クリスマス休暇が終わるまで、案の定私は良い夢を見られることはなかった。毎夜毎夜、生前の私がいる世界の夢を見た。とても、苦しく、悲しい、冷たくて寂しい夢だ。あの日々が嘘ではないのだと、思い知らすかのようにさまざまと、見せつけてきたのだ。そんな悪夢にベッドから飛び起きて、ああ夢だったと認識して、がっくりと肩を落としてもう一度眠りにつけば、今度は部屋中が緑の光が満ち、若い女の人の断末魔と男の甲高い笑い声が渦巻く夢に落ちる。吐き気を催しながら目覚めて、何て夢だと震える夜を、私は何度乗り越えただろう。 私がベッドを抜け出し、鏡を見たと言う話を聞いたロンと帰ってきたハーマイオニーはとても心配そうな顔をした。 「君ほどの人がおかしくなっちゃうって、その鏡は危険だな」 「そうね。ダンブルドア先生の言う通りよ、アシュリー」 「……そう、よね……」 「「アシュリー……」」 二人に言わせると、最近の私はいつも上の空らしい。クリスマスプレゼントのおはぎのお礼をしに来たドラコにすら、似たようなことを言われた。こんな年下の子たちに心配されるなんて、大人のしていい事じゃないな。反省して、私はマントと共に、ヘアピンをトランクの奥底へ仕舞い込んだ。鏡で見たのが生前のことだったとはいえ、ママやパパのことを何とも思わない訳では、なかったから。全部全部蓋をして、気持ちを切り替えようとした。 自分で切り替えずとも、クィディッチの練習が前よりももっと厳しくなったので、鏡のことを思い出す暇もなくなっていった。毎日毎日クタクタになるまで練習をして、夜は死んだように眠った。その時は、夢を見ることもなかったので、狂ったようなウッドには感謝した。なにせ、次の試合の審判はスネイプなのだ。ウッドがいつも以上に気を張るのも、当然というものだ。 「スネイプが審判なんて、今まで一度もなかったぜ」 「僕たちがスリザリンに勝ちそうになったら、きっとフェアじゃなくなるぜ。スキあらば、グリフィンドールから減点を狙ってくるぞ」 「そうだ。だが次のハッフルパフとの試合に勝てば、僕らは首位に立てるんだ。だからこそ、ポッターに全てがかかってる」 練習中、我が耳を疑う悲報にメンバー同士でギャイギャイ言い合っている時に、ウッドがそう言った。アンジェリーナとアリシアが、私の肩をポンと叩いたので、私はしっかりと頷いた。 「減点の隙も与えないほど、私が速くスニッチを掴めばいいのね」 「その通りだ。頼むぞ」 「けど、油断は禁物よ。ハッフルパフのシーカーは、あのセドリック・ディゴリーだもの。アシュリーは知ってる? とってもハンサムな人なのよ」 ケイティがそう言った。セドリック・ディゴリー。知ってるとも、知っているとも。だって、彼は死んでしまうのだから。三年後、ハリーの目の前で。でも私はハリーじゃない。将来有望な若者を、無意味に死なせたりしない。 その算段はまた考えることとして、今考えるべきは、如何にセドリック・ディゴリーを出し抜いて、スニッチを掴むかだった。練習が終わって、選手はいつも通りお喋りしながらのんびり帰っていた。私は、着替えて図書室へ向かう。いつものように勉強をする為だ。とにかく、無心に何かしていたかったのだ。幸い、クィディッチにしろ、勉強にしろ、私の思考を放棄させるのには、十分だった。今日は、《動物もどき》の資料を探していた。とりあえず、便利そうな呪文は一通りさらったので、今は時間のかかりそうな《動物もどき》にターゲットを絞ることにした。マダム・ピンスに会釈をして入り、遥か天井まである棚を見上げて、目当ての本を探す。 「『変化とその種類』……『人目を掻い潜る影』……『実用的な変身術』……これは違うか。んー……うーん……」 学ぶのも大変なのに、資料探しすらままならないなんて。先が思いやられる。やっぱ、近々禁書の棚に忍び込むしかないか。