03.日常に紛れる 「お、春原やん」 瀞霊廷通信の原稿片手に九番隊に向かっていた。 そのついでに彼に遭遇するためほんの少しだけ遠回りをしていた。ゆっくりペースを落として歩いていると、彼に話しかけられた。想定通りだ。 「平子隊長、こんにちは」 「こんなとこでどないしたん?」 「瀞霊廷通信の原稿を届けに行く途中なんです」 「ほー、お前も書いとんのやな。今度読むわ」 「ありがとうございます。来月号なので是非。…そういう平子隊長は?」 「俺は…ぱ、パトロールやパトロール」 右上を見ながら話している。こんな典型的な嘘のつき方があるだろうか。私は笑いながら質問を投げた。 「ふふ、霊圧を完全に消して、ですか?」 「いや、これはやなあ、その、別に雛森に見つかりたくないとかではないで!」 「雛森副隊長の今の顔が目に浮かびます」 彼が時々こうして仕事を抜け出しているのは知っていた。念の為後をつけたこともあるが、本当にフラフラ散歩をしているだけだった。 「じゃあ見つからないように気をつけてくださいね」 「なんやもう行くんか」 「檜佐木副隊長を待たせちゃうので」 「さよか、気をつけて行きやァ」 「ありがとうございます、失礼します」 日々の接触を積み重ねていくことは、時間はかかるが信頼関係を築くには確実だ。 「お、春原!お前もこっち来ィや!」 「……平子隊長、そんなところで何を」 「ええから来ィや!今すぐ来たら甘いもんあるで〜」 「えっ!すぐ行きます!」 二番隊に向かって歩いていたら、どこからか平子隊長の声が上から聞こえた。上を向くと、建物の屋根から眩しい黄色が見えた。 「平子隊長、またサボりですか」 「サボりちゃうわ、休憩。ほら、これやるわ」 「あっこれ!今の季節限定の最中じゃないですか!」 「せやで、なんや隊で噂になっとったから買うてん」 「美味しそう…!いただきます」 塩気の効いた餡が美味しい。 「あー、ええ天気やなあ。ホンマ休憩日和や」 「……また雛森副隊長に叱られますよ」 「それ、お前も同罪やからな」 「なんでですか!」 「もうそれ食ったやろ、同罪や」 「あっ、卑怯です!」 パシッ、と軽く平子隊長の肩を叩く。初めて、彼に触れた。 「おま、何すんねん」 「仕返しです」 「これでも俺隊長やぞ」 「ふふ、副隊長泣かせの、ですけどね〜」 「そないなこと言うのはこの口か〜!」 「へ?いっ、いはい!ひはこたいひょー!」 頬を掴まれ、引っ張られる。右の頬が痛い。 「お前も言うようになったなァ」 「そんなことないですよ〜」 「そんなことあるわ」 これだけ見ていたら、恋人のようだと思う。彼は五番隊隊長で、私は二番隊十二席。普通なら、こんなに気軽に話せるものではないし、他隊の低級の席官を構う隊長も滅多にいないだろう。 これは、私の日々の努力の賜物だ。 平子隊長は、初めて飲んで以降すれ違う度に声をかけてくれていた。 「なんや、よく会うなあ」 「元々結構すれ違ってましたよ?顔覚えたからそう思うだけじゃないですかね?」 「そないなもんかなァ」 といったやり取りも何度かしたが、それは建前で事実としてすれ違う回数を敢えて増やしていた。諜報においてすり込みは大切だ。 「あっ、平子隊長!そこにいますね!」 足元から雛森副隊長の声がした。霊圧は消していたから私たちの声に気づいたのだろう。 「やばっ、雛森や」 「あ〜あ、バレちゃいましたね」 そう言って私は立ち上がり、その場を去ろうとした。その瞬間首の後ろを掴まれ、喉が絞まった。 「ぐえっ」 「おいコラ、お前も同罪や言うたやろ」 「そんな、わたし雛森副隊長に叱られる義理はないですもん」 「おまっ、薄情な奴やな!」 「隊長なら普通、はよ逃げや!とか言ってくれるもんじゃないんですか」 「アホか、オレ一人叱られ損やん」 「叱られ損ってなんですか、サボってたのは隊長じゃないですか!」 屋根の上でギャーギャー騒いでいると、雛森副隊長が屋根に上がってきた。 「ふ〜た〜り〜と〜も〜!」 何してるんですか!という雛森副隊長の声に首を竦めた。 「春原さん!平子隊長と一緒にサボってどうするんですか!」 「え、いや、あの、私は平子隊長に、その…無理矢理!」 「アホか!菓子やる言うたらすぐ飛んできたやろが」 「あっ、平子隊長それ言っちゃダメなやつです!」 「はあ、もう漫才はいいですから」 二人とも仕事に戻ってください!との一声で私は二番隊に戻った。 日常に紛れる 何気ない日常に溶け込む ×
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