×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






好きになりたくなかった






はらり、はらりと。
肩から落ちていく髪の毛を見つめては目元がぐっと熱くなる。嫌われる努力を少しでもして自分の愚かさを紛らわしたかった。


「パーマもあてますか?」
「お願いします」


昨日の今日。休みの日でもゆっくりなんてできなくて。朝起きて、まだ返信はきて無かった。まず、返信がくることに期待はしていない。私があんな内容のメールを送ったとしても、彼から何かアクションがあるとは思わないからだ。
私が離れれば、それで終わり。引き止めてなんてくれないことを、私は痛いほどに分かっていた。

だから、少しでも。

彼に嫌われようと思った。彼に嫌われて、彼から離れてくれれば、離れれない私の気持ちも少しは楽になってくれると思ってた。

だから今日は美容室へ来た。
彼が好きだった長い髪を切り捨てて、少しでも彼の嫌いなものになりたくて、そんな馬鹿みたいなことを思い付いた。はらり、はらりと落ちていく髪の毛を見つめては、今までの彼との思い出が繊細に蘇って、私の胸を締め付ける。
だけどこれで少しでも楽になれると思えば気持ちが落ち着いた。失恋したわけじゃないけど気持ちの切り替えのために、私はこの髪と共にこの思いを自分の中から消し去るんだ。そんな風に思っていた。

美容室から帰宅して、スマホを家に忘れていたことに気がついた。
何の期待もせずにロック画面に触れれば、『不在着信』の文字が記載されてきた。彼じゃない他の誰かを想像しては、そのままロック画面を解除する。不在着信の相手の名前を見るよりも先に、私のスマホが震えだした。


『着信 爆豪勝己』


一瞬にして私の脳内の機能が一時停止する。
嘘、と言葉が口から溢れるよりも先に指で名前をタップしていた。


『…ん』
「ごめん。電話かけてた?携帯忘れてて」


部屋の中なのか、彼以外の雑音は聞こえてこなくて何故ほっと安心してしまう。
雑音がなくて彼の声を待ってみるが、しばらく沈黙が続いていた。何を言葉にするのか、どの言葉を口にするべきか、それを考えているんだろうか。私が告げたメッセージに何か感じてくれたのだろうか。
そんな淡い期待を抱きながら、私から先に言葉を吐いた。


「急にごめんね。あんなこと言っちゃって」
『…』
「やっぱ駄目だった。苦しいし、辛い気持ちも罪悪感も消えないし。私には浮気相手になるほどの度胸もないし、強くもなかった。だから私は身を引くよ。奥さんを大切にしてあげて」
『…テメェが』
「…」
『テメェがそう決めたんなら…その意見を尊重しねぇとな』


あぁ、そうか。
引き止めてさえ、くれないんだ。


「…今まで色々とありがとう。楽しかったし、幸せだったよ」
『…あぁ。ありがとう、ごめんな』


らしくないよ。らしくないよ、爆豪くん。
なんで貴方が謝るの。惨めになるだけだからやめてよ。

本当は、そんな言葉がほしかったわけじゃない。本当は、引き止めてほしいなんて、そんな馬鹿なことを考えていた。本当は、離れたくなんてないんだ。本当は、本当は…

その日の電話ではそれ以上のことを話すことはなかった。私が話さなくなったのを合図に、電話の会話は自然と途切れた。

通話終了の音が聞こえてくると同時に、心の奥底から様々な感情が溢れだす。

苦しくて、悲しくて、辛くて。
息が、呼吸ができなくて。
止めどなく溢れ出るその涙が全て、私の思いを物語っていた。

好きになっちゃ駄目だと思ってた。だから好きになんてなっていないと思ってた。
この関係はどちらかが好きになってしまってはいけないことを知っていた。だから私は、好きという感情を否定し続けていた。認めてなんかいなかった。

あぁ、そうか。

今になって思う。
私はこんなにも、こんなにも苦しく辛く感じるほどに、爆豪くんのことが好きだったんだ。