赤い耳は知らんぷり





「ここ、この時間空くから一年に入って自主練してもらわへん?」
「ん、ええよ」

合宿中、施設のロビーで夕食後に北と明日の流れについて打ち合わせをしていた。ふかふかのソファーでの打ち合わせはなんだか贅沢だ。

「これで一通りは確認終わったな」
「うん。明日の朝はランニングするメンバー分ドリンク駐車場脇に用意しとく」
「頼むわ」

明日のすり合わせは終わったのでここから就寝時間迄はフリータイムだ。

「北はいつお風呂行くん?」
「まだええかな。もう少しここにおる」
「ええの?」
「おん」

北もこうして二人で過ごしたいと思ってくれている気持ちが嬉しい。そこで私は前から考えていたことを提案してみることにした。

「そしたら一個お願いがあんねんけど」
「なんや」
「ジャージ貸してくれへん?」
「ジャージ?ええけど…寒いん?」
「うん。そう言うことにしといて」
「うん?」

北はジャージを脱いで差し出してくれた。

「ありがとう」

そう言って手渡されたジャージを羽織る。

「わ、やっぱ大きいなあ」

余った袖をぷらぷらと揺すり北に見せた。

「そらそやろ」

そう言って笑う北を横目に私はファスナーを一番上まで閉めて大きめの首元にすぽっと鼻まで埋まってみた。そのまま黙っている私を見て北は首を傾げた。

「なにしてるん?」
「北の匂い嗅いでる」
「……は?」
「こうしとったら、北とハグしてる疑似体験ができるかな思て」

そう思って息を深く吸うと北が目を見開いてこちらを見た。

「脱いで」
「え?」
「すぐ脱いで」
「え、いやや」
「今日ずっと着とったやつやからにおうやろ」
「そんなことあらへんよ。洗剤のええ匂いする」

スンスンと鼻を働かせていると北が額に手を当てた。

「どうしたん?」
「……そういうことしたらあかん」
「でも、早く北とハグできるように頑張ろー思てんけど」

私のその言葉に北は固まった。
私はずっと考えていた。手を繋げたんだから次はハグなのだろう、と。でも私は一度抱き締めてきた北を拒絶してしまった過去があるし、あの時みたいな思いはして欲しくなくて自分なりに慣れていく方法を模索していた。

「ちゃうねん」
「うん?」
「あかんやん」
「なにが?」
「可愛すぎる」
「………へ、」

顔に熱が集まるのがわかる。じっ、とこちらを見る北にとても恥ずかしくなってファスナーを下ろそうとファスナーに手を伸ばした。

「ま、待って、もう返すから」

そう言ってジャージを脱ごうとしたら、北にそれを制された。

「脱がんとって」
「え、さっきは脱げって」
「やっぱりそのままでええよ、可愛ええから」

こんなに北が直接的に褒めることは少ない。

「い、嫌や。恥ずかしいから返す…!」
「あかん、可愛ええからそのままでおって」
「待って、面白がっとるやろ」
「そんなことない」
「ちょっとわろてもうてるやん!」
「ふふ、すまん」

そう言って笑う北にジャージを返そうとファスナーを一番下まで下ろした。

「でも擬似体験出来たから返すわ」
「…脱がんでええよ」
「もう、」
「そうやなくて」
「うん?」
「ハグ、してみるか?」
「……え!?今!??」
「おん。誰もおらんし」
「そ、れはそうやけど……」

見渡してもロビーは閑散としていてホテルスタッフすらいない。

「まず、手え繋ごか」
「うん……」

するりと握られた手を握り返す。もう手を繋ぐのは慣れたものだ。しばらく手を握っていると北が口を開いた。

「肩、触ってもええ?」
「う、ん」

すっと肩に触れた手にゆっくりと引き寄せられる。

「…大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

北はその言葉を聞くと、そのまま後頭部に手を回し自分の肩口に私を引き寄せた。ソファーに座ったままだから、頬が北の肩に当たる。目の前には北の首筋があって、背中に回る手が温かい。少しだけお腹もくっついている。本当に、温かい。

「大丈夫か?」

近くで聞こえる声に安心して涙が出そうになる。

「春原?」
「うん、大丈夫」

私は北の背中に自分の手を回した。北の肩がびく、と跳ねたのが少しおかしくて笑ってしまった。

「無理、してへん?」
「しとらんよ」
「ほんまに?」
「うん。こうしてると安心する」
「……そうか」

すごく離れ難い。ずっとこのままがいい。北の心臓の音がかすかに聞こえる。私の心臓の音も、北に聞こえてるんやろか。北の肩におでこをぐりぐりと擦り付ける。北が頭の上で少し笑ったのがわかった。

「あ゛ーーー!!!!」

突然ロビーに響いた声に二人して飛び上がった。

「北さんと春原さん抱きおうてるー!!!!」

突然の侑の登場に二人で苦笑しながら体を離した。すると侑の後方からドタドタと勢いのついた足音も聞こえてきた。

「ツム!なんやて!」
「どこ!!!?」

治と角名の声だ。そう思った瞬間に、二人が顔を見せた。あ、角名、スマホはしまいなさい。

「もう終わってもうた…」
「クソツム!なんでこっそり教えてくれへんねん!」
「……春原さん、ジャージ大きくない?」
「え?あ!彼ジャーやん!」

北さんたちでもそんなことするん!?と騒ぐ双子を尻目に北はソファーから立ち上がった。

「侑」
「は、はい!」
「もう夜なんやから、大きな声は出したらあかん」
「は、はい」
「治、角名」
「「はい!」」
「危ないから廊下は走ったらあかんやろ」
「「はい……」」
「春原も、もう部屋に戻り。明日も早いしな」
「うん。そうする」
「お前ら風呂上がりやろ。はよ部屋戻りや」
「「「はい……」」」

北はそう言って男子部屋の方に歩いていった。



赤い耳は知らんぷり
隠しきれない赤い耳は
私しか知らない
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