23.与えられた罰



「栞!こっちよ!」
「乱菊さん!お待たせしました〜」

とっくに日も暮れて、飲み屋街はとても賑やかだ。仕事で少し遅れてしまったが、誘われていた飲み会になんとか間に合った。少し遅れると連絡していたからか、店の前で乱菊さんが待っていてくれた。

「もう、遅い!」
「すみません…」
「また仕事?」
「はい、ちょっとここ最近忙しくて」
「二番隊は大変ねえ」
「乱菊さんだってお忙しいでしょう?」
「うちはまあ、隊長が何とかしてくれるから」

そう言ってケラケラと笑う乱菊さんは、少しお酒が回っているようだ。私は店の宴会場に入ると目立たない隅の席を探した。やっぱり座敷の真ん中の賑やかな方を見れば、そこには平子隊長がいた。あまり関わらず、今日は早めに抜けよう。そう思ってメニューを探す。あまりお酒も飲まない方がいいな、と思いながらテーブルの下にあるメニューに手を伸ばそうとすると、襟の後ろをグイッと引かれた。

「ぐえっ、…ら、乱菊さん?」

振り返るとそこにはさっき真ん中の方に歩いていった乱菊さんが仁王立ちしていた。

「何やってんの!ほらほら、アンタはこっちよ!」

なんでそんな隅っこにいるの、と赤い顔で言いながら襟をグイグイ引っ張り賑やかな方へ連れていく。

「ちょっと乱菊さん、痛いですって」
「ほら、アンタはここよ」

そう言って座らされたのは、平子隊長の左隣の席だった。振り返って見れば乱菊さんは既に出来上がっている吉良副隊長に絡んでいる。ちら、と周りを見れば少し離れたところに雛森副隊長が座っていた。私は彼女と席を変わった方がいいのでは、と思いながらも乱菊さんに言えば「どうして」と言われるだろう。私は左を向くことができず、黙っているしかなかった。彼がカタン、とグラスをテーブルに置く音がした。

「何飲むん」

そう言ってドリンクメニューを差し出す彼に、固まってしまったが、直ぐにメニューを受け取った。

「すみません、平子隊長ももう空ですよね。本当なら私が聞かないといけないのに」

同じもので大丈夫ですか、と聞けば、おー、と気の抜けた返事が聞こえてきたので店員さんにいつもと同じ日本酒と梅酒のソーダ割りを頼む。

「よお覚えとるな」
「えっ?」
「俺が飲む酒」

そう言われて気づいたが、付き合っていた頃彼がよく飲んでいたお酒を無意識に注文していた。とても、気まずい。

「あ、すみません…」
「なんで謝るねん」
「え、っと……」

言葉に詰まっていると、また彼が口を開いた。

「なんやボケーッとしとるな」
「…すみません」
「……仕事キツいんか」
「今は、すこしだけ忙しくて…でも大丈夫です」

差し障りのない会話しかできない。小さい声でヒソヒソ話しているように見えたからか、乱菊さんがニヤニヤしながら寄ってきた。嫌な予感しかしない。

「なになに〜?こんな所でイチャついちゃって!」
「ら、乱菊さん!もう、隊長の前です。飲み過ぎですよ」
「何よもう、アンタも飲みなさい…ってお酒は!?全然飲んでないじゃない!」
「私明日は早朝から仕事なので一杯だけにするんです」
「アンタ強いんだから大丈夫よ!ほらほら、お酒来たわよ!隊長にお酌してあげなさい」
「おー、頼むわ」

そう言って乱菊さんは徳利をずいっと差し出してきた。確かに隊長に手酌をさせる訳にはいかない。ちら、と彼を見ればお猪口を持ち少しこちらに傾け差し出している。
私は咄嗟に雛森副隊長を見てしまった。ぱちん、と彼女と目が合った。そして、彼女はこちらを見て微笑んだ。恋人の余裕、と言うやつなのだろう。私は直ぐに彼女から視線を外し、乱菊さんから徳利を受け取った。そして、お酒を注ぐ。そして、平子隊長がお猪口を口に運ぶのを見て私は立ち上がった。

「栞?どうしたの」
「すみません、私今日は失礼します」

そう言い残して部屋を出た。後ろからは賑やかな声がまとわりついてくる。それを振り払うようにひたすら歩いた。

「ちょっと、栞!突然どこいくのよ!」

乱菊さんが追いかけて来ている。それでも私はそれを無視して歩き続けた。

「ねえってば!」

私の左腕を乱菊さんが掴む。

「突然出ていくから、平子隊長も驚いて、…ってアンタ」

どうして泣いてるのよ、と言われて初めて自分が泣いていることに気づいた。どうして泣いているのか、そんなのこっちが聞きたいくらいだ。

「最近花粉症が酷くて、目が痒いんですよね」
「栞……」
「折角誘っていただいたのに、申し訳ないです」

乱菊さんの手をゆっくりとほどき、私は店を出た。


与えられた罰
私はこれを
甘んじて受け入れるしかない
 
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