進みたい、進みたくない


控えめに言っても、最高だった。私はあの瞬間、天国にいた。

宮地くんが当ててくれたライブのチケットは、最前とまではいかないものの前方の座席でなんと花道の真横だった。無理。当日までなかなか席を教えてくれない宮地くんにヤキモキしていたが、全然許す。見たことのないくらいのドヤ顔だったけど全然いいよ。本当にありがとう宮地くん。
花道を推しが通るたびに歓喜し、しかもなんと私たちの列の真隣でみゆみゆが立ち止まり踊ったのだ。そう、私の目の前で。その瞬間私とみゆみゆの間には誰にもいなくて、ライブモードで少しかっこいいキラキラのみゆみゆが目の前にいた。多分、あれはほぼ現実の夢。だってあんな距離でアイドル全開のみゆみゆが見れるなんて。
それもこの席を当ててくれて、しかも通路側の席を譲ってくれた宮地くんのおかげだ。もう宮地くんなんて呼んじゃいけないかもしれない。宮地様。宮地大明神。宮地大権現。
ライブが終わった後も私はその場に立ち尽くしていて、退場のアナウンスを他人事のように聞いていた。宮地くんはそんな私を見て、自分のリュックを背負い私のカバンを右手に持ち左手で私の手首を掴んで会場から引っ張り出してくれた。





「ほら、そろそろ正気を取り戻せ」

ぺち、と叩かれたおでこの痛みで夢心地だった意識もゆっくりと現実に引き戻された。

「……宮地くん」
「ん?」
「みゆみゆ、可愛かったね」
「ああ」
「私、一生宮地くんに足向けて寝れない……」
「そこまでじゃ、……でも確かに神席だったな。流石に自分の運にビビったわ」
「みゆみ゛ゆ゛、よ゛がっだね゛え゛……」
「おい泣くなって」
「だって、アリーナってだけでもすごいのに…あんなに前の席で…花道の横で……」

もういいから、と宮地くんは私の首にかかっているタオルで私の目元を拭った。

「泣きやめって。俺が泣かせてると思われるだろ」

そう苦笑する宮地くんに私も少し笑ってしまった。確かに傍から見たら男女の修羅場にも見られかねない。

「ごめん、ありがと」

私は宮地くんから自分の荷物を受け取ると、宮地くんの一歩前に出た。

「今日宮地くんと一緒に参戦できて、連番できたし楽しかった!こうやって幸せな時間共有できる人が現れるなんて思ってなかったから本当に感謝してます!」

敬礼しながらそう言った私を見て、宮地くんは何故か黙ってしまった。いつもなら吹き出して頭小突いたりするのに。

「…宮地くん?」
「あー…悪い、何でもない」
「ほんと?大丈夫?」
「ああ、とりあえずアフター行こうぜ」

宮地くんのその言葉に私は目を輝かせた。

「私アフターって初めてだよ…感動してる……」
「そんなにか?」

苦笑する宮地くんを横目で見ながら思案する。

「駅前のファミレスだと混んでそうだよね…どうするー?」
「お前の最寄りのとこにしようぜ」

宮地くんのその言葉に思わず立ち止まった。

「え?いいの?宮地くん帰り道逆だよ?宮地くんの最寄り駅なら私定期使えるしそっちで、」

いいよ、と言おうとして気づいてしまった。宮地くんの最寄駅は学校に近い。つまり宮地くんの知り合いに会う可能性も高いと言うことだ。この時間だと部活帰りにファミレスに寄る人も多いだろう。宮地くんは休みの日にまで私といるなんて、誰にも見られたくないのかもしれない。私の最寄駅ならば学区が違うから宮地くんの知り合いに出くわすリスクはほぼない。
急に口を閉ざして固まった私に、宮地くんは特に不審に思うこともないようで駅に向かって歩き出した。

「いや、帰る頃には暗くなるし、送ってくからお前の最寄りな」

当たり前のようにそう言った宮地くんの目をじっと見る。

「どうした?」
「……優しすぎてびっくりした」
「何だそれ」

理由なんて、場所なんて、どこでもいい。みゆみゆのことで楽しさを共有できるのならなんだっていい。そう自分に落とし込んで宮地くんの横に並んだ。
















ファミレスに着いてからの私たちはドリンクバーという最強の相棒と共に、ひたすら今日のライブについて語り合った。
いつもだったらライブの後はその熱を持ったまま一人家に帰り、燻った気持ちをどこにもぶつけられず悶々としていた。でも今日はそれを全て宮地くんにぶつけられる。