なんて思いながら諦めずに資料探しをしていると、『生物の仕組み-物を変化させるという意味-』というタイトルが目に入った。 なるほど、最初は《動物もどき》の本を探すより、変身術の基礎を徹底的に叩きこんだ方がいいのかもしれない。本に手を伸ばすが、この背だ、届きやしない。くそったれ。周りを見ても、はしごは見当たらない。仕方ない。マダム・ピンスがこっちを見ていない隙を狙って、私は本棚に足をかけた。そして、そのまま脚に力を込めて、飛び上がった。 「せえいっ!!」 小さく掛け声をかけて飛び上がり、本を引きぬいて着地した。マダム・ピンスは本の貸し出し手続きを行っており、こちらには気付いていない。伊達に足腰鍛えてない、バレーボール選手ばりのジャンプ力だ。満足に頷いて、本を借りようと振り返ると──そこには、一人の青年が茫然とした顔で立っていた。 ネクタイの色からしてハッフルパフか。長身で、黒髪、すっと通った鼻立ち、グレーの瞳。ズバ抜けた美男子だ、これは将来が楽しみな顔をしている。 「手伝おうかと思ったんだけど、必要なかったみたいだね」 「えぇ。はしたない姿を見せてしまって、ごめんなさいね」 「とんでもない。その小さな体のどこにそんなパワーがあるのかと、びっくりして見惚れてたんだ。うん、ウッドが期待するだけあって、運動能力は素晴らしいね」 「ありがとう。でも、あなたも素晴らしい選手と聞くわ、ミスター・ディゴリー?」 そうやって淑女にように微笑めば、彼──セドリック・ディゴリーは驚いたように目を丸くした。こんなにハンサムで、将来は三大魔法学校対抗試合の代表選手にも選ばれるほど優秀なのに、自分が有名人だと自覚はないようだ。 「僕のこと、知っているのかい?」 「あら、有名だもの。ハッフルパフには、成績優秀でハンサムなシーカーがいるって。女の子たちの注目の的じゃない、あなた」 「それは、君にも言えることなんじゃないかい?」 「そうかしら?」 ……本物だ、セドリック・ディゴリーだ。でも、なんだか胸がザワつく。やはり、彼の悲惨な未来を知ってしまっているからだろうか。勿論そんなことは、させないけれども。そんな後ろめたいモノを抱えたまま、私は一つの憂いも浮かべずににこりと微笑んだ。 「ええと。改めて……僕はセドリック・ディゴリーだ。よろしく」 「アシュリー・ポッターよ。よろしくね」 「勿論だ。僕は、次の試合が楽しみで仕方が無かったんだ。君のデビュー戦で、箒捌きを見させてもらったよ。とっても素晴らしかった。感動したんだ。あんなスニッチの取り方、見た事無い」 「ありがとう。あなたに褒められると、誇らしく思えるわ」 寡黙なキャラだと思っていた割に、彼はとても饒舌だった。クィディッチに関しては、ウッドと同じように燃えるタイプなのかな。なんかすごいべた褒めされてるけど、セドリックも相当すごいシーカーだと聞いている。勿論、負けるつもりはないけど。 「君、いつもこの時間に図書室に居るよね」 「え? ああ、そうね。どうして知っているの?」 「君は目立つからね。それに、僕も毎日この時間に図書室に居るから。グリフィンドールなのに、とても勤勉な人なんだなって思っていたんだ」 「あら、グリフィンドールだから勤勉じゃないだなんて、私の親友が聞いたら、涙を流して膝から崩れ落ちるでしょうね。寮で性格を決めつけるのはよくないと思うの」 正直、ハーマイオニー以上に勤勉で学習意欲の高い生徒なんかレイブンクローやハッフルパフどころかホグワーツ中探したっていないと思うけど。背中を丸めて本に覆いかぶさる彼女の姿を思い浮かべながらくすりと笑むと、セドリックは少し驚いたように謝罪した。 「それもそうだね。ごめんよ」 「構わないわ。実際、ハッフルパフには勤勉な人が多い、とはよく言われているもの。ただ、人の本質をそんな風に決めつけるのは、よくないってだけよ」 にっこり笑うと、セドリックは困ったように肩をすくめてみせた。