蛍こい








「なあ信介!今年は蛍見に連れてってな」

治の耳がピク、と動いた。

「せやな、去年はおらんかったからおじさん寂しがっとったわ」
「ほんまに?嬉しいわァ」
「でも行くなら早よ行かんとな」
「蛍見れるの短いもんな」
「土曜の部活終わりにでも行くか。おじさんに声かけとく」
「うん!信介ありがとう」

部活の休憩中、栞と北がとても近い距離で話し込んでいた。

「……治が下唇食いちぎりそうなくらい噛んでる」

角名のその言葉を皮切りに治の周りでわいのわいの言葉が飛び交う。

「北さんと春原さん、はたから見たらラブラブやからな」
「言い方古くてウケる」
「ラブラブって久々に聞いたなあ」
「何やねん角名も銀も!伝わるやろ!」
「伝わるけどさ……、って治いいの?」
「……何がやねん」
「あの二人、土曜の夜に二人で蛍見にいくみたいだけど」
「……」
「あまりの悔しさに口聞けんくなっとんのか」

侑のその言葉に、角名はため息をついて北と栞の方に近寄った。

「北さん、春原さん。蛍見に行くんですか?」
「角名くん!せやで〜」
「この辺で見れるとこあるんですか?」
「ちょっと山のほうやけどな、信介のおじさんの家の裏山で見れんねん」
「へえ」
「私と信介の夏の恒例行事やってんけど、ほら去年は私アメリカにおったから行けへんくて」
「栞は蛍好きやから毎年付き合うててん」
「せやねん。小さい時に信介に連れていってもらってからずっとな」

くすくすと笑う栞。おそらく毎年の思い出を思い返して思わず笑みがこぼれてしまったのだろう。

「それ、邪魔じゃなければ俺もついて行っていいですか?」
「「角名!?!?」」
「お前なに言うてん…!」

二年の方を振り返り、小さな声で話し出した。

「だってこのままだと治もっと面倒になるよ」
「そっ、れはそうかもしれへんけど……」

黙っている治にチラチラと視線を向ける。
栞はにこにこと笑顔を浮かべた。

「角名くんも見たいん?ええよええよ〜、って私が言うたらあかんな。信介がええなら」
「かまへんよ」

お前らも来るか?と他の二年に向かって言った北に治がガバッと大きく手を挙げた。

「おっ、俺も行ってええですか!!!」
「治くんも蛍好きなん?」
「はい!!!」
「俺お前から蛍の話なんて一回も聞いたことあらへんけどな」
「うるさい。実は好きやったんや」

小突きあっている双子を見て栞は相変わらずにこにことしている。

「ふふ、いつもより楽しなるなあ」
「お前らあんまり騒がしくしたらあかんで」
「あ、侑くんと銀島くんも来るよな?あ、信介どうせならアランくんたちも呼ばへん?絶対楽しいやん〜」
「俺はええけど」
「ほんま?せやったら聞いてくるわ〜」

三年の方に向かって歩いていく栞の後ろ姿を見送った治は角名に向き合った。

「角名!!!!」

ガバッと正面から抱きつく治に角名の両手が迷子になっている。

「うわ、本気でやめて。ねえ離して」
「今度弁当のおかず一個分けたる!!!」
「一個かよ。いいから離して。これ以上くっついてるならもう協力しないから」

バッと離れる治に角名は苦笑した。

「俺がアシストしたんだから頑張ってよね」
「任せとけ!」
「……不安しかない」
「やな」

戻ってくる栞が見えて皆そちらに視線を向けた。

「アランくんも赤木くんも大耳くんも来るって!楽しみやな!」
「……喜んでる春原さんめっちゃかわええ…」
「治、声漏れてる」













土曜日の朝から栞はいつにも増して機嫌が良かった。

「みんなおはよう!」
「「おはようございます」」
「春原さんご機嫌ですね」
「だってめっちゃ天気ええやん!夜楽しみやな」
「ヴッッ」
「あ、春原さんの可愛さに治が死んだ」

カシャ、と角名がシャッターを切る音がする。

夜。
部活が終わり、蛍を見に行く前にラーメン屋に寄ることになった。三年から先に順に座っていったが、タイミングを見計らってしれっと栞の向かいの席を陣取った治に皆苦笑した。ラーメンを食べている間もじっと正面を見つめる治に角名がこそっと話しかけた。

「そんなに見たら春原さんに穴開くよ」
「春原さんマカロンが主食です、みたいな可愛い系やのに冷やし中華食べてる姿も可愛いってなんなん」
「いやなんで怒ってんの」













バスで北の叔父の家に向かうことになり、タイミングよく来たバスに皆で乗り込んだ。さっと栞の隣に立ち、隣の席を確保しようとしているのが丸わかりの治に三年も空気を読んだのか治が隣に座れるよう気を配っていた。しかし、バスに乗り込んだ瞬間、栞が口を開いた。

「あ、結構混んでんねんな。私前の一人席座るからみんな後ろ座ってな」
「え……大丈夫です春原さん!ツムが前の席座るんで!」
「は?」
「あ?」
「ほらそこ喧嘩しない」

