アイドルより君が、



「あ!宮地くん!」

購買に向かう途中、見えた背中に声をかけた。

「春原、どうかしたか?」
「昨日発売された週刊誌のみゆみゆどう思った?」
「どう?グラビアの水着のやつか?」
「そう!すごーーーくえっちだったよね!?」
「おまっ、大きな声を出すな!」
「あ、ごめん」

隣にいた大坪くんが笑いをこらえているのが見える。大坪くんは陰キャの私が話せる数少ない陽キャの内の一人だ。1年生の時同じ委員会になってから挨拶をする程度には接点があり、宮地くんと話すようになってからその頻度は増えていた。
でも、興奮して伝えてしまうほどにみゆみゆの最新グラビアは最高だった。いつもはフリフリで女の子らしい色の水着を着せられがちだが、最新のものは違った。シックでシンプルなデザインの白のビキニで胸元は左右のカップがゴールドのリングで繋がれていて本当にエッチだった。いつもは抑えられていた色気がすごかった。お尻の布の面積も少なめでキュッと上がったお尻がエッチだった。もうエッチだったとしか言えない。語彙力なんて吹っ飛んだ。

「あんま女がそういうこと言うな」
「でも谷間のところのゴールドのリングの影が、うぐっ」
「黙ってろ」

宮地くんに手で口を塞がれた。なんかいい匂いする。でも塞がれたせいで呼吸が限界だ。

「おい宮地、春原が苦しがってる」
「あ、わりぃ」

新鮮な酸素が体に取り込まれる。大気と大坪くんに感謝だ。

「ぷはっ、大坪くんありがとう」
「いや。そう言えば、最近宮地と仲良いんだって?」
「おい」

宮地くんの眉間に皺が寄った。その反応と、「宮地くんと仲がいい」そう他者に思われている事実に私の顔はサアっと青くなった。

「いやいや、そんな滅相もない……!」
「「え」」

顔の前で手をブンブンと振ると二人が目を見開いた。

「春原、それはどう言う……?」
「あ、えっと、宮地くんには大変お世話になっていると言いますか、仲がいいなんて烏滸がましいと言いますか!」
「…やけに謙虚だな」

少し悩んでそう言った大坪くんに私はまた慌てて口を開いた。身分不相応なのはわかってるから。

「本来私みたいなのが、キングオブ陽キャの宮地くんとお話し出来てるだけでも奇跡……!」

そう言って拝むように目の前で手を合わせればその手をパシリと宮地くんに軽くはたかれた。なんで。

「その割にラフに話してくるけどな」
「いや、同担としては対等でいたいと言いますか」

そう言えば宮地くんは苦笑した。

「本当に根っからのオタク気質だよな」
「否定はしません」

隣で聞いていた大坪くんが顎に手を当てながら私の方を見た。

「でも宮地がこんな風に女子と話してるのは珍しいよな」
「えっ」

私は目を見開き思わず宮地くんをまじまじと見つめてしまった。

「……なんだよ」
「だって、宮地くん女の子に囲まれてるから……」

女子と話してるのが珍しい…?確かに積極的に女の子に話しかけている宮地くんは見たことがないけれど、部活の試合では女の子たちに囲まれていたし、大坪くんの勘違いに違いない。

「お前今まで俺の何を見てきたんだよ」
「だって、だって、……試合見に行った時とかファンの子?とか凄かったし」
「俺女友達多くねえから」

真っ直ぐと私の目を見てそう言った宮地くんにどき、っとした。これだからイケメンは。

「……嘘乙」
「そういう時だけオタクぶんな。それに嘘じゃねえから」
「いやその顔面で言われてもなんの説得力もないよ」
「顔面言うな」

コツンとデコピンをされる。

「いたっ!…もう、顔が良くてオタクなんて一番得なんだからいいじゃん!加えてスタイル良くて、スポーツも出来て、勉強も出来て、努力家で、優しくて」

指を折って数えていると、その手をガシッと掴まれた。せっかく数えていたのに分からなくなってしまった。すぐに私から手を離した宮地くんを見れば、目を合わせてくれなかった。

