停頓な関係






「はいみんな早くバス降りてー」

今日は大きめの練習試合で、大きな体育館で実施される。駐車時に入れば何校もの生徒がバスの窓から見える。試合会場に着き、バスの関係もあるため速やかに部員を下ろす。マネージャーの最初の仕事だ。

「春原さん!」
「なあに、五色くん」
「なにか下ろすの手伝うとかありますか!」
「うーん、とりあえず大丈夫かな。ありがとね」
「はい!」
「私は受付してくるから、みんなは待機場所に行っててね」
「はいはーい」

天童くんの返事を聞いて、私は受付に急いだ。
そのまま受付を済ませ、白鳥沢の待機場所を探そうと掲示板に張り出された配置図を確認しているとトントン、と一本の指で肩を叩かれた。

「白鳥沢のマネさん?」

振り返ればそこにはどこかの高校の選手が立っていた。私は白鳥沢と書かれたジャージを着ているし、何か用事でもあるのだろうか。

「はい、そうですけど……」
「可愛いね!何年生?」

ぴしり、と体が一瞬固まった。まあ言ってしまえばよくある話、ではあるけれども。三年経ってもこればかりは慣れない。

「……三年です」
「同じじゃん!全然知らなかったよ〜」
「ソウデスネ」

私もあなたのこと知らないです、とは言えず、とりあえず離れようと一歩下がると彼がスマホを突き出すように見せてきた。嫌な予感しかしない。

「ねえ、これも何かの縁だしさ!連絡先、」
「栞」
「わ、牛島くん」
「来い」
「ちょ、待っ、あの、すみません」

私の腕をぐいぐいと引っ張る彼に、声をかけてきた男の人は何も言えずに立ち尽くしていた。







試合前、選手たちはコートに入りアップをとる。マネージャーの私はベンチで監督たちと試合の流れを確認したりドリンクやタオルの準備をしていた。すると足元にボールが転がってきたので、投げ返そうとボールに手を伸ばした。

「すみませーん」

そう聞こえてきた声はメンバーではなくて、相手校の人のものだった。その人はにこにことこちらに近づいてくる。

「どうぞ」

近づいてくる彼に投げる必要は無いので、そう言ってボールを差し出した。

「ありがとう。白鳥沢のマネさんだよね?」
「そうですけど」
「あのさ、俺」
「栞」

デジャヴだ。

「げ、牛島…」
「来い」
「うん。あ、すみません、また」

彼の返事を最後まで聞くことはなく私はまた引きずられていった。








試合後、片付けをしていると他校の選手に声をかけられた。

「あの、」
「はい?」
「栞」
「えっ」

問答無用で私を引きずっていく彼に、声をかけた人も唖然としていた。今日これで何度目だろう。
少し離れたところで掴まれた手を振りほどくと、彼が不思議そうにこちらを見ていた。

「栞」
「なに?」
「お前は警戒心が無さすぎる」

鋭い目付きでそう言った彼に自然と眉間にシワがよった。

「何の話?」
「他校の男から声をかけられていただろう」
「うん」
「それも複数」
「うん?」
「気をつけろ」
「……何に?さっきの人なんて話す前にわかが引き離したんじゃん」

むす、と膨れてそう言えば彼が眉を寄せた。あ、突然のことに“わか”と読んでしまった。普段、人がいる場所では“牛島くん”と呼ぶようにしているのに。

「よく知りもしない男と話す必要は無いだろう」
「まあないけど……何か困ってたのかもしれないし」
「そんな風には見えなかった。問題ない。分かったか」
「……うん、気をつければいいんでしょ」

こうして私が折れなければこのやり取りは永遠に続くだろう。

「本当に分かっ、」
「あ、ほら。呼ばれてるよ。いってらっしゃい」

そう言って背中を押せば、彼は不服そうな顔はしたが黙ってチームの元へと戻って行った。









選手たちは片付けやら他校の監督らの意見交換への参加やらで立て込んでいるようだが、私はマネの仕事が終わってしまったため、ロビーで時間を潰していた。
他校のマネの子と情報交換をしようとうろつく。けれどなかなか知り合いの子を見つけられず、どうしようか悩んでいると背後から声をかけられた。

「あれっ、栞ちゃんだ」
「…………及川くん、久しぶり」

満面の笑みで近づいてくる及川くんに嫌な予感しかしない。彼とは中学からの付き合いだが、“彼”をライバル視しているため、仲がいいとは言えない。だって、私は“彼”側なのだから。