「最初の曲の間奏のとこ、アレンジすごく良かったよね!?あそこダンス激しいのに、衣装のヒール高めでソワソワしたけど完璧だった〜!」
「そうだな」

ドリンクの氷をストローでカラカラと回しながら宮地くんが返事をした。

「今回はMCで結構喋ってたよね!」
「ああ」
「新曲のとこのサビがさ、」
「ああ」

気づいたんだけど、宮地くんグラスを見ながら「ああ」しか言ってない気がする。

「………宮地くん?」
「ああ」
「さっきからああしか言ってないけど」
「ああ」
「話聞いてる?」
「ああ」
「……宮地くんってイケメンだよねー?」
「ああ」

どうしたんだこの人は。実は私よりライブの余韻を引きずってしまっているのだろうか。

「宮地くん」
「ああ」
「ねえ、宮地くん」
「ああ」

ちょっと心配になるんだけど。氷をカラカラとかき回す手をつん、とつついた。

「……ん?」

ふとこちらを向いた顔がイケメンすぎてビックリしたけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「私今、宮地くんってイケメンだよね、って言ったんだけど」
「は?」

ちょっとキレ気味なの怖いからやめて欲しい。

「……宮地くん、ああ、って返事してたよ」
「え?」
「宮地くん実は私より放心状態だったりする?」
「…いや、」
「宮地くん、あんまり顔に出さないからわかんないよ〜」
「……ぼーっとしただけだ」

そう言ってストローを口にくわえる宮地くんだが、さっきよりはちゃんとしてるみたいだ。

「大丈夫ならいいけど…ちょっと心ここに在らずって感じだよ?」
「昨日も普通に部活だったし疲れてんのかもな」

そうだった。この人はバリバリスポーツをしている人だった。前も部活後に握手会とか来てたし大変なんだろうな。

「ごめん、気が利かなくて……もう帰る?」
「いや、もう少し話そうぜ。そうだな、MCの後の演出でさ、」

その後の宮地くんはいつも通りで、いつものようにみゆみゆのことを熱く語っていた。宮地くんもかなり細かくみゆみゆを見ていたのだろう。お互い引くぐらい細かくみゆみゆのことを語り合い、それはそれは充実した時間だった。

「あ、宮地くん。そろそろ帰らないと、宮地くん時間やばいかも」

高校生というものはあまり夜遅くまで歩き回っていると補導されてしまう。宮地くんは部活をしている人だし、絶対によくないだろう。

「そうだな、もう帰るか」

ドリンクバーでタプタプのお腹をさすりながら店を出た。ファミレスから駅まではすぐだからそこまで宮地くんを送ろうと口を開いた。

「駅まで着いてくよ」
「いや、お前の家まで送る」

そう言った宮地くんに驚いて思わず立ち止まった。

「え?いやいや、大丈夫だよ、すぐだし」
「何かあったら俺が嫌だから」

え?これ何?乙女ゲー?夢小説???
そう思ったら思わず口から出ていたようで宮地くんに小突かれた。

「いたっ」
「くだらないこと言うな」
「ごめん、じゃあお言葉に甘えて……お願いします」

私が先導して家まで歩くが、いつもより宮地くんの口数が少ない気がする。気まずい訳でもないけれど、何だかちょっと居心地が悪くて何となく口を開いてみた。こういう時には世間話が一番。多分。

「宮地くんってさ、」
「あ?」
「ずっと気になってたんだけど、本当に彼女いないの?」
「……は?」
「だってモテるじゃん。前もいないって言ってたけど、どうしてかなって。あ、いないって言うより作らない、って感じ?」

多分、高校生の世間話でいちばん無難なところを突いたと思う。まあ私は語る恋バナなんてないので、宮地くんに言わせることになるんだけども。
すると、宮地くんが急に立ち止まった。

「……何で」
「え?みゆみゆのためとは言え私とこうして遊ぶ時間とか作ってもらってるし、宮地くんの時間を圧迫してたらやだなって思って…」
「いや今更だろ」
「まあコラボカフェ行ったり、こうしてライブ行ったりしてるから確かに今更かもだけど…」

