スカウト成功?







「栞」

昼休みに栞が廊下を歩いていると、北が声をかけた。

「信介、どないしたん?」
「お前、部活はどうしたん」

ぶかつ、と栞は口に出して、ああ!と思い出したように苦笑いをした。

「忘れとったわ。先生にそろそろ決めなアカンでって言われててん」
「演劇部戻るんか」
「んー、あそこにもう私の場所はないやん。二年の子も、一年の子もおるわけやし」

栞は一年の時は演劇部に所属していたが、留学前に退部していた。休部でもええんよ、と当時の部長にも言われたが中途半端が嫌いな栞は筋を通すためにきっぱり辞めたのだった。

「まあ、せやなあ」
「どこかに籍置かなあかんやん?せやからオセロ部に入ろ思て」
「……オセロ部?」

稲荷崎高校は必ず何かしらの部活に所属しなければならない。しかし北は栞の言うオセロ部の存在を知らなった。

「信介、失礼やで。オセロ部は立派に存在してんねん。……まあ私も最近知ったんやけど」
「お前も失礼やろ」
「いやホンマにオセロ部は凄いんよ。帰宅部になりたいけどなれない人達の救世主やねん」
「なるほど、実態はないわけやな」
「一応、月に一回集まりがあるらしいで」
「英語部、ってあったやろ。そっちは?」
「ここの学校の英語部はガチガチの受験用やで」
「そうなん?」
「海外の大学進学組のコミュニティって感じやな」

せやから私にはあんま意味ないねん、と言う栞に北はゆっくりと口を開いた。

「なあ」
「なに?」
「……バレー部入らへん?」

その言葉を聞いて栞は目を丸くした。

「何言うてんの、私バレーなんて出来ひんよ」

体育の授業でもサーブ入ったことないもん、と言う栞に北は呆れたように言った。

「誰が女バレや言うてん。ちゃうわ、男バレや」
「……私これでも女やねんけど」
「あほ、マネージャーや」
「稲荷崎高校男子バレー部のマネージャー!?アホなんは信介やわ」
「何でや」
「うちは全国に出るような強豪校やで?」
「せやな」
「そんな部活に三年から参加?」
「おん、お前ならピッタリやろ」
「私が?アカンて」
「何がや」
「何がやあらへん。私、中途半端は嫌いやねん」

知っとるやろ、と言う栞の眉は下がっている。

「ああ、よう知っとる。やから頼んでんねん」
「みんなずっと頑張ってきた中に、選手やないとはいえそんなポンと入られへんよ」
「そんなに深く考えんでええ。お前が入ったらみんなも喜ぶ」
「そう思ってるのは信介だけや」
「……治なんて飛んで喜びそうやけどな」
「治くん?あの子ええ子やもん」

多分どんな人でもマネージャーが増えれば喜ぶんちゃう?と言って栞はそのやり取りをかわした。








「ってことがあってな、」
「マネ勧誘ダメやったんですか」
「せやねん、アイツ頑固やからなあ」
「治がショックで打ちひしがれてる」

角名は膝をついて頭を抱える治にカメラを向けた。カシャリ、とシャッターの音が響く。
北から栞をマネージャに誘いたいと相談を受けていたレギュラーメンバーで一番喜んでいたのが治だった。

「……たん」
「なんて?」
「春原先輩、俺のことええ子や言うてくれたん…!」
「え、そっち?」

マネージャーを引き受けてくれなかったことに落ち込んでいるのかと思えば、治本人は「ええ子」と言われたことに全てを持っていかれているようだった。

「嬉しすぎて死にそうや…!!」
「……重症やな」

流石の北も治の姿を見てそう言った。すると治はすっくと立ち上がり、右手をピン、と上げた。

「北さん!」
「なんや治」
「俺に春原先輩のスカウト任せて貰えませんか!」
「別にええけど」
「やった!頑張ります!」

ふんす、と鼻息荒く意気込む治に北は口を開いた。

「けどな、期限があんねん」
「期限?」
「栞は留学前に演劇部を抜けとんねん。休部やなくて退部してん。つまり、校則に則ると、アイツの転部期限はちょうど一週間後や。それを過ぎたら、オセロ部の部員になってまう」
「「「オセロ部?」」」

