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ロンとハーマイオニーには散々言われたが、ハッフルパフ戦に出ることは譲らなかった。説得には時間がかかったが、私が二人へ足縛りの呪いを教授することで二人はようやく妥協した。何故私に教わるのかと聞けば、二人は得意げな顔で笑った。



「こういう勉強、いつもコッソリしてるじゃない」

「バレてないと、思ってたのかい?」



と、返された。別にひた隠しているつもりもなかったが、それでも気付かれてないもんだと思ってた。流石だ。まあ難しい呪文でもないし、これならマスターできるだろうと二人に教えることにした。二人はとても真剣に聞いてくれた。二人は嬉しそうに、スネイプがちょっとでも怪しげな態度を見せたら、この呪文をかけてやるんだと意気込んでいた。なんとも頼もしくて、優しい子たちだ。微笑ましい気持ちで呪いを教えるのも、如何なものかと思うけど。

そして試合の日。深刻な顔で杖を握り締めるロンとハーマイオニーに見送られ、私は更衣室に入り、ユニフォームに着替えた。スネイプが審判とあっては、流石の双子も騒いではいられないようで、ウッドの激励に耳を傾けていた。そして試合時間になり、選手はグランドに入場する。普段日の下に出ることのない様な人間がクアッフルと箒片手にグリーンの芝生の上に立ってる光景が中々面白く、笑ってしまった。そんな私に気付いたのか、向かいに立つセドリックが話しかけてきた。



「随分余裕そうだね、アシュリー」

「あら、そんなことないわ。落ち付いているだけよ」

「それは失敬。良い試合になるよう、頑張るよ」

「私もよ。試合後、またお話しできる間柄で居れるようにね」

「そうだね」



双子が、なんで敵のシーカーと仲良さげなんだという視線を送ってくるが、笑顔で返した。言葉でどうこう言い繕うより、行動で示した方が早いもんね。

スネイプのホイッスルの音と共に、選手たちは空高く飛び上がった。プレイボールだ。私は選手たちの頭上を鷹のようにぐーるぐる飛び回った。お、観客席にダンブルドアがいる。ダンブルドアが見に来るなら、スネイプも審判なぞ買って出なかっただろうに。ちゃんと連携取れてないんだなあの二人。なるほど機嫌が悪そうに見えるのはそういうことか。よく分からない理由でハッフルパフにペナルティシュートを与えたスネイプを眺めていたら──おっと、スネイプの耳元に、金のスニッチがちらついている。私はスネイプに衝突するのも厭わんと、箒をスネイプめがけて急降下させた。



『ポッター選手、動きました! あのスピードでは、審判にぶつかってしまいそうです! いけ! アシュリー! そのままぶつかっちゃえ!!』

『ジョーダン、悪ふざけも大概になさい!!』



実況コンビの声が遠くに過ぎていく。風の音が騒がしく、他の音は一切聞こえない。目はスニッチしか追ってない。スネイプ? そんなん知ったこっちゃない。猛スピードでぐんぐんスニッチに近づいて──スネイプが引き攣った顔で箒の柄をぐいっと下へ向けて避けていく──そして、掴んだ!

箒を急停止して旋回させ、右手を大きく掲げた。金のスニッチがじたばたと私の手の中でもがいていた。



「っしゃあああああああ!!」



内側から沸き出でてくる衝動を押さえきれず、ガラにもなくそんな雄叫びを上げながら腕を掲げる。太陽の光を浴びて、小さなスニッチが私の手の中できらりと煌いた。

スタンドが、会場がどっと沸いた。いやあ、我ながらホグワーツ新記録を出したんじゃないかな。まだ試合開始から五分も経ってない。自信はあったが、やはり勝利というものはいくつになっても嬉しいものだ。達成感だとか、今までの苦労が報われたとか、色々な物が込み上げてきた。なんにせよ、これでグリフィンドールは首位に立った。地上に降りて、選手と喜びを分かち合っていると、双子が嬉しさのあまり私を胴上げせん勢いで飛びついて来た。重いし痛いしで私は地面にへたり込んでしまう。耳元で勝った勝ったと嬉しそうにはしゃぐ双子に、まあいっかなんて思えて来て。そんな私を、セドリックがじっと見つめていた。双子をどかし、起き上がる。



「完敗だよ。でも、君と戦えたこと、僕は誇りに思う」

「ありがとう。来年も、一戦交えましょうね」

「あぁ。来年は負けないよ。ともかく、おめでとう、アシュリー」



負けたにも関わらず、この男前さ。なんていい子なんだろう。私があと二十歳若ければ惚れているレベルだ。つくづく、出来た人間だと思いながら、セドリックを握手を交わして別れた。選手たちと抱き合って喜びを分かち合っていると、ダンブルドアが私の肩にそっと手を置いた。



「そうじゃ。過去に囚われず、今を生きる。それこそが、君に必要なことなのじゃ。勝利を、未来を勝ち取った君は、素晴らしい人物となった」

「先生……」



鏡のことを、言っているのだろうか。ダンブルドアは、私にしか聞こえない声で、そう告げて去っていった。そりゃあ、まだ、割りきった訳じゃないけど。でも、私は今、戦わないと、過去を想い返す術さえなくなる。生きて、いられなくなる。だから、戦うと決めただけだ。無理矢理、前に進むと再確認しただけだ。

