タイムマシンの作り方







「あ、人魚姫先輩や」
「ほんまや!ほんまにあの人美人やな」
「人魚姫先輩って英語ペラペラらしいで」
「すごいな。男バレのマネやってんねやろ」
「彼氏おるんかな」
「あれでおらん方がおかしいやろ」

廊下で複数の男子生徒が話している声が聞こえる。どうやら渡り廊下を歩く栞を見かけての発言らしい。

「人魚姫先輩だって」
「時の人、ってやつやな」

角名と侑も納得したようにそう言った。
文化祭後、栞は話題の人となっていた。演劇部の演目で演じた人魚姫が相当好評だったようだ。そんな中、治は危機感を抱いていた。

「……これはアカン」
「何が?」
「みんな春原さんの魅力に気づいてもうた……!」

大袈裟に頭を抱えてそう言った治を気にする素振りもなく、角名が口を開いた。

「そうだね。他の役の人はそんなに話題になってないもんね」
「春原さんだけやもんなあ、“人魚姫先輩”なんていう可愛らしいあだ名つけられとんの」
「その呼び方はアカン!」
「なんでやねん」
「あの姿を思い出してまうやろ…!」
「そう言えば春原さん、今週だけで五人に告白されたらしいよ」

角名がそう言うと治は目をカッと開き角名に掴みかかった。

「はあ!?一昨日まで二人や言うてたのに!!」
「俺にそんな迫られても……まあ全部断ってるみたいだし、取り敢えずは大丈夫なんじゃない?」
「何が?何が大丈夫なん??告ってきた中に王子様みたいな奴がいたらどうするん??春原さんオーケーしてしまうかもしれへんやろ?なあ、角名。それのどこが大丈夫なん??なあ?なあ!!!」
「待って治、圧がすごい」

角名が面倒くさそうに治を押しのけると、治はその場にしゃがみこんだ。

「はあ〜……、俺の春原さん……」
「お前のちゃうやろ」

落ち込む治を二人が眺めていると、背後で誰かが立ち止まる音がした。

「あ、みんな集まってどないしたん?銀島くんは?」

この世の終わり、と言った顔をしていた治だが栞の声に笑顔で振り返った。

「春原さん……!」
「うん?どないしたん、治くん」
「いや、あの、えっと、」
「何照れてんねん」
「うっさいツム!!」

双子の喧嘩をニコニコと眺めていると、栞に角名が口を開いた。

「春原さん、一躍時の人ですね」

角名のその言葉に栞はピシリ、と表情を固くした。

「角名くん……その話はせんといて……」
「だいぶお疲れですね」
「毎日毎日知らん人に話しかけられんねんもん……」
「人魚姫先輩や〜って?」
「うっ……」

侑のその言葉に栞は複雑そうな顔をした。

「あ、地雷でした?」
「ううん、褒めてくれんのは嬉しいねんで?ただ……」
「「ただ?」」
「なんかもう下手なことできひんやん?変にイメージついてもうた……」

そう言って苦々しく笑う栞に角名は同情した。

「で、治くんは何落ち込んでるん?」

なんかあったん?と心配そうにそう言った栞に侑はニヤッと笑った。

「春原さんが誰かのモンになってしまうかもーって」
「ツム!!」
「誰かのもん?」

何の話?と首を傾げる栞に角名が口を開いた。

「春原さん告白されまくってるって聞きましたけど」
「ああ……そういう……」
「遠い目をしてらっしゃる」
「なあ角名くん」
「はい?」
「なあ、男の人ってみんなああなん?」

考え込んだ様子で少し下を向く栞に角名は首を傾げた。

「ああ、とは?」
「そのな、告白されんのはまあええねん。好いてくれるわけやし、悪い気はせんよ」
「はい」
「ただな……、その、視線がな……」
「視線……?」
「告白してくる人みんなな、私の胸見てるんよ」
「ぶっ」
「あっ、サムが死んだ」

