消したいわけない





「栞、おっはよー」
「徹、おはよう。はじめも、おはよ」
「おう」

極々普通の、いつも通りの、朝だ。

「岩ちゃんてばさー!今日も俺にボールぶつけてきたんだよ!?自分がモテないからって、痛っ」
「徹、黙った方が身のためだよ」
「うん……」

はじめに振られた後も、私は特に態度を変えることなく過ごしていた。本当はすごく気まずい。この上なく、気まずい。けれど、はじめの態度が変わっていないのが唯一の救いだ。だから私は普通に過ごしていられるし、徹に振られた事実も伝えていない。
でも、一つだけ変わったことがある。それは、はじめのバレーを見に行くことをやめた、ってこと。練習試合は応援に行く頻度を減らした。毎回通っていた訳では無いし、はじめも気づかないだろう。
そう思っていた。









あの日から二ヶ月が経った。

「なあ、なんで最近来ねえんだ」

予備校帰りに漫画を買って帰宅すれば、私の部屋にはじめがいた。私のベッドに腰掛けている。え、どうして。玄関に靴あった?てゆかなんでお母さん教えてくれなかったの。ベッドには今朝脱ぎっぱなしにしたパジャマが散乱してるし、机の上も綺麗じゃないのに。
そう思いながら、床にバッグを置いた。

「何の話?」
「試合。あと普段の練習も顔見せなくなったし、メシ誘っても来ねえし」

当たり前のようにそう言ったはじめに私は眉を下げた。

「私がはじめを避けてるんじゃないかってこと?」
「……まあ」

そう言って目を逸らしたはじめに私は口を開いた。

「逆に聞きたいんだけど、」
「あ?」
「はじめは気まずくないの?」
「……気まずい?」
「私の事振ったじゃん」

あ、この言い方は嫌味っぽかっただろうか。意表を突かれたような顔をしたはじめに、ああ、はじめの中の認識はそんなもんなんだなあ、と思った。普通私が自分を避けていると思ったら、原因はそれしかないだろう。

「そ、れは……、でも俺らこのままって言っただろ」
「まあ、……そうだけど」
「だったら今まで通り来いよ」
「んー、予備校行く頻度増やしたからさ」
「毎日じゃねえだろ」

自分が振った女を誘うって、どんな気持ちなんだろう。私には、全く理解が出来なかった。私にとって距離を置く今の関係は、“今までの関係”を続けるのに必要な工程だった。少しづつ、はじめを忘れるための大切な工程だ。なのにこの男は、私の気持ちなんて知りもしないでズカズカと立ち入ってくる。
私は極めて普通に、笑顔で口を開いた。

「いやー、ちょっとはじめ離れをしようかと」
「は?なんだそれ」

眉をひそめた彼に苦笑する。

「そろそろね、私も独り立ちする時期なんですよ」
「……なんか言われたのか」
「ん?」
「及川に」
「ああ、徹には何も言ってないよ」

意外そうな顔をしたはじめが見えた。徹に相談してると思われていたのだろうか。けれどその様子だと、はじめから徹に何か聞いた訳では無いようだった。

「栞、」
「はじめ、私だってこのまま、幼馴染でいたかったよ」
「……、どういう意味だ」

怪訝な表情を浮かべるはじめに、私は苦笑した。

「はじめのそばにいられるなら、なんだっていいって思ってた……けどさ、」
「けどなんだよ。今まで通りに試合見に来ればいいじゃねえか」

急にベッドから立ち上がったはじめに驚いたけれど、ここで引き下がる訳にもいかない。

「……今まで通りに、ね。でも私ははじめのことを嫌いになりたくないの」
「あ?なんで俺がお前に嫌われんだよ」
「だってはじめは、私のこと好きになってくれないじゃん」
「っ、」

私のその言葉にはじめが驚いたのがわかった。全然意外なことでもなんでもないのに。本当に、鈍すぎ。

「このままだと私はさ、この報われない恋を引きずって生きていくことになるの。多分何年もね。もう十年以上片思いしてるって言うのにさ」

そう言って口角を上げた。私は笑えているだろうか。

「私はみんなみたいに普通の恋がしたいの。結婚もしたいし子供も沢山産みたい。素敵な家庭を築くの。それが私の夢」

はじめは何も言わない。いや、何も言えないのだろう。

「でも、はじめにこだわってたらその夢は永遠に叶わないからさ」

目を合わせてそう言えば、はじめが目を逸らした。

「はじめはこれから素敵な恋をして、結婚して、いいパパになるよ。絶対そう。それは私が保証する!……でも、その相手は私じゃないから」
「そ、れは」
「はじめが言ったんだよ、“そういう風に見れない”って」
「……ああ」

眉をこれでもかと寄せたはじめに苦笑する。

「私の器がもっと大きかったら、……もっと考えが大人だったら、はじめの幸せを一番に考えて潔く身を引いて、良い幼馴染としてはじめの結婚式にも出てさ、……徹と、バレー部のみんなと余興したりしてさ、笑顔で祝えるんだろうけど」
「……」
「そんなことしたら、多分私はしんじゃうから」

だめだ、このままだと泣いてしまう。

「栞、」
「だから私は、私の中からはじめを消したいの」

はじめが息を飲んだのが分かった。

「出会わなければ良かった、なんて思わないけど……、すごく、苦しいの」
「…………」
「はじめ、」
「……ああ」
「こんな幼馴染で、ごめん」

その後部屋を出ていったはじめの表情は覚えていない。多分、何も言わずに出ていったんだと思う。
私はこの日以降、はじめに関わるのを一切やめた。
だってそうでもしないと、私の心は押しつぶされそうだったから。


消したいわけない
でももう耐えられないから
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