許容される未来







「おーい!栞ー!」

放課後、廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

「木兎くん、どうしたの?」
「今から部活?」
「うん。木兎くんもでしょ?」

眩しい笑顔で聞いてきた木兎くんに、私も微笑み返した。

「そー!でも設備点検とかであと三十分くらい暇なんだよなー」
「なるほど」

廊下で見かけただけで、声をかけてくれるなんて嬉しい。けれど、本人にそう伝えるわけにもいかないので大人しく微笑んでおく。すると、木兎くんが様子を伺うように視線を合わせてきた。

「まだ時間ある?」
「うん、大丈夫だよ」

そう伝えれば、ぱあ、と笑顔になる木兎くんに心臓がぐっと締め付けられる。この笑顔に勘違いさせられた人はどのくらいいるのだろう。

「ちょっと話さねえ?」
「…うん、いいよ」

すると、木兎くんは渡り廊下の窓の下枠の辺りに肘を置き、校庭を見ながら口を開いた。

「栞は部活楽しい?」

視線が合わないことを少し残念に思いながらも、私も同じように窓の下枠に寄り掛かるようにして返事をした。

「うん、すごく楽しいよ」

そっか!と、元気良く頷いた木兎くんに自分の顔がどんどん緩むのがわかる。

「裏方の時も楽しかった?」

不意にこちらを向いた木兎くんにまたドキッとする。

「えっと、そうだなあ。楽しかったには楽しかったけど、やっぱり私は歌ってる方が好きだから、今が一番楽しいよ」
「ふーん。でもさ、俺全然知らないしわかんないけど、歌なら合唱部もあるし、軽音部もあるよなー?」
「そうだね。でも私はミュージカルが好きだから、演技もして、歌も歌いたいの」
「おお、“こだわり”があるんだな!」

納得はしたけど理解はしてません!みたいな顔をしながら笑顔を見せる木兎くんだけど、少しは私のことを知りたいと思ってくれているのだろうか。

「うん、木兎くんは?」
「俺?」
「うん。部活楽しい?」
「すっげー楽しい!」
「ふふ、そうだよね。すごく楽しそうだもん」

条件反射のように楽しいと言えてしまうのはすごい事だと思う。どんなに部活に真剣に向き合っている人だって、どんなに努力をして成果を出している人だって、楽しいだけじゃそんなに頑張れない。でもこの人はそれも含めて楽しんでしまえる才能を持っているのだと思う。

「バレーめっちゃ楽しい!栞も今度観に来いって!」

自信に満ち溢れたその笑顔が眩しすぎてくらくらした。それと同時に、やっぱり私と木兎くんは違う世界の人間なのだと思い知らされた。私は、過去に何度も梟谷の試合を見に行っていた。でもそれを、木兎くんは知らない。木兎くんにしたら私なんてその他大勢の内の一人に過ぎないのだから。
だから、こうして直接言葉を交わせているだけで満足だ。

「どうかした?」

急に黙り込んだ私を不思議に思ったのか、少しだけ顔を寄せて視線を合わせてくる彼に笑顔を向けた。

「え、ううん!見にいく!」
「ほんとに!?」
「うん」
「やる気出てきた!!」

元気いっぱい、と言った様子で笑顔を向ける木兎くんは底抜けに明るくて、こっちまで元気になる気がしてくる。

「あ、木兎くんはやっぱり将来プロになるの?」
「おー!そのつもり!」
「すごいね」
「栞は?」
「え?」
「ミュージカル、続けんの?」

キラキラとした目で見つめられると、素直に話さずにはいられない。

「好きなことをして、それが仕事になるのは理想だよね」
「んん?」
「でも私は、仕事に出来るほどの才能は持ち合わせてないから」

そう言って軽く口角をあげれば木兎くんが首を傾げた。

「なんで?」
「……え?」
「栞すげー歌上手いじゃん」

そう言って貰えるのは嬉しいけれど、現実が見えていないほど私は盲目ではない。

「…ありがとう。でも、私より上手い人なんていくらでも、」
「俺もそうだよ?」
「え?」
「悔しいけど俺よりバレー上手いやつ世界中にたくさんいる!」
「せ、世界……」

待って木兎くん。私は世界なんて見てない。そんなワールドワイドな存在じゃないんだよ。梟谷学園高校の体育館のステージの範囲が私の“世界”だ。

「でも、俺はプロになる!栞だって一緒だろ?何が違うの?」

この人は、自分がバレーを続けていくことを疑っていない。私は、高校卒業してから趣味で続けていこうくらいに思っていた。プロの世界では到底叶わない。歌うことが好き。ミュージカルが好き。でもそれだけじゃ、人前に立つことを仕事にはできないのだから。

「俺、栞がプロの…、プロの……職業としては何てゆーの?」
「えっと、ミュージカル女優、かな」
「じょゆー!?すげー!栞がプロの女優になったら絶対見に行く!」

窓枠にもたれるのをやめて背筋を伸ばした木兎くんにドキッとした。

「……なれる、かなあ」
「なれる!えーっと、タイコバン!俺がタイコバン押す!」

太鼓判、と脳内で変換された時に思わず笑ってしまった。

「ふふ、ありがとう」

この人にそんなふうに言われたら、そんな未来もあるのかも、と思ってしまった。

「そしたら、俺の試合も見にきてくれよ!」
「え……」
「プロの試合!見たことある?」
「ううん」
「絶対楽しいから!それに、栞が来てくれたら俺ちょー頑張れる!」

つまりそれは、卒業してからも友人としてこの関係を続けてくれる、ということなのだろうか。けれどそれを言葉にして聞く勇気なんて私は持ち合わせていない。

「うん。見に行くね」

社交辞令でも嬉しかった。

「なあ、栞、あのさっ」

木兎くんが何かを言いかけた瞬間、木兎くんのポケットでスマートフォンが震えた。

「あっ、……赤葦からだ」
「あ、もう部活始まるって?」
「うん」
「じゃあ、私ももう行くね。部活、頑張ってね」
「おう!また明日な!」
「…うん、また明日」

クラスも部活も選択授業も違うのに、当たり前のように“また明日”と言ってくれた木兎くんに胸がきゅっとなった。


許容される未来
走り去っていくその背中を
私は見ることしか出来ない


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