逃避のサブスティテュート





「春原さん!こっち!」

声の方を向けば、そこには笑顔の田崎くんが立っていた。この田崎くんと言う人が、去年から私に四回も告白してきた隣のクラスの男子テニス部所属の爽やか系イケメンだ。

「ごめんね、待った?」
「ううん、まだ五分前だし大丈夫。今日はありがとう」
「いやいや、こちらこそ誘ってくれてありがとう」

そう言うと、田崎くんは黙ってしまった。

「…田崎くん?」
「俺、今春原さんが来るまで信じられなくてさ」
「うん?」
「今日こうして二人で出かけること」
「え」
「俺としては、その、初めて与えられたチャンスだと思ってるし、頑張るよ」

頬を少し赤らめてそう言った田崎くんに私も顔を赤くした。

「照れてる顔、初めて見た」
「いや、あの、恥ずかしい…」
「ごめん。でもすごく可愛いよ。そのワンピースもよく似合ってる」

男の人に服を褒めてもらうなんて、いつぶりだろうか。そもそも、初めてかもしれない。

「えっと、その、ありがとう」
「ううん。じゃ、行こうか」
「うん」

映画館に向かう道中も、田崎くんはたくさん話しかけてくれて、初めて二人で出かけたのに気まずいと思うこともなくて、とても気が楽だった。
映画館につくと、公開したばかりの映画が多いからか人が多い。

「春原さんなに飲む?」
「んー、ココアにしようかな」
「了解」
「あ、私も行くよ」
「ううん、混んでるしここに座って待ってて」
「あ、ありがとう」

飲み物を買いに行った田崎くんの背中を見て、すごくデートっぽいことをしている、と思った。いや、デートなのはわかってるけども。慣れないことが多くてソワソワしてしまう。はじめと映画に来る時は、そんなことなかったんだけどな。

「春原さん、はい」

ココアを差し出す田崎くんに笑顔を向けて受け取った。

「あ、ありがとう。いくらだった?」
「いいよ」
「え、あ、払うよ!私チケット代もまだ払ってないし、」
「ううん。今日は俺が誘ったから、甘えて欲しいな」
「えっと、……うん。わかった。ありがとう」
「そろそろ行こうか」
「うん」

私たちはシアター内に向かった。

「ドリンク、こっちに置く?」
「あ、うん」
「楽しみだね」
「…田崎くんはこういう映画好き?」
「うん、CM見て良さそうって思ってたし、俺姉ちゃんいるんだけどこういうの好きだからよく付き合わされてさ」
「そうなんだ」
「うん。彼氏と見に行けって言うんだけど、姉ちゃんの彼氏はこういうの好きじゃないみたいで彼氏と行く時はアクションものばっかりって言ってたな」
「男の人はそういう人多そうだね」
「かもなー。でも俺は、春原さんが見たいものなら俺も見たいって思うよ」

かあ、と顔が熱くなる。薄暗い中でも彼は気づいているだろう。

「あ、そろそろ始まるね」
「うん…」

完全に暗くなったシアター内で私はココアを啜った。









「う゛う゛…、ずびっ、…ごめん、こんなに泣いて」
「はは、ううん。俺としては新たな一面発見って感じで楽しいし」

まさかこんなに泣くとは思ってなかったけど、と笑う田崎くんに曖昧に微笑んだ。映画は正解だった。凄く良かった。けれど良すぎて、私の涙腺は崩壊していた。ハンドタオルもびしゃびしゃだ。

「ごめん、お手洗い行ってきてもいい?」
「うん、俺ロビーで待ってるね」
「うん」

映画は本当に良かった。感動した。田崎くんも優しい。多分、傍から見たら羨ましがられるほどのカップルに見えたと思う。
トイレに入ると、パウダーコーナーに行き、鏡に映る自分を見た。鏡に映る自分は、少し目が赤くなっている程度だった。そこまで化粧を直さなくていいな、とホッとしたと同時にすごく反省した。
映画が始まってすぐ、私は自然と右に手を伸ばし、ポップコーンを探してしまった。空を切った手に、ああ、今日は隣にいるのがはじめじゃないんだ、と当たり前のことを思ってしまった。映画を見るとき、はじめは一番大きいサイズのポップコーンを買う。私はそれを勝手にちょこちょこつまむのが映画館での「いつも」だった。体に染み付いてしまっていたのだと、思い知った。
田崎くんは、映画を見終わった後泣いている私を見てティッシュを差し出してくれた。とてもありがたかった。はじめだったら、自分の服の袖でゴシゴシとーー、と考えて頭を振った。今私が一緒にいるのは、田崎くんなのだ。はじめじゃない。
気持ちを切り替えて、私は田崎くんのもとに戻った。









「今日はありがとう」
「え?」

二人で夕飯を食べ終え、駅で別れる時だった。

「春原さんとデートできて、楽しかった」
「田崎くん…」

私にはもったいない言葉だと思った。

「もちろん、四回も振られた身だから、今すぐどうこうとかは考えてないけど、その、やっぱり好きだなって再確認できた」
「えっと、…うん」

田崎くんはすごい。私には四回も告白する勇気もなければ執着もなかった。いや、執着はあったのかもしれないけど、拒絶に耐えられなかった。

「最近元気ないみたいだったから、今日はたくさん笑ってるところが見れて良かった」

そう言って微笑む田崎くんに、私は少し泣きそうになった。

「…田崎くん、いい人すぎるよ」
「そんなことないよ。あわよくばこのまま俺のこと好きになってくれなーって思ってるし」
「ふふ」
「俺はほら、及川や岩泉ほど頼り甲斐はないかもしれないけど、力になりたいって思ってるから」
「うん…ありがとう」

私が電車に乗るまで見送ってくれて、気をつけて、と心配してくれて、田崎くんは本当にいい人だ。多分、私はこの人と付き合ったらすごく幸せになれると思う。私のことを好きだと言ってくれて、大切にしてくれる。勉強もスポーツもできて、優しくて。
彼の手を取れない自分に嫌気がさす。
隣にいる彼を見て、はじめより華奢だな、と思ってしまうし、田崎くんに近づくとムスクの香りがして、はじめならつけない匂いだな、とか思っちゃうし。
全部全部はじめと比較してしまう自分がいて、ずっと罪悪感が体を埋め尽くしていた。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
楽しくなかったわけじゃない。田崎くんが嫌いなわけでもない。

私はやっぱり、はじめを忘れるなんてできないのかもしれない。
それでも今の私は、田崎くんの優しさに縋るしかないわけで。

帰りの電車の中で、これからどうやってはじめを忘れるか、そのことしか考えていなかった。


逃避のサブスティテュート
焦燥感と罪悪感
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