宮兄弟を引っ張っていく角名に微笑みながら、栞は前の席に座った。
北の叔父の家に着き皆で挨拶に向かうと、玄関で待っていてくれた。

「おお、今年はたくさん連れて来たなあ」
「おじさん!お久しぶりです!」
「栞ちゃん久しぶりやな。相変わらず別嬪さんや」
「ふふ、ありがとう!」

北のおじの家の縁側に荷物を置かせてもらい、懐中電灯を借りて裏山へ向かった。街灯すらないような場所なので、なかなか普段見ない暗さに皆一様に驚いていた。

「……本当に真っ暗ですね」
「ふふ、角名くんもしかして怖いん?」
「え?いやそう言うわけじゃ、」
「蛍は水が綺麗で自然が豊かなところにしかおらへんから我慢してな。もし怖かったら私と一緒に信介にくっつけばええから!」
「ええ……」
「北さんにくっつく……?」
「あ、治の魂が消えた」
「信介!そんなズンズン行かんといてよ!」
「今回は二年もおるし、大丈夫やろ」
「もう、それでも怖いもんは怖いんやから」
「ッ春原さん……!」
「治くん?」
「今、とんでもなく声がひっくり返ったね」
「あ、あ、あの、暗いし急やし危ないんで俺のことつ、掴んでええですよ」
「ほんまに?助かるわあ」

栞は治の手を右手で握り込んで左手は腕に添えた。

「えっ」
「うわ、治顔やば」
「この世の何よりも顔が赤いやん」
「まさか手を握られるとは思ってなかったやつだね」
「幸せの絶頂やん」

固まる治に栞が首を傾げた。

「あれ?あかんかった?いつも信介にこうしてもらうんやけど…」

その瞬間、治の表情が抜け落ちた。前を向いて歩く栞にはその表情は見えていない。角名が後ろから治に耳打ちした。

「治、今春原さんが手を繋いでいるのは治なんだから」
「…………おん、わかっとる」

治はその優しく握られた左手に意識を戻した。

「治くん、もう道も平坦やし大丈夫やで」

力を緩めて手を離そうとした栞の手を、治は握り直した。

「いや、暗いんで蛍見るとこまではこのまま、」
「ほんまに?ありがとう」

実はちょっと怖いねん、と顔を赤くした栞に治は天を仰いだ。

「治、気持ちはわかったからほら歩いて」












「栞、着いたで」

前を歩く北の声に栞の足が止まった。懐中電灯を消した北に習って皆電気を落とした。

「…相変わらずここはすごく綺麗や」

栞のその言葉に、皆その視線を追った。真っ暗な中にふわふわと無数の緑色の光が揺らめいている。小川に反射する光がさらに幻想的で、一瞬誰もが言葉を失った。

「これは……」
「めっちゃすごいな」
「ああ、綺麗やな」

普段見ることのないその光景に角名はスマホを出すことも忘れて栞の方を向いた。

「春原さん、連れて来てくれてありがとうございます」
「うん、でもそれは信介に言うてな」

そう笑って栞が皆に続き歩き出そうとした時だった。右手をぎゅ、と握られた感覚に栞は振り返った。皆はどんどん奥に進んでいく。

「治くん?」
「……も少しだけ、ここで見ませんか」
「うん。ええよ」

その場で二人並んで蛍を見る。もう前を歩く皆の足音も声も聞こえない。そばを流れる小川の音が僅かに耳に届く。

「ほんまに綺麗やね」
「はい」
「今まではずーっと信介と二人やったから、こうしてみんなと見れたの嬉しいねん」

そう言った栞の横顔を治は見た。自分の肩の高さあたりにある彼女の瞳は蛍の灯りでゆらゆらと揺れている。
今のこの場で一番綺麗なのは栞だと、治は思った。

「……あの、春原さん」
「うん?」

治の方を見上げた栞の視線と治の視線が交わる。治の喉がごくり、と鳴った。握る手に力が入る。少しだけ体が向き合うように手を引っ張った。

「俺、春原さんが、」

その瞬間、ガサガサッ、と近くの茂みが揺れた。治より先に栞が反応した。肩がびくんと跳ね、音の方に視線を向ける。

「あ、おったおった」
「あれ?アランくん?……なんやもうびっくりしたやん!」

茂みの横の小道から出て来た尾白に栞は頬を膨らませた。

「俺もおる」

そう言って尾白の後ろからひょこっと顔を出す北に栞は安心したように寄っていった。

「なんで脅かすようなことするん!」
「してへん。お前らが遅いから見に来ただけや」

治は自然と離されてしまった右手をじっと見つめる。

「お、治…?」

その様子を見た尾白は何かを悟ったのか、気まずそうに治に話しかけた。

「栞、治がおるとはいえ、あんまみんなと離れたらアカン」
「ごめん……、でも信介ずんずん歩いて行ってまうやろ!治くんが気を利かせてくれたおかげでゆっくり見れてん」

無言の治に尾白は申し訳なさそうに口を開いた。

「治、その、……悪かった」
「……ほんま、タイミング考えろや……」
「ほんっっまにすまん!邪魔する気はなかってん!」
「……わかってる。今度メシ奢ってな」
「え、ああ、わかった」

北と栞はすでに歩き出していた。尾白は二人を見つめているだけの治の背中を押して、足を進めた。


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