶悪であっても、だ。



「さて、と」



フラメルは一人、腹立たしいほど堂々とした佇まいで部屋を見回す。こいつがこの部屋にいるということは、やはりあの言葉は本当だったということ。つまり俺の声であれば、聞いていたということだ。恐らくフラメルは今、状況を整理すべく女やクラウチを観察しているのだろう。フラメルの薄緑の目が、俺の顔から当惑するクラウチ、そして絨毯を身体に巻き付けた女へと滑る。

そんな中で、先手を打たんとばかりに、クラウチが女を隠すように前へ進み出た。



「事件の重要参考人だ。貴殿には関わりないと見受けられるが?」

「事件? あー、なるほどね。事件ね。はいはい」

「六百年と生きておられるのだ、『時世維持法』ぐらいはご存知でしょうな」

「はいはい、知ってる知ってる」



適当すぎる相槌を打ちながら、フラメルの丸太のような腕がクラウチを押し退けた。突如現れた巨漢に、意外にも女は怯むことなく見上げていた。そしてクラウチが何をするんだとばかりに吠え立てようと口を開きかけた。その瞬間だった。

女の首が、ぽろり[・・・]と床に落ちた。



「──ッ!!」

「なんてことを!!」

「人殺し!!」



それもそのはず、フラメルはその丸太のような腕を振り上げて女のか細い首元目掛けて振り下ろしたからだ。女の腕はごとんと落ち、首はころころと床に転がり暖炉の方へと向かった。ほとんど首なしニックが夢見た光景が、目の前に広がっている。だが相手はゴーストではない、生身の肉体だ。絶命日パーティでしかお目にかかれないような凄惨な光景に、魔法省の役人たちは叫び、女の首から飛び退くように仰け反る。あのすかした顔のクラウチでさえ、声を詰まらせているほどだ。俺でさえ声が出なかった。女の首を、仮にも俺の恩師が折ったから、ではない。それ自体にあまり驚きに値しない。女の正体が割れている今、首が取れる程度、大した問題じゃないと俺たちは知っているからだ。問題は女の反応だ。

目にも止まらぬフラメルの攻撃を、女は右腕を振り上げて防ごうとしたのだ。



「オッ、コイツ目が良いな」



何故か嬉しそうに、フラメルが女の反応を褒める。珍しいおもちゃを見つけたかのような顔で、女の首を叩き割る屈強な男、贔屓目に見てもぞっとするような光景だろう。役人たちは次はお前だと言われないかと、びくびくしながらフラメルからも距離を取っている。役人たちはまたも騒ぎ、人殺しとフラメルを糾弾する。だが、徐々にその光景の不自然さに気付く奴が現れた。何故なら女の首や腕からは、血の一滴も流れ出ないからだ。

誰もがパニックで言葉を発せない中で、フラメルは悠々と床に転がり落ちた女の首を掴み上げる。女は、これまた意外にも驚いたような表情ではあったが、叫ぶでも喚くでもなく、堪えるように唇を噛み締めていた。些細ではあろうが、その反応は紛れもなく女の首に命が宿っていることに他ならない。



「ご覧の通り、女はホムンクルスだ。人間より多少脆く、首と手足は胴体に接着させて創ることから、こんな風に簡単に壊れる。だがまあ、死ぬわけじゃない。よって俺は無罪だ」



そう言いながら、女の首を片手で掴む姿は、分かっていても異様な光景だ。そして生首と化した女を、言葉も発せないクラウチ相手に、フラメルは容赦なく突き出す。



「どうだ? 魔法省は人間でないモノまでアズカバンにぶち込もうってのか? 首だけ《吸魂鬼》に突き出すサマを、他の魔法省の連中がどう見るか、俺ァは考えるまでもないと思うがな」

「ば、ばかな──その女は、罪人、で。神秘部の、通報が、」

「じゃあ首だけ持ってくか、ン? 生憎、俺も慈善家じゃなくてね。自分の秘術が他人に漏れるのは避けたい。持ってくならどうぞ、首だけ抱えてアズカバンに行くこった」

「時世維持法違反者だぞ! 女は何年──ともすれば何十年と時を遡ってきた!! 我々には問いただす権利がある! その目的、方法、再現性! そうでなければニコラス・フラメル! 貴様を事件の重要参考人として魔法省への出頭を命じる!!」

「時世維持法違反者、ねえ。俺たち[ホムンクルス]が」



フラメルは実に愉快とばかりに笑みを深くする。



「魔法法なんざ、ヒト[・・]にしか適用されねェだろ」

「なっ──」



今度こそ、クラウチが言葉を失ったのが分かった。こじつけもいいところな詭弁に、俺でさえ開いた口が塞がらない。そんな学生でもしないような反論で、魔法省の高官相手に立ち回るつもりかこの教師。やはり俺の作戦は失敗か。こんな教師を当てにした俺が馬鹿だったと、肩を落とした。

