朝のルーティーン


「わかくんは、おおきくなったらなにになるの?」
「……バレーのせんしゅ」
「わあ、わかくんのおとうさんとおんなじだね!」
「うん」
「わたしはねえ、――――」

そんな話をしていたのは、幼稚園の頃だろうか。ふ、と意識が急浮上する感覚がする。ピピピピ、と繰り返される無機質なアラーム音に、私は体を起こした。








「おはよーございまーす」

早朝の体育館には、既にボールの音が響いていた。

「おはようございますっ!」
「五色君、おはよ」

体育館に入ると直ぐに駆け寄ってきた五色君に挨拶をした。

「二、三年生は走りに行ってます!」
「うん、ありがとう」
「何か一年で手伝うことはありますか!」
「うーん、今朝はドリンクくらいしかないし大丈夫。練習頑張って」
「はい!!」

朝から元気な五色君の背中を見て、私はドリンクの準備には取り掛かった。








「栞」
「わ、牛島くん。おはよう。今日も一番だね」

ロードワークから戻ってきた彼にドリンクを渡した。

「ああ、でも少し走り足りない」
「そんなこと言って……、汗すごいよ?ほら、ちゃんと拭いて」

彼の首にかかっているタオルで首筋を伝う汗を拭った。

「ん、」
「これでよし」
「おっ、今日もやってるねー新婚さんごっこ!」

彼の後ろからひょっこりと顔を出した天童くんに眉間に皺を寄せてしまった。

「……天童くん、おはよう」
「あれ、俺のドリンクは?」
「あのカゴの中」

そう言って指させば、天童くんはため息をついた。

「はいはいセルフサービスなのね、わかってるよーん」

そう言って天童くんは、カゴに手を伸ばし自分のドリンクボトルを掴んだ。

「はよ、春原」
「うーっす」
「山形くん、瀬見くん、おはよう」

汗だくの二人を見て苦笑した。予備のタオルを渡し、汗を拭う二人を見る。
マネージャーをしている身でこんなことを思うのもあれだが、みんな本当によくやるよ。

「栞」
「なに?」
「ストレッチに付き合ってくれ」
「ストレッチ?……今日は白布くんとやって」

私がそう言えば少し離れたところでドリンクを飲んでいた白布くんがばっとこちらを向いた。

「白布と?」
「うん」

こちらを少しだけソワソワして見ている白布くんに笑顔を向けた。白布くんの方に向かっていく彼を見て、私はドリンクの入っていたカゴを片付けようと手を伸ばした。

「はあ、栞ちゃんって後輩のケアまで完璧だよね」
「そうでもないよ。牛島くんも私とするより白布くんとした方がちゃんと体伸ばせると思うし」
「ふーん」

天童くんとそんな会話をしながら、少し離れたところで悔しそうにストレッチしている二人を見ている五色君に声をかけた。

「明日は五色君の番ね」

そう伝えれば、ぱあ、と嬉しそうな顔を浮かべた。

「俺は牛島さんに負けないくらい強いですからね!当たり前です!」

と、よく分からないことを言って他の一年生とストレッチを始めた。

「ほら、やっぱり完璧じゃーん」

天童くんは、そう言ってドリンクを煽った。








「おつかれっしたー!」

体育館の端から聞こえてくる声にもうそんな時間かと片付けを始めた。朝練だからそこまで沢山片付けるものは無いのだけれど。

「栞」
「なあに?」
「着替えてくる」
「うん、ちゃんとドリンク飲んだ?」
「ああ」
「タオルは?」
「……」

キョロキョロと周囲を見回す彼にベンチを指さした。

「あそこにあるよ、忘れないでね」
「ああ」
「栞ちゃんて若利くんのお母さんみたいだよネー」
「? 栞は俺の母親ではない」
「そうだねー、私も産んだ覚えはないよー」

からかいたがる天童くんを軽くいなす。いつものことだ。

「なんかもう見慣れちゃったけど、本当に献身的だなと思って」
「みんなに、ね」
「えーそうかなー」
「そうだよ、ほらほら授業遅れたら困るでしょ、二人とも早く着替えて」
「はーい」
「ああ」
「三年が行かなきゃ下は行きづらいんだから」

腰に手を当て二人を部室に送り出す。私は朝は制服のままなのでこのまま教室に向かうのだ。

「白鳥沢の母だネ」
「……天童くん」
「はいはいもう行くよー」
「一、二年生も急いでね」
「「「はいっ!」」」


朝のルーティーン
「栞、腹が減った」
「もう……、はいプロテインバー」
「ん、助かる」
(((お母さんだ……)))
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