そんなんあったか?と口々に言う部員に北は苦笑した。

「俺も同じ反応やったわ。なんやオセロ部は部活に入りたくない生徒の隠れ蓑らしいねん」
「なるほど。うちの生徒は何かしらの部活に入らないといけませんしね」
「春原先輩がオセロ部なんて勿体ない…!絶対!マネになってもらう!!」

そう言って治は奮起した。










「春原先輩!」
「治くんやん、どうしたん?」

ここ三年の廊下やで、珍しいなあと微笑む栞に治の顔は溶けそうなくらいデレデレになった。しかし本来の目的を思い出しピシッと姿勢を正し、栞を見据えた。

「春原先輩、バレー部のマネ、引き受けてくれませんか!」

その言葉を聞いた途端、栞は少しだけ眉間に皺を寄せた。

「……何?治くん信介の手先なん?」
「手先!?そんなんちゃいますよ!…いやでもあっとるんか……?」
「ふふ、誘ってくれるのは嬉しいんやけど、」

ごめんな、と栞が言うと治は肩が落ちしゅんとした様子を見せた。

「え、そんなに落ち込まんでよ」
「やって春原先輩がマネやってくれたら俺めっちゃ頑張れる……」
「ありがとうな。でも今私が入っても迷惑かけるだけやと思うねん」

困ったようにそう言った栞に治は真っ直ぐ目を見て不思議そうに言った。

「迷惑?なんでです?」
「普通に慣れとらんし、何したらええかわからんもん」
「そんなん俺が教えます!」
「治くんが!?そんなん練習の邪魔してしまうやん」
「そんなことあらへん!むしろ教えたいです!」
「ええ……でも、私がポンと入って士気が下がったら嫌やし……」
「士気が下がる!?そんな事絶対ありえません!!春原先輩なら大丈夫!」
「うーん」

悩む栞に治はあと一押し、と口を開いた。

「春原先輩!」
「うん?」
「オセロ部に入るより、幸せにします!」
「…………うん?」
「絶対!幸せにしますから!」

せやからマネになってください、そう言って治は廊下の真ん中で頭を下げた。

「…………わかった」
「え?」
「治くんがそこまで言うてくれるなら、私頑張ってみるわ」

マネージャー下手くそやったらごめんな、と微笑むと治の顔がぶわっと赤くなった。

「え……ホンマですか!?ホンマにマネ引き受けてくれるん!?」

栞はぎょっとした。何故なら、治の目から涙がぽろぽろと溢れていからだ。

「え!?治くん??泣かんといて…!」
「やって春原先輩、マネ、引き受けてくれる、言うから……」
「それは言うたけど……」
「今更やっぱりあかんとかはナシですよ!?」
「わ、わかったって!ちょ、泣き止んでよ!」
「止めたいけど止まらへん」
「ええ…、待って!し、信介!信介ー!!!!信介おるーー??!!!」

栞は廊下から7組に向かって声を張り上げた。すると直ぐに北は教室から廊下にひょっこりと顔を出した。

「なんやそんな大きな声出してどないした、……って治。何泣いてんねん」

幼馴染の前で背中を丸くしてしくしくと泣いている後輩に北は状況がわからん、と言いながらも二人に歩み寄った。

「き、北さん……春原先輩がマネ、引き受けてくれる言うてくれたんです……」
「もう!泣くほどのことやないやん。信介助けて。治くん顔ぐしゃぐしゃやし…」
「ほら治、栞が困ってんで。泣きやみや」
「はい!すぐに!止めます!!」
「おう、止まってへんけどな」

その様子を見て栞はくすくすと笑った。それを見た治は泣き腫らした目をこれでもかと広げ、じーっと栞を見つめ続けた。

「春原先輩、天使みたいやわ……」
「え、」
「……あかんな、手遅れや」


スカウト成功
「ほら、涙拭いて」
「こ、これ…!春原先輩のハンカチ!?使えへん!!!」
「いや、使うて」
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