倒れ込んだ治をスルーして栞は続けた。

「多分な、みんな私やのうて、私のおっぱいと付き合いたいねん」

治がとんでもない状態になっているにも関わらず会話を続ける栞に、そこまで追い込まれているのだろうと角名は察した。

「なるほど」
「……なんか納得されるのもアレやけど、……もう嫌やねん」
「春原さんも治のスルーが板に付いてきたな」

うんうん、と頷く侑を無視して角名は会話を続けた。

「そう言えば春原さんって王子様みたいな人が好きなんですよね」

その言葉を聞いた栞はみるみる顔を赤くした。

「えっ!なんで知ってるん!?って信介しかおらんやんな……もうなんでそんなこと言うて……はあ、口止めせな」

口元に両手を添え、顔を赤くする姿は男としてはグッとくる。が、それを顔に出したら治に殺されかねないので角名は真顔を貫いた。

「なんで隠してるんですか?」
「いやいや、高三にもなって“王子様みたいな人がタイプ”なんて恥ずかしいやろ?」
「あああああの!」
「あ、治生き返った」

角名の前に治が割って入った。

「その!王子様みたいな人ってどんな人ですか!」
「え?」
「白馬に乗ったらええん?」
「白馬……ふふ」

栞は思わず白馬に乗った王子様を想像してしまい、笑ってしまった。

「白馬じゃ足りひん?」
「ううん、ふふ、白馬に乗ってたら完璧やけど……王子様ってな、大抵プリンセスに一目惚れするんよ」
「え?」

突拍子もなく聞こえるその言葉に三人とも目を丸くした。

「白雪姫も眠れる森の美女も。人魚姫は声やったけど」
「はあ、」
「そんでな、一目惚れやのにすごーく大切にしてくれんねん。ホンマに末永く幸せにしてくれるんよ」
「はあ、」
「一目惚れ、って正直あんまり印象良くないやろ?やって判断材料が見た目だけやもん」
「……まあ、そうですね」

黙ってしまった治にかわって、角名が返事をした。

「でもな、恋ってそういう直感も大事やと思うねん」

ぽーっとした顔で恋について語る栞に角名が口を開いた。

「……でもそれって春原さんもですよね?」
「うん?」
「プリンスは確かに一目惚れしますけど、相手のプリンセスだってプリンスに一目惚れしてません?」

栞はぽかん、とした後、悩んだ様子で黙ってしまった。

「角名詳しいな」
「妹の影響でね」

そう言った角名に栞は口を開いた。

「なるほどなあ。確かにせやね。角名くんの言う通りやわ。そしたら私も一目惚れせなあかんなあ」

そんな人見つかるかな、とくすくす笑う栞に、治は一人絶望した。
















「…………」
「……今日治がずっと黙ってるの怖いんだけど」

放課後、部室で着替えている間も治は黙ったままだった。

「治ー?」
「……おいサム、何考えてるん?」
「俺と春原さんは、既に出会うてもうてる」
「あ、話しかけたら返事はしてくれるんだ」
「そんで俺は、一目惚れしとる」
「会話は成立してへんけどな」
「俺は!春原さんに!一目惚れしとる!」
「うん、知ってるよ。あ、王子の第一関門クリアじゃん」

角名が笑ってそう言えば治は悔しそうに唇を噛んでいた。

「でも、春原さんは俺に一目惚れしとらん」
「あー……」
「くだんな」

角名は既に厄介なことになりそうだと、声をかけた自分を悔やんだ。

「つまり、俺らが結ばれるには出会いからやり直さなアカンねん」
「侑をスルーするくらいの衝撃だったんだね」
「それをどうしたらええか考えとった」

治は栞と互いに一目惚れしたかったようだが、もう出会ってしまっている以上一目惚れはもう出来ない。

「もう無理だよ、既に出会ってるわけだし」

角名は治を元のテンションに戻すためにどうするか悩んだが、面倒くさくなり既に思考を放棄していた。

「ということで、これを借りてきた」
「は?」

治がバッグからゴソゴソと取り出したのは本だった。

「『タイムマシンの作り方』……何これ」
「図書館で借りてきた」
「いやそもそもこんな本あんの」
「これで俺は過去に戻って春原さんと出会いからやり直す」
「でも春原さんがサムに一目惚れしてくれるとは限らんやろ」

自信満々な治に侑がそう言い捨てると、治は顔を真っ青にしてその場に蹲った。

「…………盲点やった……!!」
「嘘やろ」
「俺ももうどこから突っ込んでいいのかわかんない」

タイムマシンの作り方
「あの本読み切れん方に一票」
「俺も」
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