しばらくして、私は箒を担いで一人で更衣室を出た。勝利のせいで騒ぎに騒いで疲れてしまい、少し一人になりたかったのだ。城を離れ、禁じられた森の辺りを夕日に照らされながら一人歩いた。思い出すのは、先ほどの会話。



「(未来を勝ち取った、か……)」



生前のことは、まだ全然踏ん切りついてない。私が戦い、生き残りたいと思ったのは過去の思い出を忘れたくないから。日本で過ごした穏やかな日々が大切で、それを踏み躙られたくないから私は杖を取ったのだ。だから私にとって一番大切なのは過去なのだ。今では無かったはずだ。

だけど、今日自分の実力で、スニッチを掴んで、グリフィンドールに勝利をもたらした。久しぶりに、感極まった。ロンやハーマイオニーが、チームメイトが歓声を上げている姿を見て、尚胸が高鳴った。置いてきた物だけを掻き抱いてきたこの腕に、また新たに何かが芽生ているのだと、無視できない状況になってきた。



「(けれどここは──ただの、箱庭の世界なのに)」



そうだ。たった一人の女性によって描かれた仮初の箱庭に芽が出たところで、私にどうしろというのか。あの時死ななければ授かっていたかもしれない自分の子どもほど年の離れた子どもたちに、何よりフィクションの登場人物に、客観以上の感情を抱くなんて。いや違う、ここでは私が異質なのだ。全てが予定調和の中で、私だけが外側の世界からここを眺めてる。外側の世界の思い出を背負って、この箱庭を見下ろしている。そんな、そんな私が……こんな思いを、抱くなんて。

……全く、とうにその答えを知っているはずなのに、それを受け入れることが出来ない所に私の弱さがあるのだろうな。ホント、いつまでもウジウジしていられないというのに──。



「ん……?」



禁じられた森に方へ、明らかに怪しげな人物が走っていく。怪しい、だってフード被ってるし。ていうかあの走り方はスネイプだ、見覚えがある。……ああ、クィレルを脅しに行くのか。一応、見に行っとくか。

思考を切り替え、ニンバス二〇〇〇に跨り、森の中に入って行くスネイプを追って森に入った。薄暗い森だが、スニッチだって見逃さないこの目は、彼を逃すことはなかった。やがて、スネイプが足を止めたので、私も声が聞こえるレベルまで近づいて、木の枝に隠れて会話に聞き耳を立てた。案の定、あの独特のどもった声が聞こえた。



『な、なんでこんなところで……よりによって、セブルス、き、君に、あ、会わなければ、ならないんだ……?』

『このことは、二人だけの問題にしようと思いましてね。生徒諸君に賢者の石のことを知られてはまずいのでね』



なんて悪役みたいなセリフだろう。どうしてあの男はそうやって、誤解される様な立ち振る舞いしか出来ないのか。いや、ある程度は計算しての行動なのかもしれないけれど……。



『あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もう見当ついたのかね?』

『で、でもセブルス……わ、私は……』

『クィレル、私を敵に回したくなかったら……あなたの怪しげなまやかしについて、聞かせて頂きましょうか』

『で、でも私は、なな、なにも……』

『いいでしょう。また近々、お話しすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠をつくすのか決めておいて頂きましょうか』



会話だけ聞いてりゃスネイプが悪役以外の何物でもない。おっかない先生は伊達じゃないな、なんて思いながらスネイプとクィレルが立ち去るのを確認して、私はのんびり箒に乗って城へ戻った。寮の前に戻ると、ハーマイオニーが飛びついて来た。西洋人ってのはほんとアグレッシブだなあ。



「あぁ、アシュリーったら! どこへ行っていたの!」

「僕らが勝ったんだ! 君が勝ったんだ!」

「グリフィンドールが首位に立ったのよ、アシュリー!!」

「それに、僕はマルフォイの目に青あざを作ってやったし、ネビルなんかすごいんだよ、ああもう、君に見せてやりたかった……! マルフォイ相手に、『自分の価値は自分で見つける。人を見下して自分の価値を上げようとしてる、君なんかとは違う!』だってさ! まあそっから取っ組み合いになったんだけど……それでもあのネビルが、クラッブとゴイルに立ち向かったんだ」



私の見えない所で全く……男の子ってなんでこう、血気盛んなのか……いやボクシングしてる私が言うなって話ですよね、はい。しかし、ネビルの思わぬ成長ぶりに、拍手してしまった。ハーマイオニーは良い顔しなかったけど。



「とにかく、早く寮に戻ろう。みんな談話室で君を待ってる!」

「それどころじゃないの。二人とも、こっちに来て」



ぽかんとする二人を、人気のない教室に引き込んだ。そして二人に、今見てきたことをありのまま話した。隠されていたのは賢者の石で会ったこと。スネイプがクィレルを脅しているように見えたと。フラッフィーについて聞いていたこと。無論本当はクィレルが犯人なのだけど、私は自分が“見えたまま”に話した。

聞いた二人は、勝利が吹っ飛んだような顔をしていた。



「ってことは、石を護っているのは、フラッフィーだけじゃないってことなのかな。スネイプはクィレルを脅して、他にどんな魔法で石を護ってるのか吐かせようとしたってことか?」

「それが本当なら、石が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけということになるわ」

「でも、クィレルだけじゃなく、他の先生も石を護るのに力を貸していたなら、クィレル一人を脅した所でなんにもならないと思うけれど……」

「うーん。だったらいいけどさ。ほんとに石は大丈夫なのかなあ」



残念ながら大丈夫じゃないので、私達が頑張る他ないんだけどね……。


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