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組み分け帽子が組分けの歌い終わると、ABC順に組み分けが始まった。ただ帽子を被るだけで組み分けが行われるんだと分かったロンは、ほっとしたようだった。かわいいなあ。なんて和んでるうちに、ハンナ、スーザン、ラベンダー、などなど、見知った名前がちらほら聞こえ、組み分けをされて行く。私はポッターのPだから、だいぶ先になるなー。

ジャスティン……ハッフルパフ、シェーマス……グリフィンドール、ハーマイオニー……グリフィンドール、ネビル……グリフィンドール、あっネビルこけた。かわいい。ドラコ……スリザリン、まあそうですよね。ドラコに小さく手を振ると、ドラコは小さく、ほんとに小さく手を振り返した。かわいい。ムーン……ノット……パーキンソン……あ、パグ犬そっくり、スリザリン。双子のパチル姉妹……ん、Pにきたな……そろそろかな……。



「ポッター・アシュリー!」



私の名前が呼ばれた。前へ進み出ると、それまでざわざわと騒がしかった広間が、水を打ったように静まり返った。やだ、なにこれ恥ずかしい。



『ポッター、って、そういった?』

『あのアシュリー・ポッターなの?』

『生き残った女の子だ』

『本物だ』



本物でーす。テーブルに座っている生徒たちは首を伸ばして私をじっくり見ようとしているようだった。やめろ恥ずかしい、なんて思いながら椅子に腰かけて、マクゴナガル先生に帽子をかぶせてもらった。帽子を被ると、帽子が大きいのか、目元まですっぽり隠れてしまった。



『フーム……なるほど』



帽子の内側から、低く唸る声が聞こえた。



『難しい、非常に難しい……。知識を武器にしたいという欲が大きい。信念を持ち、それを貫く強さもある……努力を惜しむことはない、優しく、勤勉だ……才能もある。おお……運命から逃げようとせず、立ち向かう勇気も持っている……面白い……どこに入れたものか……』

「(グリフィンドール)」



小さく、呟いた。やっぱり入るならグリフィンドールかなあ。私がこの立ち位置にいるなら、間違ってスリザリンなんぞに行ってはこの先が辛い。レイブンクロー、ハッフルパフ……スリザリンに比べりゃ悪くない選択だ、行ってみたいという興味はある。だが、目的を果たすのにグリフィンドールほど最適な寮はないんだ。



『ほほう? グリフィンドールに入りたいのかね? いやしかし、レイブンクロー……いや、スリザリンでも、君は十分にやっていけるだろう、どうかな?』

「(グリフィンドールよ。自分の道くらい、自分で決めるわ)」

『流石、“杖を選び取った者”は違う……自分の道は自分で決めると言うのなら、後悔の無いように。その人生に栄光あれ、アシュリー・ポッター!!

グリフィンドォォオオオオオオオ──ル!!』



帽子がそう叫ぶと、大広間は割れるような歓声に包まれた。グリフィンドールのテーブルへ向かうと、誰もが立ち上がり、私に握手を求めてきた。Pというバッチをつけた──多分パーシーも、笑顔で握手を求めてきて、双子が「ポッターを取った! ポッターを取った!」と花火を撒き散らしてる。



「(こわ)」



なんて思いを表に出さないよう笑顔を振りまきながら席に着いて、ロンの組み分けを待つ。ドラコより青白い顔をしたロンだったが、すぐにグリフィンドールに組み分けされ、ロンは私の隣の席に崩れ落ちるように座った。最後の組み分けも終わったようで、マクゴナガル先生は椅子と帽子を片付けた。組み分けが終わったことを見届けて、ダンブルドアが立ち上がった。

初めて、本物のダンブルドアを見た。優しげな瞳の奥に光る知性に、彼が賢人であることが窺える。だけど、私は惑わされない。彼は、彼もまた、人間なのだから。そう、忘れてはいけない。彼は決して万能でも、神でも、賢者でもない。私は、ダンブルドアは信頼しない。信用はしても、信頼はしない。し過ぎない。

彼は、彼も──人間、なのだから。



「おめでとう! ホグワーツ新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせて頂きたい。ではいきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」



