真夏のハプニング

じりじり照りつける太陽。飛沫を上げる波打ち際。裸足では歩けないほど熱せられた砂浜。
雲ひとつなく砂浜には木陰なんてない。水着にビーチサンダルのため地肌と太陽光を遮るものもない。そんな灼熱の中、パラソルやクーラーボックスを持つ角名のイライラは頂点に達していた。

「治、ほらパラソル立てるの手伝って」
「…………」
「早くしないと北さんたち戻ってくるだろ」
「…………」
「はあ……」

砂浜で立ち尽くす治とその隣で角名は一人パラソルを立て始めた。角名は治に声をかけ続ける。

「侑も銀も飲み物買いに行っただけだしすぐ戻ってくるんだから早くしないと怒られるよ。シート広げるのくらい手伝って」
「…………」
「…お前春原さん来たら死ぬね」
「死ぬ!!!!!」

大きな声を上げ両手で顔を覆った治に角名は呆れながらシートを広げ、風邪で飛ばないよう四隅に荷物を置いた。

「そこで突っ立ってても未来は変わらないんだから手伝え」
「…………」

無言でもう一本のパラソルを立て始めた治に角名はため息をついた。そうこうしている内に侑たちや三年とも合流し、後は栞を残すのみとなった。

「春原さん遅ない?」
「女子更衣室結構混んでたから仕方ないんちゃう?」
「で、どんな水着やろな」
「キレイ系か可愛い系か?」
「スポーティなやつもあるよね」

そんなことを二年で話している間も治は無言だった。

「俺は治が怖い」

そう言って眉を顰める銀島に、侑も角名も苦笑した。

「アイツ、春原さんの水着姿見たらどうなるんやろな。俺もわからへん」
「近い格好なら学祭の時の人魚姫の衣装で見てるんだけどね」

無言の治を見つめる三人だったが、こちらに駆けてくる足音にそちらに視線を向けた。

「ごめんなみんな!お待たせ!」

その声に治の肩がこれでもかと跳ねた。

「みんなパラソルとかありがとうな。ごめんな手伝えへんくて…もう女子更衣室抜け出すのも大変やったわ」

そう言って笑う栞に角名ですら少し表情を崩した。

「春原さん、その水着……」
「角名くんどう思う?せっかくやからこの前買うてきてん。似合うとる?」
「はい、とっても」

三人は隣に立つ治に視線だけ向けた。治は頑なに下を見ていて栞の方を見ようとしない。

「あれ?治くんどうしたん?」

栞はすすす、と治の前に移動し下から見上げるように治の顔を覗き込んだ。

「あ、やばいかもしれない」

角名の呟きと同時に治が固まった。オフショルダーの水着は治の心臓にとても良くなかった。白い肌に強い日差しが当たっていつもより更に白く見える。

「暑くて気持ち悪いとかやない?」
「……だ、大丈夫です」
「そう?ならええんやけど」
「あ、の、春原さん」
「うん?」
「その、ひ、ヒラヒラしたやつ、かわええですね」

その言葉に横にいた三人が吹き出した。

「ヒラヒラて……!」
「もっと他に言い方なかったの…パレオのこと?語彙力幼稚園児じゃん」
「ブッ」
「お前らうるさい!」
「でも治以外と平気そうだね」
「せやな」

治が大丈夫だとわかると栞は三年の方に向かっていった。どうやら荷物を預けていたらしい。その間に角名は治に声をかけた。

「治」
「なんや」
「意外と大丈夫じゃん」
「……そうやない」
「何が?」
「とんでもなくパニック起こしてんねんけど、色々通り越して冷静な自分がおんねん」

ぐっ、と歯を食いしばるような仕草を見せる治に角名はスマホのカメラを向けた。

「何それウケる」
「いや普通にあんなん見たら死ぬやろ……下から見上げられた時おっぱいで足とか見えんかった」
「うわ、ちゃんと見てる」
「見たくなかったけど視界に入ったら無理や…あんなん抗えへん……って角名!お前はあんま春原さん見んなや!」
「それ侑に言ったら?ほら、あそこで春原さんのおっぱいガン見してるけど」
「なんやて!?オイコラツム!!!!!!!」

大きな声を上げて侑に突進していく治に角名は笑いを堪えきれず、銀島はあわあわと視線を忙しなく動かした。












当初は皆ビーチバレーに熱中していたが、しばらくするとその暑さから各々好きなように過ごすようになった。先ほどまで三年みんなで砂の城を作っていたが、栞は一足先に抜けてパラソルの下で休んでいた。

