※みゆみゆ捏造してます
今日は待ちに待ったみゆみゆの握手会だ。今回もCDをたんまり無理のない範囲で買った。私の労働が推しに還元され、私は見返りに推しと接触できる。最高のシステム。
しかし私は、前回の握手会の衝撃が強過ぎたせいで、今日がすごく怖かった。
「次会う時は絶対覚えてるからね!」と名前を聞かれたことは昨日の事のように思い出せる。昨日というより数秒前くらいの感覚。
けどもしみゆみゆが忘れていたら?不安しかない。推しが覚えてくれるって言ったんだし私はそれを信じなくてどうする!
そう思ってパシン、と両手で頬を叩いた。
「おお、どうした」
若干引き気味でそう声をかけてきた宮地くんに、私は笑顔を向けた。
「あ、おはよう宮地くん」
「ああ、おはよ」
今日の握手会は宮地くんと一緒に行く約束をしていた。
「急に顔叩き始めたからビビった」
「あはは、気合い入れたくて」
今日は宮地くんと駅で待ち合わせをして、会場に行くことにしていた。何気に宮地くんと駅で待ち合わせるのは初だ。
「私、駅で男の人と待ち合わせるのって初めてなんだけど、宮地くん待ってる時にみゆみゆのサードシングルのサビ前っぽくない?って思ってさ!」
「え、」
「“駅で〜貴方を待つなんて〜いつ〜ものことなのに〜なんかドキドキしちゃ”…、……ご、ごめん…」
地雷を踏んだ。そう思った。
「なんで謝んだよ」
「歌ってて恥ずかしくなっちゃって、」
「いや俺はいいけど、ってそろそろ行こうぜ」
「そ、そうだね」
二人で会場の方へ足を向けた。
▽
「あんま意識したこと無かったけど、こうして見るとやっぱり女のファンって少ないんだな」
「そうでしょー。いつも寂しいんだよー!でも今日は宮地くんいるから寂しくないよ!」
「…おー」
「?」
なんだか反応がイマイチな宮地くんを見て首を傾げたが、多分宮地くんもみゆみゆに会うことで緊張してるんだろう。
会場内で握手券の束を握り締め、ぐっと意気込んだ。
「今日こそちゃんとみゆみゆと話す!」
「前回凄かったじゃねえか」
「あれは夢なんじゃないかって思ってる」
「ま、それも今日のみゆみゆの反応で決まるな」
「やめてよ…怖いよ……」
私は目の前にある宮地くんの服の袖をギュッと握った。
「っ、おま…っ」
「ねえ忘れられてたらどうしよう〜!!」
泣きそうになる私を見て宮地くんはため息をついた。
「はあ、大丈夫だって」
「うん……、宮地くん先並んで…」
「それはいいけど…」
しばらくして順番が来た。
「じゃあ行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
ゆるゆると手を振ると、宮地くんは衝立の向こうに消えていった。私は深呼吸をした。けれどソワソワしてることには変わりなくて、宮地くんの順番が終わるまで立ち尽くすしかない。
「次の方〜」
「は、はい!」
宮地くんの番が終わったんだ。私は衝立の向こうに足を進めた。
「こ、こんにちは…」
みゆみゆの方を見れない。足元に視線を固定して挨拶だけした。泣きそうになる。推しが目の前にいるのに。
「あっ、栞ちゃんだ〜!こんにちは!」
「………は、」
推しが、私の名前を呼んだ。顔を上げればそこには笑顔のみゆみゆがいた。
「お、覚えてくれて……」
「当たり前だよ〜!ほらほら、こっち来て」
みゆみゆの言葉に従い長机の向こうにいるみゆみゆに近づいた。
「はい、握手しよ?」
無言で手を差し出せばみゆみゆにギュッと手を握られた。なんだこれは。泣く。私泣いちゃう。
「うえぇ…みゆみゆだ〜」
「えー!なんで泣くの!」
ほらほら笑ってー、と微笑むみゆみゆを涙ながらに目に焼きつける。それに繋がれてる手もサラサラだ。死ぬまで洗わない。いや、死んでも洗わない。
「あっ、前の男の人、栞ちゃんの彼氏さん?」
「…………へっ?」
前の彼、って宮地くんのこと?
