07.虚構への祝福 「栞!」 朝、隊舎に向かって歩いていると正面から名前を呼ばれた。 「あ、乱菊さん。おはようございま…」 「私聞いてないわよ!」 「え?」 「アンタ、平子隊長と付き合ってるんだって!?」 「え?……ああ、はい」 「はいじゃないわよ!なんで私に言わないのよ!」 「えっと、付き合い始めたの本当つい最近で…」 逆にどうして知ってるんですか、と聞くと鼻息荒く自慢げに喋り始めた。 「さっき平子隊長に出くわしてね!その時に言われたの!」 「平子隊長が…」 私たちはあの告白の夜以来会っていない。というかまだ翌日の朝だ。このタイミングで言いふらすなんて中学生かよ、と思いながら乱菊さんに笑顔を作る。 「昨日の夜、告白されたんです」 「アンタたち、飲み会で結構一緒になること多かったけど、そんな雰囲気なかったじゃない!」 それは乱菊さんが飲みすぎて記憶が無いだけでは...と思いながらも口を噤んだ。 「いやー!めでたいわね!また今度飲みに行きましょ!アンタが平子隊長のどこを好きかとか聞きたいし〜?」 「もう、からかわないでくださいよ…」 「いいじゃない、減るもんでもあるまいし!その幸せ、私に少しくらい分けなさいよ〜」 「……乱菊さん、時間、大丈夫なんですか」 「話を逸らそうったって…って、やばい!また隊長に叱られちゃう〜!」 じゃあね、と風のように消えていった乱菊さんの背中を見つめながら私は溜息を吐いた。 まさか“対象”が、私たちの関係をこんなに早く公にするとは思っていなかった。どうしてこのタイミングなのだろうか。もしすぐに分かれることになったら恥ずかしいのは彼だ。彼が面倒な女に絡まれていたら、矢面に立つのは私になる。それに、広範囲に関係が知られれば、任務が終わった後、別れてからが面倒だ。でもまあ、任務に支障はないしいいか、と隊舎に向けてまた歩き出した。 「春原さん!」 「…お疲れ様です、雛森副隊長」 お昼前から雨が降ってきたので、お弁当ではなく食堂で食べようと財布片手にトレイを持った瞬間、雛森副隊長に話しかけられた。嫌な予感しかしない。 「お疲れ様!今日は食堂なんだね?」 珍しいなあと思って、という彼女は相変わらず可愛い。 「雨が降ってきてしまったので、今日はここで食べようかと思って」 「そうなんだ。春原さん一人?一緒に食べてもいいかな?」 「はい、勿論です」 根掘り葉掘り聞かれるのか、と思いながらも私はきつねうどんを注文し、すぐに出てきたそれをトレイに乗せた。お惣菜コーナーに向かい、ほうれん草のおひたしの小鉢を取り会計に向かう。雛森副隊長も私の後ろに並んだ。会計が私の順番になると、雛森副隊長が後ろから声をかけた。 「二人分、まとめてお願いします」 会計の人がはーい、と気の抜けた返事をした。 「えっ、いや、自分で払いますって」 「いいのいいの、奢らせて?」 「いやでも私雛森副隊長に奢ってもらう理由が…」 「それがあるんだなー」 会計を済ませながらそんな会話をする。無理にでも払おうとするからそのままありがたく奢ってもらうことにした。変に借りを作ってしまったけど、多分それが狙いだろう。見返りに何をすればいいのだろうか。 「あ、あそこ空いてるね」 「雛森副隊長先に座っててください、私お水持っていきますね」 「うん、ありがとう」 水を入れたコップを二杯トレイに乗せ、雛森副隊長のいるテーブルへと向かった。よくよく考えたら、他隊の副隊長と一緒にお昼を食べるのっていいのだろうか。自隊の副隊長ともお昼なんて食べたことないのに。 「あの、雛森副隊長」 「ん?なあに?」 「えっと…、あ、お水どうぞ」 「ありがとう」 雛森副隊長に水を差し出し、一応対面の席に座る。 「あの、私みたいな者が他隊の副隊長と一緒にご飯を食べて良いものなのでしょうか…」 「え?」 「いや、五番隊の中には副隊長のお話を聞きたくても聞けない方もいるでしょうし…」 「あはは、いいのいいの。気にしないで」 「でも……」 「それに今回は私が誘ったんだし…断りにくかったんじゃない?」 「いえ!そんなことは…」 「ふふ、今日は春原さんに聞きたいことがあってね」 「はい、何でしょう?」 「平子隊長のことなんだけど…」 「平子、隊長ですか…?」 やっぱり、と思っても口に出すことは出来ない。 「今日、平子隊長に聞いたの。春原さんと付き合うことになった、って!」 「は、はあ」 「えっ?あれ?違うの?」 「いえ、お付き合いさせていただいてはいますが…」 「煮え切らない言い方だねえ」 「えっと、昨日の夜から、なので」 「ふふ、そうだよねえ。周りに言うの少し早すぎだよね」 「やっぱりそう思いますよね…」 「でもちゃんと、隊長には理由があったんだよ」 「理由…?」 「あっ、これ言っちゃいけないやつかな」 くすくすと笑いながら彼女は話してくれた。 「昨日からだなんて、私に言うの早すぎませんか?って聞いたら、なるべく早く周りに言いふらせって言ったの。どうしてですかって聞いたら、これでアイツに手を出す奴が減るやろって。愛されてるねえ」 「…平子隊長がそんなことを」 「うん。だって春原さんモテるでしょう?」 「いえ、そんな…」 「謙遜しなくてもいいのにー」 いろいろ噂聞いてるよ?という彼女はただのゴシップ好きの女の子のようだ。確かにこのキャラクターを演じていると、寄ってくる男性も少なくない。ただ、乱菊さんのように大々的なモテキャラではない。それに、今まで告白されてもすべて丁重にお断りをしていた。恨まれたり、変に記憶に残らないよう当たり障りなく。 「朝から五番隊はちょっとした騒ぎだったよ。平子隊長に恋人が出来て、しかもそれがあの春原ちゃんだなんて、ってね」 「え、五番隊の皆さんご存知なんですか」 「うん、多分今日中には瀞霊廷内に広がるんじゃない?」 乱菊さんに知られた時点で諦めてはいたが、これは予想してなかった。逆に動きにくいことにならなければ問題は無いが。 「でも改めて言わせて!」 「え?」 「春原ちゃん、おめでとう。隊長のことよろしくね」 「あ、ありがとうございます」 私のその返事を聞いて雛森副隊長は味噌汁に手を伸ばした。私は彼女に笑顔を向けていた。幸せそうだね、という彼女に他の表情は見せられない。 おめでとう、と言われた時何がめでたいのか一瞬理解出来なかった。そうだ、私は彼の恋人になったのだ。心の底から愛しているふりをして。 虚構への祝福 揺れる感情もない ×
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