「あー、せっかく数えてたのに…」
「宮地、高評価で良かったな」

大坪くんが揶揄うようにそう言えば宮地くんは少しムスッとした顔をして口を開いた。

「うるさい。春原だって顔は良いだろ」

思わず面食らってしまった。今っ宮地くんはなんて言った…?顔はいい…?開いた口を閉じれずにいる私に宮地くんが訝しげな顔をした。

「……なんだよ」
「み、宮地くんって……B専なの?」

宮地くんはみるみる目を大きく開き、大坪くんは何かに耐えきれないように肩を震わせた。

「はァ!?」
「あれだよね?可愛い子が周りにいすぎて一周しちゃったタイプ……」
「ブハッ」
「おい大坪今すぐその口を閉じろ」
「いやだって……ブフッ」
「ほら、大坪くんも呆れて笑っちゃってるじゃん」

きっと大坪くんは宮地くんのB専としての行く末を案じ、私のことを褒めた宮地くんに呆れて笑ってしまったに違いない。

「いや笑って悪い、けど俺も春原は美人だと思うぞ」
「…………ビジン……?」
「おい大坪」
「いや、お世辞抜きに」

陽キャの優しさが胸に刺さった。こう言う人たちは他人を褒めることに慣れているらしい。尊敬する。

「陽キャって優しいよね……なんか、気を遣わせてごめん」

顔を手で覆ってそう言えば宮地くんがため息をついた。うまく返す返事も陰キャには思い付かないんだよ、許して。

「……宮地の苦労が伺えるな」
「うるせ」

宮地くんが苦労。私と関わる上で何か困らせているのだろうか。

「私やっぱり宮地くんになにか迷惑を掛けてるんじゃ、」
「そんなんじゃねえ」
「ああ、春原は気にしなくていい」

こっちの話だから、とやさしく微笑む大坪くんが眩しい。これ以上陽キャの直射日光を浴びているとどうにかなりそうだ。

「……うん、わかった。私そろそろ行くね。あ!ちなみに来週のグラビアはチャイナ服らしいよ!」

じゃあね、と立ち去った栞に宮地はため息をつき、大坪は苦笑した。

「……んだよ」
「いや、春原ってお前より強いオタクだなと思って」
「そうだな」
「あと、お前の気持ちには欠片も気付いていないようだな」
「……そうだな」

腕を組んでいる宮地に大坪は少し意地が悪そうに口を開いた。

「この間試合を見に来ていたからな何か進展したのかと思っていたんだが」
「……」

何も言うつもりはない、という宮地の頑ななオーラに大坪は意外そうな顔をした。

「宮地も春原の前では形無しなんだな」

少し悩んで宮地は口を開いた。

「……何とかしようとは思ってる」
「へえ」
「でもタイミングがわかんねえ」
「お前らアイドルの話しかしてないもんなあ」
「否定できねえ」

少し嬉しそうにそう言った宮地に大坪は少し驚いた。進展はせずとも宮地は今の関係を楽しんでいるようだった。

「そう言えばどうして試合を見に来ることになったんだ?」

先日、部活を見に来ていた栞の姿が大坪の頭に浮かんだ。応援席の端で肩身が狭そうに試合を見ていたのは記憶に新しい。

「あ?それは春原がうちに来た時に、」
「……は!?」

ぐわっと目を見開いた大坪に、宮地は一歩退いた。

「なんだよ」
「え?宮地の家に?」
「ああ」
「春原が?」
「ああ」

こいつがこんな慌てた顔をするのは珍しい、と宮地が思っていると、大坪は左手を額に当て、右の手のひらを宮地の前に突き出した。

「……宮地、一旦落ち着こう」
「お前がな」
「…お前、春原を家に誘ったのか?」
「ああ」
「で、春原が家に来たと?」
「ああ」

大坪は真顔で宮地に迫った。

「何をしたんだ?」
「は?」
「宮地の、家で、春原と、何を、したんだ」

ぐいぐいと距離を詰めてくる大坪に、宮地は堪らず手が前に出て大坪の肩を押し返した。

「なんだよ、近ェって!」
「今すぐ言うんだ宮地」

少し言いにくそうに視線を外した宮地に、大坪は目を見開いた。

「お前、まさか、」
「…………を見た」
「え?」
「みゆみゆのライブをうちのテレビで見た」
「………」
「お前が考えているようなことは一切起きてねえ」

二人の間に沈黙が訪れた。

「なんか、……悪かったな」
「うるせえ!」

もうほっとけ!と声を荒げた宮地に大坪は眉を下げた。

「春原みたいなタイプははっきり言わないと伝わらないんじゃないか?」
「……そんなことはわかってる」

わかってんだよ、と宮地は小さく呟いた。


アイドルより君が、
そんな風に言えたなら

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