なんだその仕草、なんだそのハンサム具合。 「君は、とても素晴らしい考えの持ち主みたいだ」 「ありがとう」 「よかったら、またここで僕と話をしてくれないか? 君のような聡明な女性と、色んな話をしてみたいんだ」 「聡明だなんて、お上手ね。私でよければ、喜んで」 「セドリックでいいよ」 「分かったわ。私もアシュリーでいいわ。よろしく、セドリック」 「あぁ、よろしく、アシュリー」 喋りながら長居するとマダム・ピンスが煩いので、お互い借りる物だけ借りて図書室を出た。寮までの道を、二人で廊下を話ながら歩いていった。彼は饒舌な方ではないようで、あまり話し上手ではなかったが、不思議と楽しくおしゃべりが出来た。彼はとても賢く、本当に子どもかと疑うほどだった。年よりもずっと落ち付いており、紳士的で、とても話していて気が楽だった。いつも我が子を見つめるような感じでロンやハーマイオニーたちと接していたので、セドリックとの会話は、久しぶりに、何も考えず、流れのままに話が出来た。これは、いい出会いをした。 分かれ道に差しかかると、セドリックは私を向きあった。 「君との試合、楽しみに待っているよ、アシュリー。君と僕は友人同士だけど、試合では別だ。正々堂々、戦わせてもらうよ。ハッフルパフはスネイプ先生のひいきで勝った、なんて言われないようにね」 「どっちが勝っても恨みっこなしよ。あなたとは、長く友好な関係を築いていきたいもの」 「僕もだよ。今度はもっと、ゆっくりと話せる場を設けられたらいいね」 「図書室じゃあ、無理そうね」 禿げ鷹のような司書を思い出し、二人でクスクスと笑いあった。ロンとハーマイオニーと居る時間もとても楽しいけれど、セドリックとの時間は、うーん、上手く言えないけど、好きだった。勿論恋愛感情なしに、ね。流石に、この年頃の子を恋愛対象に見れる訳がない。 「じゃあ、またね、セドリック」 「あぁ。よい夢を、アシュリー」 セドリックと別れ、るんるん気分でグリフィンドールの寮に戻った。談話室には、大きな本に食らいついているロンとハーマイオニーがいて、私の姿を見るなりダッシュで駆け寄ってきた。 「アシュリー!! ニコラス・フラメルのことがわかったよ!!」 「ロンが見つけたの!! 私がクリスマスプレゼントにあげた蛙チョコレート! その蛙チョコのカードに、フラメルの名前があったの!!」 「ナイスよ、二人とも!!」 思わず、二人の頭を撫でた。二人とも、ぽかーんとした顔で私を見つめている。し、しまった……同年代の子にやる動作じゃないでしょこれ……自分の外身の年齢をすっかり忘れていた……! 「ご、ごめんなさい!」 「いや、いいんだけど……」 「別に、気分を害した訳じゃないわ。なんていうか……上手く言えないけど、お姉さんがいたら、こんな感じなのかしら、って一瞬思えたの」 「僕も。変なの、同い年なのに」 ほんとはおねーさんなんて年じゃないけどね……。 ではなくて。改めて二人の話を聞いた。ニコラス・フラメルとは錬金術師の名前で、賢者の石を錬成した唯一の人だということで有名だった。金を作り、不死の水を作りだすその石こそが、フラッフィーが守るものなのだと、突き止めたのだった。分厚い本を開き、三人で覗き込む。ニコラス・フラメルのページには、彼が培ってきた様々な経歴が輝かしく記されている。しかし、何故か写真の欄だけは空っぽだった。変なの。 ロンは『賢者の石』と書かれた項目を指でなぞる。 「金を作る石、決して死なないようにする石! スネイプが欲しがるのも無理無いぜ。だってこんなの、誰でも欲しいに決まってるよ!」 「それに、どうりで『魔法界における最近の進歩に関する研究』に載っていなかったわけだわ。ニコラス・フラメルって六百六十五歳なんですって!」 「これで、ダンブルドアが何を護っているか分かったわ。