08.ランデヴー・ランデヴー

「おう、待ったか?」
「いえ、私も今来たところですよ」

今日はデートだ。往来の多いところで待ち合わせをしていた。瀞霊廷内でも店が立ち並び賑やかな場所だ。

「なんや可愛らしいモン着てるやん」
「えっ?ああ、この着物ですか?ふふ、今日のために新調したんです」
「…今日のためって、それ、アカンやろ…」

少し顔を赤くする平子隊長に、少し違和感を抱いた。あんなにモテていた人がこんなにもウブな反応をするだろうか。それにこの“デート”ももう三度目になる。その間、全くと言っていいほど手を出してこない。買い物したり食事をしたりする間、隣にいても手も握らないし私に触れることもない。隣にいるだけ。告白された時に抱きしめてもらって以来、触れていない。
流石に私も怪しんできた。彼はこの計画を知っていて茶番に付き合っているのではないだろうか。それとも砕蜂隊長からの極秘試験だったりするのでは、と笑顔の裏で思考を巡らす。

「ほな、行こか」
「は、はい」

考え事をしていたせいか、声が揺らいだ。平子隊長を見るとなんとも言えない顔をしている。

「そないに緊張せんでも、とって食ったりせえへん」
「あはは、そんなに緊張してるように見えますか?」
「緊張いうか、よく考え事してるなァ思て」

ビクリ、と少しだけ肩が動いてしまった。

「なんや図星か?」
「え、っと」
「その考え事、俺のことやったらええなあ思うててん」
「え?」

少しだけ目線を外してそう言う平子隊長の意図が汲めない。

「俺、お前に嫌われたないねん」
「は、はあ……」
「せやから手を繋ぐのもタイミングわからんようなって、考えてる内にどんどん時間だけ過ぎてくやろ」
「……」
「…なんか言ってくれ」

嫌われたくない、という言葉を一瞬文字通りに受け取ってしまい心臓が締まった。

「…嫌わないですよ、だってお付き合いしてるんですし。こうやってお休みの日も誘ってもらえるの嬉しいです」
「ほんまか?」
「嘘ついてどうするんですか」

クスクスと笑う私を見て、平子隊長の手が空をつかむかのように不自然に動いた。

「せやったら手ェつないでええか?」
「はい、勿論です」

私が右手を差し出すと、彼の左手がゆっくりと絡んだ。指と指が触れる。

「ふふ」
「な、なんやねん」
「いや、平子隊長でも恋人繋ぎするんだなあって」
「…俺のこと何や思てんねん」
「んー、すっごく大人な人かと思ってました」
「はっ、なんやねんそれ」

そう彼は笑って私の手を引き歩き出した。デート自体は普通に楽しくて、ただ繋がれている手に時々意識を持っていかれる。平子隊長の案内で小洒落た小料理屋に入った。個室に案内され、掘りごたつに足を入れた。

「あの、隊長…」
「ん?なんや」
「ここ、すっごく高い店じゃないですか…私払えません…」
「アホ。俺がお前に金出させたことあるか?」
「いや、なんですけど、でも」
「ここそんな老舗の割烹とかやないし安心せえ」

ほら、食うもん選ばんかい、と差し出されたお品書きを開いた。メニューこそ特にこれといって目立つようなものはないが、恐ろしいことが一点ある。

「あの、隊長…」
「なんや、まだなんかあるんか」
「このお品書き、」
「品書き?」
「値段が書いてないんですけど…」
「はあ、せやから好きなもん頼みィ」
「じゃ、じゃあ隊長は何が食べたいですか!」
「お前が食いたいモン」
「……意地悪ですね」
「そないに遠慮せんでええねん。お前食わすのには困らん程度には給料貰てんねん」

悩んでいる私に埒が明かないと思ったのか、テーブルの上にある呼び鈴をちりりと鳴らした。

「まっ、まだ決まってな」

するとすぐそこに立っていたかのような早さでお店の人が顔を出した。

「お待たせしました。お決まりですか?」
「えっ、えっと、平子隊長何飲みますか?」
「米の辛口のでええやつ頼むわ。あー、ダブルで」
「あと、この濃梅酒のロックと、……」
「出し巻きと刺身の舟盛り、あとなめろうと蟹味噌の甲羅焼きで」
「はい、かしこまりました」

個室のドアを閉めて出ていく店員さんを見て、平子隊長に視線を戻した。

「…なんやねん、その顔」
「いや、あの。いま注文したやつって…」
「ああ、お前の好物ばっかりやろ」
「はい、でもどうして…」

出し巻き卵も、お刺身も、なめろうも、蟹味噌も。全部私の大好物だ。でもその話を彼にしたことはない。

「付き合う前、よう一緒に飲んでたやろ」
「え?はい。乱菊さんとかと一緒の時ですよね?」
「おん、そん時や」
「その時?」
「そん時、お前がよく食べてるもんチェックしてん。オッサン臭いモン好きやな〜思ててん」

その言葉に、この人は本当に私のことが好きなんだ。そう思った。

「なんや、気持ち悪いとか言わんとってな」
「言いませんよ!でもそんなに見られてたのかと思うと、恥ずかしくて…」

私のその言葉に、彼は満足そうに頷いた。






「今日はありがとうございました!とても楽しかったです」
「ほんなら良かった」
「はい、ご馳走様でした」
「また食いに行こな」

そう言いながら繋いだ手を離し、私の頭を撫でた。私は大人しく撫でられたままでいると不意に撫でている手が止まった。不思議に思い、顔を上げると平子隊長がこちらを見ている。

「あの、平子隊長?どうかされま、わっ」

いつの間にか頭の上にあった手は私の左手首を掴んでいて引き寄せられる。平子隊長の胸に倒れかかってしまった。

「平子た、」

名前を呼びかけることは出来なかった。

唇が熱い。

でもそれはすぐに離れた。勿体ぶるように離れた温度を感じる。平子隊長の顔を見ると、バツの悪そうな顔をしていた。

「…すまん、我慢出来ひんかった」
「……我慢、しなくていいですよ」

私のその言葉を聞いた隊長は目を見開き、ニヤッと笑った。背中にまわる腕を受け入れ、自分の手を重ねた。また唇が熱くなった。


ンデヴー・ランデヴー
この口付けにどんな感情を抱けば、
 
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