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美しいものは時に悲しいもの






感情って本当に必要なのかって思う時がたまにある。感情や、その感情を作り出す心が無かったらこんなにも苦しくて辛い思いはしなくてもいいのに。

好きとか、嫌いとか。そんな単純なものだけでいい。それ以上の愛情や、それ以上の憎しみは必要無いと思う。それ以上のものがあるから人間は深い谷底まで落ちて行ってしまうんだ。一瞬の愛情を感じたくて、寂しさが一人勝ちをしてしまうんだ。満たされたくて、でもその満たしはたった一瞬で。後は虚しさと後悔が心の全てを支配する。

もう嫌だって心が泣いて叫んでいるのに、一度感じた幸せを、これで最後って狂いながらに求めてしまう。

あぁ、私に愛情が無かったら。私に憎しみが無かったら。こんなに苦しまなくてもいいのに。こんなに悲しまなくてもいいのに。




会えるかなって少しだけ期待していた。
ただそれだけのこと。期待を裏切られるのは当たり前で、だって私は特別なんかじゃないから。

地方の仕事から帰ってきた時。だいたい彼は奥さんの側にいる。偽装結婚だったとしても、世間からすると彼らは立派な夫婦に見える。

私がこうやってただ一人で過ごしている時、そんな時、彼は奥さんの側にいて、その事実は変わらない。
考えただけで吐き気がする。
そんなに思うならやめてしまえばいいのに。以前誰かが私に告げた言葉。そう簡単にやめれるものなら、今すぐにでもやめてしまいたい。それができるならどれほど、私は救われることだろう。


既読もつかないし、電話なんてあり得ない。途絶えた彼との時間が更に私の存在を置き去りにしていく。まるで何も無かったかのように。何も知らなかったあの日に戻るかのように。
もう二度と戻らないって思ってしまって、胸が痛くて苦しくてたまらない。


「……なまえ」


私の名を呼ぶ幻聴が聞こえた。視界に濁る紅色が私の感情を狂わせた。

狙ってたの?このタイミングを。

そんな残酷な言葉が喉につかえては、嬉しさと悲しさの涙が溢れた。泣き崩れるようにしがみついたのは、私の大好きな温もりだった。


「嘘…なんで」
「泣きそうな顔、してんじゃねぇわ。もっと他の表情あんだろが」
「だ、って」
「…アホ。んな顔してんじゃねぇよ」


包み込む温もりが、こんなにも心地が良いものだっただろうか。枯れかけていた心の花が一瞬にして輝きを取り戻す。何日も水分を与えなくても、この一瞬だけでこんなにも輝きを取り戻すなんて。単純なのか、なんなのか分からない。今のこの一瞬だけが私の生き甲斐で、私が輝く一時で。

紙一重のように感じた苦しみは、今だけは何も感じなかった。