「彼ね、次の女の子みゆみゆ知ってると思うけどすごく楽しみにしてるからって」
「宮地くんが……」
「うん!とっても素敵な彼氏だね!」
「あ、え、彼氏、ではなくて…!」
「あれ?そうなの?」
「みゆみゆがきっかけで仲良くなったんです」
「えーそうなの!?嬉しい!!」
その後新作CMの話をしていたが、そろそろお時間です、というスタッフさんの声にみゆみゆが頷いた。
「栞ちゃんいつもありがとね。また会おうね!」
「は、はひ……」
スタッフの人に肩を掴まれながら私はズルズルとその場を後にした。私の顔面は涙でぐしゃぐしゃだ。私をみゆみゆから剥がしたスタッフさんも苦笑していた。
我が生涯に一遍の悔いなし。
みゆみゆしか勝たん。
キツキツに詰め込んだバイトも、何店舗も回って詰んだCDも、今日までの全ての労力が報われた気がした。正直テスト期間と稼ぎ時が重なった時は死ぬかと思ったけどなんとなるもんだったな、と走馬灯のように思い出していた。
そのまま出口へ向かうと宮地くんが待っていてくれた。
「おお、春原どうだった、……ってお前…」
私の顔を見て宮地くんが苦笑した。
「みやじく、……うえぇ……」
「お、おい、泣くなって」
「だってぇ……」
服の袖で目を擦った私の手を宮地くんが掴んだ。
「ほら擦んな」
そう言って宮地くんが自分の服の袖を私の目元に優しく押し付けた。
「だめ、メイク付いちゃうから…」
「じゃあとりあえずトイレ行ってこい」
「うん……、ありがと」
私は御手洗に行き、少しでもぐしょぐしょの顔をどうにかしようと化粧を直した。トイレから出て宮地くんの元に向かった。
「ごめん、お待たせ」
「とりあえず外のベンチ行くか」
「うん」
外のベンチに座ると、宮地くんが何かを差し出した。
「ほら、これ飲め」
「あ、ありがとう」
差し出されたココアを開けると、ほわっと甘い匂いがした。ごくり、と飲むと口の中にまったりと甘みが広がった。
「落ち着いたか」
「…うん、ありがと」
「どうだった?」
「……私、みゆみゆが好きなんだなーって再確認した」
ほわほわした表情の私を見て、宮地くんは安心したようだった。
「その様子だと、覚えててくれたみたいだな」
「うん。栞ちゃんって呼んでくれた」
「やっぱすげーな」
「うん……。あと、宮地くんありがとね」
「あ?」
「みゆみゆに言ってくれたんでしょ?」
「え、」
「みゆみゆがそう言ってたの」
「いや、あ、言ったけど、お前の名前とかは言ってないからな!本当に、」
「うん、わかってる。ありがとう」
宮地くんだって限られて時間の中でみゆみゆと最大限のコミュニケーションをしたかっただろうにたとえ数秒だろうと私の為に使わせてしまった。すごく、いい人だ。
「……みゆみゆ、いい匂いしたな」
「うん!手もふわふわだった」
「ああ」
「私たち、幸せだね」
「…そうだな」
きっと宮地くんみたいな人と結婚したらこんな風に二人でふわふわしながら縁側でお茶を飲む、みたいな老後が過ごせるのかな。…と考えて、そのおこがましすぎる妄想を消し去った。
「早くライブ行きたいね!」
「まずはチケット当てねえと」
「だねえ…徳積まないとね……」
「一日一善始めるか」
推しって、すごい
「あ、私、もう手を洗わないって決めたの」
「気持ちはわかるけど洗ってくれ」