王子様になるには





「信介!」

稲荷崎高校の体育館に愛らしい声が響いた。
休憩中だからいいものの、練習中ならつまみ出されるだろう。それにしても北を呼び捨てで呼ぶ女などいるのだろうか。厄介なファンがいるものだ、と見て見ぬふりをする部員がほとんどだった。しかし、どんな人か気になるのが人間というもので。ちら、とそちらに目線を移せばそこには可愛らしい女子生徒が立っていた。

「なあサム、あの人今“信介”言うたよな」
「……言うたな」
「北さん、どないするんやろ」

双子がヒソヒソと話していると、北が扉の方に向かって歩き出した。

「どうしたん、栞」

女子生徒を呼び捨てにした北に二年がザワついた。それを他所に二人は会話を進めていく。

「久々の学校やし、久々の信介やしー思て差し入れ持ってきてん」

彼女はそう言って小脇に抱えた保冷ボックスを開けた。

「あんまり数ないからレギュラーの子ぉらで食べてな。それなら数足りると思うし」
「……そこまでせんでええ言うたや、」
「うっわ美味そう!」

じゅるり、と音を立てそうな勢いで覗き込んできた治に栞は目を丸くした。そして北の背後から現れた治をじっと見つめた。当の本人は、差し入れ、という言葉に惹かれて覗きに来たようだった。

「ふふ、元気な子やね」
「治」
「あっ、すんません北さん」

ピシッと一歩下がった治に栞は声をかけた。

「君、噂の双子くんやろ?」
「噂の?」

なんの噂だろうかと考える。なにか良くない噂がたてられているのだろうかと思いつつも、もしそうならそれは侑の方や、と一瞬そちらを睨んだ。

「栞は去年おらんかったからお前らが珍しいねん」
「そやねん、仲良うしてやー」

小さく手を振る彼女は小動物のようでとても可愛い。

「あの、去年おらんかったって?」
「ああ、きちんと自己紹介せなあかんね。三年の春原栞ですー。信介の幼なじみやねん」
「北さんの!?」
「せやで。そんで去年、というか二年生の間は交換留学でアメリカに行っとったんよ」
「アメリカ!?」
「サム、驚きすぎや」

そう言って顔を出した侑に栞は目をぱちぱちとさせた。

「おお、ホンマによう似とるし、聞いてた通りハンサムやわ」
「二年の宮侑言います」
「宮治、です」
「アツムくんにオサムくんやね、よろしくな」

栞がそう言って微笑めば、治は顔を赤くした。

「はい……、あの春原先輩、その、それって、」
「これ?差し入れのゼリー。桃好き?」
「好きです!」
「桃のゼリーやねん。沢山食べてな」

栞のその言葉に、すすす、と手が出そうになっている治を見て北が止めた。

「治、練習が終わってからや」
「……はい」

しゅん、とした治を見て栞は微笑んだ。

「ふふ。じゃあ信介、私帰るわ」
「気いつけてな」
「はあい」

風のように消えていった彼女の背中を、治は見えなくなるまで見つめた。後に治は、この出会いが最初で最後の一目惚れだったと、延々語るのである。











練習後、ドタドタと慌ただしくこちらへ向かってくる治に、北はため息をついた。

「北さん北さん!」
「わかっとる。ゼリーやろ」
「はい!」
「……治、少し落ち着きや」
「はい!」

この時ばかりは周りの目には治が犬のように見えたという。ブンブンと振られたしっぽなど、ないはずなのに。
北はゼリーの入った保冷バッグを部員の前に差し出した。

「みんな、栞からの差し入れや、これ食べてから上がり」
「「「はい!」」」

ゾロゾロと保冷ボックスに群がる。が、その前に治は既にゼリーを手にしていた。

「めっちゃ美味そうやな〜」
「お前めっちゃ早いやん」

うきうき、と体の周りに効果音が見えるほどに頬を緩ませた治がゼリーを口に入れた。

「……うっっっっま!」

目をきらきらと輝かせ、即座に二口めを口に入れる。

「ホンマやな。店のやつみたいや」
「北さんもう一個ください!」
「お前もう食うたんか!?」

まだ一口めを食べたばかりの侑は信じられん、という目で治を見た。

「ええけど、落ち着いて食いや」
「はい!こんなの二つも食べれるなんて幸せや…!」
「溶けそうな顔してる」

治の顔を見て角名が笑った。

「春原先輩すごいなあ。あんなに可愛くて料理上手くて性格もええ。完璧な人や…」
「なんやサム、惚れたんか」

ニヤニヤした笑みを浮かべ、侑は肘で治をつついた。

「あれに惚れん男がおるか!?おらんやろが!!」
「治ガチじゃん」

ゼリーを食べ終わった角名が容器を持って立ち上がった。

「春原先輩、彼氏おるんかな…」
「留学してたって言ってたし、海の向こうにいてもおかしないな」
「…………」

ゴミを捨て、戻ってきた角名が治の前に座り込んだ。

「治、すごい顔してる」
「アカン、めっちゃ好きかもしれん…苦しい」
「単純やな」

侑はスマホを見ながらどうでもいいようにそう言った。

「北さん!!!」

治の突然の大きな声に周囲にいた部員たちは皆肩が跳ねた。北を除いて。

「なんや」
「俺、可能性あると思います!?」
「ん゛っ!おま、北さんが彼氏っちゅう可能性もあるんやぞ!」

侑は片割れの発言にドリンクを吐き出しそうになったが、それを抑えた。そして、その侑の言葉に治は目を丸くした。

「え!!!そうなんですか!?」
「ちゃうけど」
「良かった……北さんやったら勝たれへん」
「誰でも勝てんやろ」

ほ、と胸を撫で下ろす治に侑は意地が悪そうに笑った。

「ああ!?」
「治、静かに食いや」
「…………はい」

しゅんとする治をよそに侑は北に声をかけた。

「で、北さん、春原先輩って彼氏おるんですか?」
「いや、おらんと思うで」
「あんなモテそうな人なのに」

興味があるのか、角名も会話に混ざった。

「そやなあ」
「何か彼氏作らん理由とかあるんですかね」

ドリンクを飲みながらそう言った侑に、北は口を開いた。

「あいつ、理想高いねん」
「「「理想?」」」
「そや、あいつの理想の人は王子様やからな」

その言葉に二年の三人はキョトンとした後苦笑いをした。

「夢見るタイプなのかな」
「オウジサマ……」
「サムには絶対無理やん」

治は、王子様王子様、とブツブツと呟いた。

「王子様ってどうやったらなれるん?」
「フッ」
「わ、笑うとこやないぞ角名!」
「まずは、建国しないと…フフッ」
「けんこく……」
「いやでも治が建国したら王様になっちゃうね」

角名が付け足すように言った言葉に、治はぽかんとした表情を浮かべて不思議そうに首を傾げた。

「……?つまりオトンに頼めばええ?」
「「ぶふっ」」
「治が暴走してる…っ」
「北さんサムガン無視でゼリー食べてるの面白すぎるやろ」
「もうどうしたら王子様になれんねん!」


王子様になるには
「まずは標準語やろ」
「なるほどな!」
「何が?」
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