「いやー、今日も白鳥沢(そっちは快勝だったみたいだね」
「まあ、おかげさまで」
「で?栞ちゃんは相変わらずウシワカちゃんのお世話してるの?」
「うん、相変わらずね」

にこり、と微笑み返せば及川くんは大袈裟に反応する。

「怖っ、可愛い顔なのに……」
「及川くんも、顔だけは、今日も素敵だね」
「それはどうも」

相変わらず調子のいい人だ。それにやっぱり、顔とスタイルは良い。でも、彼女はコロコロ変わると聞くし、ええと、こういうのなんて言うんだっけ。ああ、英雄色を好む、かな。

「栞ちゃんていつまで部活続けるの?」

そんなことを考えていると、及川くんが私の顔を覗き込むようにしてそう言った。

「いつまで、って?」
「インハイまで?」
「ううん」
「春高まで?」
「もちろん」

そう即答した私に驚いたのか、及川くんは目を丸くした。

「自分のことはいいの?」
「……自分のこと?」
「だって進学のこともあるでしょ?部活、そんなに続けてていいの?」
「私これでも学年トップ10に入るくらいには勉強できるよ」
「え!?栞ちゃんて頭いいの!?」
「……失礼だよ」
「白鳥沢にスポーツ推薦とかじゃなくて一般で入ってるから頭はいいだろうなとは思ってたけどさー」

頭の後ろに手を回してあまり興味がなさそうに、及川くんはそう言った。

「及川くんて、昔から私に突っかかるよね。牛島くんにもだけど」
「だって、幼馴染がずーっと一緒にいてサポートしてくれるなんてずるいじゃん!」
「?及川くんにもいるじゃん」
「は?」
「岩泉くん」

ぽかん、と何を言われたのか分からないような顔をして、すぐにキッと眉がつり上がった。

「岩ちゃんはかわいい女の子じゃないもん!」
「ふふ」
「……本当に、アイツが羨ましいよ」

そう言った及川くんを見つめる。羨ましいと思われているなんて、彼は思いもしないだろう。当の本人なんて、そんなものだ。

「まあでも、高校までだしね」

なんとなく、言いたいことは伝わったのだろう。なのに及川くんは敢えて聞いてきた。

「何が?」
「私が、牛島くんをサポートするの」

にこり、と笑顔を向けてそう言えば彼の目がみるみる丸くなった。元々大きな目なのに、器用な事だ。

「は?」
「え?」
「それ、本気で言ってるの?」
「うん」

だって、どんな未来を予想したって、卒業後の彼に、私は必要ないのだから。

「え〜嘘でしょ?あの栞ちゃんが、ウシワカからそんなにあっさり引き下がるとは思えないんだけど」

口を尖らせてぶーぶーとそう言った及川くんに苦笑した。

「牛島くんは、進学するにしろプロの道に進むにしろ、宮城(ここからは出ていくだろうし、私なんか比べ物にならないくらい優秀な人がサポートについてくれると思うよ」
「……へえ」
「……なに」

何かを見透かすような目でこちらを見る及川くんに眉をひそめた。

「いーや別にー?ウシワカ大好き栞ちゃんのことだから、ずーっとくっついていって、最後は押しかけ女房みたいな感じになるのかと思ってた。アイツもそれを受け入れそうだし」

果たしてそうだろうか。私が追いかけたところで、彼は立ち止まってはくれない。私なんて置き去りにして、どんどん先へ進んでしまうだろう。それこそ、本当に私の手が届かない場所まで。それを追いかけたとして、私には何が残る?

「……そこまで迂愚ではないよ」
「うぐ?」
「それが出来るメンタルがあれば、幸せだったかもね」

そう微笑めば、及川くんはなんとも言えない顔をした。別に、彼がそんな顔をする義理は無いのに。

「栞」

少し遠くから私の名前を呼ぶ声がした。

「ゲッ」

その声の主に、及川くんは顔を顰めた。タッタッと軽く走ってくる音がロビーに響いた。

「もう終わった?」
「ああ」
「じゃあ行こう。またね、及川くん」

及川くんが返事をする前に彼が口を開いた。

「さっきあれ程、」
「及川くんは知らない人じゃないよ」

む、と口を噤んだ彼を見て、私は及川くんに向き直った。

「ごめんね。じゃあね、及川くん」
「うん。栞ちゃん」
「うん?」
「頑張ってね」

笑顔でそう言った及川くんに、私も笑みを向けた。

「ありがと」


停頓な関係
「何を頑張るんだ?」
「……部活に決まってるでしょ」
prev | top | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -