06.謀られた繋がり


「栞〜」
「……はあ、乱菊さん」
「なによもう、ノリが悪いわね〜」

飲み会の三次会。逃げ出そうとしたが、乱菊さんが逃がしてはくれなかった。平子隊長も参加している。接触過多もあまり良くないと思って二次会で抜けようとしたのに。

「相変わらずアンタ酔ってないれしょ〜」
「呂律は回ってますけど酔ってますよ〜」

呂律の回っていない乱菊さんをあしらいながらお茶を飲む。

「アンタそれお茶じゃない!」
「そうですけど…、って取り上げないでください」

私の飲んでいた烏龍茶を引っ掴み手の届かないところに置いてしまった。

「帰る気ね!」
「そりゃ帰りますよ〜何時だと思ってるんですか」
「アンタならまだいける!」
「いけないですよ、明日も仕事なんですって」

押し問答を繰り返していると、平子隊長が立ち上がった。

「あれえ!平子隊長も帰っちゃうんですか〜」

乱菊さんが千鳥足で平子隊長のもとに向かう。

「おっと、危ないでェ。気ィつけやァ」
「もう、栞も帰るって言うし!二人して薄情者〜!!」
「なんや、おまえも帰るんか」

酔っ払った乱菊さんをガン無視して話しかけてきた。凄い。わたしもそのスキル欲しい。

「帰ります、明日も仕事なので」
「俺もやねん。じゃあ一緒に抜けるかァ」
「そうですね、乱菊さんを残すのは不安ですが……」
「なんや周りが何とかするやろ」

そう言って平子隊長は財布からお札を何枚か抜くと、幹事の人にそっと渡している。こういうところを、この人はとてもスマートにこなす。酔ってるみんなは気づかないし、幹事も助かるだろう。わたしも帰る支度をし、最後まで縋って止める乱菊さんを引き離した。
平子隊長と一緒に店の外に出る。ここからだと、私の家と平子隊長の家は真逆だ。

「平子隊長もお疲れ様でした」
「ホンマやで、あの子飲んだら勢いが増すなァ」
「まあそれも乱菊さんの良いところなんですけどね」
「ええところなァ…」
「ふふ、じゃあ失礼しますね」

おやすみなさい、と言いかけたところで平子隊長が口を開いた。

「こんな時間やし送るわ」
「え?」
「こんな時間に自分一人は危ないやろ」
「大丈夫ですよ!いつものことですし」
「アカンアカン、ええから送られてくれ。危ない目に合わすわけにはいかへんしな」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
「おう、家どっちなん?」
「あっちです」
「ほな行こか」

そう言って彼は私の前を歩き出した。私はその後ろを着いていく。ここからはほとんど一本道だ。夜の静けさと遠くから聞こえる繁華街の喧騒の両方とも遠く感じる。“対象”と完全に二人きりになるというのはチャンスもあるが危険も伴う。話しかけるべきか、静かに歩くべきか。少し前を歩く彼の背中は相変わらず少し猫背でひょろっとしている。

「春原」
「は、はい!」
「ん?なんやねん、そないに緊張して」
「えっ、と。十二席の私としては隊長と二人きりなんて滅多にないことですし…」
「あー…、そっちか」
「…そっち?」

なんでもないわ、と言いながら平子隊長は顔を背けた。

「家、どのへんなん?」
「あと五分くらい歩いたとこです」
「なんやえらい近いな」
「そうなんですよ、繁華街からも隊舎からもそこそこ近くて」
「ええとこ見つけたなァ」
「ふふ、はい」

お互いに少しお酒が回っていて心地良いのかくだらない話でも会話が進んだ。そうこうしていると私の宿舎が見えてきた。

「隊長」
「なんや」
「もうそこなので大丈夫です。送っていただいてありがとうございました」
「さよか」
「はい!隊長もお気をつけて」
「おん」

それでは、と私が背を向けて歩き出した瞬間、背後の気配が一気に近づいてきた。左の手首が、熱い。

「平子、隊長?」

私の手首を掴んだ右手はそのままで、でもだからと言って彼が話し始めるわけでもない。どうしようか考えあぐねていると溜め息が聞こえた。

「なあ、」
「……はい」

返事をすると、私の手首から彼の熱が離れた。彼と向き合う。なんだか緊張の細い糸が限界まで張られたようで、不安なのか興奮なのか自分でも分からなくて立っているのに地面に穴があいたみたいだ。うまく表現出来ない。

「勿体ぶって言えへんから、思ったままに言うてええか」

そう言う彼と目を合わせると、心臓の奥がぎゅ、と締まった感じがした。彼のその言葉に声は出さず、小さく頷いた。

「自分でもここまでとは思ってへんかったんやけど、…俺、お前のこと相当好き、なんやろな」
「…へ?」
「ここで言うつもりもなかってん。でもなんでやろな、さっきお前が背中向けた時、今やって思ってん」
「……」
「せやから俺と付き合うてくれへんか」

少し変わった思いの告げ方だが、彼の目は真剣だ。彼に告白されるであろうことはなんとなく気づいてはいたが、こんなにも早いだなんて。彼と出会って数カ月。少しでも距離を詰めようと努力した甲斐があった。しかし、彼は、私の対象は、あの藍染の策に嵌ったとはいえ、かなり前から藍染の隠していた一面に気づき、その動向に目を向けていた男だ。

「俺が隊長とか気にせんでええから、今思ってること教えてくれ」
「……はい」

少しだけ手持ち無沙汰に佇む彼を尻目に、最適な“答え”を考える。

「えっと、…正直とても驚いていて」
「…まあ、せやろな」
「……でも」
「……」
「お互いの立場とか関係なくお返事をしていいのでしたら、お答えします」
「おお、頼むわ」
「…私もお慕いしております」
「…………」
「えっと、平子隊長…?」
「…それは、OKちゅうことでええんか」
「はい、…よろしくお願いします」

彼の手が私の背に回り、抱きしめられる。何も言わない彼に私は口を開いた。

「平子隊長…?」

すると回していた腕に更に力がこもり、ぎゅ、と密着させられた。柄にもなく緊張しててん、という彼の顔は抱きしめられているこの体勢でもわかるくらい赤い。触れた体から私にも彼の心拍が伝わってきた。


られた繋がり
私は彼の肩越しに
一つだけ消えかかっている街灯を見つめた
 
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