でも部活に勉強にと弛まぬ努力を続けている彼の邪魔にはなりたくないと言うのは事実だ。

「いたらどうすんだ」
「ええ…、うーん。宮地くんに彼女ができたって聞いたらそこから二人で遊ぶのはナシかなあ。だって私が彼女さんの立場だったらやだもん。あ、宮地くんの彼女さんがみゆみゆ推しならワンチャン三人で、」
「お前はそれでいいのかよ」

私は宮地くんという同担がいるという事実で結構満足してるし、宮地くんの恋路は応援したい。

「宮地くんの恋を全力で応援するよ!」

そう言いながら少しだけ心臓がチクッとしたのは無視した。だって、私みたいなオタクじゃどう頑張ったって、ね。
すると私の言葉を聞いた宮地くんは何故か私の手首を掴んだ。

「え、なに、」
「俺は、お前と二人でいいんだけど」

私の目を見てそう言った宮地くんに、私は動揺を隠しきれないまま口を開いた。

「おーっと…?どうしたの?今日のライブで気が動転した?」

そう言って笑いながら聞き返せば、宮地くんは手を離してこちらに向き合った。

「わかってんのかと思ってたけど、本当にわかってねえんだな」
「え、」



「好きだ」



宮地くんは真っ直ぐに私を見ていて、怖いくらいだ。
イケメンの口から出る「好き」という言葉は破壊力がすごいなと他人事のように思いながらも、宮地くんから目が離せなかった。

「春原が彼女になってくれれば解決すんだけど」

待って。待って欲しい。だってそんなの、あるわけないのに。

「えっと、その、宮地くんが好きなのはみゆみゆで、」
「そういうことじゃないの、わかるだろ」

宮地くんが私のことを好きになるなんてありえない、のに。

「あの、えっと………」

少し遅れてこれが現実なんだと理解してきた。だって目の前にいる宮地くんは消えないし、ほんの少し顔が赤い。
彼の気持ちは本当に嬉しい。でも、でもさ。

「ゆっくりでいいから」

こういう時も優しいんだ、この人は。

「……あのさ、冗談、とかではなく?」
「俺がこんな冗談言うタイプだと思うか?」
「……思わない」

思わない、けど。そんな、夢みたいなこと、自分の身に起こるなんて思わないじゃないか。

「そんなに驚くと思ってなかった」
「ええ!?驚くよ!」
「俺、かなりわかりやすかったと思うんだけど」
「そう、なの?……私そういうのに慣れてないし、宮地くん優しいし、」
「お前にだけな」

色々限界が来てる。私と宮地くんが交際する未来なんて想像できない。彼と私がこうして交わるのはみゆみゆが好きという共通点だけなのだから。

「ちゃんと、答えるね」
「ああ、」
「私は、宮地くんとこうして一緒にオタクしてるのすごく楽しいし、幸せだなって思うし、宮地くんのことは、好き、だけど…」

もちろん宮地くんのことは好きだ。幸せな時間を共有させてくれる人だからだ。その関係は、今が一番だと私は思う。

「私は、“友達として“の好き、で……。付き合うとか、そう言うのはちょっと違うんじゃないかなって、思ってて」

宮地くんは黙って私の話を聞いてくれている。

「だから、私はこのままがいい、です」

だって、恋人になったらそこには“終わり”があるかもしれない。ただ“同担”でいた方が長く続く関係だと思う。私は宮地くんとの関係を、一秒でも長く続けられる最善策を選択したい。拗らせた考えかもしれないけど、私の最適解は多分これだ。
宮地くんの目を見るといつも通りの表情で、私は黙って宮地くんの返事を待つしかなかった。宮地くんは少し考えて、口を開いた。

「……そうか」

少しだけ眉を下げてそう言った宮地くんに心が痛む。私はこの罪悪感を少しでも無くしたくて口を開いた。

「えっと、宮地くんがそういう風に思ってくれていたことは純粋に嬉しいよ。でも、えっと、」
「なんか悪い」

謝って欲しいわけじゃないのに。

「私こそごめんなさい」
「いや、お前は謝んなくていいんだよ。春原からしたら気まずくなるかもしれねえけど、俺はこれからも同担として仲良くしてほしい」
「それはもちろんだよ!」
「じゃあ、今まで通りで」
「うん!」

その後家まで送ってくれた宮地くんを見送って、私は家の中に入った。


進みたい、進みたくない
私は自分のこの選択をずっと疑うことになる

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