でも、その掛け声は反則だ。ちょっと笑ってしまった。ダンブルドアは、もう何も言うことはないと言わんばかりに腰かけた。ツッコめよ誰か。だが、目の前にあった空っぽの金の皿に食べ物がいっぱいになったことにより、誰もがダンブルドアよりも目の前の食事に夢中になった。

ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ゆでたポテト、グリルポテト、フレンチフライ、ヨークシャープティング、豆、にんじん、グレーヴィー、ケチャップ、ハッカ入りキャンディ……まあ見事に肉と炭水化物ばっかりだ。もう慣れてしまったが、胃に来そうな食べ物ばかりだ。身体が西洋人なのでこの食事でも問題ないが、祖国の素朴な味とか塩辛い味を思い出すと、無性に懐かしくなったり。



「ロン、そんなに一気に食べなくてもいいでしょ。少しずつにしなさいな」

「わ、わかってるよ」



皿に色んな料理を全部乗せているロンに口を出す。ああ、この盛り付けも何もないこの食べ方、やっぱ祖国とは違うなあ……なんて思っていると、向かいに座っている双子が口を尖らせる。



「お節介だぜ、君!」

「こういう場ぐらい、好きに食わせてやれよ!」

「だって、せっかく食べるなら綺麗に食べたいじゃないの」

「なんだ、マグルってのはみんなそうなのか?」

「確かにアシュリー、随分お上品に食べてるみたいだしな」

「ほんとだ。うちじゃ考えられないよ」

「教え込まれたのよ」



フレッドとジョージと、会話に加わってきたロンがそう言ってくる。まあ、腐ってもダーズリー一家はそれなりに金持ちなのだ。それなりの礼儀作法って奴は、私も身につけさせられた。見た目が綺麗だからと、頭もいいからと、商談にも出席してたんだし。



「好きなように食えよ。ここじゃ誰もマナーなんて気にしないぜ」

「そうそう。手で食ってる奴だっているんだぜ」

「染みついちゃってるのよ……まあ、努力するわ」



隣で料理を食べ過ぎてむせるロンの背中をさすりながら、ふと来賓席を見上げた。ダンブルドア……マクゴナガル先生……あのトンボみたいな目はトレローニ先生かな……あのかっこいい先生はフーチ先生、ちっさいのがフリットウィック先生、あのパツキンのおばちゃんは分からないな、誰だろ。あ、あの少し太ってるのはスプラウト先生かな、んでその隣がシニストラ先生で……あのターバンはクィレルだな、もう頭の後ろに誰かいるのかな……。

──そしていた、ねっとりとした黒髪に、鉤鼻の土気色の顔をした先生。我が親愛なるスネイプ先生だ。さてまあ、どうしたもんか。ハグリッド曰く、この顔はママそっくりとのこと。あれだけ母を愛した人だ、私に対してどんな態度で接するのだろう。恐らくだが、苛められることはないだろうと思う。私はどうやらママソックリらしいし。けど、憎い男と愛した女の一人娘……すげえ複雑な心境なんじゃないかなあ。あんまり、関わらない方がいいかな。



「(ま、関わらないとか無理だけどね)」



しばらくしたら金のお皿からディナーが消え、デザートになった。あらゆる味のアイスクリーム、アップルパイ、糖蜜パイ、エクレア、ジャムドーナッツ、トライフル、いちご、ゼリー、ライスプティングなどが出て来た。私は来賓席から目を離し、ウキウキ気分でお皿にデザートをよそった。

グリフィンドールのテーブルは家族の話になっていた。みんな自己紹介を交えながら、様々な家族模様について語ったり、胸に抱く不安を吐露したりしている。



「僕ハーフなんだ。パパがマグルで、ママが魔女。ママが魔女だって知った時、パパずいぶんドッキリしたみたいだよ」

「ネビルんとこは?」

「僕、ばあちゃんに育てられたんだけど、ばあちゃんが魔女なんだ」

「素敵。おばあちゃん、どんな人?」

「えーと、ちょっと、怖い……」



そんな、ネビルたちとの会話に混ざり、シェーマス、ディーンたちとも自己紹介をする。ハーマイオニーと会話をしたかったけど、彼女はパーシーと授業の話をするのに夢中になってたので、声をかけらなかった。



