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恋をしたから







大切なものの存在とは、失ってから初めて気付く。
そんな言葉を以前どこかで聞いたことがある。
その時は響かなかったその言葉が、今では苦しいほどに理解できてしまう。

好きだったと初めて気がついた。
この苦しみが自分の感情の全てを教えてくれた。
この悲しみが痛いほどに彼の存在の大きさに気付かせてくれた。

こんな大切なことを今、今初めて知ったんだ。手遅れである今になって、こんなことばかり脳裏を過る。自分の不甲斐なさに思わず笑みがこぼれてしまう。なんて、私は馬鹿なんだろうか。先の見えない幸せを追いかけて、追いかける自分に憧れて、追いかけている彼に恋をして、本当の自分を見失っていた。

泣き疲れた瞼を持ち上げて、窓のカーテンをそっと閉じた。眩しいほどの日光は、今の私には少し窮屈に思えた。涙は出しきったからもう出ない。だけどまだ心は奥底で泣き続けていた。

こんなにも、別れることって辛かったっけ。

初めて好きだった人に裏切られた時のことを覚えている。あの時は死ぬほど辛くて、何日も何日も泣いていた。
初めて好きだった人に全てを捧げて、優しさだけが全てじゃないって知った時、好きではどうにもならない現実に大泣きしたことも覚えている。
今まで何度かあったはず。そのどれも全てちゃんと自分の力で乗り越えてきたじゃないか。

だから、今回も。いつものように、いつものように乗り越えて、思い出話になるはずだ。

そんなことを脳内でぐるぐると考え込んでは、そのまま静かに瞼を閉じた。一睡もできていなかったためか、それとも限界まで泣きつかれたためか、体力が限界だった。
死んでいくように睡魔の世界へと引きずりこまれては、そのまま意識が遠退いていく。

あぁ、このまま楽になれたなら。どれだけ楽なことだろうか。


寝ぼけ眼に開けた瞳は何処か熱っぽくてヒリヒリと痛む。太陽が茜色に染まっているから、どうやらもうすぐで陽が沈むようだ。
朝から何も口に含んでいないためか、少しだけ口内が煙たげに感じてしまう。お腹は空いているはずなのに、こうも食欲が落ちてしまっているとなれば今日は何も食べずに終えるだろう。こんなことはよくあった。昔からあまり胃腸は強くない。辛いことやストレスを感じてしまうと、胃腸の機能が低下してしまうのだ。
何度か乗り越えたはずの苦しみは、何度経験しても慣れないものでいつか慣れる日が来るのかと考えてはみるものの、答えは中々見つからなかった。


あの日、初めて彼と見上げたこの夕陽はとても綺麗で輝いて見えた。彼と過ごすことのできるこの日々がとてもとても有意義で、明日に希望を持つことさえもできた。

私は彼と恋を覚えたから、私は彼の愛を知ったから、消えることのないこの感情をいつも胸の奥底で感じることができた。


「爆豪くん…」


その名を呼ぶのは今日で最後にしよう。
当たり前なんてものはこの世界には何処にもなくて、いつか失ってしまうこともある。だけど、私は、そんな世界の中ででも貴方を見つけ、感じれたことを運命と感じていた。

「失恋した女」
そんな作品の主人公みたいに、私は簡単に泣いてしまう。それは覚めないでほしい夢を見続けたかったから。一人歩く自分の影に、貴方が隣にいたあの日の影を求めていた。

この自分の寂しい気持ちも、嬉しかった頃の気持ちも、恋しく思う気持ちも、愛しく思う気持ちも、全て、全て。

恋をして、愛を学び、貴方を知れたから。

忘れられない思い出と共にそっと、私は瞳を閉じて眠った。