アクアリウムデート
「なあなあすごい!」
目の前に広がる青くて暗くてキラキラした世界に、私は釘付けになっていた。
「ほんまやな、わかったから少し落ち着きや」
「わかっとるよ!でもめっちゃ綺麗や」
「せやな、水族館なんて久しぶりやからテンション上がるな」
「……ほんまに上がっとる?」
真顔で水槽を見つめる北にそう聞いてしまった。
「なんで?」
「すっごく落ち着いて見える」
「そうか?」
「うん……あ、私シロイルカ見たいねん。あとペンギンも見たいし、ここ水槽のトンネルもあるねんて。侑に聞いてん。そこも行きたい!あと、フードコートみたいなところで売ってるヒトデの形のポテトが美味しいらしいって治が勧めてくれてな。あとなんやサメの色のソフトクリームもあるねんて。可愛いフォトスポットもある言うて角名と銀島が教えてくれてん。せやから急がんと!」
「端から全部回るんやからそこまで興奮せんでも、」
「北はわかっとらん!」
「え、」
「海の生き物は全部可愛いんよ。せやから見逃したりしたらあかんねん!」
興奮がピークに達した私に何を言っても無駄だと思ったのか、北は少し呆れたように口を開いた。
「…暗いんやからはぐれんとってな」
「はーい!」
入口からずっと水槽の最前をキープしながらゆっくりと進む。今日は、北と初めてのデートだ。部活帰りの寄り道、とかじゃなくてちゃんとしたデート。どこ行きたい?って聞かれて「水族館!」と即答した。楽しみすぎて、事前にたくさん調べたし、帰りに買うぬいぐるみもチェック済み。
水槽の中の生き物を見ながら暗い中を進んでいく。クラゲのコーナーに着くと、雑誌に載っていた通り天井にまで水槽があってキラキラで、一人感動していた。
「ねえ北!すごい!照明が綺麗で、このクラゲ……ってあれ?」
振り返るとそこに北はいなくて、全く知らないカップルと目が合った。気まずそうに笑われてしまったのが恥ずかしくてその場をそそくさと退散しながらもキョロキョロと北を探す。今の、北に見られてへんよな。そう思いながら見回すも周囲に北はおらず、仕方なく元来た道を戻ろうとした時だった。
「春原、」
振り返るとそこには少しだけ焦った様子の北がいた。
「あ、いた」
「…はぐれんとってなて言うたやろ」
「ご、ごめん…つい夢中になって」
子供みたいで恥ずかしい、と伝えると北は少し考えてから口を開いた。
「春原」
「ん?」
「手、繋ごか」
「え、」
「この前からちょくちょく手には触れとるやろ」
「うん……」
「試すだけ、試してみいひん?」
ダメならダメでええし、という北に少し申し訳なくなる。多分、大丈夫だと思う。北と手を繋ぎたい。でもやはり、100パーセント受け入れる自信がなくて少し考え込んでしまった。
「……すまん、無理そうならやめとこか」
「ううん!手、繋ぎたい」
「無理せんでええからな」
「うん…」
私の返事を聞いて、北は私の右手にするっと左手を差し込んだ。そのまま優しい力で握られる。一瞬固まってしまった体に、私は大丈夫だと言い聞かせるように深呼吸をした。私の緊張が北にも伝わったのか、小さな声で「大丈夫か」と聞いてきた。
「うん、大丈夫」
私の手を包み込むように握る北の手は温かくて、嫌ではなかった。
「しんどくなったら言うてな」
そう心配してくれる北に私は甘えるしかないけれど、いつも少し不安そうに謝ったり、逃げ道を作ってくれる彼に私の気持ちは伝えたいと思った。
「北」
「なんや」
「私な、北に触ったり触られたりするのに辛いとか無理してるとかは、もうないねん」
「……」
「でもな、どうしてもな、さっきみたいに緊張して固まったりしてまうかもしれへん。けど本当に嫌とかじゃない。私、北の手え大好きやから」
そう言って微笑めば、北の握る力が少しだけ強くなった。
「春原」
「なに?」
「好きや」
こちらを真っ直ぐ見てそう言った北に私は面食らった。
「へ、…?なん、で今言うたん……?」
「今言いたなってん」
そう言って笑う北に少し泣きそうになる。
「ふふ、なんかすごくカップルっぽい」
「なんやそれ」
「やってそう思ってんもん」
北を見ると、水槽の明かりしかない暗闇の中でも頬が赤いのが分かった。
「…ほら、水槽見るんやろ」
「待って、今照れとるやろ?」
「そんなことない」
「ちゃんと顔見せて」
「…いやや」
「顔赤いで」
「うるさい」
「ふふ、」
「ほら、早よ見んと次行ってまうで」
「だめ!ナポレオンフィッシュ見たい!」
私から北の手をぎゅっと握り返し、水槽の前へと向かった。
アクアリウムデート
「ナポレオンフィッシュかわええなあ」
「……これ、かわいいんか?」