「エヘン」



全員が食べ終わり、とうとうデザートが消えてしまったころ、ダンブルドアが立ち上がった。広間はしーんと静まり、みなダンブルドアを見上げる。



「全員、良く食べ、良く飲んだ事じゃろう。また二言、三言、新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。まず、校内にある森は入っては行けません。また、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入っては行けません。以上」



何人か笑った。私は、笑わなかった。

それからてんでリズムの合わない校歌を歌い、すぐにグリフィンドールの談話室に行くことになった。行きすがら、考えた。今年いっぱい、四階の廊下に立ち入るなってことは、賢者の石は来年以降ここではないどこかへ運ばれる、ということなのだろうか。だが、この一年の間に、クィレルは石への罠を突破してしまう。それを阻止するのが私の役目なんだろうけど……。



「(まさか、ね)」



それすらも見越して、わざと私とクィレルを泳がせてるなんて、そんなわけないよね。ダンブルドアはあくまで、ハリーたちが賢者の石に着いて嗅ぎまわってから、その手助けをしただけ。物語が始まる前から、彼の掌の上にいるなんて──いやでもあるのか。だとしたらやっぱ嫌だし、それくらい賢い御方なら、クィレルだって救ってやればよかったのに。可哀想にねえ。

パーシーに連れられて、太った婦人の肖像画に来た。合言葉を言うと、肖像画が前に開き、穴が現れた。穴をくぐると、そこはグリフィンドールの談話室へ辿りついた。眠くなったので、とっとと女子寮に上がった。深紅のビロードのカーテンがかかった、天蓋付きのベッドが四つ置いてあった。トランクはもう届いていた。



「ヴァイス!」



籠の中でしょんぼりしてるヴァイスを出して、ふくろうフーズを与えると、ちょっと元気になった。窓を開けて、ヴァイスを離すと、ヴァイスは気持ちよさそうに羽を広げて飛び立った。ダーズリー家では、籠から出して上げられなかったからなあ。



「ハァイ、アシュリー」



窓に頬杖ついてヴァイスの姿を見ていると、二人の女の子が部屋に入ってきた。インド系の可愛らしい女の子と、ちょっとふっくらした女の子だ。



「私、ラベンダー・ブラウン」

「私はパーバティ・パチルよ。これからよろしくね、アシュリー」

「えぇ。仲良くしてね、ラベンダー、パーバティ」



にっこり笑って挨拶をすると、二人はキャッと顔を見合わせて笑い合ってた。かわいいなあ、と和んでいると、もう一人、女の子が上がってきた。



「あ……」



たっぷりとした栗毛の髪、ちょっと大きな前歯ときたら、ハーマイオニーで間違いないだろう。にっこりと笑ってから、出迎える。



「今日からルームメイトね。よろしく、私はアシュリー・ポッターよ」

「ハーマイオニー・グレンジャーよ。あの、私、明日の授業の予習するから……」



小声でそれだけ言うと、彼女は机に齧りいてしまった。うーん、話しかけづらいなあ。まあでも、これからルームメイトになるんだ。話す機会なんていくらでも出来るだろう、多分。前向きになろう、私。

その夜、ラベンダーとパーバティと少し話をした。なんでもない、他愛もない話だ。だが、三人ともすぐに眠くなったので、それぞれベッドに戻って就寝した。ハーマイオニーは、まだ机に明かりを灯していた。ちゃんと仲良くなれたらいいな、なんて思いながら、私は眠りに落ちた。







夢を見た

誰かが、私を見て泣いている

あまりにもさめざめと泣くので私が抱きしめようとすると

その誰かは腕を振り払って、またさめざめと泣く




「あなたは、だあれ? どうしてないているの?」




答えはなかった

ただ、黒い影が啜り泣くだけだった

その姿に悲しくなって、私まで涙をこぼしてしまうと

誰かは優しく涙をぬぐってくれた

そしてまた、さめざめと涙を流すのだった





目が覚めた時には、夢のことを全く覚えていなかった。


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