忍び寄る変化






ーー夏。
インターハイが近づくにつれ、部員たちの集中力も高まる時期。
北と付き合い始めて三ヶ月が過ぎた。
私と北に大きな変化はない。朝一緒にボールを磨いたり、一緒に帰ったり。三ヶ月が経っても、正直私と北の関係は付き合う前と大差なかった。部活も忙しいから二人でどこかに出かける、みたいなこともなかったし、わたしはこの心地いい関係に完全に縋り切っていた。






「こんなに日が落ちても全然涼しくならんな」

部活が終わり、私は駅まで北に送ってもらっていた。じわじわと湿度が不快になる季節だ。

「せやね。今夜も熱帯夜やって朝のニュースで言うてたもん」
「寝苦しくなるな」
「エアコンがんがんにしたくなるやつやね」

今だって日が落ちたとはいえ暑いことに変わりはない。パタパタと手で首筋あたりを扇ぎながら歩く。

「あんまり冷やしすぎるのは良くないで。ちゃんと布団かけなアカン。腹だけでもな」

真面目な顔をしてそう言った北に、私は思わず吹き出してしまった。

「ふふ、ママみたいや」

キョトン、とした顔をした後に北は片目を眇めた。

「ママみたいって……」
「あ、ごめんやで。悪い意味とちゃうよ」
「それでも複雑や」

そんな他愛もない話をしていると、あっという間に駅に着いてしまった。
最近は北と過ごす時間にも慣れてきたし、今ではもっと話していたいと思うこともある。そう北に言うたことはないけれど。

「気をつけて帰りや」

北はいつも私が改札を通ってホームへの階段を登るのを見届けるまで駅にいてくれる。
いつものようにすぐに改札を通らない私を不思議に思ったのか、じっとこちらを見ている。私はそんな北を見つめた。

「なあ、北」
「なんや、どないしたん?」

北はいつもと違う私になにか思ったのか、肩にかけたバッグをかけ直した。

「ちょっとだけ、話したいんやけど」
「珍しいな」
「アカン?」
「いや、ええよ」

二人で改札の前から少しずれて壁際に寄った。

「あのな、今更なんやけど…」
「うん?」

私はここ数ヶ月、ずっと胸の奥で思っていたことを吐き出した。

「北は、その、私と付き合うてること、……後悔しとらん?」
「しとらんよ」

食い気味にそう即答した北に私は目を見開いた。びっくりして、口を開けたは言いけれど言葉を紡ぐことは出来なかった。

「急にどうしたん?あとなんでそないにビックリしてんねん」

北は優しいから、たとえ後悔していてもそうは言わないだろう。けれど、何かしらの改善を求められるだろうと思っていた。何よりこの心地のいいままの関係を永遠に続けることは出来ないと自分が一番分かっている。

変わりたい。

けれど、それを自分で決めることすら怖くて。その方向性すらも、私は北に委ねようとしていた。

「いや、私彼女っぽいこと出来てへんし、このままで、ええんかなって」

北に提案されたことを実行できるかと言われたら話は別だけれど、一歩進みたいと思う気持ちに変わりはなかった。けれど、きたはそう受けとってはくれなかったようで、訝しげに眉をひそめた。

「……別れたいん?」
「ちゃう!」

今度は私が食い気味に、口を開いた。

「別れたいなんてこれっぽっちも思ってへんよ」
「なんや不満でもあるんか?」
「そんなの一個もない。私は今こうして北と一緒に過ごせて幸せやもん」

そう言って微笑めば北は少しだけ目を見開いた。

「……幸せなん?」
「え、うん。当たり前やん。北優しいし、…その、私の事情とか知った上で普通に接してくれとるし、私は北の隣におるの、すごく居心地がええねん。けどな、北はそれでええんかなって」
「は、」

顔を真っ赤にする北に、今度は私が驚く番だった。

「もしかして私、めっちゃ恥ずかしいこと言うた…?」

照れる北の顔を覗くように見上げると、北は口元を手で隠した。

「そんな見んとって」
「北の照れてる顔なんてレアやん!」

ふふ、と笑うと北も笑った。

「お前がそんなふうに思うてくれとるなら、俺も幸せや」

そう言って微笑む北に、私の心の中のモヤモヤは取り払われてしまった。
北も、幸せなんや。ちゃんと、私との時間をそう感じてくれているならこれ以上の喜びはない。
瞬間、北がこちらに手を伸ばそうとした気がした。口元に当てていた手が空を切る。その手が行く先はーー。

あれ。
いつもならそう考えれば体が固まって動かなくなるのに、何故だろう、今は平気だ。それに嫌やない。いつもの嫌悪感が顔を出さない。このままなら、触られても大丈夫な気さえする。
じっ、と北の手を見つめる。
すると、北はハッとした顔をして、その手を引っ込めてしまった。

「アカンな。すまん。嫌な思いしてへん?」
「……え、あ、うん。大丈夫」

引っ込められた北の手を何となく見つめる。少し残念に思っている自分がいた。

……残念?
私は北に“触れて欲しかった”?

いやいや、そんなことあるわけ…、ないのに。
それに、インハイも近いんだから今は部活に集中せんと、やし。


忍び寄る変化
私はそれに蓋をした
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