「春原さん!」

勢いよく声をかけてきた治に春原は苦笑しつつも返事をした。

「どしたん?」
「海、入りませんか!」
「うん。行こ〜」

まだ栞が海に泳ぎに行っていないことを治は確認していた。立ち上がってサンダルを脱いだ栞に視線を向ける。

「あ、治くんのそれ、ええねえ」

治の右手には大きな浮き輪が抱えられていた。

「一番大きいやつ借りて来ました」
「私も一緒に使ってもええかな?」
「はい!!!!!!」

治のその返事に近くにいた侑が眉間に皺を寄せた。

「そのクソデカ返事やめろや」
「ツムうるさいで」
「いやお前の方がうるさいに決まっとるやろ」

二人の口論を聞いて栞はくすくすと笑った。

「あ、ちょっと待ってな」

そう言ってパラオの結び目に手をかけた栞の姿に治の顔が一気に赤くなった。

「なっっっっっ」
「?」
「あ、いや、あの、その、……そ、それ、外すんですか…?」
「せやで。外さな海の中で邪魔になんねん」

治は初めて見た栞の剥き出しの太ももにもちろん耐性がない。

「ほら、治くんいこ」

自分の手を引いて海に向かう栞の後ろ姿から治は目が離せなかった。繋がれた手。目の前にある白くて華奢な背中。
パシャ、と足が水に浸かる感覚によって現実に引き戻された。

「わっ、冷たい!治くんもはよこっちおいで」

ぐんぐんと治の手を引き、水位が腰くらいの所で止まった。

「浮き輪使うてもう少し沖まで行きたいな!」
「……春原さん楽しそうですね」
「うん!めっちゃ楽しい!」

その眩しい笑顔に治は咄嗟に座り込みそうになったが、ここが海の中だと思い出してなんとか耐えた。そしてずんずん沖へと進んでいく栞に大人しく着いていく。

「海、よく来てたんですか?」
「あー。逆やねん。うち、家が結構教育に力入れてる系でな。あんまり友達とこうして遊ぶとかなかってん」
「そうやったんですか?」
「うん。ほんま信介くらい。それも許可制やったけどな。せやから小さい頃の思い出は信介ばっかやねん」
「…………」

#name1#が話す思い出話に北が出て来ないことはない。それは治も良くわかっていた。共通の話題は北か部活の話くらいしかないのだから。
けれど過ごした時間の違いにこうもモヤモヤすると治は思ってもみなかった。浮き輪を握る手に力が入る。

「でもな、今はちゃうやん?」
「……え?」
「こうしてみんなと、治くんと遊べてるし、楽しいねん」

そう言って微笑む栞に治は一瞬言葉が出なかった。

「そ、れはよかったです」
「あ!私もう足つかへん!治くんちゃんと浮き輪持っといてな」
「はい」

浮き輪の反対側を必死に掴む栞に笑みが溢れる。

「あ、でも」
「うん?」
「今こうして俺らと遊ぶのは親御さん的にええんですか?」
「ああ、それはもう大丈夫やねん」

栞は思い出すように話し出した。

「私去年留学しとったやろ?やっぱ海外ってすごいねん。私の今までのなんやったん!って思うくらい崩されてな、こっち帰ってきてママにガツンと言ってん。勉強はちゃんとするし、成績は学年トップになるから他は好きにさせてくれ〜!ってな」

私の遅めの反抗期に驚いて次の日まで寝込んだのはいい思い出だ。

「俺は、会う前の春原さんのことなんも知らんけど、今の春原さんめっちゃ好きです」

あ、言うてもうた。治は顔が真っ赤になった。

「あ、あの……」
「ありがとうなあ、めっちゃ嬉しい!」
「え、あ、じゃあ…!」
「私も治くんのこと好きやで!」
「春原さん…!」
「侑くんも角名くんも、銀島くんも、そう思てくれてるとええなあ」
「……え、」
「私二年生のことみんな好きやし!」
「そ、そうですね……」

一筋縄ではいかへんな、と思っていると栞が海面と浜辺を見て口を開いた。

「ん?なんか波引いてへん?」
「え?」
「あ、大きな波くるで治くん!ちゃんと浮き輪掴んどって、」

治がその言葉に浮き輪の紐を強く握り直した瞬間、ザパーンと大波が二人を襲い浮き輪ごとひっくり返った。
春原の手が浮き輪から離れたのを見た治はすぐにその手を掴んで自分の方に引き寄せた。思ったより波の勢いが強く、離れそうになるその体を治はぎゅっと抱え込んだ。バランスを崩しながらもなんとか体を立て直し、栞の足がつく浜の方まで移動した。

「ぷはっ、春原さん大丈夫ですか!?」
「けほっ、ん゛ん゛、…えへへ、ちょっと飲んじゃった」

しょっぱい、と笑う春原に安心した瞬間、自分のみぞおち辺りにふに、と何か押し付けられる感覚に思わず下を見た。柔らかそうな胸が押しつぶされるように自分の腹に当たっている。自分で引き寄せたにも関わらず、治はそれまで気づいていなかった。

「治くん?」

ピシリ、と固まった治を栞は下から覗き込んだ。押し付けられた胸に濡れた髪、そして上目遣い。治にとってはトドメの一発だった。

「あかん」
「え?治くん?…え!?アカン!!治くん!?!?」

自ら手を離し距離をとってそのまま沈んでいく治に栞は悲鳴を上げた。

「しんすけー!助けて!!侑くーん!!治くんが死んでまう!!!」


真夏のハプニング
「サム…!コイツ…幸せそうな顔で溺れてる……」
「これはもう末期やな」
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