『なまえのこと本当に大切に思ってくれてるんやったら、身体だけ求めたりせんよ。ましては奥さんおるのに…バレたら大変やし、傷つくんはなまえの方で?なまえをちゃんと愛してくれる人、他におるって!絶対!幸せは自分で掴みに行かんとほんまに逃げてしまうで』
その時のお茶子はとても悲しそうだった。
お茶子も多分辛いんだ。私のこの気持ちを同性として一番よく分かってくれてるのも彼女だけだった。私のことを心配して言ってくれているその言葉も、痛いほどに胸に突き刺さる。正論とも呼べるその言葉達は誰が聞いても納得のいくものだろう。
そう、分かってる。
分かっているんだよ。
そんなこと、言われなくても一番自分が分かってる。分かってるからこんなにも辛いんだ。分かってるからこんなにも悲しいんだ。
正論を聞きたい訳じゃない。自分でもどうしてほしいのかさえ分からない。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
この苦しみから逃げ出すには、選択肢なんて一つしかない。
彼を忘れ去る。
そんなことが私にできるだろうか。
「…できないよ、だけどっ」
心がもう限界だった。
本物の愛を探しては、真実の愛を見失っていた。
目を閉じて思い出すのは、彼のことばかりで。
素っ気ないメールの返事も、必ず毎日してくれた。急にかかってくる電話は用件なんて特になくて私が安心するまでいつも語りかけてくれた。抱きしめられたときの温もりは、多分忘れることなんてできないだろう。優しく髪を撫でる指先も、甘い甘い口づけさえ、私はもう虜になっていた。
だけど気づいた頃には真実の愛が分からなくて、ただのおもちゃみたいな自分自身に悲しくて心の傷が泣いていた。
一番になれない悔しさ?いや、違う。
人を傷つけて得る幸せなんて長続きしないことを知っていた。だからこそ、この恋愛がもうすぐ終わりを迎えることも分かっていた。彼への想いが無くなる訳じゃない。私の心が壊れる方が先なんだ。
勇気を出して着信ボタンを押した。
私からの電話に彼が出ることはあまりない。だから期待はしていなかった。
直接言えずとも伝えることのできる方法は他にもあるんだ。
私が最後に送ったメッセージには既読さえついていなかった。仕事なのか、それとも奥さんと共に過ごしているのか。私にはそれさえも分からなくて、分からないからこそ辛かった。
『お仕事お疲れ様。
お茶子と今日話してて、やっぱり今のままじゃ駄目だなって思った。
私は身を引くね。
奥さんのこと大切にしてあげて。好きだったよ、ありがとう。
電話かけたけど、直接伝えられなくてごめんね。』
伝えたいことは沢山あった。言いたいことも沢山あった。だけどそれ以上は指先が震えて打てなくて、視界もボヤけて画面が見えなかった。
送信ボタンをタップしては、感じたことのない激痛が胸を苦しめる。
あぁ、もう。後戻りはできない。
今までの思い出が走馬灯のように蘇って、目元がぎゅっと熱くなる。
「…爆豪、くんっ」
静まり返った空間に、震える声が静かに響く。
本当は。
今すぐにでも抱きしめてほしい。今すぐにでもキスしてほしい。今すぐにでも、今すぐにでも。私を離さないで、爆豪くん。
愛おしそうに見つめてくるそのルビー色が、私は何よりも好きだった。
その日、私のメッセージに既読の文字がつくことはなかった。