約束は守った







パシン、パシン、とボールの音が響く体育館で治は力強く口を開いた。

「俺は今、猛烈に感動しとる」
「…………」
「春原さんが、ジャージを着とる」
「…………」
「バレー部の」
「お前もううるさいねん!黙れや!!」

涙目になりながら頬を赤く染める片割れに、侑は怒鳴り散らかした。

「なんやねん!感動したってええやろ!」
「先輩来てからもう一週間やぞ!毎日毎日ええ加減にせえよ!!」
「やってバレー部のジャージやぞ?俺が着たらおそろいやん……!」
「おう、ここにおるやつもれなくみんなお揃いやけどな」
「ビブス畳んでる春原さんめっちゃ可愛ええ……」
「おい!聞いとんのか!」
「一年に仕事教えてもろてる姿も可愛ええなあ」
「……」
「さっきな、このタオル春原さんに直接渡されてん……こんなんもう使えへん」
「使え!!!!!!」

侑は治の手からそのタオルを奪い、自分の顔をゴシゴシと拭いた。

「あーーーっ!!!なっっっにすんねん!!!!」
「タオルは使うもんやろが!!」
「アホ!これは俺のや!!!」

ギャーギャーと騒ぐ二人を周りは静観していたが、近づいてくる足音に皆少し距離をとった。

「おい」

その声に治と侑は取っ組み合いをする手を止めた。

「「き、北さん……」」
「何しとるん」

冷静なその声に、二人とも掴んでいた手を離し、北に向き合った。

「あ、いや、その……」
「治」
「はい……」
「侑の言う通り、タオルは汗を拭くもんや」
「……はい」
「そのままにしとったら風邪ひいてまうやろ」
「…………はい」
「侑」
「ええ!?俺も?!」
「お前も意地悪すな。あんなことしたら面倒なことになるのは分かっとるやろ」
「……はい」

北と北の前でしゅんと頭を垂れる双子を通りすがりに見て、栞は不思議そうに声をかけた。

「あれ、二人ともどないしたん?信介に怒られとるん?」
「春原さん……!」
「春原さん」
「信介怒ると怖いやろ。正論しか言わへんしな」
「当たり前やろ」

そう言った北に栞は口を尖らせた。

「そんなん言ったって怖いもんは怖いねん。はい、ドリンク。二人もな」
「あざす!」

ドリンクを受け取り元気よく返事をした治に栞は首を傾げた。

「あれ?治くん」
「っはい!」
「タオルどないしたん?汗だくやん」
「あ、えっと、その……」
「? ちょっと待ってな」

栞はタタタ、と体育館の端にある自分の荷物の方に駆け寄り何かを持って戻ってきた。

「はい、これ使うてええよ」

そう言って治の首にふわりとタオルをかけた。

「予備で持ってたやつやから、私のやけど我慢してな。使てへんし綺麗やからね」

そう言って首にかかったタオルをそっと掴み、そのまま治の額から流れる汗を拭った。

「男の子やもん、ピンクのタオルなんて嫌やった?」
「い、いえ!」
「そう?なら良かった」

笑顔で立ち去る栞に、治はその場に立ち尽くしていた。ピクリとも動かない片割れに侑は声をかけた。

「おいサム!……ん?……サム?」
「……治?どうし、」

角名まで心配して声をかけたが、治は角名の言葉を聞き終わることなく真後ろに倒れた。

「は!?!?」
「治!?」

倒れた治に北も目を丸くし、近くにいた銀島や赤木も駆け寄って来た。

「おい!」
「どないしてん!?」

二人の声掛けにも治は反応がなく、侑がぶん殴って正気に戻そうと右手を振りかぶった瞬間。治の目がカッと開いた。

「春原さんのタオル……」
「「「は?」」」
「めっっっちゃええ匂いする……」

治を取り囲んでいた者たちはその言葉を聞き真顔で立ち上がり、各々練習に戻っていった。

「死ね」

侑はそう言って、ツンツンと治をつつく角名にもうほっとき、と言いその場から離れた。

「春原さんめっちゃ可愛ええ……好き……」
「治が壊れた」

自分をつつく角名のことも、少し離れた場所で苦笑しているメンバーのことも気にもせず、治は首元から薄く香る柔軟剤の香りに酔いしれていた。












またある日。

じいい、と音が聞こえてきそうな程に治は栞を見つめていた。ドリンクを用意しているところ、ボールを拾う姿、ビブスを畳む背中。ありとあらゆる行動を目で追っていた。

「治」
「……」
「…………治」
「うわっ、北さん!?」

北の呼び掛けに反応が遅れた治は目の前に立たれるまで気づかなかった自分に驚いた。

「治、栞がマネージャーになって嬉しいのは、まあ、分かる。けど、ちゃんと部活に集中せなあかんで」
「は、はい……」

肩を落とす治に北はなんと声をかけようか悩んだ。治が栞のことを好いているのは百も承知だが、この状況を生かすも殺すも難しい。そう思っていると、栞が話しかけてきた。

「あれ?治くん?また信介に怒られとるん?」

くすくすと笑う栞に治はぽやぽやとした顔をした。

「春原さん……!」

しっぽが見えそうなくらい上機嫌になった治に北は思案した。この活力をどうにかバレーへの集中に活かせないか、と。

「……栞」
「なに?信介」

当たり前のように栞の耳元に口を寄せた北に、治はムッとした。耳打ちされているのを真面目な顔で聞く栞も可愛いと思うが、その二人の距離の近さに妬いてしまう。幼馴染なんやし、と自分の心に言い聞かせても嫌なものは嫌だった。

「……え?なんで?」
「ええから、そう言うてくれ」
「まあええよ、実際その通りやし」

不思議そうな顔をしつつも栞は治に向き直った。

「治くん」
「は、はい!」

ピシッと姿勢を正した治に栞は口を開いた。

「私な、治くんのおかげでこうしてマネージャーしとるやろ?」
「はい」
「今な、すっごく楽しいねん。あの時、治くんの言う通りオセロ部やめといてよかったわあ思うとる。それに治くんがバレーしとるとこ好きやから毎日見れて幸せやねん。今日も頑張ってな」
「…………」
「治くん?」
「治?」

返事のない治に栞と北が呼びかけた。

「…………あの、」
「うん?」
「俺、練習戻ります」
「う、うん」

コートに戻る治を目で追いながら二人は首を傾げた。

「なあ信介、あれでホンマによかったん?」
「おん、…………多分な」









「サム、やっと戻ってき、……お前顔やばいで」
「うわ、ホントだ。ゆるっゆるだね」

怒られとったんやないんか、と聞く侑に治はデレデレとした顔で答えた。

「春原さんな、俺のこと好きなんやて…」
「は?」
「そんで今幸せなんやて……」

治の的を射ない言葉に角名が口を開いた。

「治、春原さんはなんて言ってたの?」
「俺のバレーしとるとこ、好きなんやて」
「ああ、なるほど」
「ホンマ都合のいい解釈しとる」

呆れたように言い捨てた侑に本来ならキレそうなものだが、今はそんなことは気にならないようだ。
すると治はキリッとした顔をした。

「ツム!ほら早くトス上げてくれ。バレーしとるとこ見せな!」
「うっわ面倒くさ」

そう言いながらもボールを掴んだ侑に角名は口角を上げた。


約束は守った
「これからも春原先輩を幸せにすんねん!」
「……」
「……侑、反応してあげなよ」
prev next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -