進まなきゃ、ね
「あれ?徹だけ?」
土曜日の昼下がり、体育館に顔を出せばそこには幼馴染一人しかいなかった。
「ん?ああ、栞。お前また来たの?」
「はじめは?」
「外周」
んっ、んっ、と声を漏らしながら長い手足を伸ばしてストレッチをしている徹を見つめる。
「何で徹だけここにいるの?」
「ちょっとだけ膝痛めててさ」
だから今日走るのはなし、と言った徹から視線を外し外を見る。よく晴れた土曜の昼下がりだ。この後ケーキ屋さんに寄って帰るのもいいかもしれない。
「ふーんお大事に」
「うわ、雑〜!」
まあ確かに雑かもしれないけど、そこを認めるのは人として良くないから形だけでも否定しておく。
「そんなことないよ」
ケーキに心奪われていたことは言えない。
「心がこもって無さすぎ!岩ちゃんが膝痛めたなんて言ったらすっっっごく心配するくせに!」
「そうね」
「ちょ!そこは否定して!」
表情がコロコロ変わる徹を見ながら、元気なようで何よりだ、と思う。でも、私が会いたい人はいないなら用はない。
「はじめがいないなら帰ろうかなー」
「無視!?」
ぶーぶーと詰め寄ってくる徹をかわしつつ、スマホを取りだし時間を確認する。
「てゆかまさか岩ちゃんに会うためだけにわざわざ休みの日の学校に来たの?」
呆れたようにそう言った徹にムッとした。
「今日は図書室の解放日なの。受験勉強がてら、だよ」
そう、あくまではじめに会うのはついでなのだ。そう、メインイベントは図書室での勉強。自分でそう納得していると徹がこちらをじーっと見ていた。
「なに?」
「んーん!相変わらず熱心だなって」
それが勉強を指しているかと言えば、否、だ。
「……そうだね」
はじめに対して、だってことは徹の目を見ればわかる。
「伝えないの?」
まあ徹からしたら、私が何年も片思いを続けているのは焦れったいのだろう。私がはじめを好きになってから、徹は何人と付き合ったのか数えたくもないくらいだ。
「そりゃあまあ…………いつかは」
「中学の時もそう聞いたけど!?こっちとしてはもういい加減くっついて欲しいって言うかさー」
これは昔からよく言われていた。告白したら絶対付き合えるじゃん、と。ただ、私にはどう頑張ってもそうは思えなくて、今の関係を続けてきた。
「徹からはそう見えるんだ」
「え?うん。岩ちゃんだって栞のこと好きじゃん」
徹の言う好きと、はじめが私に対して抱いている好きは、同じでは無い気がする。
「……幼馴染として、ね」
「そうかなー」
「そうだよー」
徹の声真似をしてそう返事をすればコツンと頭を叩かれた。痛くはないのに大袈裟に頭をさする。
「まあ、このままじゃ良くないとは思ってる」
「ほう」
「でも、勇気がない」
「……女の子だねえ」
「は?そうですけど?」
そう言って徹に拳を掲げた。
「待って待って、そういう意味じゃなくて!」
そう言って慌てる徹にわかってるよ、と拳を下ろした。
「ほんと栞って岩ちゃんに関してはネガティブだよねー」
「慎重、って言って」
「慎重ねえ」
「徹は余計なことしなくていいから、私がはじめの幸せを願えるような器の大きな女になれるように祈っててよ」
私がそう言えば徹は眉をひそめた。
「どういう意味?」
「はじめの隣にいるのが私じゃなくても、はじめが幸せならそれでいいって思える女になりたいの」
相手を思うだけの恋なんて私には早すぎたみたい、と笑えば徹は眉間に皺を寄せた。
「そういうこと言うのはフラれてからにしてくださいー」
「ふふ、はいはい」
そう言って背を向ければ徹がねえ、と呼び止めた。
「俺はずっと栞のこと応援してるから」
思わずキョトンとしてしまったが、すぐに笑顔を向けた。
「ありがと。近い内に伝えるつもり」
「うん、頑張って」
徹が手をグーにして突き出した。私もそれに拳を合わせた。
進まなきゃ、ね
関係が変わるのは、怖いよ