あとは、スネイプがそれを盗みだせるのか否かね。……そのことで嫌なニュースがあるの。次のクィディッチの審判は、スネイプになったわ」 「なんだって!」 「なんですって!?」 こうなったら奴には徹底して悪人になってもらおう。今更ここでスネイプ擁護しても不自然なだけだしね。スネイプの名前を出しただけで、二人は顔色をさっと変えた。 「試合に出ちゃダメよ、アシュリー」 「病気だって言えばいい」 「足を折ったことにすれば……」 「いっそほんとに折っちゃう?」 「私、切断呪文使えるわ!」 人の足だと思って好き勝手言いやがる。 「待って待って。私は出るわ。シーカーに補欠はいないのよ」 「今度こそ殺されてしまうかもしれないのよ!!」 「そうだぜ、君、前回の試合のこともう忘れたのかい?」 と、その時、ネビルが談話室に倒れ込んで来て、話が途切れてしまった。ネビルは足縛りの呪いをかけられており、うさぎ跳びで肖像画の穴を飛んで来たようだった。談話室にいたみんなは笑い転げたが、私たちはすかさず駆け寄って呪いを解いた。 「マルフォイが……っ」 震えた声で、ネビルが言った。 「図書館の外で会った。誰かに呪文を試してみたかったって……」 「マグコナガル先生のところに行きなさいよ! マルフォイがやったって、報告するのよ!!」 「これ以上面倒はイヤだ!」 「ネビル、マルフォイに立ち向かわなきゃ! あいつは平気でみんなをバカにしてる。逆らえないのは、アシュリーくらいなもんだ」 「で、でも、でも僕、アシュリーみたいに、強くない」 「だからって、屈服して奴をつけ上がらせていいってもんじゃないだろ?」 「僕がグリフィンドールにふさわしくないなんて、言われなくっても分かってる!」 ハーマイオニーとロンに急きたてられても、ネビルは泣きべそをかきながら首を振るだけだった。どうもドラコは私の目の届かない所では、大きな顔をしているらしい。目の届かない所でやるから、ほんと困るよなあ。私はネビルを見つめて、その黒髪を優しく撫でた。 「確かに、今のあなたは臆病よ。勇猛果敢とは言い難いわね」 「「アシュリー!!」」 「でも、だったらどうして、組み分け帽子は臆病で泣き虫なあなたをグリフィンドールに組み分けしたのかしらね?」 「わ、わからな、い……」 「勇猛果敢な者がグリフィンドールに入るんじゃない。知的な者がレイブンクローに入るんじゃない。勤勉な者がハッフルパフに入るんじゃない。組み分け帽子はね、その人が成りたいものを組み取って、組み分けをするのよ」 レイブンクローへ行く者は知識を求める者。ハッフルパフへ行く者は勤勉を求める者。グリフィンドールへ行く者は、その勇猛果敢さに焦がれた者が、自分もかくありたいと、願って行くのだ。 「あなたはグリフィンドールの勇敢さを求めた。狡猾さを求めてスリザリンへ行ったドラコが、あなたのことをどうこう言っていい訳が無いの。誇りなさい、ネビル。あなたは勇敢な、グリフィンドールに住まう者よ」 まあかといって、スリザリンだからと差別するのもよくない訳で。そういうところに干渉するのは、よくないというだけの話なのだ。力強くそう言えば、ネビルは情けない顔で笑った。 「アシュリー、ありがとう……僕も、君みたいになれたら、いいな」 「ドラコはきっと、私みたいになりたいとは思わないわ。あなたとドラコは違う感性を持ち、違う考え方を持つ。あなたの価値は、誰かが決めるものじゃない。自分の価値は、自分で見出すものよ。だから、誇りなさい、ネビル。自分自身をね」 だってあなたもまた、真のグリフィンドール生なのだから。 ねえ、知ってた? もしかしたら、この人生はあなたのものだったかもしれないのよ。ああ、でも、大丈夫。心配しなくても、私であろうとあなたであろうと、行きつく結果は同じなんだそうよ──面白いものね、ほんと。 |