24.迷った先で



自分が何をしたいのかも分からないし、平子隊長が何を考えているかも分からない。雛森副隊長がそばにいるなら、もうそれでいいじゃないか。私のことは無視してくれて構わない。その方がまだ救われる。しかし彼は私との関係が終わったことを公言しないでいる。この一年で、何が起きて何が変わったのかが把握出来ない。
混乱しながらも涙を拭い、私は家まで歩いた。









翌日、もうこれ以上腫れようがないという程腫らしたまぶたをなんとか隠して乱菊さんの元へ向かった。あの乱菊さんなら諸々察してくれそうではあるが、流石に謝罪しないと後々が怖い。

「昨日はすみませんでした」

ガバッと頭を下げた私に乱菊さんは黙っている。しばらく頭を下げたままでいると彼女は溜め息をついた。

「…何かあったんでしょう?アンタのあんな顔、初めて見たもの」
「……本当にすみませんでした。場の空気悪くしちゃいましたよね」
「そんなのはどうでもいいのよ。何があったの」

全てを打ち明けることは出来ないが、少しなら吐き出してもいいかもしれない。

「……少し、悩んでまして」
「何を」
「えっと、平子隊長のことで…」

乱菊さんは一瞬目を丸くした。

「何?別れたいの?」

アンタたち仲良くやってたじゃない、と言う乱菊さんは本当に私たちの関係が破綻していることを全く予想もしていなかったようだった。

「…別れたいと思っているのは、彼の方です」
「どうしてそんな、」
「詳しくは、言えないんですけど…私が彼を騙すようなことをしてしまって…」
「……」
「しかもそれを彼に知られてしまったんですけど、その後よく分からなくなっちゃって」

どんどん声が小さくなる私に乱菊さんはまた溜め息をついた。

「はあ、アンタそれで現世に行ったのね」
「……はい」
「でもよく分からないって…アンタ当事者でしょう」
「…彼が何を考えているのかも分からなくて、もしかして彼の中では全て終わったことで、周りに言う理由もないから公にしていないだけかもしれないんですけど…」

言葉尻が小さくなる。すると急に乱菊さんがこちらに一歩寄ってきた。少し視線を上げると、真剣な眼差しの乱菊さんが私を見ていた。

「それは無いわよ」

すごく真剣な声だった。私は何も言えず黙っていると、乱菊さんはまた大きくため息をついた。

「昨日、アンタが帰ってから話したのよ。平子隊長と」
「……」
「すごく、心配してたわ」
「心配……」
「そう、それに、今はアイツの好きにさせてやりたい、って」

何、それ。

「昨日は何の話かイマイチ分からなかったけど、アンタの話を聞いて腑に落ちたわ」

私はなんにも腑に落ちてなんかない。乱菊さんの言い分だと、まだ彼は私のことを…と思えてしまう。でも違う。違うんだ。

「でも…」
「何よ」
「平子隊長は今、雛森副隊長とお付き合いされているんですよね?」

私のその言葉に乱菊さんの目がこれでもかと言うほど開かれた。

「はぁ!?何言ってんのよアンタ」
「…だって」
「だってもヘチマもないわよ、雛森の好きな人知ってるけど、それは平子隊長じゃないわ」
「え?」
「アンタ何か見間違えたか聞き間違えたんじゃない?」
「……」

あの光景が目に浮かぶ。確かに彼は雛森副隊長の頬に手を添えていて…キスする寸前、のように見えた。

「私はアンタが何をしたのかは知らないけど、」

そう言って乱菊さんは腕を振り上げ私の背中を思い切り叩いた。

「きっと平子隊長は、アンタのこと待ってるわよ」
「乱菊さん……」

先程とは違い、トンっ、と背中を押してくれた乱菊さんに思い切り頭を下げた。
彼は、ずっと私を信じてくれていた。最初から偽りの関係だと知った後も、私のことを考えていてくれた。私はそれ以上に何を望むのだろう。

でも今、私の思いはたったひとつ。


迷った先で
彼に、会いたい
 
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