だが、フラメルは少しも気後れる様子はない。



「魔法省は何百年にわたって『ヒトたる存在』を定義について論議してきた。時には流血沙汰にもなったし、戦争の引き金にもなったこともあったな。つい昨日のことのように思い出せるもんだ。だが、つい百五十年ほど前だったか、ある魔法省大臣が『ヒトたる存在』を定義した。曰く、『魔法社会の法律を理解するに足る知性を持ち、立法に関わる責任を担うことができる生物』だそうだ。そうしてお前たちは『動物』か、『霊魂』か、はたまたそれ以外たる『存在』かを定義するための評議会を開いた。魔法生物の代表を招き、自身が動物か、霊魂か、存在かを評議した。そうだな?」

「そ──そうとも。偉大なるグローガン・スタンプ魔法大臣により多くの魔法生物が定義され、分類された。故に貴殿もまた『ヒトたる存在』であり──」

「っかしーなー。ホムンクルスはこの世界において、ニコラス・フラメルおよびペレネレ・フラメルただ二人。千年に及ぶ魔法界において、ホムンクルスは我らだけ。我らはいつ、その評議会に招待されたのか?」

「──ッ!!」



クラウチがここにきて初めて表情を大きく崩した。傍から聞いている俺でさえ、馬鹿馬鹿しい理屈だと思えるはずなのに、フラメルの話が本当だったら、その理論は意味を持つ。フラメルの猛攻は終わらない。



「魔法省は巨人に法を敷くか? ケンタウロスは? 蛙や猫には? 違うよな。多種多様な魔法生物が蔓延るこの世の中において、お前らは評議会を経て連中を『動物』と定義した。お前らの定義で言えば、ケンタウロスも猫も蛙も例外なく『動物』だ。おいおい、おかしなことになってきたな。お前らはそんな『動物』相手に、てめえらで勝手に定めた法を強いるのか、エエ?」

「き、貴殿は自らを『動物』と称すか! 自らの存在を、吸血鬼やしもべ妖精以下と定めると!?」

「そんなん、お前らが勝手に決めてるだけだろ。寧ろ、俺たちは完成された肉体。謂わば次世代の人類種だぜ? たかだか数十年でくたばるお前らと、六百年生き永らえる俺たち。どちらが生物として上位か、言うまでもないだろ。そんな俺たちホムンクルスと、《吸血鬼》やしもべ妖精を同等の存在とか定義されてもなー」

「っでは、お望み通り今一度評議会を開催してくれる。ホムンクルスが、『ヒトたる存在』として定義すれば、時世維持法違反者として我々魔法法執行部隊は、貴様らを連行する権利が生まれ──」

「おー、勝手に開け。だが、俺らが出席するかは別もんだがな。まっさか、ホムンクルスの出席無しに『ヒトたる存在』の評議会を開催する、なーんて馬鹿げたことはするまいな? お優しい魔法省様はトロールや鬼婆でさえ評議会に招いて議論したってんだから、なァ?」



チェックメイトだ。フラメルのこれでもかという馬鹿げた理論が、法の穴を掻い潜った決定的瞬間だった。クラウチは自信の敗北を認めていないような顔をしていた。だが、考えれば考えるほどに、悔しいがフラメルの理論の方が正しいことに気付かされていく。理論で武装された法律に適用させるためには、相手がその法に適用できるか定義されている必要がある。その意味じゃ、フラメルは今この場で人を殺したって殺人の罪に問われることはない。魔法省から危険人物として手配されようとも、『危険生物を捕獲』することできても、『殺人の罪を犯したから法で裁く』ことはできないのだ。この六百年、錬金術の研究に人生を捧げたフラメルは決して歴史の表舞台に立つことはなかった。故に、法だ定義だと、魔法界のゴタゴタに巻き込まれることなく過ごせてきたのだろう。

何て教師だと、尊敬半分呆れ半分で、勝ち誇った顔のフラメルを見つめる。



「俺の勝ちだな、小童。とっとと俺の前から消えるこった」

「……あまり、司法機関を甘く見ないことだ。その傲慢さに、泥を塗られる日は近いぞ!」



クラウチの決死の捨て台詞も、フラメルには大して響かない。へーへーと、やる気のない返事で役人たちを追い払うような仕草が、また憎たらしい。これが自分の味方じゃなかったらぶん殴っているほどだ。やがて諦めたような顔の魔法省の役人がクラウチのローブを引いて小声で二、三言呟いてから、バシッバシッと音を立てて連中は一人残らず屋敷から消えていった。

残ったのは俺と、生首を鷲掴むフラメルと、生首になった女の三人だけ。



「さて、俺を危うく前科者にしかけた罪は重いぜ、ブラック」

「俺だって、何が何だかサッパリな状況だったんだぜ。そんな中、ホムンクルスが連行されそうになったところを食い止めてやったんだろうが。あんただって、連中にホムンクルスの秘密が漏れるのは不味いだろ?」

「ハン、口では何とでも言えるな、クソガキめ。だが、今日の俺は此処三百年ぶりに気分がいいんでな、魔法省からヘイトを買う労力も、てめえの不躾な態度も不問にしてやる。何せ、時間旅行者だ──こりゃ、荒れるぜ」



そうしてフラメルは掴み上げた女の首を正面からねめつけた。



「どういうことか、一から説明してもらおうか?」


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